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第一部(幼少編)
10話 彦太郎のお宅へ行きまして
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武家の娘の一日は忙しい。
舞のお稽古。琴のお稽古。お花。和歌。まさかの歩き方や手紙の書き方と言った、礼儀作法や教養の授業まで。
忘れかけていたけど、私は一応、嫁入りが決まった良家の子女なので、これから剣術以外にも色んな勉強をしなければならないらしい。
だというのになんとびっくり、小蝶は9歳なのにギリギリ自分の名前が書ける程度で、まともに文字の読み書きができなかった。その他歴史や政治といった文学系も壊滅的。
今までにちゃんと学ぶ機会はあったのに、担当の先生をいびって追い出したり、勝手に解雇したりしたので進まなかったのだ。
なのに抗議の為に木に登る。池に入って生きている鯉を投げる。怒る家老や傅役と追いかけっこをして負けたことがなかったり。と、ステータスのほとんどを身体能力系に割り振った生き方をしていた。
前世でいうところの体育会系。いわゆる脳筋。
脳みそが筋肉の意。ようするに馬鹿。
前世の記憶がある今でも、9年のうちに体に染みついたものがあるのか、文系科目をやっていると、なぜか走りたくて足がむずむずしてくる。
こんな感覚ははじめてだ。前世ではどちらかというとスポーツが苦手な文系オタクだったから。
生まれ変わったら前世とは違う人間なのだと、改めて考えさせられる。
お勉強をしていると遊びたくて体を動かしたくて、たまらなくなる。
今は日々のスケジュールをこなすので精いっぱいだけど、本当はもっと子供らしく、木登りしたりとかお城を探検したりとかしたい。
ようやくできた友達の彦太とも、剣術のお稽古以外では会ったことがないのが残念だ。
そうだ、二人で町に出るのも良いかもしれない。なにしろ、小蝶はこれまで町へ出たことがない。
城の中は広く、行商の人も出入りしているから不便はないのだけど、そろそろ城下町も見てみたい。
過保護が過ぎるというのも考えものだ。
「ねえ鈴加、彦太郎はどこのお部屋にいるのかしら?」
鈴加に髪を丁寧に整えてもらいながら質問を投げかけると、その理知的な瞳が意図を組むべく、鏡の中から覗き込んでくる。
常に丁寧に手入れされている姫らしい黒髪が、彼女の細い指の間をさらりとすり抜けた。
着替えや身の回りのことは基本的には自分でできるからいいと伝えたのだけど、鈴加は最近、率先して私の世話をしてくれる。
でも以前と違って嫌々ではなさそうなので、お任せすることにした。
きっと根が真面目だから、私に仕事を取られたら解雇されるかも、などと思っているのだろう。そんなこと絶対にないんだけど。
「小蝶様は、やはりご存知ではなかったのですね」
「え?なにを?」
いえ、と鈴加は困ったように口ごもった。
聞いちゃいけない雰囲気。だけど、なんとなく、私は続きを聞かなければいけない気がして、先を促した。
「彦太って、母上のご親戚だからうちで預かっているのよね?ってことは、母上のお部屋の近くかしら」
「ええ、だったのですが……。もしよろしければ、小蝶様から彦太郎様へおっしゃっていただけますか?私どもも困っているのです」
「え?」
「女中や下男よりも酷い場所に、武家の方を置くのは少々気が引けますから……」
詰めこまれた授業がようやく終わった夕刻、食事の前に私は急ぎ彦太の居室を訪ねていた。
鈴加が言うには、彼は両親が亡くなって、家の中のごたごたから避難するためにうちに来ることになったらしい。で、そういう場合は普通、父の客人としてか、母の親戚として側室のお子様達くらいの扱いの部屋を与えるもので、通例どおり彼にもそれなりの部屋が与えられた。
だけど……
「ここって……」
鈴加の話で聞いてはいたが、想像していたのよりもずっと小さな土蔵が、屋敷の離れにぽつんと置かれていた。
はっきり言って、ボロい。
年季の入った佇まいは、おおよそ人が住んでいるとは思えない。
唾を一回飲み込んでから、木戸を開けて中を見てみる。
思っていたよりは中は埃っぽくはなく、綺麗に整頓されていた。おそらく、居住スペースを作るために“誰か”が綺麗に片付けたのだろう。
もともとあった農具や壊れた甲冑等は端に置かれ、二畳程度の小上がりに、巻き簀のようなものが敷かれていた。
昔話に出てくる、貧乏なおじいさんの家のイメージに近い。こんなところ、現代人だった前世の私も、裕福なお姫様の小蝶も見るのは初めてで背筋が冷える。
彦太が、あんな小さな子供がこんなところで暮らしているなんて、鈴加の勘違いであってほしいと思っていた。
けれど蔵の中には、物置小屋と呼ぶような内装にはふさわしくない、綺麗な風呂敷包みが小上がりの隅に置かれていた。
家具も何もない中で、きっとこれがこの家主の一番大事なものなのだろう、とわかる包みには、見覚えがある。
端を揃えて丁寧に結ばれた竹刀袋。見間違えるはずもなかった。
「小蝶?」
背後からかけられた、まだ幼さの残る高い声。
振り向いた先には、その主である少年が、困ったような顔をして立っていた。
舞のお稽古。琴のお稽古。お花。和歌。まさかの歩き方や手紙の書き方と言った、礼儀作法や教養の授業まで。
忘れかけていたけど、私は一応、嫁入りが決まった良家の子女なので、これから剣術以外にも色んな勉強をしなければならないらしい。
だというのになんとびっくり、小蝶は9歳なのにギリギリ自分の名前が書ける程度で、まともに文字の読み書きができなかった。その他歴史や政治といった文学系も壊滅的。
今までにちゃんと学ぶ機会はあったのに、担当の先生をいびって追い出したり、勝手に解雇したりしたので進まなかったのだ。
なのに抗議の為に木に登る。池に入って生きている鯉を投げる。怒る家老や傅役と追いかけっこをして負けたことがなかったり。と、ステータスのほとんどを身体能力系に割り振った生き方をしていた。
前世でいうところの体育会系。いわゆる脳筋。
脳みそが筋肉の意。ようするに馬鹿。
前世の記憶がある今でも、9年のうちに体に染みついたものがあるのか、文系科目をやっていると、なぜか走りたくて足がむずむずしてくる。
こんな感覚ははじめてだ。前世ではどちらかというとスポーツが苦手な文系オタクだったから。
生まれ変わったら前世とは違う人間なのだと、改めて考えさせられる。
お勉強をしていると遊びたくて体を動かしたくて、たまらなくなる。
今は日々のスケジュールをこなすので精いっぱいだけど、本当はもっと子供らしく、木登りしたりとかお城を探検したりとかしたい。
ようやくできた友達の彦太とも、剣術のお稽古以外では会ったことがないのが残念だ。
そうだ、二人で町に出るのも良いかもしれない。なにしろ、小蝶はこれまで町へ出たことがない。
城の中は広く、行商の人も出入りしているから不便はないのだけど、そろそろ城下町も見てみたい。
過保護が過ぎるというのも考えものだ。
「ねえ鈴加、彦太郎はどこのお部屋にいるのかしら?」
鈴加に髪を丁寧に整えてもらいながら質問を投げかけると、その理知的な瞳が意図を組むべく、鏡の中から覗き込んでくる。
常に丁寧に手入れされている姫らしい黒髪が、彼女の細い指の間をさらりとすり抜けた。
着替えや身の回りのことは基本的には自分でできるからいいと伝えたのだけど、鈴加は最近、率先して私の世話をしてくれる。
でも以前と違って嫌々ではなさそうなので、お任せすることにした。
きっと根が真面目だから、私に仕事を取られたら解雇されるかも、などと思っているのだろう。そんなこと絶対にないんだけど。
「小蝶様は、やはりご存知ではなかったのですね」
「え?なにを?」
いえ、と鈴加は困ったように口ごもった。
聞いちゃいけない雰囲気。だけど、なんとなく、私は続きを聞かなければいけない気がして、先を促した。
「彦太って、母上のご親戚だからうちで預かっているのよね?ってことは、母上のお部屋の近くかしら」
「ええ、だったのですが……。もしよろしければ、小蝶様から彦太郎様へおっしゃっていただけますか?私どもも困っているのです」
「え?」
「女中や下男よりも酷い場所に、武家の方を置くのは少々気が引けますから……」
詰めこまれた授業がようやく終わった夕刻、食事の前に私は急ぎ彦太の居室を訪ねていた。
鈴加が言うには、彼は両親が亡くなって、家の中のごたごたから避難するためにうちに来ることになったらしい。で、そういう場合は普通、父の客人としてか、母の親戚として側室のお子様達くらいの扱いの部屋を与えるもので、通例どおり彼にもそれなりの部屋が与えられた。
だけど……
「ここって……」
鈴加の話で聞いてはいたが、想像していたのよりもずっと小さな土蔵が、屋敷の離れにぽつんと置かれていた。
はっきり言って、ボロい。
年季の入った佇まいは、おおよそ人が住んでいるとは思えない。
唾を一回飲み込んでから、木戸を開けて中を見てみる。
思っていたよりは中は埃っぽくはなく、綺麗に整頓されていた。おそらく、居住スペースを作るために“誰か”が綺麗に片付けたのだろう。
もともとあった農具や壊れた甲冑等は端に置かれ、二畳程度の小上がりに、巻き簀のようなものが敷かれていた。
昔話に出てくる、貧乏なおじいさんの家のイメージに近い。こんなところ、現代人だった前世の私も、裕福なお姫様の小蝶も見るのは初めてで背筋が冷える。
彦太が、あんな小さな子供がこんなところで暮らしているなんて、鈴加の勘違いであってほしいと思っていた。
けれど蔵の中には、物置小屋と呼ぶような内装にはふさわしくない、綺麗な風呂敷包みが小上がりの隅に置かれていた。
家具も何もない中で、きっとこれがこの家主の一番大事なものなのだろう、とわかる包みには、見覚えがある。
端を揃えて丁寧に結ばれた竹刀袋。見間違えるはずもなかった。
「小蝶?」
背後からかけられた、まだ幼さの残る高い声。
振り向いた先には、その主である少年が、困ったような顔をして立っていた。
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