マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

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第一部(幼少編)

20話 嫌われ長兄、義龍兄上のご帰還でして2

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 前世を思い出す前の小蝶は、義龍兄上のことが嫌い、というか苦手だった。
 歳が離れていて、小蝶が物心ついた時には兄は成人していたというのもあるし、住んでる屋敷が別であまり話したことがないというのもある。
 でも実際の理由は、性格タイプが正反対だったから。

 小蝶は他の兄(孫四郎、喜平次)ともタイプが違って仲が悪いけど、義龍兄上ともまた違うのだ。
 年の近い兄二人や、まだ幼い弟妹達はなんとなく、良家のお坊ちゃんお嬢ちゃん、という感じで知的でおとなしくインドア派な子が多い。
 その中で小蝶はかなり異質なお転婆姫だったわけだけど、義龍兄上の異質ぶりは、また別。


「よう小蝶。お前、ちょっと見ない間に随分変わった糞餓鬼クソガキになったな」

 これこれ、この口の悪さが、以前の小蝶は苦手だったのだ。
 他の兄上達の子供っぽい陰湿意地悪には慣れたもんだけど、この人のこういうワイルドさというか野蛮なしゃべり方が、幼女には苦手な要素だった。

 でも今の私は、以前のように苦手、とは感じない。

「皆にも父上にも言われます」
「ははっだろうな!話には聞いてたが、こんな面白いヤツになってるなら、もっとはやく見物に来てやれば良かった」
「私は珍獣ですか」

 うーんやっぱり。しゃべり方は粗雑だけど、嫌な感じはない。いい人だ!
 後ろで彦太も特に何も言わずにおとなしくしてるし。
 これが、孫四郎兄上あたりが嫌味を言ってきたのだったら、すぐに彦太も戦闘体勢になってるところだ。
 彦太は案外、自分や私に向けられる嫌味には敏感なのだ。

「他のヤツらは相っ変わらずだけどな。つまらねえヤツらだ」
「あの……さっきの、ですが」

 さっき、私達も見学させてもらった、軍議の時。
 兄は父から酷い叱責を受けていた。
 私は軍議の最中は意味がわからず、発言権もないので黙って見ているしかなかったが、それでも父からぶつけられる言葉が、理不尽なものであることはわかった。

「父上の、あんな言い方ってないんじゃないかと思います。兄上は、きちんと父上の命令通りのことをしたんですよね…?」

 兄上の今回の任務は、織田軍との交渉と周辺国の偵察。偵察って、忍衆しのびしゅうとか、そういう隠密部隊の人がやるのかと思ってたけど、色々あるみたい。彦太が大人たちの話を要約してくれた。

 私が前世の記憶を取り戻した日の数日前、城下町が焼かれる大規模な戦があって、結構大変だったらしい。ちなみに、城下が燃え、父がバタバタと指揮をとっている間、小蝶は興味がないので寝てました。

 結果としては兄上が敵方と交渉してくれたおかげで、私はみごと織田信長と婚約することになり、美濃に一時的な平和が訪れた。
 私がおやつ作りに精を出しても文句を言われないくらいには。

 だけどその報告の何が気に入らなかったのか、父は「言われたことしかできないのか」とか「小蝶を差す出すような交渉をするとはそれでも兄か」とか散々怒り散らした。
 部下も私達子供も見ている前で。
 業務の不備を指摘するだけならまだしも、個人の人格否定まで!
 部下のみなさんは父に頭があがらないのはわかるけど、50代くらいのおじさんもいるのに、誰もこの若い兄をかばわなかったのも嫌だった。

 あれは、パワハラだ。パワハラ専門部署があったら通報してるレベル。作るべきね、パワハラ戦国相談室。

「……あれは、悪かったな。お前だって人質に差し出されるのは嫌だったろ。だが、あれが今、斎藤に取れる最善策だった。話を進めた俺が憎いだろ」
「いえ、別に」
「ん?」
「それより、父上のあの言い方ですよ!あんなのパワハラじゃないですか!ぜったい許せません。私が可愛いのはわかりますけど、あとで言ってきておきます!そんなこと言うパパ上は嫌いです!って!!」

 鼻息荒く立ち上がると、兄はぽかんと私を見ていた。
 あれ、と思って彦太を見る。無表情。えっ、それ、どういう顔……?

「っ、ははは!本当にお前、面白くなったな!」

 兄は高身長な独眼竜ワイルドイケメンではあるが、血の繋がった兄から「おもしれー女」と言われてもさほど嬉しくない。
 私が乙女ゲームや夢女を通って来なかったからってのもあるだろう。

「私、本気ですよ?ちゃんと父上に言いますから!」
「おーおー、言ってやれ、あの糞親父クソオヤジに」
「ええ、そうします」

 兄はカラカラと笑ったあと、まだ鼻息をフンスフンス鳴らす私の顔を見て、目を細めた。
 少しだけ、寂しそうに。

「俺は言えないからな。代わりに頼んだ」
「どうしてです?意見はきっちり言った方がよいと思います。兄上なら……」

 兄はどう見ても、不満があるのに黙っているタイプには、見えない。
 それに、彦太が言うには彼は小さい頃から文武両道で出来が良いと家臣達の評判もよく、跡取りとして申し分ないと言われてきたそうだ。
 そんな人が、たとえ顔が怖いにしても父に対して、黙って耐えているだけに徹するとは思えないのだ。

「あー、お前、知らないのか。ま、そりゃそうか」
「?なんでしょう?」

「俺は、親父の子じゃないらしいぞ。だからお前とは血が繋がってない」
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