マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

文字の大きさ
35 / 134
第一部(幼少編)

32話 花嫁は織田信長をぶん殴りたくて2

しおりを挟む
 風が強い。
 枯れて黄金きん色になった草原くさはらが、乾いた音をうるさいくらいにあげている。
 夕暮れになる前に決着をつけたい。

 問われた少年は、大きな目をさらに大きく開き、私をしっかり見据えて離そうとしない。
 面白いものを見つけた、と、顔に書いてある。
 わかりやすいようで、内面がいまいち掴めない。
 形のよい薄い唇が開くのを、私もぜったいに逃さないように見つめた。


「会いたかったから」

 
 答えは、私が拳を固める理由に充分だった。

「十兵衛!」

 どうせついてきているだろうと思っていた従者へ声をかけると、想像よりも近くにいたらしい。木の陰から少年が飛び出してきた。
 差し出した手のひらめがけて、持っていた刀を鞘ごと放ってくれる。
 義龍兄上に譲ってもらった、打刀。私にも十兵衛の背丈にもまだ少し大きいけど、きちんと練習してきたから、充分に振れる。
 花嫁装束であっても。

 ヒュ、と、鞘から抜いた勢いのまま振った刀は、くうを掻いて終わった。
 こんな至近距離で避けるとは思わなかったけど、少しだけ、避けられると思っていた。だから全力で斬った。
 ほぼゼロ距離で避けるために、信長は上体を思い切り反らして、すぐに戻した。後ろに跳んでもよかったのに、自分の柔軟性とバネを見せつけるかのように。なんてイヤミな。
 たぶん、退く気がないことを、私に示したいんだろう。

「会いたかったからって、どういう意味?」

 丸腰の少年を何度も斬りつけるのはよくないと思いながらも、私の卑怯な剣はまったく当たらない。
 横に、前に、捻って、跳んで、避けられる。
 私の剣筋は「迷いがなければ確実にうちの大人どもより速い」と、兄上にお墨付きをいただいたのに。

「ん?城下を燃やしたら、蝶に会えると思ったから」
「え?」
「だって、元服したって伝えたのに、ぜんぜん嫁に来るって連絡ないからさ~。ジイに言ってもオヤジに言っても、待てとしか言わないし。だったら俺が行って、燃やすしかないだろ?」

 いや、燃やすしかないってことは、ないでしょ。
 少年は私の刀をひょいひょい避けながら、「実際、燃やしたらお前に会えたしな!」ととても嬉しそうに付け足す。

「でも、家を燃やされて、怪我人が出るとか思わなかったの?」
「ん?だから先に避難させたぞ。怪我人、出たのか?」
「出なかったけど……そんな、私に会いたいとか、本当にそれだけの理由?」
「おう!」

 や、ヤベーやつサイコパスだ!

 歯を見せて笑う少年は、罪悪感などひとかけらも持っていない。
 悪戯が成功した程度の軽さだ。
 たしかに怪我人は出なかったが、家やお店を燃やされた人は住むところを奪われて、精神的ダメージ大だ。それに、斎藤家は通算2回も城下町を燃やされて、経済的ダメージも大!
 1回目は戦術の一環だったから「しょうがない」のムードだったけど、2回目は関係なかったのがわかって、ヘイト溜まりまくりだ。
 建物を燃やすのって、戦国時代でも悪いことじゃないっけ?

 誰か、大人が教えなかったのだろうか。倫理とか。
 いや、あのじいやさんなら教えてる。織田の、信長のお父様は名君だと噂されているくらいだし、教えてもらってる。
 さっき見た町の人だって、みんな城主親子を慕ってた。てことは、この子はそんなに何も知らない暗君うつけじゃないはずだ。

 戦国時代という、戦乱の続く時代に生まれ育ったからじゃない。
 織田家の嫡男として生まれたからとかじゃ、ない。
 私がこの時代で出会ってきた誰とも、倫理観が違う。

 木陰から出てきた十兵衛が、「こいつ斬りますか?」って目で見てる。
 だめだめ、処さない処さない。

 実は、事前に、輿に乗って少ししたあと(私が酔い散らかす前)に、十兵衛にはこの問いをすることを伝えていた。
 織田信長に、あの時の焼き討ちの真相を聞くこと。
 答えによっては、信長を斬る考えもあること。
 反対されると思ったが、なぜかまったく反対されず、しかも私の刀を預かってついてきてくれた。
 彼もきっと、あれがおかしいことだと思っていたんだ。

「城下町を燃やしたら、私が怒るとか、思わなかった?」
「えっ怒ったのか?ごめん!そういやあのあと皆にすんごい怒られたもんなー。俺、ジイにいっつも言われるんだよ。人の心を知れって」
「……怒ったわよ。二度と、人の故郷を燃やさないで」
「わかった!蝶の故郷は燃やさない!」

 これ、私の故郷以外は燃やすなー……。
 初対面の鯉食べたい会話の時も思ったけど、人とちょっと感覚がズレているのかも。
 私のひとつ上と聞いていたが、年齢より幼い思考をしている。
 私も他人ひとのこと言えないおこちゃまメンタルなんだけど。……てことは、うまくやっていけるかな?

 押しても感触のない問答に疲れたので、一回もかすりもしなかった刀を鞘におさめた。

「信長……様。私のことが、そんなに好きなの……?」
「?おう!」

 屈託のない笑顔。
 夕日になりつつある太陽を翳らせるくらい眩しい。
 彼がアイドルだったら、推してる(今世二回目)。

 ちょっと納得いかない理由だったけど、刀を振り回したおかげか、私の怒りはおさまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

処理中です...