58 / 134
第二部
49話 少女の告げる真実に、足元が揺れて(誰が言ったの?戦国時代だって)
しおりを挟む
染めてはいないようだけど、もともと地毛が明るいのかもしれない。鎖骨あたりで揃えられた茶に近い髪は、女子高生らしくさらさらして見るからに指どおりがよさそう。
桜色のくちびる。閉じられたままの長い睫毛。きめ細やかで丸みのある頬。
一言で表すなら、可憐な少女。
十兵衛がお姫様抱っこで捕まえてきてくれたこの少女は、彼の腕の中にその体を預けたまま、一向に目を覚まさなかった。
周りの人に地下牢へ入れるか、と問われて慌てて私の部屋へ運んでもらったのだ。
時代劇によくある地下牢というものが、どうやらウチにもあるらしい。今さっきはじめてその存在を知った。織田軍、怖すぎである。
地下牢、今後もできることなら使いたくない。
追いかけるときに何があったのか、十兵衛はイライラを顔に出した状態で戻ってきて、少女を寝かせる間も、一言も口をきいてくれない。
彼も気になっているはずなのに。
この子がどこから来たのか。何者なのか。
「……十兵衛、あのね……」
「お!そいつが蝶のこと泣かしたっていう女だな?」
スパーンと勢いよく襖が開けられ、今日は他の政務を頑張っていたはずの信長が飛び込んできた。おかしいな、人払いをしたはずなのに。
まあ、この城主を止められる人は、城の中にはいないものね。入るなって言っても普通に女子の部屋に入ってくるうえ悪びれないひとだから。
信長は眠ったままの少女の顔を覗き込んでから、布団を思い切り剥ぎ取った。
「こ、こら!女の子ですよ!?」
「なあんだ。ただの小さい女じゃないか。蝶を泣かすくらいだから、もっとでかいヤツかと思った」
気絶したままで寝乱れていないのはよかったが、スカート丈が短いので少し脚が出てしまっている。一応は夫が、痴漢罪に問われるのはまずい。
頭から脚までじろじろ見ている男どもの視線から少女をかばうように、前に出た。
「可憐な少女の脚を見るんじゃありません!私が泣いたのは、ちょっと、その……昔の知り合いに似てたので、懐かしくなっただけです」
「ふうん」
ちょっと微妙な言い訳だけど、信長の方は興味があるのかないのか、頷いた。
嘘ではない。昔の知り合い、というか未来の女子高生、というか。
でもこの格好、制服に、少しだけど見覚えがある。地元の高校はこんな制服のところはなかったはずだけど、テレビで見たのかな。私立っぽい珍しいデザインだし。
布団を直してあげようとしたところで、寒くなったのか、少女がむずがって身じろいだ。
んん、と小さく声を出し、瞼が小刻みに動く。
「あれ……ここ、は……!?えっ織田信長!?」
目を開けたばかりの少女は、勢いよく上体を起こすと、私と信長と十兵衛と、とりあえず三人を見て顔を赤くしたり青くしたりした。
「おはよう、日奈さん……と言ったかしら。急に倒れたそうだけど体は大丈夫?お話しできる?」
色々思うところがあるのだろう。でもまずは落ち着かせてあげたい、とできる限りの優しい声をかけたつもりだけど、父譲りのコワモテの私でどのくらい優しさを出せたかどうか……。
「はい……帰蝶、様」
「あれ?どうして私の名前を知ってるの?どなたに聞いたのかしら?」
私の指摘に、うっ、と言葉を詰まらせたあと、少女、日奈さんは静かに続けた。
「聞いたんじゃありません。でも知っています。そちらの方は織田信長、そのお隣は明智光秀様」
「なぜ私の名まで知っているのでしょうか。それも、先見とやらの力ですか?」
十兵衛が、今日、この部屋に来てから初めて口を開いた。
声は、女子に向けるにしては刺すように固い。これは、面接の時に誰かが叫んだ「賊だ」を気にしているのだろう。
彼は真面目だから、父上と兄上に「帰蝶を守れ」と命じられて忠実に任務を遂行しようとしているのだ。いい子なんだけど、生真面目すぎるのをそろそろなんとかしてあげたいものだ……。
日奈さんはその冷たい声と視線に、びく、と肩を震わし、少女らしい細い声で答えた。
「……っ、そう、です。私には、未来が見えます、から」
たどたどと答える姿は、目を泳がせてどこか落ち着かない。
十兵衛や城主の信長に怯えているだけ、と言うよりは、嘘をついていると考える方がよさそうな態度。ずいぶん表に出やすい子のようだ。
未来が見えるというのは、あやしい。
二人はともかく、私には「未来が見える」というよりは「未来から来たので歴史上の人物の名前や出来事を言い当てることができる」と言われた方が納得できる。
その証拠に、本当に先が見えるのなら、十兵衛にやすやすと捕まってこうして窮地に陥ったりしないはずだ。
漫画でよくある、能力に制限があって自分の未来は見えない、とかだったら仕方ないけど。それならそれで、その能力についても探りたい。
でも素直に全部話してもらうには、この怖い男子二人がよくないわね。
「信長様」
振り返れば、十兵衛だけでなく信長も、はじめて見るんじゃ、ってくらい怖い顔をしていた。珍しく、いつもはくりくりした目が細まっている。
魔王顔やめなさい。少女が怯えてるでしょうが。
「この子を私に任せてください。本当に先見の力があるのかどうか、試します」
「絞りあげるなら、俺も見たい!」
私が拷問か何かするとでも思っているのだろうか……。
魔王候補生、血と悲鳴を求めるんじゃない。破滅するぞ。
「まあそういうことです。お二人は席を外してください。こういうのは、血に強い女の方が適任なのですよ。ふっふっふ……織田家に仇なす者かどうか、キツ~く絞ってやりますわ」
お嬢言葉がヘタなのはおゆるしを。私も少々焦っているのだ。
ついでに、今日も潜んでいるであろう天井裏へ声をかけるのも忘れない。
「夕凪!」
「あい!」
「あなたは、外でこの二人にずっと話しかけて楽しくおしゃべりしてて。その間、誰も私の部屋に近づけちゃダメ」
「あ、え……でも、姫様」
元気に降りてきた夕凪は、私に跪いたまま口ごもった。珍しく表情が曇っている。ツインテールも微妙な萎れ加減だ。
わかるよ。私がこの華奢な少女にものすごい拷問や非道な尋問をすると思っているのよね。
「大丈夫、女の子相手に、乱暴なことはしないから」
「そうではないです。逆です……!」
「逆?」
「……いえ、わかりました。ご命令ですので、姫様を信じます。なにかありましたら、すぐに声をかけてくださいまし!」
逆ってなんだろう。よくわからないが心配そうな夕凪をいい子いい子してから、まだ残りたそうな顔の男子達を追い出すのを手伝ってもらった。
さすがに私ひとりじゃこの二人の言うことを聞かせるのは大変だからね。
日奈さんは、信長と十兵衛が部屋から消えてほっとした顔になったかと思いきや、見ればまたあわあわと目線を泳がせ始めた。
さすがに拷問なんてしないから安心してよ、と思うけど、私の悪役顔とさっきのやりとりでそう思うなってのが無理よね。
「よし、ぶっちゃけトークしましょう!」
「ぶ、ぶっちゃけ!?」
ひぃっ!と恐怖が絶頂にきた挙動のままの傍らに座って、なるべく怖くないよう笑顔でぶっちゃけ。
大きな目と声は緊張の中にも、彼女のもともとの性格を滲ませている。元気さのあるかわいい子だ。
「私、こう見えて転生者なの。9歳の時に木登りしてたら落ちて頭を打っちゃって。それで前世の記憶を思い出すっていうお約束展開。前世は普通のOLで、死因はちょっと思い出せないんだけど……実家の電話番号とか、ケータイの番号なら覚えてるわ。言いましょうか?」
日奈さんは口と目を大きく開けて、ただただびっくりしている。
2、3回その長いまつ毛をパシパシ当ててまばたきをしたあと、はっとその口を閉じた。
脳筋な私が言うと説得力がないけれど、彼女はただの態度に出やすいだけのおばかさんではなさそうだ。
信じられないことを言われて驚いてはいるが、きちんと、頭の中で考えているよう。
「う、嘘……帰蝶が、転生?ってことは……歴史は!?」
「歴史を変えるような変なことはしてないつもりなんだけど……私、前世で日本史はあまり詳しくなくて、よくわからないんだ。あなたが知ってるのなら、教えてほしいと思って」
詳しくない?じゃあ……、でも……と、少女は小声でなにやら整理しているようだ。
わかるわかる。私も転生したって気付いた時は、一晩かけて脳内を整理したし、一人でブツブツ言ってみんなに怪しまれたものだ。
日奈さんは私ほど長く考え込まず、すぐに顔をあげて真っすぐな目を向けた。
父や兄に何度も言われたから、私は誰かと話すときはきちんとその目の内側を見るようにしている。
相手が嘘をついているのか、信用できる者かどうかを、その目で見ろ、とのことだ。
それが少しは養われているといいんだけど。
「私も……死んだのはわからないけど、気が付いたらここにいました。那古野城や清州城があること、お世話になった夫婦の話から、今が1552年だと知りました」
「!今って1552年なの!?」
「……え、なんで知らないんですか?」
久々に聞いた西暦に、思わず声をあげた。
日奈さんは別のところにびっくりしている。すみません、無知で。
「いや、天文21年とは知ってたんだけど、西暦何年かまでは……戦国時代って500年も前だったんだ」
「はあ。で、どうもシナリオとズレてしまってるっぽかったので、なんとか元に戻そうと」
「シナリオ?」
久々に自分以外の口からカタカナ言葉聞いたかも。なんかジーンとくる。
「はい。私が最初に転移されたのは那古野城の目の前でした。でも、時間が、本来の物語開始は天文22年のはずなのに、天文20年で。少しずれてた。だから、織田信長が家督を継ぐのを待って……」
「ま、まって!物語って!?」
「?なにを慌ててるんですか?ここは、戦国謳華の世界でしょ?だとするとシナリオ通りに行ってないんで……」
「せん?え?なにそれ??」
嫌な予感がする。
本当は、予想してたことだけど、何度も気付きそうになったけど、気付かないようにして。
気付きたくなんて、なかったこと。
「え?戦国謳華を、知らない……?」
「しらない」
心臓が、バクバク鳴っている。
こんな音を立てて、大丈夫なのだろうか、私の体は。バラバラになってしまわないだろうか。
少女の言った「戦国謳華」とは、タイトルだろうか。小説?漫画?話しぶりからして彼女が書いた架空の物語ということはなさそうだけど、もしなにかの創作の世界なのだとしたら、私が今まで信じてきたものは、なんだったんだろう。
足元が、揺れている。
彼女の唇が次に開かれるまで、実際には1秒もかからなかったはずなのに、ひどく、長い時間揺さぶられていたように感じた。
「戦国謳華は、乙女ゲームです」
なんとなく、その事実を知っていたのに、想像してたのに、気付かないようにしていた。
事実をつきつけられたら、私の世界が変わってしまう。
ここで生きている彼らを見る目が、変わってしまうんじゃないかって。
少女の告げる真実は、残酷なようで、反対にとてもポップな響きで。
物語の終わりと始まりを告げる鐘のような音が鳴る。
本当は、それを、望んでいたんでしょ?
「ここは、乙女ゲームの世界です」
和風ファンタジーゲームの世界に転生したと思ったら戦国時代で。
と思ったら、やっぱり乙女ゲームだった。
桜色のくちびる。閉じられたままの長い睫毛。きめ細やかで丸みのある頬。
一言で表すなら、可憐な少女。
十兵衛がお姫様抱っこで捕まえてきてくれたこの少女は、彼の腕の中にその体を預けたまま、一向に目を覚まさなかった。
周りの人に地下牢へ入れるか、と問われて慌てて私の部屋へ運んでもらったのだ。
時代劇によくある地下牢というものが、どうやらウチにもあるらしい。今さっきはじめてその存在を知った。織田軍、怖すぎである。
地下牢、今後もできることなら使いたくない。
追いかけるときに何があったのか、十兵衛はイライラを顔に出した状態で戻ってきて、少女を寝かせる間も、一言も口をきいてくれない。
彼も気になっているはずなのに。
この子がどこから来たのか。何者なのか。
「……十兵衛、あのね……」
「お!そいつが蝶のこと泣かしたっていう女だな?」
スパーンと勢いよく襖が開けられ、今日は他の政務を頑張っていたはずの信長が飛び込んできた。おかしいな、人払いをしたはずなのに。
まあ、この城主を止められる人は、城の中にはいないものね。入るなって言っても普通に女子の部屋に入ってくるうえ悪びれないひとだから。
信長は眠ったままの少女の顔を覗き込んでから、布団を思い切り剥ぎ取った。
「こ、こら!女の子ですよ!?」
「なあんだ。ただの小さい女じゃないか。蝶を泣かすくらいだから、もっとでかいヤツかと思った」
気絶したままで寝乱れていないのはよかったが、スカート丈が短いので少し脚が出てしまっている。一応は夫が、痴漢罪に問われるのはまずい。
頭から脚までじろじろ見ている男どもの視線から少女をかばうように、前に出た。
「可憐な少女の脚を見るんじゃありません!私が泣いたのは、ちょっと、その……昔の知り合いに似てたので、懐かしくなっただけです」
「ふうん」
ちょっと微妙な言い訳だけど、信長の方は興味があるのかないのか、頷いた。
嘘ではない。昔の知り合い、というか未来の女子高生、というか。
でもこの格好、制服に、少しだけど見覚えがある。地元の高校はこんな制服のところはなかったはずだけど、テレビで見たのかな。私立っぽい珍しいデザインだし。
布団を直してあげようとしたところで、寒くなったのか、少女がむずがって身じろいだ。
んん、と小さく声を出し、瞼が小刻みに動く。
「あれ……ここ、は……!?えっ織田信長!?」
目を開けたばかりの少女は、勢いよく上体を起こすと、私と信長と十兵衛と、とりあえず三人を見て顔を赤くしたり青くしたりした。
「おはよう、日奈さん……と言ったかしら。急に倒れたそうだけど体は大丈夫?お話しできる?」
色々思うところがあるのだろう。でもまずは落ち着かせてあげたい、とできる限りの優しい声をかけたつもりだけど、父譲りのコワモテの私でどのくらい優しさを出せたかどうか……。
「はい……帰蝶、様」
「あれ?どうして私の名前を知ってるの?どなたに聞いたのかしら?」
私の指摘に、うっ、と言葉を詰まらせたあと、少女、日奈さんは静かに続けた。
「聞いたんじゃありません。でも知っています。そちらの方は織田信長、そのお隣は明智光秀様」
「なぜ私の名まで知っているのでしょうか。それも、先見とやらの力ですか?」
十兵衛が、今日、この部屋に来てから初めて口を開いた。
声は、女子に向けるにしては刺すように固い。これは、面接の時に誰かが叫んだ「賊だ」を気にしているのだろう。
彼は真面目だから、父上と兄上に「帰蝶を守れ」と命じられて忠実に任務を遂行しようとしているのだ。いい子なんだけど、生真面目すぎるのをそろそろなんとかしてあげたいものだ……。
日奈さんはその冷たい声と視線に、びく、と肩を震わし、少女らしい細い声で答えた。
「……っ、そう、です。私には、未来が見えます、から」
たどたどと答える姿は、目を泳がせてどこか落ち着かない。
十兵衛や城主の信長に怯えているだけ、と言うよりは、嘘をついていると考える方がよさそうな態度。ずいぶん表に出やすい子のようだ。
未来が見えるというのは、あやしい。
二人はともかく、私には「未来が見える」というよりは「未来から来たので歴史上の人物の名前や出来事を言い当てることができる」と言われた方が納得できる。
その証拠に、本当に先が見えるのなら、十兵衛にやすやすと捕まってこうして窮地に陥ったりしないはずだ。
漫画でよくある、能力に制限があって自分の未来は見えない、とかだったら仕方ないけど。それならそれで、その能力についても探りたい。
でも素直に全部話してもらうには、この怖い男子二人がよくないわね。
「信長様」
振り返れば、十兵衛だけでなく信長も、はじめて見るんじゃ、ってくらい怖い顔をしていた。珍しく、いつもはくりくりした目が細まっている。
魔王顔やめなさい。少女が怯えてるでしょうが。
「この子を私に任せてください。本当に先見の力があるのかどうか、試します」
「絞りあげるなら、俺も見たい!」
私が拷問か何かするとでも思っているのだろうか……。
魔王候補生、血と悲鳴を求めるんじゃない。破滅するぞ。
「まあそういうことです。お二人は席を外してください。こういうのは、血に強い女の方が適任なのですよ。ふっふっふ……織田家に仇なす者かどうか、キツ~く絞ってやりますわ」
お嬢言葉がヘタなのはおゆるしを。私も少々焦っているのだ。
ついでに、今日も潜んでいるであろう天井裏へ声をかけるのも忘れない。
「夕凪!」
「あい!」
「あなたは、外でこの二人にずっと話しかけて楽しくおしゃべりしてて。その間、誰も私の部屋に近づけちゃダメ」
「あ、え……でも、姫様」
元気に降りてきた夕凪は、私に跪いたまま口ごもった。珍しく表情が曇っている。ツインテールも微妙な萎れ加減だ。
わかるよ。私がこの華奢な少女にものすごい拷問や非道な尋問をすると思っているのよね。
「大丈夫、女の子相手に、乱暴なことはしないから」
「そうではないです。逆です……!」
「逆?」
「……いえ、わかりました。ご命令ですので、姫様を信じます。なにかありましたら、すぐに声をかけてくださいまし!」
逆ってなんだろう。よくわからないが心配そうな夕凪をいい子いい子してから、まだ残りたそうな顔の男子達を追い出すのを手伝ってもらった。
さすがに私ひとりじゃこの二人の言うことを聞かせるのは大変だからね。
日奈さんは、信長と十兵衛が部屋から消えてほっとした顔になったかと思いきや、見ればまたあわあわと目線を泳がせ始めた。
さすがに拷問なんてしないから安心してよ、と思うけど、私の悪役顔とさっきのやりとりでそう思うなってのが無理よね。
「よし、ぶっちゃけトークしましょう!」
「ぶ、ぶっちゃけ!?」
ひぃっ!と恐怖が絶頂にきた挙動のままの傍らに座って、なるべく怖くないよう笑顔でぶっちゃけ。
大きな目と声は緊張の中にも、彼女のもともとの性格を滲ませている。元気さのあるかわいい子だ。
「私、こう見えて転生者なの。9歳の時に木登りしてたら落ちて頭を打っちゃって。それで前世の記憶を思い出すっていうお約束展開。前世は普通のOLで、死因はちょっと思い出せないんだけど……実家の電話番号とか、ケータイの番号なら覚えてるわ。言いましょうか?」
日奈さんは口と目を大きく開けて、ただただびっくりしている。
2、3回その長いまつ毛をパシパシ当ててまばたきをしたあと、はっとその口を閉じた。
脳筋な私が言うと説得力がないけれど、彼女はただの態度に出やすいだけのおばかさんではなさそうだ。
信じられないことを言われて驚いてはいるが、きちんと、頭の中で考えているよう。
「う、嘘……帰蝶が、転生?ってことは……歴史は!?」
「歴史を変えるような変なことはしてないつもりなんだけど……私、前世で日本史はあまり詳しくなくて、よくわからないんだ。あなたが知ってるのなら、教えてほしいと思って」
詳しくない?じゃあ……、でも……と、少女は小声でなにやら整理しているようだ。
わかるわかる。私も転生したって気付いた時は、一晩かけて脳内を整理したし、一人でブツブツ言ってみんなに怪しまれたものだ。
日奈さんは私ほど長く考え込まず、すぐに顔をあげて真っすぐな目を向けた。
父や兄に何度も言われたから、私は誰かと話すときはきちんとその目の内側を見るようにしている。
相手が嘘をついているのか、信用できる者かどうかを、その目で見ろ、とのことだ。
それが少しは養われているといいんだけど。
「私も……死んだのはわからないけど、気が付いたらここにいました。那古野城や清州城があること、お世話になった夫婦の話から、今が1552年だと知りました」
「!今って1552年なの!?」
「……え、なんで知らないんですか?」
久々に聞いた西暦に、思わず声をあげた。
日奈さんは別のところにびっくりしている。すみません、無知で。
「いや、天文21年とは知ってたんだけど、西暦何年かまでは……戦国時代って500年も前だったんだ」
「はあ。で、どうもシナリオとズレてしまってるっぽかったので、なんとか元に戻そうと」
「シナリオ?」
久々に自分以外の口からカタカナ言葉聞いたかも。なんかジーンとくる。
「はい。私が最初に転移されたのは那古野城の目の前でした。でも、時間が、本来の物語開始は天文22年のはずなのに、天文20年で。少しずれてた。だから、織田信長が家督を継ぐのを待って……」
「ま、まって!物語って!?」
「?なにを慌ててるんですか?ここは、戦国謳華の世界でしょ?だとするとシナリオ通りに行ってないんで……」
「せん?え?なにそれ??」
嫌な予感がする。
本当は、予想してたことだけど、何度も気付きそうになったけど、気付かないようにして。
気付きたくなんて、なかったこと。
「え?戦国謳華を、知らない……?」
「しらない」
心臓が、バクバク鳴っている。
こんな音を立てて、大丈夫なのだろうか、私の体は。バラバラになってしまわないだろうか。
少女の言った「戦国謳華」とは、タイトルだろうか。小説?漫画?話しぶりからして彼女が書いた架空の物語ということはなさそうだけど、もしなにかの創作の世界なのだとしたら、私が今まで信じてきたものは、なんだったんだろう。
足元が、揺れている。
彼女の唇が次に開かれるまで、実際には1秒もかからなかったはずなのに、ひどく、長い時間揺さぶられていたように感じた。
「戦国謳華は、乙女ゲームです」
なんとなく、その事実を知っていたのに、想像してたのに、気付かないようにしていた。
事実をつきつけられたら、私の世界が変わってしまう。
ここで生きている彼らを見る目が、変わってしまうんじゃないかって。
少女の告げる真実は、残酷なようで、反対にとてもポップな響きで。
物語の終わりと始まりを告げる鐘のような音が鳴る。
本当は、それを、望んでいたんでしょ?
「ここは、乙女ゲームの世界です」
和風ファンタジーゲームの世界に転生したと思ったら戦国時代で。
と思ったら、やっぱり乙女ゲームだった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる