マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

文字の大きさ
78 / 134
第二部

69話 稲生の戦いにて2(ユキくんをぶん殴って)

しおりを挟む
 痺れる腕は手綱を繰るだけで精いっぱいになってしまった。仕方なく馬から降りると、二撃目が私に向ってくる。
 女子供の相手は嫌だとか言いながら、わりと本気じゃないの、このスピード。

 容赦のない攻撃に、まだ態勢を整えられていない私は避けることも受けることもできず、目の前で鈍い色が煌めくのを見て背を向けた。
 くるんと踊るようにして翻ると、後ろで、金属が弾かれる音がする。

「信長様!あとは任せたわ!」
「おう!!」

 勝家の槍が私の髪先に当たるか当たらないかの寸前、後ろから走って来た信長くんがその刃を綺麗に弾き返した。
 突然現れた敵の大将に、さすがの勝家も驚いて目を開く。
 その隙に、卑怯と言われるかもしれないけど、私は取り囲む兵で出来た生け垣の中に飛び込んで身を隠す。

 柴田勝家が何をした偉人かは知らないが、女の私と実力差があるのは誰が見ても、自分でもわかる。ので、ここは織田軍最強(と思われる)信長様に足止めをお願いすることにしたのだ。

 事前の作戦会議で、柴田勝家が出てきたら信長が直々に相手をすることに決まっていた。
 信長以外では足止めすらできないほど、彼は強いらしい。

 ただし、絶対に殺してはいけない。

 柴田勝家は今後も必要なのだそうだ。
 そう、巫女様が言うのだから仕方ない。

 日奈さんは信長と私の信用を得ているおかげで、最近では戦の方針にも自身の意見を反映させられるほどの存在になっていた。
 占い師などという根拠のない意見に従うことは、十兵衛をはじめ一部の兵からはあまりいい顔はされなかったが、それでも、今までの出来事のほとんどを予知してきたため、うちでは支持派が多くなった。
 なんなら、織田家臣の信長様支持率より高い。

「信長様、作戦通りにお願いね!」
「わーかってるって!ははっ勝家、お前俺に堂々と歯向かってきた割には、ぜんっぜん槍上達してねぇじゃん!」

 だから、そういう逆なですること天然で言うなっての。

 楽しそうに笑う若い声と弾けるような金属音を後ろに聞きながら、私は誰にも止められないまま敵陣を割って進んでいく。
 信長も勝家も目立つから、そんな二人が派手に戦闘をしていたら他の兵士は釘付けになるのは当たり前だ。

 そうして、大将のいる天幕まで、案外簡単に来れてしまった。
 これは、戦っているのがもともと味方同士の全員織田兵なので、敵味方の区別があいまいになっているからできる裏技なのだそう。
 今後は乱用できません、と十兵衛に釘を丁寧に刺された。

 その十兵衛も、少し離れたところを着いてきてくれているようなのをチラりと見て確認してから、私は天幕の中に飛び込んだ。

「ユキくん!話しをしに来たの!」

 天幕テントと言うよりは、せいぜい埃を避けるためだけに立てた程度の、簡易な幕の中にはユキくんが一人で座っていた。
 きちんと鎧を着こんで、旗を後ろに背負って、外では銃声や斬り合う男達の声。
 たくさんの、覚悟の詰まった場所だ。

 なのに、当の本人だけは、どうしてか私を見て、泣きそうな顔をした。

「き、帰蝶……?」
「ええ。お久しぶりね、ユキくん。少し話をできないかしら?」
「い、嫌だ、帰れ……誰ぞ!曲者だ!!」

 ユキくんが叫ぶと、外から二人ほど、兵が入ってきてしまう。
 大丈夫、これくらいは想定内。

 なんだけど、ユキくんのこの顔は、思ってもみなかった。

 自分の意志で、信長あにを排除しようと、自分が上に立とうという信念があってやっているのなら、しっかりと固めた拳で殴ってやろうと思っていた。

 戦なんだもん。大将を殴れば止まるでしょ。けっして、私が個人的に殴りたいとかそういうことじゃ、なくってよ?

 けれど、こんな迷子になった子供みたいな、泣く寸前の少年の顔を、殴れない。

「この手は使いたくなかったけど……、仕方ないわね」

 ひとりごとを呟いてから、私は自分の防具の紐に指をかけた。
 出立前に丁寧に侍女のあさちゃんが結んでくれたのを、心の中で謝りながら乱雑に解く。支えになっていた場所まで全部解けば、重かった鎧が地面にガシャンと落ちた。

「な、なにを……!?」

 ユキくんが口を開けて見守る中、目の前で次々に脱いでいく。
 私は防具を最低限にしか付けていないけれど、2つ目を落としたくらいで、だいぶ身軽になった。呼吸がしやすい。

 最後に、戦の邪魔にならないように、と、小夜ちゃんが丁寧に結ってくれた髪をほどいて頭を振る。長い髪が音をたてずに広がった。
 火薬と血の匂いの混じった空気でさえ、肺いっぱい吸えるのが、気持ちいい。

「織田信長の正室つま、今は亡き美濃のマムシの娘、帰蝶です。義弟おとうとと話しをしにきました。見てのとおり丸腰ですので、どうか刺さないでいただけると嬉しいわ」

 両手を羽根のように広げて微笑むと、天幕の中の男性全員が、妙に赤面していることに気付いた。

 ここにはいない十兵衛が、額を抑えて「あちゃー」という顔をするのが浮かぶ。
 一度首を傾げてから、あ、と気づいた。

 これ、私、戦のさなか天幕内とはいえ野外で服を脱ぎだす、痴女だわ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...