マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

文字の大きさ
90 / 134
第二部

79話【日奈】わたしをまもって2

しおりを挟む
 足が動かない。
 雨を吸った服も髪も、全身が重い。

 帰蝶が、おなかを押さえて何か言い続けている。
 雨音や合戦の喧騒のせいだけじゃない。だんだん弱々しく、聞こえなくなってきた。

 血が、出てた。

 私をかばったから。
 雪合戦の時にあれだけすばやい動きをしていたあの人が、後ろからの不意打ちだからって致命傷になるような場所に、刀を受けるはずがない。

 本当は、後ろに迫られていることに気づいた時に、私は帰蝶を押して逃げようと思った。

 振り返って手を思いきり突き出して、彼女の体を差し出して逃げようと。
 でもその瞬間、彼女は自分から追っ手との間に飛び込んで、刀を受けた。

 私が「まもって」なんて言ったから。
 死にたくないって、願ったから。

 私が、身代わりに、生贄いけにえにしようとしたから。


 戦国時代ここに来てから、隠しごとばかりしてたのに。
 困って頼るふりをして、都合のいい時だけ甘えて。
 いつだって、私はあの子に本当のことを言わなかった。
 利用しようとした。
 本当は、

 私は、あの子になりたかった。

 強くて、綺麗で、誰からも好かれてて。笑いかけられるたびに、私はあの子より劣ってるんだって突きつけられているようで嫌だった。
 それなのにあの子は、私がつまらなそうな顔をするたび、不満げな態度をとるたび、笑って遊びに誘って、お菓子を作ってくれた。

 友達になろうとしてくれた。

 信長と一緒だ。
 ゲームのキャラとぜんぜん違う。

 ずっとゲームの世界だと思ってたけど、違ったんだ。
 ここはゲームの世界なんかじゃなかった。


 青白くなった唇がまた、声にならない形に動く。
 どうせまた「大丈夫よ」とか言う気だ。
 私が不安そうな顔をするたび、何度も言われた。
 ばかみたい。自分の心配しなよ。

 病院とか集中治療室とかないんだよ?死んでも知らないよ?

 唇が最後に、大きく動く。


「逃げて、日奈!」










 最後の声を聞いたあと、日奈は駆けてくる光秀の姿を見て、叫びをあげた。
 敵意の篭った目だ。「お前のせいで」と言っている。
 その通りだ。
 だから、

「たすけて…………、帰蝶を助けて!!」

 追ってきた兵に髪を掴まれる。痛みが、疲労困憊だった全身に走って動けない。
 この人は誰だろう。今川義元の天幕の中にいたから、側近か重臣なのだろうけど、ゲームに出てこないから誰だかわからない。
 
「私はいいから!お願い、帰蝶を助けて!」

 光秀と夕凪に、せめてこれだけは伝えよう、と声を張り上げたが、雨のせいで届いたかわからない。
 さほど抵抗もできないままに、ずるずると森の中へ連れ込まれてしまった。

 きっと、殺される。
 義元のところへ連れて行くと言っていたが、今川義元はこのあと、逃げる途中で討たれる。
 史実だと毛利良勝という信長の部下が討つはずだが、あの様子なら前田利家がやってのけるのかもしれない。
 別に、それでかまわない。

 彼が武功をあげたら、信長が出した出仕停止処分も、ゲームや史実よりずっと早く解けるだろう。
 利家は帰蝶に恩を感じているようだから、きっと、彼女を助けてくれる。

 全部、上手く回ってる。
 日奈がいなくたって、史実通りではなくたって、世界は進む。

 世界の中心は、神様に選ばれてるのはあの子だったのだ。



『でもね、信長様が護りたいのは、日奈さん、あなたのこともだと思うわ』

 作戦のことを伝えた時に、日奈の言葉に続けて帰蝶が言った。
 これは走馬灯というものだろうか。

 目を閉じると色んな声が、頭の中に響いてくる。


『そうか。なら、お前はやっぱ蝶と一緒に行ってもらうかな』

 これは信長の声だ。
 ゲームをプレイした時のボイスではない。今、日奈とともに生きている彼の。

 作戦の前夜、日奈は帰蝶から概要を聞かされたあと、一人信長の部屋へ向かい、桶狭間の場所とおおよその時間を伝えた。
 どうしても死亡フラグを折っておきたかったから。

 わかっているのだから、さっさと助けに来て、と。
 この信長は、日奈のことはともかく、妻と有能な部下を見捨てないはずだ。

「あの、話、聞いてました?帰蝶様を偵察に出さなくてもいいですってこと……」
「聞いてた聞いてた。でもなー、お前とミツが場所を言い当てたってのが欲しいんだよな」
「私、と……?」

 そうそう、とのんびりと笑ったまま、彼は茶をすすった。

「俺はその間のんびり歌でも歌ってるから、蝶のことよろしくな。お前とミツの頭で、蝶を助けてやってくれ」

 この人は、どうして信じてしまうのだろう。
 日奈はただ疑問にしか思えなかった。

 無条件に信じてしまう。
 得体の知れない、未来の知識を持った妻や巫女を。
 最後には裏切り、いずれ自分を殺す部下みつひでを。

「私……は、帰蝶を、殺すかもしれないよ?」

 日奈の決死の問いも、信長は意にも介さないようだった。
 茶と一緒につまんでいるのは、帰蝶が作った現代風のスイーツだ。

「それに……光秀様は最近ちょっとおかしいよ。あれは明らかに、帰蝶のことが好きだよ。そんなの、一緒にいさせていいの?」

「大丈夫だろ。俺は、お前たちのこと信じてるから」

 そう言って彼は、また日奈の頭に手を置いた。
 ぽん、ぽん、と二回、やさしく。


 時間はそんなに経っていないのに、何年も会っていないかのように、懐かしく感じる。
 鼻の奥がツンと痛い。雨を啜り上げてしまったのか。

 もう一度、撫でてほしい。
 またあの声で、もう一度言ってほしい。

 勇気が、欲しい。


「よお」


 遠くから、ずっとずっと、幼い頃から欲しかった、生まれた時から待っていたような声がして、顔をあげた。


「なにやってんだ、お前」

 赤い髪。
 薄暗い中で、夜明けほどまぶしく感じる、安堵するひかり

 雨でも汗でもない、目からしずくが零れた。


『逃げて、日奈』

「来いよ、ヒナ」

 帰蝶の声に重なるようにして、信長のあたたかな声が、頭に沁みた。


 信長の後ろに、織田兵がぞろぞろと続いて見える。
 追い詰められた男は木の幹を背に日奈の髪をぐいと持ち上げ、人質がいることを彼らへ見せつけた。
 日奈が必死にもがき、細い手指でどれだけひっかいても男の指は髪から離れない。
 男は後ろでニィ、と笑う。

 織田は、先見の巫女を失いたくないはずだ。
 ここまで来られたのもすべて、巫女の予知によるものだから。
 ならばここで、巫女を盾にすれば逃げ切れる。


 日奈は男の思惑とは別に、信長の眼だけを見ていた。
 綺麗な、暁の空と同じ色。

 帰蝶の大きな瞳は黒だったけれど、信長と同じように、いくつも星が散っていた。
 夜空。


 私は、二人の思いに、決意に報いないといけない。


 ごめんね、と、もう会えない友に心の中で謝る。
 帰りたかったけど、また会いたかったけど、たぶん私は、ここで死ぬんだ。

 何度も謝り、名前を呼んで別れを告げた。

 帰蝶から渡された、護身用の懐刀。ナイフほどの刃渡りしかない。
 護身用とは言われたけれど、これはどう見ても自決用だ。
 帰蝶ならこんな小さな刃でも抵抗できるだろうが、護身術も武術の心得もない普通の女子高生の日奈には、無理だ。自分の首を掻っ切るくらいしかできない。
 それを胸元から出すのと同時に鞘から抜き、首へ向ける。

 邪魔にも、足手まといにもなりたくない。

 生きて帰れなくてもいい。
 誰かを犠牲にしたり、生贄になんてしたくない。


 私を信じてくれたひとを、生かしたい。


 日奈は刀を思い切り、自分の首元へ下ろした。
 断頭台に置かれた首のように、ザン、と髪が切れる。
 痛みはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

処理中です...