マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

文字の大きさ
124 / 134
第二部

111話 ヒロインのいない岐阜城にて

しおりを挟む
 それなりの日数経過をあらわすよう、纏った着物に少々の汚れやくたびれはあるけれど、出て行ったときとほぼ変わらない。
 赤い髪は今日もつやつやしており、瞳も、普段の燃えるような活力を失っていなかった。ちょっと簡単な戦をしてきた程度ですよと言わんばかりに元気な夫が、そこにはいた。

「ほ、ほんとに終わったの?」
「おう!」
「本当に終わりました」

 頷く十兵衛は心なしか疲れた顔をしている。これは気苦労だろう。ごめん。
 彼が言うのなら、嘘や冗談ではないのだろう。
 しかし上洛って、京都まで将軍様を送って行くミッションとは聞いていたけど、それってそんなに簡単なことだっけ?
 新幹線や車のないこの時代、そんな、体感3日で行って帰ってこれるものかな。まあいっか。この世界のシステムについて考えすぎると脳がバグる。

 私はとりあえず、さっきまでしていた日奈捜索がバレないよう、後ろについた探偵助手の二人にキツく目くばせした。
 いい?私達は凱旋したみなさんを城門までお迎えに来ただけだからね?間違っても余計なことを言うんじゃないわよ?

「それにしても早かったわね。さすが、信長様と十兵衛ね!仲良くやってくれたようで嬉しいわ」
「ええ。長期間こちらを離れていると、帰蝶様が巫女の捜索に出ると言いかねませんので」

 読まれバレている。

 信長達一行は、道中邪魔が入ったりしたもののそのすべてを蹴散らし、最速最短にてみやこへ入洛。目的だった秋さんのお兄様、義昭様は無事将軍様になられたそうだ。めでたしめでたし。

「途中、六角や三好の邪魔は入りましたが、義龍……龍興様が良く動いてくれて、早く済みました」

 敵対勢力についてはよくわからないが、兄上の軍がとてもお役に立ったらしい。それなら身内として嬉しい限りだ。
 滅多にしないが、気分が良いので夫のカバンなどを持ってみる。
 甲斐甲斐しくお世話をしつつ、日奈捜索の痕跡を消すべく半兵衛くん達には下がってもらった。

「あー、そういうのいいから。ミツがうるさいからお前の顔見に寄っただけ。すぐ清州城むこう帰る。宴とかもしないぞ」
「あらそう?」

 それは願ったりだが。パーティー好きな信長にしては珍しい。

「あと、こいつ置きに来た」
「こいつ……?」

 珍しくお土産でも?と後ろを向くと、後方に続いていた馬から華奢な影が降りてくるところだった。
 小花と蝶の描かれた薄い色の着物が、降りたつ足元でのみふわりと揺れる。旅帰りの泥臭い織田軍の中では目立つ、清水のような綺麗な顔が、私を見つけて綻んだ。

「秋さん!?」
「んふふ。ついてきちゃいましたあ」

 駆け寄って近くで見た姿は、大事に運んでもらえたのだろう、着物に汚れもなく疲れも見えない。
 野蛮な織田軍ウチの男達にしては珍しく、ちゃんとお姫様扱いしてくれたようだ。私にはしないくせに。

「だぁって、せっかく帰蝶に会えると思ったのに、いないし。兄様あにさまは無事に将軍になれたから、そうしたら私のお役目はないも同然だもの。向こうにいたっている意味なんてないし、つまらないじゃない」
「お役目って?」

 道中で信長や十兵衛と仲良くなったのだろうか。秋さんは以前会った時よりも私に親近感を持っているようだ。腕にぐるんと自身の両腕を巻き付けて、不満そうに振っている。
 そしてにっこりと自身の顔を指さした。

「私と兄様、顔がそっくりでしょ?私は兄様の影武者だったの」

 幼い頃から体の弱かった義昭あにに代わり、兄が表に出られない時にはいもうとが代わりに執務を行う。
 兄に危険がある時は、妹が身代わりをして本物から目をそらさせる。
 この時代せかいでは、同じ血が流れていても、健康でも、いもうとは将軍にはなれない。大事にされるのは、あにだけだ。

「それは……大変なお役目でしたね」
「んーん。兄様はあたしがいないとダメだからってだけ。でももう、必要ないみたいだから、あたしはあたしで好きなことをすることにしたの!」

 そういう秋さんは心底楽しそうだ。きっとこれからは本当に自分のしたいことをして、自由になれるのだろう。
 無邪気に笑む姿を見て、私も嬉しくなった。

「でもそれなら、もう女装はしなくてもいいのでは?やっぱりちゃんと安全を確保するまでは味方の目もあざむかないといけないの?」

 そう言うと、何人かの顔が変わった。

 秋さんは、男性だ。
 抱き上げた時にわかった。
 以前はなぜわざわざそんな格好をしていたのかわからなかったし、言わないということは事情があるのだろうと黙っていたけれど、影武者という情報を得た今ならわかる。
 義昭様との区別をつけるためだ。
 影武者の仕事以外の時に誰かに見つかって、同じ顔の人間が二人いると思われては、影武者の意味がない。普段は化粧をして女装をしていたのだろう。
 女装をしていても顔が似ているとわかるのだし、一卵性の双子とかかな。この時代じゃあ、双子は縁起が悪いとか言われて肩身が狭かっただろう。

「ちょっと!なんで言っちゃうのよ!」
「え?だめでした?影武者のお役目を終えたなら、もう姿を偽る必要はないんじゃないの?」
「そう、なんだけど……」

 秋さんは細めの目を普段より大きく開いて、それから「役目は、終わり……」と小さく呟いた。その声は本当の少女のようにか細く儚くて、私にしか聞こえないものだった。

「男、なんですか……?」
「はっ!」

 十兵衛が、いつの間にか私達の間に立って、じっと秋さんを見ていた。
 思い返せば私と秋さん、初対面から「お姫様抱っこ」「顔を近づけていちゃいちゃする」「腕を組む」と、異性だとしたらやってはいけないことばかり。

「違うわ!あたしは女の子よ!帰蝶の勘違い!」
「そ、そう!秋さんはちょっとゴツゴツした女の子です!」
「ゴツゴツは余計よ!」

 自由になっても素になっても女言葉が抜けないあたり、これは仕事で女装していたというよりは、この子の趣味だな。
 おネエキャラみたいなものだろう、と私は抱きついて顔を寄せた。やはり花のようないい匂いがする。

「ミツ、そんなことより次の準備。次は蝶にも出てもらうからな」
「帰って来たばかりなのに、また戦?」
「将軍からの頼みだからな。朝倉を攻めるぞ」

 信長は悪戯を思いついた少年のようにニッと笑う。
 秋さんが男だろうとなんだろうとどうでもいいみたい。
 いつも細かい理由は言わないけど、攻める時は徹底的にやる。

 私はまだ見ぬ朝倉さんに、心の中で合掌した。






 *******


「おおーい、なーんでこんな偽物ニセモノ、掴まされちゃうかねえ?」

 いかにもな不機嫌を顔に描いたまま、男は高い背から日奈と、黒衣の少年を見下ろしていた。

「何か言えって」

 何も言わない少年。薄暗い部屋。少年との対比のように、居丈高な大柄な男。
 恐怖と読めない状況に、日奈は体をただ縮こませた。
 なんとかこの男の視界から出たい。話に上がることを避けたい。
 怖い。

「で、だ。お前は一体なんなんだ?」

 とうとう、矛先が日奈に向いてしまった。
 男の視線は鋭く、一瞥されただけで全身を串刺されたかのように、痛い。
 自分の命の線が短くなっていくのを感じて、日奈は涙を流すのをやめた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...