マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

文字の大きさ
129 / 134
第二部

116話 あの子をかえして2

しおりを挟む
 いつも鉄面皮に近い十兵衛の満面の笑みに、私以外の場にいた全員が凍りついてしまった。
 私も見たの久々だし、そりゃあびっくりするよね。
 破壊力のある整った顔に、女性陣なんてそのほとんどが頬を染め惚けてしまった。

「しょうがねえな~。作戦変更~!」

 信長の一声に、固まっていた私達の時間が動き出す。
 まずは、日奈救出作戦だ。


「えっ日奈って朝倉にいるの!?」
「おう」

 日奈の居場所は、実は数日前から信長と十兵衛だけは知っていたそうだ。彼らも独自に調べてくれていたことがわかって嬉しい反面、教えてもらえなかったのは少し悲しい。
 でも、私に言ったらすぐ飛んできそうだったものね。トップとしては正解。私のことをよくわかっている。

 日奈の捜索について、一番有益な情報をくれたのは信長の妹の市さんだった。
 この時代、敵国や同盟国へ嫁いだ大名家の娘は、実家の諜報員なのだそうだ。
 私はその務めを果たした覚えはないが。いや、父上や兄上に変な手紙送ったりはしたな。有益な情報を伝えられるのが優秀な姫の資質だそうだから、それなら私はやはり落第娘だ。
 その情報によれば、朝倉軍内では、「織田の奥方を人質に取ってるから、戦になっても大丈夫!いざとなったら盾にするから気楽に戦ってね」みたいな話が広まっているらしい。

「じゃあ、どうして公表して私達に何も要求してこないのかしら?お城を攻められるより、人質使って停戦とか同盟持ちかけた方が良いわよね?いるのが敵大将の奥さんなら、身分的には相当使えるじゃない?」
「そうはいかないんスよ、ひぃさん。向こうにも矜持ってモンがあるっス。奥さん攫ってきたなんて、大声で言えないっしょ?」
「それに、人質は取引をして返してしまうより、長く居させた方が役に立ちますから」

 人質というのは、無言の圧だ。
 敵国に娘を嫁がせるも、そう。
 君んちの娘さんがいるんだから攻撃しないよね?ね?そっちこそ、義理の親子になったんだから、攻撃やめてよね??を無言のうちに納得しあう行為が、武家の結婚=同盟。
 さらに今回は、正式な手順で手に入れた人質ではない。
 攫ってきた人質を非道な方法に使うと、内外から反発の声が上がるのだそうだ。この時代は礼や義やらを重んじる。特に身内からのネガティブな声が多くなるのは、怖い。
 そのため、領内では公式では人質はいないことになっているという。

 秀吉くんと十兵衛の丁寧な説明に、なるほど、と頷いた。視界の端で私と犬猿の仲の勝家が「またかよこいつ」という顔をしている。
 彼は私が戦や軍議にしゃしゃり出るのをよしとしない。私は彼のことが嫌いなので、どんどん出てやる。

「わかったわ」

 大げさな動きで、私は立ち上がり踊るように両手を広げた。

「それならもう、公表しちゃいましょう!」

 堂々で突飛な発言に、男達はざわついた。私はそんなに変な発言をしたつもりはないのだけど。

 戦っていうのは、相手が嫌がることを考えれば攻略できるって、以前、十兵衛が言っていた。
 でも、家臣や領民の反発が出ないように、あまり非道なことはしないのが普通だ。誰だって他人から良く見られたい。
 私も最初は悪役令嬢だと思ったから、人当たりよく、炎上しないよう破滅しないよう心掛けてたけど、それで親友を救えないなんて、嫌だ。
 彼はそんな私を見て、赤い髪を揺らし声には出さずに笑った。仕草で、声を聞かなくても喜んでいるのがわかる。

「よし、じゃあこうすっか!」

 作戦はあまり変わらず、信長本隊は朝倉さん家を攻める。その間に、私が少数でお城に侵入して、日奈を救出する。前回の襲撃で動かせる忍びが減ってしまったけど、多めの人数をこっちに割いてくれるとのこと。

 さらに「帰蝶わたしが人質にされている」と公表して、同情と大義面分を得る。
 人質の存在について内外で声をあげれば、向こうは人質をより厳重に隠すか、本来の役割を発揮させるために表に出すはずだ。この移動のタイミングで、日奈を助ける。
 もともと、朝倉家とは今は敵対関係にはなくて、上洛するときに嫌味を言ってきたりしたから、将軍命令で攻めることにしたのだと言う。
 なので私(ニセモノ)が攫われたと知らない家臣達からは、いくら将軍命令でもやめてほしいって意見があったみたい。信長はいつもの調子でゴリ押したそうだけど。

「危険はありますが、やってみますか?」
「そうっスね。戦に勝って人質交換するんでもいいっスけど、いつまでも捕らわれてたら、巫女さん可哀想っスもんね」
「オレも、姐さんのダチなら助けてやりてぇ!」
「みんな~!」

 攻略対象者達が、急にデレてくれた。全員を抱きしめたいのを我慢する。
 日奈が、私がいないところでせっせと攻略対象者との友好度を上げようと努力していたのを知っていた。彼女は見えないところで、ちゃんと自分の役割を果たしていた。自分の居場所を自分で確保した。
 あの子のヒロインりょくを、帰蝶姫に「舐めないで」と突きつけたい。
 本物わたしなんかが攫われたんじゃなくて日奈なんだよ、と教えてあげたら、織田軍の士気はもっと上がるんじゃないだろうか。今回は日奈の安全のために、あくまで帰蝶という体でいくけど。

「どっちみち蝶は表立って出せねーから、ヒナを助ける方へ回れ。ミツは蝶の護衛な」
「仰せのままに」
「まかせて!ぱぱっと日奈を助け出して、ささっと合流して加勢するから!」
「ま、そんときゃこっちも終わってるだろうけどな」
「言うじゃない~さすが!」

 帰蝶姫の言うように、見捨てたりなんか、しない。
 私は後悔しないように生きるんだ。彼女とは違うって、堂々と日奈に会って言うんだ。

「じゃあ、あたしも行こうかしら~」

 呟いたのは、端っこで綺麗に正座をしていた秋さんだった。
 すっと立つと、私より少しだけ背が高い。

「こう見えて、あに様の替わりになれるよう、一通りのことは出来るのよお?馬にも乗れるし、刀も弓も扱える。お琴も、句だって詠めるのよお?」
「それは頼もしい!……かな?」

 秋さんはお客さんだけど、織田軍には女性だけの隊もいるし、本人が行きたいのならそこまで問題はないでしょう。
 了承すると、彼はぐっと力強く私の肩を抱いた。こうして密着すると、やっぱ体は男の人なんだよなあ、と思う。

「もしだめだったら、あたしが帰蝶の親友になってあげるから、ね?」

 近くで囁かれた聞きなれない低い声に、耳がむずむずする。
 嬉しいけれど、そんな不吉なことを言わないでくれ。





********

 むかしむかしあるところに、
 なんて、わたくしは言った覚えはない。

 帰蝶は過去に興味はない。
 あるのは、先のことだ。

 次こそ、この生こそは絶対に、成功させてみせる。
 叶えてみせる。

 今回この身に入れた娘は、随分と無茶なことをしてくれるけれど、まだ使えるようだから、排除する気はない。
 もとより、自分を殺すことはできない。
 殺せるのは、もう一人の娘ヒロインや自分以外の人間だけ。それも、自分の身体に入れたのが、意志の弱い娘だった時に操れれば成せる、と言った程度。
 帰蝶がこの物語せかいへ干渉できることがらは、ずいぶんと少ないのだ。

 今の帰蝶を通して、勝手に紡がれていく物語をただ見つめることしかできないけれど、この娘はそれなりに奮闘しているようだから、なにか手助けをできないだろうか。

 気まぐれに、帰蝶は手をあわせて祈った。
 白く乾いた指先を擦るようにして。

「あの娘の願いが、叶いますように」

 神でも仏でもないものに、彼女は祈る。

 帰蝶の願いはあの娘の願いだ。
 きっと、近々叶うだろう。

 だって、この世界はわたくしの世界なのだから。
 わたくしは、この世界の神なのだから。

 そうでしょう? 

********



 本当は、この作戦はやめるべきだった。
 だって私の我儘のせいで、軍の戦力を大幅に割いてしまった。
 信長や十兵衛が、どうして最初は戦力を割かずにいたかったのか。そのために、私に日奈の居場所を黙っていたのに。きちんと考ていれば、ちゃんとわかることだったはずなのに。

 後悔しないように生きると決めたのに。
 日奈が少し前に漏らした「負けイベント」について、私はこれからずっと、後悔することになる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...