マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

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第二部

118話 金ヶ崎の戦いの、前にて1

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 ***

 むかしむかしあるところに、とてもえらい将軍さまがおりました。

 将軍さまには、双子の弟がおりました。
 むかし、双子は縁起のよくないものとされていましたので、親しい人以外には内緒にして。

 でも兄弟はとても仲がよく、お顔もそっくりでしたので、時々入れ替わっては、周りの家来たちをからかって遊んでいました。

 そして兄弟は大人になり、兄はぶじに将軍さまになりました。

 すると将軍さまは、自分が将軍になるためにがんばってくれた人を、もういらないと思うようになりました。

 だって、こわかったから。

 弟も、あの人も、ぼくよりもずっと優秀で、ぼくができないことをなんでもできて。

 だから、他の人を集めて敵になることにしたのです。
 みんなも、あの人は今のうちに消さなきゃいけないって、思ってたはずだから。

 おしまい。

 ***

「信長様と別行動を取ると、嫌な予感しかしませんね」

 そう、道中呟いたのは意外にも十兵衛だった。
 苦笑するように言われて思い出したのは、桶狭間でのことだ。
 あの時は一応、信長命令ではあったものの、私の勝手な判断で敵陣に入り込み、ボロボロにやられてしまった。
 死ぬことはなく今もこうして生きているわけだけど、十兵衛も、今は療養中でお留守番の夕凪も、一番近くにいた日奈も、みんな私のせいで生きた心地がしなかっただろう。
 ごめんごめん、と軽く謝りつつ、ちらりと反応を見て見る。もう十兵衛はあの時のことは気にしていないようで、安心した。
 桶狭間の時と同じように、こんな風に野山を歩いて敵地へ向かったので、彼も思い出したのだろう。

「あ、いたいた」

 森の木々の合間、見慣れない兵達の中に目的の人物を見つけて、私は大きく手をあげる。
 私達は、日奈救出作戦のため、徳川軍と合流することにしたのだ。

「たけち……家康くーん!」
「きちょ……おねえちゃん、こっちこっち」

 徳川家康、と名乗るようになった彼の周りは、山中で鎧を着ているというのに満開の桜並木のように優雅だ。お花見ができそう。花は彼で。

「“おねえちゃん”はいい加減やめてほしいけど……今日は仕方ないわよね」
「それを言ったら、いい加減“竹千代くん”は恥ずかしいなあ、おねーえちゃん?」
「うぬぬ……」

 私は公的には朝倉軍に囚われの身となっているので、大声で名前を呼ぶのを遠慮していただき、代わりに「おねえちゃん」になった。
 正しい対応なのだけど、相変わらず妙に色気のある声で呼ばれると、うなじのあたりがむずがゆくなる。
 後ろで十兵衛が怖い顔をしているので、じゃれるのはこのあたりにしておいた方がよさそう。家康くんは相変わらず女子への距離が近いのだ。

「あの巫女ちゃん、攫われちゃったんだってね。かわいそうに。菜の花みたいでかわいい子だったのに」

 そう言う家康くんは、真に心から残念そう。
 本人がいないのにナンパのようなセリフを。さすがである。

 朝倉へは開戦と同時に「織田の帰蝶が人質になっている」と嘘の公表をしたところ、本当にすぐに反応があった。情報伝達係の忍衆のみなさんによれば、日奈は現在、もといたお城から移送中らしい。
 本当に人質として牽制する気か、戦のどさくさに紛れて始末する気か。移送先は、今現在織田軍が最前線で攻略中の、金ヶ崎かねがさき城へ。
 もしかすると後者の可能性が高いというので、家康くんの協力のもと、私達は急いでその城へ向かった。

「ねえ、帰蝶、だいじな話があるんだけどー」

 その途中、声をかけてきたのは秋さんだった。
 なぜこのタイミングで、とも思うが、大事な話だと言うので歩きながらも耳を傾ける。
 彼は他の女性兵達に交じったまま、化粧を施した女性の顔に、簡素な鎧を見に付けていた。一把さんに教えてもらっていた火縄銃も持っている。
 私の率いる女兵とも見える、若武者にも見える、アンバランスな姿。

「なあに?秋さん」
「言うなら、今しかないかと思ってえ。だあいじな、はなし……」

 する、と白い指が、私の首元をなまめかしい動きでなぞる。爪も丁寧に整えられていて、お姫様みたいな手だけれど、彼はお姫様おんなのこではない。
 十兵衛は気付かないのか、彼のことを女性と認識しているからか、こんなところでじゃれ合っていてもそれほどは気にしないようだ。チラりと横目で見てから、女同士でどうぞと目を離した。

「あなたたち二人とも、兄様あにさまもとへつかない?」
「へ?」
「兄様は、織田を……信長を捨てるつもりなの。でもあななたちのことは、特に十兵衛殿のことは気に入ってる。だから、信長を捨てて兄様あにさまのところへ行きましょう。今なら間に合うわ。あたしは帰蝶をもらうから。そう兄様にも言ってあるし」

 すらすらと耳元で語られた言葉は、突然すぎて頭の中に入って来ない。
 それでも無意識に、他の人に聞かれないよう、すっと列から距離をとった。

 秋さんは私をじっと見て目を細める。それは、笑顔ではない。

「まだわかってないの?この戦はね、兄様が望んだことよ。織田は裏切られて、ここで消されるの」
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