ばいばい、ヒーロー

上村夏樹

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第3章 消失メモリーと挑戦状

第14話 戦慄! 挑まれた軽音楽部

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 翌日の早朝、俺たち軽音楽部は校門に集まっていた。目的は心愛に昨日の映像を見せてもらうためだ。

 それにしても心愛のヤツ、本当に一日で完成させてしまうとは。変な言葉遣い(主に語尾)なヤツではあるが、能力的には優秀な人物なのかもしれない。

「だけどよぉ、早朝に集まる必要はないだろう」

 愚痴をこぼすと、綾が「何を言っているの」と反論した。

「できるだけ早く見たいじゃない。私の要望どおり……じゃなくて、心愛さんの気遣いでしょ。無下にはできないわ」
「……もしかして、こんなに朝早いの綾のせい?」
「違うの。正確には、心愛さんが『早く見せたいから朝集合で!』と言ったのよ。その提案に私が乗ったというだけのことよ」
「いや違くないだろ。勝手に提案に乗るなっての」

 ちくしょう。俺の睡眠時間を返してほしい。

「おっはよーございまーす! お待たせしてすみませーん!」

 正面から走ってくる生徒が一人。もちろん心愛だ。
 心愛が俺たちの前で止まった。ぜぁはぁと息を切らしている。

「おはよう、心愛。そんなに急がなくてもよかったのに。少しくらい遅れても、俺たちは構わないんだし」
「だめっす! 言い出しっぺはうちっすから、時間厳守っす!」

 この子、本当に優秀。ドラムさえ叩ければ、うちのポンコツ大輔と交換したい。

「じゃあ、早速行きましょうか」

 心愛は校門を通過し、校舎を目指して歩きだした。俺たちも昨日の撮影の話で盛り上がりながら、心愛の後に続く。
 新聞部の部室は別棟の三階にある。俺たちは本館で下駄箱に履き替えた後、三階まで上り、渡り廊下を渡って別棟にやってきた。

「そういえば、職員室で鍵は借りなくていいのか?」

 歩きながら、心愛に尋ねる。

「大丈夫。この時間なら、少なくとも後輩が一人いると思うっす。彼女、七時前後には部室にいるんで」

 げ、マジかよ。七時とか文化部が登校する時間じゃないし、運動部の朝練をする生徒よりも早いんじゃないか?

「ねぇねぇ。心愛ちゃんって彼氏いるの?」

 静香が弾むような声で尋ねる。相変わらず好きだなぁ、恋バナ。

「うちっすか? いないっすよー」
「えー。心愛ちゃん可愛いし男子から人気あるから、絶対いると思った。じゃあ、好きなタイプの男性は?」
「うーん、大人っぽい男性に惹かれるっすね。あとはそうだなぁ……背が高くて、気さくで優しい人っすかねー」
「笠原先生みたいな?」
「あはは。そうっすね。同級生で笠原先生みたいな人がいれば、恋しちゃうかもしれないっす――着きました。ここが部室っす」

 話しているうちに新聞部の部室に着いたらしい。心愛はドアを開け、「おっはよーございまーす!」と大声で挨拶して入っていった。俺たちも挨拶しながら入室する。

 部室には先客が二人いた。
 一人は背の高い眼鏡の男。茶髪でツーブロックの、少しチャラそうな男だ。
 もう一人は腰のあたりまで髪を伸ばした女の子。アニメのキャラクターがプリントされた膝かけを使っている。
 大きめの長いテーブルが真ん中に置かれている。ノートPCは全部で四台。そのうち三台は起動していた。

「おはよう、心愛。そちらの方たちは?」

 眼鏡の男が心愛に問う。

「昨日お話していた、軽音楽部の方たちっす。こちらは部長の貴志くんっす」

 紹介されたので軽く会釈すると、眼鏡の男は立ち上がり、こちらへやってきた。

「軽音楽部のみなさん、よく来たね。俺は三年で新聞部部長の梶原航大。よろしくね、貴志くん」
「よろしくお願いします。軽音楽部代表の一ノ瀬貴志です。今日は朝早くから押しかけてすみません」
「気にしないでくれ。こちらこそ、昨日はいきなり心愛がインタビューして悪かったね。迷惑じゃなかったかい?」

 そう言うと、心愛が頬をぷくっとふくらませる。

「ちゃんと許可取ったっす! もう、部長はうちのことをいつも半人前扱いするんすから」
「あはは、冗談さ。心愛の実力は俺だって信頼してるさ」

 そう言うと、心愛は「どうだかっす」と半眼で睨み返す。しかし、その目に悪意はない。気の知れた二人が、冗談を言ってじゃれ合っているように俺には見えた。
 ふとさっきの話を思い出す。
 背が高くて、気さくで優しい男性がタイプ、か。もしかしたら、そういうことなのかもな。

 それにしても……さっきから視線を感じる。もう一人の新聞部の長い髪の子だ。
 そういえば、心愛は「後輩が来ている」と言っていたっけ。おそらくこの子のことだろう。

「はじめまして。朝早くからごめんね?」

 話しかけると、彼女は顔を上げてこちらを見た。

「私、一年の里見蘭子ずら。よろしくずら」

 ……ずら? どこの方言だっけ?

「気にしないでいいっすよ。蘭子ちゃんの語尾、ちょっと変わってるんすよ」

 心愛は「変な語尾っすよねぇ」と笑っている。お前の語尾も変わっているとは言わないでおいた。

「早速で悪いけど、映像を見たいわ」

 綾が落ち着かない様子で心愛を急かす。子どもかお前は。
 心愛は「ごめんなさいっす。今準備しますっす」と謝り、一台のノートPCの前に座った。

「PC、四台あるんだな。部員は四人いるのか?」
「いえ、三人っす。それぞれ個人で一台持っていて、余った一台はみんなで共有しているPCなんすよ。うちが今使っているのが、その共有PCっすね……うん?」

 俺と会話しながらPCを操作していた心愛だったが、急に黙り始めた。マウスを忙しなく動かして、フォルダを開けては閉じ、別のフォルダを開けている。

「……データ、見つからないのか?」
「おっかしーっすねぇ。たしかにこの『インタビュー軽音楽部』のフォルダに保存したんすけど。念のため、検索かけてみますっす」

 心愛が「軽音楽部」と打ち込み、PC内のデータを検索した……が、該当はゼロ件。つまり、データはこのPCにないということだ。

「心愛のPCに保存したってことはないのか?」
「いえ。昨日、軽音楽部を取材した後は、一度も自分のPCを開いてないっす。編集作業はこの共有PCで作業したっすから」
「……データが消えたってことか?」

 心愛は納得いかない様子だったが、渋々うなずいた。

「まぁデータはUSBにも保存してあるので、問題はないんすけど……どうして消えちゃったんすかねぇ?」

 心愛は「ウィルスとかだったら困るっすよー」と愚痴をこぼしつつ、USBを差し込んだ。
 しかし、

「嘘……USBのデータも消えてるっすか!?」

 心愛はテーブルに手を叩きつけて「意味わかんないんすけど!」と声を荒げる。
 USBのデータまで消されていたってことは……考えたくはないけど、人的要因も考えられるな。

「落ち着いて、心愛。別のUSBに入れたってことはないかい?」

 見かねた梶原先輩が心愛に尋ねる。心愛は「それはないです」と首を振り、大きく深呼吸を始めた。

「すーはー……すみません。取り乱しました」
「心愛ちゃん。データ消えちゃったの?」

 静香が心配そうに聞くと、心愛は力なくうなずき、立ち上がった。

「原因は不明なんすけど、PCとUSBから映像データが消えていました……せっかく集まっていただいたのに、上映できないっす。本当にごめんなさいっす!」

 心愛が腰を直角に折り、勢いよく頭を下げた。

「な、なんてこと……私の雄姿が……」

 がっくりと肩を落とす綾。だから子どもかって。

「俺たちのことは気にするなよ、心愛」

 心愛の肩にそっと手を置く。彼女は「本当に申し訳ないっす」と泣きそうな声を漏らし、顔を上げた。

「軽音楽部のみなさん。ご迷惑をおかけしてすみませんっす……せめて、昨日の撮影した写真を見ていかないっすか? すでに現像は終わっているっすから」

 心愛がデスクの一番上の引き出しを開けた。中には白い不透明のクリアファイルが入っている。おそらく、あの中に写真が入っているのだろう。
 心愛はクリアファイルから写真を取り出した。あの厚みから考えて、二十枚以上はあるかもしれない。
 心愛が写真を机の上に出した瞬間――。

「な……なんすかこれ……!」

 震える声。狼狽しているのは明らかだった。

「心愛? どうかしたのか?」

 俺たち軽音楽部は写真を覗き込んだ。

「全部、破られているっす……!」

 俺たちの映っている写真がビリビリに破られていた。おそらく刃物ではない。手で破ったような切り口だ。

「やだ、何これぇ……」

 怯える静香を、綾が「大丈夫。大丈夫だから」と安心させるように背中をさすっている。大輔が静香を支えてやるべきではと思ったが、大輔は普通にビビッて声も出ない状態だった。

「おい、心愛。これはさすがに異常だぞ。他に何か悪戯されてないか、あるいは盗まれた物はないか確認するんだ」
「は、はいっす」

 心愛は上から順にデスクの引き出しを開けた。
 三番目の引き出しを開けたとき、ある物が目に飛び込んできた。

「え、何……っ?」

 心愛はある物を取り出し、デスクの上に置いた。
 それはA4サイズの一枚の紙だった。そこにはこう書かれている。

『軽音楽部に告ぐ。今年の文化祭に参加するのはやめろ。さもなければ……お前ら全員、写真のような姿になるだろう』

 脳裏に浮かぶのは、先ほど見たズタズタにされた写真だった。
 間違いない。これは俺たち軽音楽部宛ての悪意に満ちたメッセージだ。

「や、やだ。怖い……」

 怖がる静香を励ます者はもういない。大輔は元からビビッているし、綾も自分の体を抱きしめるように、肩に手を回している。新聞部の三人も、恐怖で顔が引きつっていた。
 ここにいる全員が、自分の恐怖心と戦うことで精いっぱいだった。
 ただ一人、俺を除いて。

「心愛。それに梶原先輩、里見さん……巻き込んで悪いんだけど、俺は犯人を絶対に捕まえる。そのためにはみんなの証言が必要だ。頼む、協力してほしい」

 頭を下げ、拳をぎゅっと握りしめる。
 文化祭に参加するのはやめろだと?
 冗談じゃない。綾が加入して、生まれ変わった俺たちの初舞台だぞ。参加しないわけないだろ。やれるもんなら、ズタズタにしてみろよ。例えこの体が真っ二つに裂かれても、幽霊に化けて参加してやる。俺はそれくらい命賭けてんだよ、この文化祭ライブに。こんなせこい手段で脅さずに、犯人も命賭ける覚悟で、刃物でも持って俺のところに来やがれってんだ。ふざけやがって。絶対に許さん。

 俺は怯える仲間に視線を向ける。

「お前ら、ビビってる場合か。これは脅迫状じゃない。俺たちに対する挑戦状だ。こんな卑劣な犯行に及ぶようなヤツ、俺は許せない。返り討ちにしてやろうぜ」
「で、でも、復讐されたらどうしよう……」

 静香が珍しく弱音を吐く。よほど怖い思いをしているのだろう。
 仕方がない。フォローしておくか。

「大丈夫。いざとなったら、大輔が静香を守るから」
「え、俺?」

 大輔はのけ反り、露骨に嫌な顔をした。いや、そこは惚れた女を守るため、嘘でもいいからカッコつけろよ。
 そう思ったが、どうやら杞憂だった。

「大輔くん。守ってくれる?」
「任せろ静香。俺がお前の盾になるよ」

 静香に頼られた瞬間、大輔はめっちゃ男前の面構えになった。ふー。うちのドラマーは扱いやすくて助かるぜ。

「……わかった。怖いけど、私も犯人と戦う」

 静香は大輔の手を握りながらそう言った。まだ不安そうだが、静香は捜査に前向きになってくれたようだ。

「静香に手、握られてる……ふふふ……」

 不気味な笑みを浮かべる大輔。その笑顔は変質者のそれである。さっきのイケメンの顔はどこへ行ったよ。
 ひとまず大輔と静香は説得できたが……。

「綾。お前にも協力してもらいたい」
「わ、わかっているわ。ライブに参加できないなんてあり得ないもの。犯人を捕まえてこらしめてやりましょう」

 強気な発言とは裏腹に、綾の足はわずかに震えていた。お前もビビってんのかよ。しょうがないな。そういう柄じゃないんだが……。
 俺は綾に近づき、耳元で囁いた。

「心配すんな。何かあったら、俺が綾を守ってやる。誰にも綾に手を出させたりしないから、お前は俺のそばで推理に協力しろ。俺から離れるなよ。いいな?」
「へ!? あの、うん……ありがとう」

 綾は頬を赤くして、不思議そうな顔で俺を見つめている。やめろ。俺も照れくさかったんだから、恥ずかしそうな顔でこっちを見るんじゃない!

「いいなお前ら! 絶対に犯人捕まえるぞ! このままじゃライブを楽しめくなっちまうからな!」

 照れ隠しに大声を出して、みんなを鼓舞する。大輔と静香は「おー!」と拳を天井に突き上げたが、綾はまだ先ほどのことを引きずっているのか、うつむいてしまった。

 どうしたものかと考えていると、梶原先輩に名前を呼ばれた。

「貴志くん。新聞部部長としても、この事件は由々しき事態だと思う。ぜひ犯人捜しに協力させてくれ」
「ありがとうございます。早速ですが、新聞部のみんなから証言をいただきたいんですけど、いいですか?」
「それは……俺たちを疑っているってことかな?」
「私、あんな酷いことやってないずら!」
「うちもっすよ!」

 新聞部全員が反論する。俺は「まぁまぁ落ち着いて」となだめた。

「みんなから話を聞かないことには、犯人の条件が絞れないんです。だから協力してください」
「……わかった。心愛と蘭子ちゃんも協力してくれるね?」

 梶原先輩が二人に確認を取る。二人は少し怯えたようにうなずいた。容疑者扱いされたら、誰だって嫌だよな。新聞部には申し訳ないけど、犯人を捕まえるためには、嫌な思いを我慢してもらうしかない。

 さて……犯人捜しを始めようか。

 犯人め。首を洗って待っていろ。
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