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クリスマスを前に
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「何が欲しい?」
「……え?」
不意に運転席からかけられた声に気付かず、反射的に蒼は問い返す。すると琢己は、やれやれと微苦笑を浮かべると、片手で器用にハンドルを握りながら、蒼の後頭部にそっと手のひらを回してきた。
「だから、欲しいものはあるかと訊いているんだが。――もうすぐクリスマスだろう。何でもいい、好きなものを買ってやる」
その手をさりげなく取り払いながら、蒼は琢己の横顔を軽く睨み返す。
早くも恋人気分でいるのか、ここ最近、琢己は無遠慮かつ頻繁に蒼に身体の接触を求めてくる。そのたびに蒼はすげなく振り払っているのだが、琢己の目には、どうやら照れ隠しと映っているらしい。
だが。
前回の台場の時はともかく今は、これは照れ隠しではないとはっきり言える。
もちろん――今のこれも。
「では指輪を」
「ん?」
「指輪をください。石動さんとお揃いの――そして、会う人会う人に自慢して回るんです。これは俺の恋人とのペアリングだ。ちなみにこの恋人は男だ、と」
「あっはっは!」
運転席で哄笑が弾ける。その笑声はしかし、ひどくヒステリックな印象を蒼に与えた。
「なかなか言うようになったな、蒼。――そうだな、まぁ、指輪ぐらいなら好きなものを買ってやろう。ただ、ペアリングは、」
「僕が欲しいのはペアのリングです。単体の指輪に興味はありません」
琢己の言葉を封じるように、ぴしゃり蒼は言い放つ。その言葉に興が削がれたのだろう、琢己はふんと鼻を鳴らすと、蒼から引いた手をふたたびハンドルに置いた。
「変わったな、蒼」
「……何がです?」
「お前だよ。随分と生意気になった。――俺としては、昔の素直なお前の方が好きだったんだがな」
それを言うなら、扱いやすい、の間違いではないのかと喉元まで出かかるのを蒼はすんでのところで堪える。
「僕だって……いつまでも子供じゃありません」
投げるように吐き捨てると、蒼は車窓越しの景色に目を戻した。
クリスマスまで残すところ一週間。商戦も最終ラウンドに差し掛かった街は、街路樹から店から何からクリスマス仕様にデコレーションが施され、いやでもクリスマス気分を盛り上げている。
このクリスマスが、蒼は子供の頃から嫌いだった。
僻みっぽいといえばそれまでだが、実際、クリスマスのせいで蒼は、自分の誕生日を祝ってもらったことが一度もなかった。祝うにしてもクリスマスと同時並行で、自分のためだけに開かれるパーティーに、蒼はいまだ一度もお目にかかったことがない。
まぁ、祝ってくれる人がいただけマシだったのだろうけれど。
今年は……そんな人間すら一人もいない。
家に帰ると、案の定、寒々とした部屋が蒼を出迎えた。どうやら拓海は、今夜もバンドのメンバーと会っているらしい。以前はせいぜい週に二、三度だった夜遊びも、このところは毎日のように続いている。
ネクタイを緩めると、蒼は、明かりを点けないままリビングのソファに身を投げた。
そのまま狭いソファの上で寝返りを打ち、暗い天井をぼんやり見上げる。
今日もまた、蒼は見えない傷を負った。
癒されることのない痛みを抱えながら、蒼は、あるいはこれは罰なのかもしれないとうっすら思った。拓海を利用し、今また密かに彼を欺く自分に科せられた罰なのではと。
「……拓海」
不意に天井が滲んで、手のひらでそっと顔を覆う。
こみあげる嗚咽は、がらんとした部屋に意外なほど大きく響いて、それが、蒼の耳にひどく障った。
「……え?」
不意に運転席からかけられた声に気付かず、反射的に蒼は問い返す。すると琢己は、やれやれと微苦笑を浮かべると、片手で器用にハンドルを握りながら、蒼の後頭部にそっと手のひらを回してきた。
「だから、欲しいものはあるかと訊いているんだが。――もうすぐクリスマスだろう。何でもいい、好きなものを買ってやる」
その手をさりげなく取り払いながら、蒼は琢己の横顔を軽く睨み返す。
早くも恋人気分でいるのか、ここ最近、琢己は無遠慮かつ頻繁に蒼に身体の接触を求めてくる。そのたびに蒼はすげなく振り払っているのだが、琢己の目には、どうやら照れ隠しと映っているらしい。
だが。
前回の台場の時はともかく今は、これは照れ隠しではないとはっきり言える。
もちろん――今のこれも。
「では指輪を」
「ん?」
「指輪をください。石動さんとお揃いの――そして、会う人会う人に自慢して回るんです。これは俺の恋人とのペアリングだ。ちなみにこの恋人は男だ、と」
「あっはっは!」
運転席で哄笑が弾ける。その笑声はしかし、ひどくヒステリックな印象を蒼に与えた。
「なかなか言うようになったな、蒼。――そうだな、まぁ、指輪ぐらいなら好きなものを買ってやろう。ただ、ペアリングは、」
「僕が欲しいのはペアのリングです。単体の指輪に興味はありません」
琢己の言葉を封じるように、ぴしゃり蒼は言い放つ。その言葉に興が削がれたのだろう、琢己はふんと鼻を鳴らすと、蒼から引いた手をふたたびハンドルに置いた。
「変わったな、蒼」
「……何がです?」
「お前だよ。随分と生意気になった。――俺としては、昔の素直なお前の方が好きだったんだがな」
それを言うなら、扱いやすい、の間違いではないのかと喉元まで出かかるのを蒼はすんでのところで堪える。
「僕だって……いつまでも子供じゃありません」
投げるように吐き捨てると、蒼は車窓越しの景色に目を戻した。
クリスマスまで残すところ一週間。商戦も最終ラウンドに差し掛かった街は、街路樹から店から何からクリスマス仕様にデコレーションが施され、いやでもクリスマス気分を盛り上げている。
このクリスマスが、蒼は子供の頃から嫌いだった。
僻みっぽいといえばそれまでだが、実際、クリスマスのせいで蒼は、自分の誕生日を祝ってもらったことが一度もなかった。祝うにしてもクリスマスと同時並行で、自分のためだけに開かれるパーティーに、蒼はいまだ一度もお目にかかったことがない。
まぁ、祝ってくれる人がいただけマシだったのだろうけれど。
今年は……そんな人間すら一人もいない。
家に帰ると、案の定、寒々とした部屋が蒼を出迎えた。どうやら拓海は、今夜もバンドのメンバーと会っているらしい。以前はせいぜい週に二、三度だった夜遊びも、このところは毎日のように続いている。
ネクタイを緩めると、蒼は、明かりを点けないままリビングのソファに身を投げた。
そのまま狭いソファの上で寝返りを打ち、暗い天井をぼんやり見上げる。
今日もまた、蒼は見えない傷を負った。
癒されることのない痛みを抱えながら、蒼は、あるいはこれは罰なのかもしれないとうっすら思った。拓海を利用し、今また密かに彼を欺く自分に科せられた罰なのではと。
「……拓海」
不意に天井が滲んで、手のひらでそっと顔を覆う。
こみあげる嗚咽は、がらんとした部屋に意外なほど大きく響いて、それが、蒼の耳にひどく障った。
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