えにし亭は今日も営業中です ～あなたのえにし、紡ぎ直します～

失せもの、探します

２

「えにし……？」
「要するに、探し物です。そもそも、何かを探してほしくてこの店にいらしたんですよね？」
　すると女性は、なぜか気まずそうに目を伏せる。
　相変わらずカウンターテーブルをじっと睨むその顔は、明らかに何かを思い詰めている。彼女が、何を探して欲しくてここを訪れたのかはわからないが、余程大事なものなのだろう。一応、彼女の正体を確かめてもみたが、しばらく見つめてもその姿が揺らぐことも霞むこともなかった。正真正銘、ただの人間だ。
　やがて、珈琲を淹れ終えた縁司くんが彼女の前にカップを置く。
「どうぞ。コロンビアです」
「……どうも」
　相変わらず沈鬱な顔で、女性は小さく頭を下げる。や否や、砂糖壺に手を伸ばし、ザッ、ザッ、とティースプーンで雑に砂糖を投入する。さっき私がやらかし（かけ）た（そして縁司くんに直前で止められた）パターン！　これは縁司くんもさぞお怒りで――と思いきや、当の縁司君は引き留めるでもなくニコニコと、それはもう見事な営業スマイルで女性客を見守っている。さらに女性客は、砂糖に続いてミルク壺からだばーっとミルクを注入。これはさすがに、と、ふたたび縁司くんを伺うと、やはりニコニコと女性客を見つめている。くそぅ、私との格差！
　それにしても、彼女の飲み方は完全に珈琲が嫌いな人の飲み方だ。にもかかわらず、わざわざこんな辺鄙な珈琲屋に足を運んだということは、よっぽど「探し物」とやらを見つけてほしいのか。
　でも……縁司くんはああ言ったけど、本当に失せもの探しなんて引き受けても良いのだろうか。
　調査能力についてはこの際どうでもいい。だってここは珈琲店なんだし。問題は、やはり珈琲店でありながら、本業以外の仕事を請けている点だろう。
　これって……多分だけど、法的に何かしらの責任に問われるやつよね？　少なくとも、私の記憶が確かなら、探偵事務所を開くときは警察への届け出が必要だったはず。つまり、物探しひとつ請け負うにも、まずは警察に開業の許可を得る必要があるわけだ。
　そして……託された店舗関係の書類に目を通したかぎり、そんな許可証は一枚も見つからなかった。つまり、ここで勝手に物探しを請け負えば、その責任と罰はオーナーである私が……
　うわぁぁそんなのやだ理不尽すぎる！
　などとうろたえる私を尻目に、縁司くんは静かに女性客の言葉を待っている。一方、当の女性客は、珈琲を一口啜るなり驚いたように目を見開き、おいしい、と呟く。うーむ、あれだけ砂糖とミルクを溶かしこんで、果たして珈琲本来の味がわかるものだろうか。まぁ、同類の私が言うのも何だけど。
「でしょう。コロンビアは苦味や酸味などのクセが少なく、どなたさまにも飲みやすい豆です。珈琲が苦手という方には、基本的にこちらを勧めています」
　んんっ？
　それを言えば私も、珈琲は苦手だったんですが！？　しかも何の遠慮も気遣いもなく、いきなりクセの強い豆を無糖ブラックで飲めと言われたんですがそれは！？
　そんな私の視線に気づいたのか、縁司くんは横目でこちらを見ると、なぜか形の良い鼻をつんと反らしてみせる。ほんと、何なのあいつ……！
　そんな私と縁司くんとの静かな戦いは、女性客がようやく切り出した話によって中断される。
「ゲーム機、です」
「ゲーム機？」
「ええ。最近流行りの、スイッチ……でしたっけ。あれを見つけて頂きたいんです」
「スイッチ……確か、京都の何とかという会社が、花札の代わりに売り出した玩具ですね？」
　縁司くんの問いに、女性は、ええ、多分と曖昧に頷く。うーむ、あのゲーム機をそういう言い回しで表現する人、初めて見たぞ。にしても……スイッチを探せ？　確かに、慢性的に品薄状態が続く人気商品とはいえ、大の大人が本気を出せば充分に買えるレベルのアイテムだ。私なら、こんな辺鄙な店で慣れない珈琲を飲む暇があったら秋葉原の電気屋をはしごしてるわ。
「それは、あなた自身の探し物ではありませんね」
「えっ？　え、ええ……実は息子が……」
　そりゃそうだろうと私は頭の中で突っ込みを入れる。相手は年齢的に子供のいる可能性が高く、それでスイッチを探しているとなれば、十中八九、子ども用だ。
　ひょっとして、縁司くんって結構世間に疎い人？　いや、この場合は狐か。
「なるほど。だとすると、ご本人に来て頂くのが一番なのですが」
「あの子に？　……いえ、でもそれは……」
「息子さんと、何かあったんですか？」
「えっ、ええと……何か、というほどでもないのですが……」
　戸惑う女性客からは、いちいち無遠慮に踏み込んでくる縁司くんへの困惑が見て取れる。そりゃそうだ。初対面の人間にずけずけとプライベートに突っ込まれて、愉快な人間はいないだろう。さすがにそろそろ止めた方が――と、私が席を立ちかけたその時、ふたたび女性客は口を開く。