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涙
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犯す? こいつを?
我に返り、あらためて敦の瞳を覗き込む。色情狂か、あるいはポン中か――
だが、疑いはすぐに消え失せた。その黒い双眸は、少なくとも色や薬に狂った人間のそれではなかった。むしろ怖い程にまっすぐで、何より冷ややかで。
からん。
手元で乾いた音がして、見ると、健吾の箸がテーブルに転がっていた。どうやら、箸を取り落したことにさえ気づかないほど我を失っていたらしい。
「ど……どういう意味だよ、そりゃ……」
「気が向いた時で構わない。思う存分、あなたの気が済むように私を嬲って欲しい」
「い、いや、そういう意味じゃ……って、そもそも何で俺が!?」
「もちろん金は払う。一回抱くごとに百円でどうだ」
「……」
駄目だ。まるで話が通じない。
百円といえば、この当時にしてはなかなかの大金で、だから健吾にとっても、それは決して悪い話ではなかった。
が、いかんせん、話が全く見えてこない。
なぜ敦はこんなことを健吾に求めるのか。実際、あの夜は散々嫌がっていたではないか。あの後、何かしらの心変わりを起こし、健吾の躰に惚れ直したというのならまだしも、相変わらず硝子玉じみたその黒い双眸からは、健吾に対する艶めいた感情は一切伺えない。
今の声色にしても、契約内容を告げる弁護士のそれようで、要するに、恐ろしく事務的なのだった。……が、だからこそ、ただでさえ現実離れした台詞が余計に狂気じみて聞こえてしまう。
一体、どういうつもりだ――
「あなたなら」
「あ?」
「私という人間を……この清島敦という人間を粉々に打ち砕いてくれると、そう、思った。この国が焦土と化したように、私という、取るに足らない人間を跡形もなく壊し去ってくれる。だから――」
――殺せということか。心を。
おそらく敦は今も、死を――己を殺してくれる何かを求めているのだ。そして、それは必ずしも肉体的な死を意味しない。例えば、かつて健吾が与えた強烈な恥辱を心の殺人と捉えるなら、敦にとって、健吾に抱かれることはつまり心の死を意味する。
そうして自分を殺して、殺して、殺し続けて、やがて本当に心を葬り去ってしまいたいと、そう願っているのだろう。
つまり――俺に道具になれということか。そういうことなら。
健吾は席を立つと、おもむろにテーブルを回り込み、敦の席に歩み寄った。さらに、その腕を掴み、無理やりに席を立たせる。
「殺ってやるよ。望み通りにな」
そのまま縁側に向かうと、健吾は、荷物か何かのように敦を床板に叩きつけた。
「……っ!」
乱暴に投げ出され、痛めた肩を押さえながら敦が端正な顔を歪める。着物の裾から脛が覗き、その白さと細さに、健吾の中で一旦は収めたはずの欲望がむくり頭を擡げた。
敦の足元にしゃがみ込み、その脛に手を這わせる。
――私を犯してくれないか。
要するに、この肌を、躰を、好きにしても良いということか。理由はどうあれ、それは健吾にとって願ってもいない話だった。
さりげなく逃れようとする足を、すかさず健吾は掴んで引き止める。
「おい逃げるなよ」
嬲るような目で、じろり敦を睨む。
「犯せッッたのはてめぇじゃねぇか。てめぇが犯せって言うから、しぶしぶ頼みを聞いてやってンだろ?」
ただでさえ苦痛に歪む敦の顔に、かすかに怯えたような色が浮かぶ。
そんな敦の反応に気を良くした健吾は、掴んだ足をおもむろに口元に運ぶと、その白い脛を、べろりと舌の腹で舐った。
「ん、っ!」
「どうした。ちょいと足を嘗めてやっただけじゃねぇか」
さらに健吾は舌を這わせる。その執拗な愛撫は、脛からくるぶし、足の甲から足裏へと続いて、ついには硝子細工を思わせる指先へと至った。
桜貝の爪を持つ愛らしい足指を、一本、また一本と丹念に口に含む。
「ど、うして、そんなところ……んぅ、っ」
形の良い眉が、不快を示すようにぎゅっと寄せられる。そんな表情さえ艶めかしく、健吾は、手に入れた獲物の素晴らしさに今更のように高揚を覚えた。
その高揚の赴くまま、もう一方の手をはだけた裾に滑り込ませる。
内腿から始まり、奥へ、さらに奥へと指先を進める。怯えているのか、敦の細い躰が時折小刻みに震えるのがいよいよもって堪らない。
「すげぇな。吸いつくみてぇだ」
「……」
よほど健吾の言葉が屈辱的だったのか、敦は可憐な唇を噛みしめると、長い睫毛をつと伏せた。蒼褪めた頬に、睫毛の濃い影が落ちる。本人にしてみれば不本意なことに、その影は、さらなる色香を白い面に加える用にしかならなかった。
そんな敦の変化を視覚で愉しみつつ、味覚は余念なく彼の肌を味わう。
ほのかに塩気を伴う汗の味は、かすかな酸味と甘みを伴ってもいて、味わうほどにそれは病みつきになる。
人間の、狩猟者としての本能を掻き立てられる心地がする。
さりげなく閉ざされようとする膝を、健吾は残酷なほど強い力で割り開いた。
同時に、健吾の視界に、敦の内腿の透けるような白さが飛び込んでくる。絹の肌に、青い血管がうっすらと浮かんでいるのがいよいよ艶めかしい。
上体を屈めると、健吾はその内腿に飛びつくようにむしゃぶりついた。
「あ……っ」
敦の唇から、糸のようにか細い悲鳴が漏れる。その手が慌てて裾を整えようとするのを、健吾は無情な手つきで振り払った。
「仕事中だ。邪魔すんな」
それでもなお、敦は裾を直す手を止めない。
「……しぶてぇな」
苛ついた健吾は、のそり上体を起こすと、敦の腕を掴んで手近な柱に引きずり、その両手を力ずくで柱の背後に回した。
「な、何を、」
「黙ってろよ」
戸惑う敦に構わず、首から解いた手拭いで手早く敦の両手首を縛る。そうして敦の自由を奪ったところで、今度は、敦の前を大きく開いた。
はだけた襟から、痩せた肩が、白い胸板が露わになる。
その、半端に衣服の乱れたしどけない姿は、裸体とはまた違ったエロチズムを醸し出し、健吾の中の獣性をさらに引きずり出す。
「こりゃ、なかなかの絶景だな」
甚振る眼差しで、じっくりとその姿を嘗め回す。そんな健吾の視線に応じるように、白い躰が、乏しい照明の中でもそれと分かるほどに紅潮してゆく。
「どうした。恥ずかしいのか?」
「……」
「恥ずかしいんだろ? 何とか言えよ、えぇ?」
顎を掴み、無理矢理に振り向かせる。相変わらず返事はないものの、その代わりに、屈辱に濡れた黒い瞳が、乱れた前髪の奥でじっと健吾を睨みすえている。
自分の置かれた状況が悔しくてたまらない――が、自分から抱けと言い出した手前、やめろとも言えない。そんな矛盾に雁字搦めにされた表情だ。
おそらく敦自身、いまだに迷いを抱いているのだろう。
健吾に抱かせて、その上で自分をどうしたいのか。この方法は正しいのか。それとも間違っているのか。そもそも、正しいとは何なのか――だからこそ、こんな場面で執拗く残った自尊心が顔を出し、健吾を拒む態度を取らせるのだ。
まぁいい、と健吾はほくそ笑む。
何にせよ、簡単な狩りほどやりがいに欠けるものはない。抗われるのならそれも一興。むしろ、この一見自暴自棄なようで、実は気高い子爵さまの自尊心を踏みにじり、穢し尽くす過程を愉しめるのは、この上ない贅沢といえるだろう。
そう、例えば――
「ひう、っ」
またしても敦が小さな悲鳴を漏らす。裾に滑り込んだ健吾の指先が、下着越しに敦の弱い場所に触れたせいに違いない。
と同時に、健吾もまたある異変に気付く。
「こいつは……?」
「……」
敦は何も答えなかった――否、答えられなかったのだろう。健吾の指先が捉えていたのは、早くも芯を持ちはじめた敦の自身だったのだから。
「何だよ子爵さま。見られるだけでこんなに感じてやがったのかぁ?」
「か……んじて、ない……ひぐっ!」
返事の代わりに、思い知らせるつもりで敦の芯を握りしめる。のみならず健吾は、敦の下着に手をかけると、敦が拒むのも構わずその足から一気に抜き取った。
今度こそ、敦は認めざるをえなかっただろう。
己の自身が、腹を叩くかと思うほど立派に反り返っている事実を。
「じゃあ何なんだよこれは?」
「ち……ちがう……」
敦は悔しそうに顔を伏せると、ゆるゆるとかぶりを振った。
「わ、私はこんな……こんなことで……ひうっ!」
かすかな悲鳴とともに、痩せた胸板がぴくりと跳ねる。尖らせた健吾の唇が、敦の、ふくらみはじめた胸の蕾に強く吸いついたのだ。
さらに健吾は、指先を敦の内腿に滑らせる。そして――
「や、あっ……」
「逃げんなよ。中で傷がついても知らねぇぞ」
さらりと脅しの言葉を吐きながら、なおも健吾は指先を奥へと進める。やがて根本まで埋まったところで、奥の弱い場所をこりっ、と軽く引っ掻いた。
「はあ……ぅんっ……」
途端、それまで苦しげに呻くのみだった敦の唇から、艶めいた嬌声が溢れ出る。
「おうおう、随分と色っぺぇ声で啼くじゃねぇか」
揶揄を含んだ声でそう耳朶に吹き込みながら、さらに健吾は奥を責める。次第にその腰が小刻みな痙攣をはじめるのを、健吾は愉快な気分で眺めた。
「ち、ちが……ん、っ」
腰が揺らめくたび、ただでさえはだけた裾がいっそう乱れ、凄絶な色香を放つ。いよいよ調子づいた健吾が、わざと音が立つように指を抽挿すると、敦はいやいやをする子供のように激しくかぶりを振った。
「や……だめ、っ……ぁ……」
駄目と言いながら、その肉は今も貪欲に健吾の指にしゃぶりつき、のみならず奥に誘う動きを見せている。先日もそうだったが、やはり下の口だけは恐ろしく素直に出来ているらしい。
が、今夜だけは、素直に達かせてやる気にはなれなかった。
この分からず屋には、一度、手酷く灸を据えてやる必要がある。
指を抜き取ると、健吾は、再び閉ざされようとする敦の膝を大きく割った。さらに、その膝を抱え上げ、敦の恥ずかしい場所を露わにする。
手早く自身の裾を開き、すでに痛いほど張りつめた己を掴み出す。そして――
「んあっ!」
馴染む暇さえ与えず、ほとんど一気に奥へと突き入れる。二度目ということもあったのだろう、敦のそこは、驚くほどすんなりと健吾の雄を受け入れた。
「や、あっ、あ……はぁん、っ」
肉を叩きつけるたび、濡れたような悲鳴が敦の唇から洩れる。悲鳴ごと舐め取るつもりで唇を啜ると、初めの方こそ拒んだものの、すぐに受け入れ、深く唇を合わせてきた。
健吾の手が、次なる動きを見せたのはこの時だ。
「うっ!」
唇を封じられたまま、敦が苦しげに呻く。が、それも無理からぬことだった。敦の根本と先端が、健吾の指にがっちりと封じられてしまったのだから。
「な……にを……?」
「いずれ分かるさ」
にやり意地悪な笑みを浮かべると、健吾は、敦の芯を押さえたままさらに腰の動きを早くした。時に深く大きく、時に浅く小刻みに、動作に緩急をつけながら、なおも敦を追いつめてゆく。
やがて、敦の表情に変化が生まれはじめた。
「あ……うぁ……」
端正な柳眉の間に小さな皴が寄る。必死で苦痛に耐えているかのような表情に、しかし健吾は一切の同情を寄越さない。むしろ、それを予想していたかのように口の端を意地悪く吊り上げ、さらに抽挿を激しくする。
「や、やめて……やめ……いや……」
敦が涙目で訴えてくるのを、健吾は冷ややかに睨み返す。
「やめろ? 馬鹿言うな。犯せと頼んだのはてめぇの方だろうが」
「で、でも、こんなっ……っううっ!」
さらに根本を握り込まれ、敦は人形の顔を苦悶に歪める。根本と先端を押さえられたそこは達することが許されず、よって、いくら健吾から愉悦を与えられようと――いや、与えらえれば与えられるほどに、達することのできない懊悩ばかりが募ってゆくのだ。
「た……すけ……」
「あ? なんだって?」
「……すけて、ください……このまま……おかしく、なる……んぅ、」
敦の懇願を、無情にも健吾は口づけで封じる。散々下の口を掻き乱され昂らされているところへ、さらに感じやすい口腔を舐られて耐えられるわけがない。案の定、敦はいやいやと首を振ったが、拒めば拒んだで、今度は耳朶や首筋に吸い付かれる。
もはや全身が性感帯と化した敦にとって、どこに吸い付かれても苦しいという一点では変わらなかった。そして結局、上擦った喘ぎ声で許しを請う羽目になる。
「……甘えてンじゃねぇよ」
そんな敦の耳元で、健吾は獣めいた声で唸る。
「いいか……俺たちはな、誰にも助けを求められずに、空腹のまま、ただ弱って死んだんだ……ジャングルの奥で……その俺が、てめぇの上辺だけの命乞いに、えぇ? 耳を貸すとでも思うかよ」
「……え?」
「そもそもが、そうやって許しを乞いさえすりゃ苦しみから逃れられるってぇ料簡自体が甘ぇんだよ。……だから……たっぷり味わわせてやる。命乞いの許されない、終わりのない苦しみってやつを……」
「そ……んな、」
早くも焦点を失いはじめた敦の双眸が、ふっ、と暗幕に覆われるのを健吾は目の当たりにした。わずかにしろ残った希望の灯が消え、残るは底のない絶望のみ――だが、そんな敦の絶望こそ健吾が求めたものだった。
あの、絶海の孤島で健吾が味わった絶望。それを、たとえ数百分の一にしろ敦に追体験させる。
そうすれば、あるいは二度と、あんな……
さらに健吾は、奥を叩くように何度も、何度も雄を突いた。
「イキたいか?」
「えっ?」
一瞬、敦の目に希望の灯がともり、しかし、それはすぐに自尊心という名の紗幕に覆われる。どうやら絶望の深度が足りなかったらしい。
健吾は、敦の熟れた乳首を指先に捉えると、それを引きちぎらんばかりに強く捻った。
「あ、はあっ!」
びくびくと背筋が震えて、今しも放つかと思うほどに芯が膨れる。が、その欲望は放たれることなく、先端を押さえる健吾の指先に無慈悲にも押し戻される。
「い、イキたい、っ! お、ねがいします……」
ほとんど悲鳴に近い声で敦が懇願するのを、健吾は、しかし自分でも驚くほど冷やかな気分で聞いた。
「いいぜ。イカせてやる……ただし条件がある」
「……じょ……けん?」
頷く代わりに健吾は、部屋の中央に置かれたテーブルを顎で示した。
「食え」
「えっ?」
「え、じゃねぇよ。飯を食えっってンだ。全部じゃなくても構わねぇ。一口だけでいい。食え」
「……」
敦は何も答えなかった。ただ、もう何も考えられないという呆けた顔でテーブルを見つめる。――が、やがて質問の意味に気付いたのだろう、はっと目を見開くと、口惜しげに俯いた。
悩んでいるのか。この期に及んで――
「何とか答えろよッ!」
ぎゅっと先端を掴む。敦の口から苦しみを示す低い悲鳴が漏れた。
やがて観念したのか、敦は白くなるほど下唇を噛むと、
「……はい」
と、呻いた。
「いいだろう」
にやり健吾はほくそ笑むと、ついに、敦の芯からその手を離した……
瞬間。
「あ、ああっ!」
奥の肉がひときわ強く健吾を締めつけたかと思った刹那、敦の自身は、ようやく苦役から解放された喜びを祝福するかのように、盛大に熱い精を解き放った。――と同時に、その締め付けにいざなわれるかのように、健吾もまた敦の中で存分に達する。
「はぁ、あ、うう……」
細い肩を上下させながら、敦が荒れた息を整える。健吾もまた、達した直後の徒労感を持て余しながら、崩れるように敦の肩に額を預けた。
大きく息を吸い込んだ肺が、甘酸っぱい汗の匂いに満たされる。
のそり顔を上げると、相変わらず敦は、無防備にも白い首筋を晒したまま荒く息をついている。その水茎にも似た清らかな首筋に、あるいは紅潮した頬に貼りついた細い髪の先端から、小さな汗の粒が伝い落ちるのが何とも可憐で、つい、見蕩れてしまう。
濡れた睫毛。懸命に呼吸を繰り返す鼻翼と、林檎色の小さな唇。
躰はこんなにも生命で輝いているのに。
なぜ心は、あれほど死を求めるのか……
ずるり中から抜き取ると、健吾は、倦怠感で充ちる躰をのそりと起こした。
柱の後ろに回り込み、手拭いを解いて敦の両腕を解放する。布地とこすれて出来たのだろう、敦の手首には、環状の擦り傷がくっきりと残っていた。
「ほら、立てよ。んでもって飯を食え」
「……ああ」
無念そうに答えると、おもむろに敦は身を起こし、定まらない足取りでよろよろとテーブルに歩み寄った。
縋るように席に着き、はじめて箸に手を伸ばす――が、なぜかすぐに取り落としてしまう。続けて箸を取ろうと試みるも、やはり結果は同じだった。
「おい、フザけてんじゃねぇぞ! この期に及んで、」
「ち、違うんだ! これは、その……」
健吾の怒声を、敦は慌てて遮る。その困惑しきった表情は、どうやら彼が本気で困っていることを健吾に伝えていた。
「手に……力が入らない」
「……あ」
なるほど――ようやく健吾は納得する。どうやら、行為の最中ずっと縛られていたのが災いして、手首が痺れるかしているらしい。手首の擦り傷に一抹の責任感を持つ健吾としては、もはや何も言い返すことができなかった。
「わかったよ……クソッ」
仕方ない。健吾は乱暴な足取りで敦に歩み寄ると、テーブルから箸と茶碗を取り上げ、敦の代わりに白飯を掬った。
そのまま、病人に食事を与える要領で敦の口に白飯を運ぶ。それを敦は、最初は躊躇いを見せながらも、やがて意を決したように口に迎えた。
控えめに開いた唇が、軽く突き出された舌先が、白飯を迎え入れ、含む。それを、細い顎が丁寧に咀嚼し、こくん、と喉を鳴らして嚥下する。一見、他愛ない行為だが、敦のそれは一つ一つが愛らしく、何より恐ろしく扇情的だった。
「……うまいか?」
胸のざわつきを抑えつつ、わざと投げ槍に問う。敦は小さく点頭すると、次の一口をせがむかのように健吾を見上げた。
濡れた瞳から零れ落ちるのは、一筋の涙……
「ああ」
敦は答えた。
そして、初めて健吾に――不器用ながらも――微笑んでみせたのだった。
我に返り、あらためて敦の瞳を覗き込む。色情狂か、あるいはポン中か――
だが、疑いはすぐに消え失せた。その黒い双眸は、少なくとも色や薬に狂った人間のそれではなかった。むしろ怖い程にまっすぐで、何より冷ややかで。
からん。
手元で乾いた音がして、見ると、健吾の箸がテーブルに転がっていた。どうやら、箸を取り落したことにさえ気づかないほど我を失っていたらしい。
「ど……どういう意味だよ、そりゃ……」
「気が向いた時で構わない。思う存分、あなたの気が済むように私を嬲って欲しい」
「い、いや、そういう意味じゃ……って、そもそも何で俺が!?」
「もちろん金は払う。一回抱くごとに百円でどうだ」
「……」
駄目だ。まるで話が通じない。
百円といえば、この当時にしてはなかなかの大金で、だから健吾にとっても、それは決して悪い話ではなかった。
が、いかんせん、話が全く見えてこない。
なぜ敦はこんなことを健吾に求めるのか。実際、あの夜は散々嫌がっていたではないか。あの後、何かしらの心変わりを起こし、健吾の躰に惚れ直したというのならまだしも、相変わらず硝子玉じみたその黒い双眸からは、健吾に対する艶めいた感情は一切伺えない。
今の声色にしても、契約内容を告げる弁護士のそれようで、要するに、恐ろしく事務的なのだった。……が、だからこそ、ただでさえ現実離れした台詞が余計に狂気じみて聞こえてしまう。
一体、どういうつもりだ――
「あなたなら」
「あ?」
「私という人間を……この清島敦という人間を粉々に打ち砕いてくれると、そう、思った。この国が焦土と化したように、私という、取るに足らない人間を跡形もなく壊し去ってくれる。だから――」
――殺せということか。心を。
おそらく敦は今も、死を――己を殺してくれる何かを求めているのだ。そして、それは必ずしも肉体的な死を意味しない。例えば、かつて健吾が与えた強烈な恥辱を心の殺人と捉えるなら、敦にとって、健吾に抱かれることはつまり心の死を意味する。
そうして自分を殺して、殺して、殺し続けて、やがて本当に心を葬り去ってしまいたいと、そう願っているのだろう。
つまり――俺に道具になれということか。そういうことなら。
健吾は席を立つと、おもむろにテーブルを回り込み、敦の席に歩み寄った。さらに、その腕を掴み、無理やりに席を立たせる。
「殺ってやるよ。望み通りにな」
そのまま縁側に向かうと、健吾は、荷物か何かのように敦を床板に叩きつけた。
「……っ!」
乱暴に投げ出され、痛めた肩を押さえながら敦が端正な顔を歪める。着物の裾から脛が覗き、その白さと細さに、健吾の中で一旦は収めたはずの欲望がむくり頭を擡げた。
敦の足元にしゃがみ込み、その脛に手を這わせる。
――私を犯してくれないか。
要するに、この肌を、躰を、好きにしても良いということか。理由はどうあれ、それは健吾にとって願ってもいない話だった。
さりげなく逃れようとする足を、すかさず健吾は掴んで引き止める。
「おい逃げるなよ」
嬲るような目で、じろり敦を睨む。
「犯せッッたのはてめぇじゃねぇか。てめぇが犯せって言うから、しぶしぶ頼みを聞いてやってンだろ?」
ただでさえ苦痛に歪む敦の顔に、かすかに怯えたような色が浮かぶ。
そんな敦の反応に気を良くした健吾は、掴んだ足をおもむろに口元に運ぶと、その白い脛を、べろりと舌の腹で舐った。
「ん、っ!」
「どうした。ちょいと足を嘗めてやっただけじゃねぇか」
さらに健吾は舌を這わせる。その執拗な愛撫は、脛からくるぶし、足の甲から足裏へと続いて、ついには硝子細工を思わせる指先へと至った。
桜貝の爪を持つ愛らしい足指を、一本、また一本と丹念に口に含む。
「ど、うして、そんなところ……んぅ、っ」
形の良い眉が、不快を示すようにぎゅっと寄せられる。そんな表情さえ艶めかしく、健吾は、手に入れた獲物の素晴らしさに今更のように高揚を覚えた。
その高揚の赴くまま、もう一方の手をはだけた裾に滑り込ませる。
内腿から始まり、奥へ、さらに奥へと指先を進める。怯えているのか、敦の細い躰が時折小刻みに震えるのがいよいよもって堪らない。
「すげぇな。吸いつくみてぇだ」
「……」
よほど健吾の言葉が屈辱的だったのか、敦は可憐な唇を噛みしめると、長い睫毛をつと伏せた。蒼褪めた頬に、睫毛の濃い影が落ちる。本人にしてみれば不本意なことに、その影は、さらなる色香を白い面に加える用にしかならなかった。
そんな敦の変化を視覚で愉しみつつ、味覚は余念なく彼の肌を味わう。
ほのかに塩気を伴う汗の味は、かすかな酸味と甘みを伴ってもいて、味わうほどにそれは病みつきになる。
人間の、狩猟者としての本能を掻き立てられる心地がする。
さりげなく閉ざされようとする膝を、健吾は残酷なほど強い力で割り開いた。
同時に、健吾の視界に、敦の内腿の透けるような白さが飛び込んでくる。絹の肌に、青い血管がうっすらと浮かんでいるのがいよいよ艶めかしい。
上体を屈めると、健吾はその内腿に飛びつくようにむしゃぶりついた。
「あ……っ」
敦の唇から、糸のようにか細い悲鳴が漏れる。その手が慌てて裾を整えようとするのを、健吾は無情な手つきで振り払った。
「仕事中だ。邪魔すんな」
それでもなお、敦は裾を直す手を止めない。
「……しぶてぇな」
苛ついた健吾は、のそり上体を起こすと、敦の腕を掴んで手近な柱に引きずり、その両手を力ずくで柱の背後に回した。
「な、何を、」
「黙ってろよ」
戸惑う敦に構わず、首から解いた手拭いで手早く敦の両手首を縛る。そうして敦の自由を奪ったところで、今度は、敦の前を大きく開いた。
はだけた襟から、痩せた肩が、白い胸板が露わになる。
その、半端に衣服の乱れたしどけない姿は、裸体とはまた違ったエロチズムを醸し出し、健吾の中の獣性をさらに引きずり出す。
「こりゃ、なかなかの絶景だな」
甚振る眼差しで、じっくりとその姿を嘗め回す。そんな健吾の視線に応じるように、白い躰が、乏しい照明の中でもそれと分かるほどに紅潮してゆく。
「どうした。恥ずかしいのか?」
「……」
「恥ずかしいんだろ? 何とか言えよ、えぇ?」
顎を掴み、無理矢理に振り向かせる。相変わらず返事はないものの、その代わりに、屈辱に濡れた黒い瞳が、乱れた前髪の奥でじっと健吾を睨みすえている。
自分の置かれた状況が悔しくてたまらない――が、自分から抱けと言い出した手前、やめろとも言えない。そんな矛盾に雁字搦めにされた表情だ。
おそらく敦自身、いまだに迷いを抱いているのだろう。
健吾に抱かせて、その上で自分をどうしたいのか。この方法は正しいのか。それとも間違っているのか。そもそも、正しいとは何なのか――だからこそ、こんな場面で執拗く残った自尊心が顔を出し、健吾を拒む態度を取らせるのだ。
まぁいい、と健吾はほくそ笑む。
何にせよ、簡単な狩りほどやりがいに欠けるものはない。抗われるのならそれも一興。むしろ、この一見自暴自棄なようで、実は気高い子爵さまの自尊心を踏みにじり、穢し尽くす過程を愉しめるのは、この上ない贅沢といえるだろう。
そう、例えば――
「ひう、っ」
またしても敦が小さな悲鳴を漏らす。裾に滑り込んだ健吾の指先が、下着越しに敦の弱い場所に触れたせいに違いない。
と同時に、健吾もまたある異変に気付く。
「こいつは……?」
「……」
敦は何も答えなかった――否、答えられなかったのだろう。健吾の指先が捉えていたのは、早くも芯を持ちはじめた敦の自身だったのだから。
「何だよ子爵さま。見られるだけでこんなに感じてやがったのかぁ?」
「か……んじて、ない……ひぐっ!」
返事の代わりに、思い知らせるつもりで敦の芯を握りしめる。のみならず健吾は、敦の下着に手をかけると、敦が拒むのも構わずその足から一気に抜き取った。
今度こそ、敦は認めざるをえなかっただろう。
己の自身が、腹を叩くかと思うほど立派に反り返っている事実を。
「じゃあ何なんだよこれは?」
「ち……ちがう……」
敦は悔しそうに顔を伏せると、ゆるゆるとかぶりを振った。
「わ、私はこんな……こんなことで……ひうっ!」
かすかな悲鳴とともに、痩せた胸板がぴくりと跳ねる。尖らせた健吾の唇が、敦の、ふくらみはじめた胸の蕾に強く吸いついたのだ。
さらに健吾は、指先を敦の内腿に滑らせる。そして――
「や、あっ……」
「逃げんなよ。中で傷がついても知らねぇぞ」
さらりと脅しの言葉を吐きながら、なおも健吾は指先を奥へと進める。やがて根本まで埋まったところで、奥の弱い場所をこりっ、と軽く引っ掻いた。
「はあ……ぅんっ……」
途端、それまで苦しげに呻くのみだった敦の唇から、艶めいた嬌声が溢れ出る。
「おうおう、随分と色っぺぇ声で啼くじゃねぇか」
揶揄を含んだ声でそう耳朶に吹き込みながら、さらに健吾は奥を責める。次第にその腰が小刻みな痙攣をはじめるのを、健吾は愉快な気分で眺めた。
「ち、ちが……ん、っ」
腰が揺らめくたび、ただでさえはだけた裾がいっそう乱れ、凄絶な色香を放つ。いよいよ調子づいた健吾が、わざと音が立つように指を抽挿すると、敦はいやいやをする子供のように激しくかぶりを振った。
「や……だめ、っ……ぁ……」
駄目と言いながら、その肉は今も貪欲に健吾の指にしゃぶりつき、のみならず奥に誘う動きを見せている。先日もそうだったが、やはり下の口だけは恐ろしく素直に出来ているらしい。
が、今夜だけは、素直に達かせてやる気にはなれなかった。
この分からず屋には、一度、手酷く灸を据えてやる必要がある。
指を抜き取ると、健吾は、再び閉ざされようとする敦の膝を大きく割った。さらに、その膝を抱え上げ、敦の恥ずかしい場所を露わにする。
手早く自身の裾を開き、すでに痛いほど張りつめた己を掴み出す。そして――
「んあっ!」
馴染む暇さえ与えず、ほとんど一気に奥へと突き入れる。二度目ということもあったのだろう、敦のそこは、驚くほどすんなりと健吾の雄を受け入れた。
「や、あっ、あ……はぁん、っ」
肉を叩きつけるたび、濡れたような悲鳴が敦の唇から洩れる。悲鳴ごと舐め取るつもりで唇を啜ると、初めの方こそ拒んだものの、すぐに受け入れ、深く唇を合わせてきた。
健吾の手が、次なる動きを見せたのはこの時だ。
「うっ!」
唇を封じられたまま、敦が苦しげに呻く。が、それも無理からぬことだった。敦の根本と先端が、健吾の指にがっちりと封じられてしまったのだから。
「な……にを……?」
「いずれ分かるさ」
にやり意地悪な笑みを浮かべると、健吾は、敦の芯を押さえたままさらに腰の動きを早くした。時に深く大きく、時に浅く小刻みに、動作に緩急をつけながら、なおも敦を追いつめてゆく。
やがて、敦の表情に変化が生まれはじめた。
「あ……うぁ……」
端正な柳眉の間に小さな皴が寄る。必死で苦痛に耐えているかのような表情に、しかし健吾は一切の同情を寄越さない。むしろ、それを予想していたかのように口の端を意地悪く吊り上げ、さらに抽挿を激しくする。
「や、やめて……やめ……いや……」
敦が涙目で訴えてくるのを、健吾は冷ややかに睨み返す。
「やめろ? 馬鹿言うな。犯せと頼んだのはてめぇの方だろうが」
「で、でも、こんなっ……っううっ!」
さらに根本を握り込まれ、敦は人形の顔を苦悶に歪める。根本と先端を押さえられたそこは達することが許されず、よって、いくら健吾から愉悦を与えられようと――いや、与えらえれば与えられるほどに、達することのできない懊悩ばかりが募ってゆくのだ。
「た……すけ……」
「あ? なんだって?」
「……すけて、ください……このまま……おかしく、なる……んぅ、」
敦の懇願を、無情にも健吾は口づけで封じる。散々下の口を掻き乱され昂らされているところへ、さらに感じやすい口腔を舐られて耐えられるわけがない。案の定、敦はいやいやと首を振ったが、拒めば拒んだで、今度は耳朶や首筋に吸い付かれる。
もはや全身が性感帯と化した敦にとって、どこに吸い付かれても苦しいという一点では変わらなかった。そして結局、上擦った喘ぎ声で許しを請う羽目になる。
「……甘えてンじゃねぇよ」
そんな敦の耳元で、健吾は獣めいた声で唸る。
「いいか……俺たちはな、誰にも助けを求められずに、空腹のまま、ただ弱って死んだんだ……ジャングルの奥で……その俺が、てめぇの上辺だけの命乞いに、えぇ? 耳を貸すとでも思うかよ」
「……え?」
「そもそもが、そうやって許しを乞いさえすりゃ苦しみから逃れられるってぇ料簡自体が甘ぇんだよ。……だから……たっぷり味わわせてやる。命乞いの許されない、終わりのない苦しみってやつを……」
「そ……んな、」
早くも焦点を失いはじめた敦の双眸が、ふっ、と暗幕に覆われるのを健吾は目の当たりにした。わずかにしろ残った希望の灯が消え、残るは底のない絶望のみ――だが、そんな敦の絶望こそ健吾が求めたものだった。
あの、絶海の孤島で健吾が味わった絶望。それを、たとえ数百分の一にしろ敦に追体験させる。
そうすれば、あるいは二度と、あんな……
さらに健吾は、奥を叩くように何度も、何度も雄を突いた。
「イキたいか?」
「えっ?」
一瞬、敦の目に希望の灯がともり、しかし、それはすぐに自尊心という名の紗幕に覆われる。どうやら絶望の深度が足りなかったらしい。
健吾は、敦の熟れた乳首を指先に捉えると、それを引きちぎらんばかりに強く捻った。
「あ、はあっ!」
びくびくと背筋が震えて、今しも放つかと思うほどに芯が膨れる。が、その欲望は放たれることなく、先端を押さえる健吾の指先に無慈悲にも押し戻される。
「い、イキたい、っ! お、ねがいします……」
ほとんど悲鳴に近い声で敦が懇願するのを、健吾は、しかし自分でも驚くほど冷やかな気分で聞いた。
「いいぜ。イカせてやる……ただし条件がある」
「……じょ……けん?」
頷く代わりに健吾は、部屋の中央に置かれたテーブルを顎で示した。
「食え」
「えっ?」
「え、じゃねぇよ。飯を食えっってンだ。全部じゃなくても構わねぇ。一口だけでいい。食え」
「……」
敦は何も答えなかった。ただ、もう何も考えられないという呆けた顔でテーブルを見つめる。――が、やがて質問の意味に気付いたのだろう、はっと目を見開くと、口惜しげに俯いた。
悩んでいるのか。この期に及んで――
「何とか答えろよッ!」
ぎゅっと先端を掴む。敦の口から苦しみを示す低い悲鳴が漏れた。
やがて観念したのか、敦は白くなるほど下唇を噛むと、
「……はい」
と、呻いた。
「いいだろう」
にやり健吾はほくそ笑むと、ついに、敦の芯からその手を離した……
瞬間。
「あ、ああっ!」
奥の肉がひときわ強く健吾を締めつけたかと思った刹那、敦の自身は、ようやく苦役から解放された喜びを祝福するかのように、盛大に熱い精を解き放った。――と同時に、その締め付けにいざなわれるかのように、健吾もまた敦の中で存分に達する。
「はぁ、あ、うう……」
細い肩を上下させながら、敦が荒れた息を整える。健吾もまた、達した直後の徒労感を持て余しながら、崩れるように敦の肩に額を預けた。
大きく息を吸い込んだ肺が、甘酸っぱい汗の匂いに満たされる。
のそり顔を上げると、相変わらず敦は、無防備にも白い首筋を晒したまま荒く息をついている。その水茎にも似た清らかな首筋に、あるいは紅潮した頬に貼りついた細い髪の先端から、小さな汗の粒が伝い落ちるのが何とも可憐で、つい、見蕩れてしまう。
濡れた睫毛。懸命に呼吸を繰り返す鼻翼と、林檎色の小さな唇。
躰はこんなにも生命で輝いているのに。
なぜ心は、あれほど死を求めるのか……
ずるり中から抜き取ると、健吾は、倦怠感で充ちる躰をのそりと起こした。
柱の後ろに回り込み、手拭いを解いて敦の両腕を解放する。布地とこすれて出来たのだろう、敦の手首には、環状の擦り傷がくっきりと残っていた。
「ほら、立てよ。んでもって飯を食え」
「……ああ」
無念そうに答えると、おもむろに敦は身を起こし、定まらない足取りでよろよろとテーブルに歩み寄った。
縋るように席に着き、はじめて箸に手を伸ばす――が、なぜかすぐに取り落としてしまう。続けて箸を取ろうと試みるも、やはり結果は同じだった。
「おい、フザけてんじゃねぇぞ! この期に及んで、」
「ち、違うんだ! これは、その……」
健吾の怒声を、敦は慌てて遮る。その困惑しきった表情は、どうやら彼が本気で困っていることを健吾に伝えていた。
「手に……力が入らない」
「……あ」
なるほど――ようやく健吾は納得する。どうやら、行為の最中ずっと縛られていたのが災いして、手首が痺れるかしているらしい。手首の擦り傷に一抹の責任感を持つ健吾としては、もはや何も言い返すことができなかった。
「わかったよ……クソッ」
仕方ない。健吾は乱暴な足取りで敦に歩み寄ると、テーブルから箸と茶碗を取り上げ、敦の代わりに白飯を掬った。
そのまま、病人に食事を与える要領で敦の口に白飯を運ぶ。それを敦は、最初は躊躇いを見せながらも、やがて意を決したように口に迎えた。
控えめに開いた唇が、軽く突き出された舌先が、白飯を迎え入れ、含む。それを、細い顎が丁寧に咀嚼し、こくん、と喉を鳴らして嚥下する。一見、他愛ない行為だが、敦のそれは一つ一つが愛らしく、何より恐ろしく扇情的だった。
「……うまいか?」
胸のざわつきを抑えつつ、わざと投げ槍に問う。敦は小さく点頭すると、次の一口をせがむかのように健吾を見上げた。
濡れた瞳から零れ落ちるのは、一筋の涙……
「ああ」
敦は答えた。
そして、初めて健吾に――不器用ながらも――微笑んでみせたのだった。
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