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ようやくイザベラをシスティーナ家の屋敷に送り届け、馬車に一人きりになると、それまで堪えていた溜息がどおおおおおっと肺から溢れ出た。
つ、つかれたぁぁぁぁぁぁぁぁ!
体力的に、何よりメンタル面でとにかく疲れた! そりゃそうだ。転生前はダンスもデートも未経験だった俺が、何十人とご婦人方をリードし、その合間も休む暇なく女の子の機嫌を伺い続けたのだ。
立派な王子しぐさをキープするだけでもしんどかったのに、そこへ輪をかけての負担。正直、このまま寝落ちしたいぐらいにはヘトヘトだ。居酒屋でのオールのバイトでも、さすがにここまでの負担じゃなかったぜ? 眠い。てか、もう寝ちゃっていい? うん、よし、寝よう。
というわけで俺は、椅子の上で腕を組み、馬車の内壁に頭と肩を預けながら目を閉じる。電車でよく見かける例のポーズである。
ところが、いざ身構えると霧散してしまうのが眠気の厄介さだ。目を閉じたはいいものの、結局うまく寝つけないまま、俺は、先ほど中断した思考をまたぞろ蒸し返してしまう。
――ご自身が置かれた状況を思い出して頂けますよう。
そういえば先日も、約束がどうの、とあいつは言っていた。
しかし、あの後いろんな人間に聞き込みをかけたものの、誰一人その存在を知らなかった。どうやらウェリナの言う約束とは、二人の間で密かに交わされたものらしい。
そうなると、アルカディアの記憶を持たない俺には対処のしようがない。
もちろん、いざとなれば王太子権限でどうにでもなるだろう。当事者以外には存在すら知られていない約束だ。権力でいくらでも捻じ伏せてしまえばいい。
ただ、それがアルカディアの弱みに絡む秘密なら?
例えばアルカディアが、過去に何かしら大きな罪を犯し、その隠蔽をウェリナに手伝わせていたら? それをウェリナが弱みとして握り、もし俺が約束を違えた場合、そのカードを切る用意をしていたら?
ありうる。少なくとも……アルカディアの性格を踏まえるなら。
あのバカ王子のことだ。うっかりハニトラに引っかかって機密情報を他国に流しました、ぐらいじゃ驚かないぜ俺は。その手の証拠をウェリナが握り、アルカディアをコントロールするカードに使っていたとしても、だ。
ただ……だとすればなぜウェリナは、もっとマシな使い方をしないのか。
例えば、俺がウェリナの立場なら、むしろアルカディアには理想的な王太子として振る舞わせるだろう。そのままアルカディアが王になれば、このカードをちらつかせていくらでも傀儡にできるはずだ。
だが、これまでのウェリナの言動を踏まえると、むしろ俺にバカ王子として振舞えと言わんばかり。
わからない。
俺にとって、あいつはどういう存在だ?
そもそもあいつは、本当に悪役令嬢モノのヒーローなのか?
思い返せば、あいつの言動には不可解な点が多い。
奴が本当にヒーローだとして、なぜイザベラに恋をしない? さっき舞踏会でイザベラと顔を合わせたときも、特段、ウェリナの態度に変化は見られなかった。
ここが彼らのロマンスのために用意された世界なら、あの瞬間、何かしらの変化が二人の間に起きても不思議じゃなかった。運命を感じて見つめ合うだとか、わかりやすく頬を赤らめるだとか。
ところがウェリナも、それにイザベラも、特に何かが変わった様子はない。実際イザベラに、ウェリナのことをどう思うか探りを入れてみたものの、「きれいな人ですね」と、素っ気ない答えが返ってきただけだった。
ひょっとして……俺が破滅フラグを叩き潰したことで、世界のありように変化が起きた? 二人の物語ではなく、俺とイザベラの恋物語にシフトした?
だとすりゃ結構な話だ。これにて破滅フラグは回避。ご視聴ありがとうございましたってやつだ。……が、俺にはそうは思えない。何か、まだ、とんでもないフラグが待ち構えている予感がある。
そして、おそらくウェリナはそのフラグに関わっている。
何なんだお前は。
一体、どういうシナリオで動いている。
そんな俺の思考を不意に断ち切る、鋭い馬のいななき。次いで、大きな揺れとともに馬車が止まり、慣性に委ねた身体がガクンと前につんのめる。
止まった、のか? でも、宮殿はまだ先のはず……
「何者だ貴様ら!」
突然の声に身構える。今のは確か、護衛に当たる騎士の声だ。続いて今度は、明らかに金属同士が打ち合う音。
一体、外で何が起きている?
いや、この音と台詞から状況は明らかだ。
「……襲撃!?」
考えてみれば、夜中に出歩く貴族など暴漢にしてみれば襲ってくれと言わんばかりだろう。まして、この馬車は王太子の紋章まで掲げている。当座の金を奪うにも、人質にして金銭を要求するにもうってつけの獲物だ。
いや、目的が金銭だけならまだいい。
最悪なのは、奴らの目的が王太子アルカディアの首、というパターンだ。でも、誰が何のために? 少なくとも俺は、悪役令嬢モノでバカ王子が暗殺されるパターンなんて知らねぇぞ!?
まさか……物語そのものが俺を排除しようと自己修復力を働かせているのか? 俺がバカ王子としての役を全うしないから?
わからん。わからんが、とにかくこの場を逃れなくては。
そう自分を奮い立たせ、ドアの取っ手に手を伸ばした刹那、目の前でひとりでにドアが開け放たれる。その黒い戸口からのそりと現れたのは、見るからに治安の悪い漆黒の影。
鼻を刺す血の臭いが、影とともに馬車へと流れ込む。
その、臭いの元に気づいた俺は「ひっ」と息を呑んだ。影の手には、鮮血でぬらつく大振りの曲刀が。
「死ね。アルカディア」
まじすか。
ていうか、もうジャンル違くない? これ。
つ、つかれたぁぁぁぁぁぁぁぁ!
体力的に、何よりメンタル面でとにかく疲れた! そりゃそうだ。転生前はダンスもデートも未経験だった俺が、何十人とご婦人方をリードし、その合間も休む暇なく女の子の機嫌を伺い続けたのだ。
立派な王子しぐさをキープするだけでもしんどかったのに、そこへ輪をかけての負担。正直、このまま寝落ちしたいぐらいにはヘトヘトだ。居酒屋でのオールのバイトでも、さすがにここまでの負担じゃなかったぜ? 眠い。てか、もう寝ちゃっていい? うん、よし、寝よう。
というわけで俺は、椅子の上で腕を組み、馬車の内壁に頭と肩を預けながら目を閉じる。電車でよく見かける例のポーズである。
ところが、いざ身構えると霧散してしまうのが眠気の厄介さだ。目を閉じたはいいものの、結局うまく寝つけないまま、俺は、先ほど中断した思考をまたぞろ蒸し返してしまう。
――ご自身が置かれた状況を思い出して頂けますよう。
そういえば先日も、約束がどうの、とあいつは言っていた。
しかし、あの後いろんな人間に聞き込みをかけたものの、誰一人その存在を知らなかった。どうやらウェリナの言う約束とは、二人の間で密かに交わされたものらしい。
そうなると、アルカディアの記憶を持たない俺には対処のしようがない。
もちろん、いざとなれば王太子権限でどうにでもなるだろう。当事者以外には存在すら知られていない約束だ。権力でいくらでも捻じ伏せてしまえばいい。
ただ、それがアルカディアの弱みに絡む秘密なら?
例えばアルカディアが、過去に何かしら大きな罪を犯し、その隠蔽をウェリナに手伝わせていたら? それをウェリナが弱みとして握り、もし俺が約束を違えた場合、そのカードを切る用意をしていたら?
ありうる。少なくとも……アルカディアの性格を踏まえるなら。
あのバカ王子のことだ。うっかりハニトラに引っかかって機密情報を他国に流しました、ぐらいじゃ驚かないぜ俺は。その手の証拠をウェリナが握り、アルカディアをコントロールするカードに使っていたとしても、だ。
ただ……だとすればなぜウェリナは、もっとマシな使い方をしないのか。
例えば、俺がウェリナの立場なら、むしろアルカディアには理想的な王太子として振る舞わせるだろう。そのままアルカディアが王になれば、このカードをちらつかせていくらでも傀儡にできるはずだ。
だが、これまでのウェリナの言動を踏まえると、むしろ俺にバカ王子として振舞えと言わんばかり。
わからない。
俺にとって、あいつはどういう存在だ?
そもそもあいつは、本当に悪役令嬢モノのヒーローなのか?
思い返せば、あいつの言動には不可解な点が多い。
奴が本当にヒーローだとして、なぜイザベラに恋をしない? さっき舞踏会でイザベラと顔を合わせたときも、特段、ウェリナの態度に変化は見られなかった。
ここが彼らのロマンスのために用意された世界なら、あの瞬間、何かしらの変化が二人の間に起きても不思議じゃなかった。運命を感じて見つめ合うだとか、わかりやすく頬を赤らめるだとか。
ところがウェリナも、それにイザベラも、特に何かが変わった様子はない。実際イザベラに、ウェリナのことをどう思うか探りを入れてみたものの、「きれいな人ですね」と、素っ気ない答えが返ってきただけだった。
ひょっとして……俺が破滅フラグを叩き潰したことで、世界のありように変化が起きた? 二人の物語ではなく、俺とイザベラの恋物語にシフトした?
だとすりゃ結構な話だ。これにて破滅フラグは回避。ご視聴ありがとうございましたってやつだ。……が、俺にはそうは思えない。何か、まだ、とんでもないフラグが待ち構えている予感がある。
そして、おそらくウェリナはそのフラグに関わっている。
何なんだお前は。
一体、どういうシナリオで動いている。
そんな俺の思考を不意に断ち切る、鋭い馬のいななき。次いで、大きな揺れとともに馬車が止まり、慣性に委ねた身体がガクンと前につんのめる。
止まった、のか? でも、宮殿はまだ先のはず……
「何者だ貴様ら!」
突然の声に身構える。今のは確か、護衛に当たる騎士の声だ。続いて今度は、明らかに金属同士が打ち合う音。
一体、外で何が起きている?
いや、この音と台詞から状況は明らかだ。
「……襲撃!?」
考えてみれば、夜中に出歩く貴族など暴漢にしてみれば襲ってくれと言わんばかりだろう。まして、この馬車は王太子の紋章まで掲げている。当座の金を奪うにも、人質にして金銭を要求するにもうってつけの獲物だ。
いや、目的が金銭だけならまだいい。
最悪なのは、奴らの目的が王太子アルカディアの首、というパターンだ。でも、誰が何のために? 少なくとも俺は、悪役令嬢モノでバカ王子が暗殺されるパターンなんて知らねぇぞ!?
まさか……物語そのものが俺を排除しようと自己修復力を働かせているのか? 俺がバカ王子としての役を全うしないから?
わからん。わからんが、とにかくこの場を逃れなくては。
そう自分を奮い立たせ、ドアの取っ手に手を伸ばした刹那、目の前でひとりでにドアが開け放たれる。その黒い戸口からのそりと現れたのは、見るからに治安の悪い漆黒の影。
鼻を刺す血の臭いが、影とともに馬車へと流れ込む。
その、臭いの元に気づいた俺は「ひっ」と息を呑んだ。影の手には、鮮血でぬらつく大振りの曲刀が。
「死ね。アルカディア」
まじすか。
ていうか、もうジャンル違くない? これ。
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