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「……ダブル?」
「ええ。二つの公爵家の……精霊の加護を受ける人間のことです」
ウェリナの代わりに答えたのはマリーだった。冷然とウェリナを見据える横顔は、普段の陽気な印象とはほど遠い。
「なぜ……ダブルであるウェリナ様がウェリントン家の当主に……? 陛下は、この件をご存じなのですか? 他の四公の許可は?」
「……」
ウェリナは、頑なに黙したまま答えない。
相変わらずその顔は薄ら笑みをまとっているが、眼差しは硬く、はっきりと拒絶を示している。おそらく、当人にとってもセンシティブな特性なのだろう。少なくともマリーの口ぶりを踏まえるに、〝ダブル〟なる存在は、貴族社会においては一種のタブーとして扱われているようだ。
ゆえにウェリナは、その特性を誰にも明かすことなく生きてきたのだろう。あるいは国王にさえも。
「何にせよ、このことは司祭様にもお伝えしなければなりません。精霊四公の均衡を監視することも、我々精霊教会の役目。ウェリントン家の当主でありながら、ルネス家の……水の加護も受けるウェリナ様は、その均衡を崩しかねません!」
確かに、前世でも国同士のパワーバランスは厳密に調整されていた。例えば軍艦や核兵器の削減条約だとか。おそらく精霊教会は、前世でいう国連のような立ち位置で四公を監視しているのだろう。
その教会側の人間としては、こんな苦言を呈したくなるのはわかる。が……
「いや、待ってくれマリー。ウェリナにも、何か言い分があるのかも――」
「ないよ、そんなの」
「えっ?」
振り返ると、ウェリナの皮肉な笑みがあった。
「父の弟……表向きは俺の叔父にあたる男が、かつて、一夜の過ちでルネス家の令嬢を孕ませた。兄である父はこの一件を封殺するために、ルネス家に多額の賠償金を支払い、産まれた子供を密かに引き取った。……その子供が俺だ。それだけの話だ」
「それだけの、って……」
自分の出生を、こんなにも哀しい顔で語るこいつの心が無傷なはずがない。きっと本当は、誰にも見せられない傷を人知れず抱えて苦しんでいたはずだ。
しかしマリーは、そんなウェリナの傷を平然と踏みつける。
「そうですか。何にせよ、このことは司祭さまに報告させていただきます。仮に、このままウェリナ様の血が次世代の公爵家に継承された場合、ウェリントン家は風のみならず、水の精霊の加護も手にすることになる。我々としては、断じて見過ごすわけにはいきません」
「……血」
そういえば。
以前ウェリナは言っていた。家督については、遠からずいとこに継がせるつもりだ、と。十八歳の、まだまだ未来と可能性に満ちたウェリナが、自分は働き以外は何も後世に残さないと断言したのだ。
あの時はただ、アルカディアとのイチャラブ追放スローライフを指しているのだと思っていた。この異世界でも、男同士じゃ子供は儲けられない。が、ウェリナが抱える事情を知った今、全く違う側面が見えてくる。
わかっていたのだウェリナは。自分が禁忌の存在であると。
あれは、希望じゃなく絶望から出た言葉だった。
「……いい加減にしろ」
えっ、と振り返るマリーを、俺は鋭く睨みつける。
「あいつ……ウェリナは、いとこが成人するまでの繋ぎなんだ。本人も、血のことはわかってる。わかった上で当主をやってんだよ」
だろ、とウェリナに向き直る。するとウェリナは形の良いくちびるを歪め、皮肉に笑んだ。
「……ああ、こんな濁った血を後に継がせるわけにはいかないからな」
「に、濁ったなんて……そんな言い方すんなよ! お前はよくやってる。学校でも首席だったろ? だから繋ぎでも当主の座を任されたんじゃねぇの? さっきも、身を盾にして俺を守ってくれたじゃねぇか! お前にどんな血が流れているかなんて、そんなの関係ねぇ。お前の価値を決めるのは、血じゃなく生きざまなんだ」
するとウェリナは弾かれたように振り返り、ぎゅっと下唇を噛みしめる。平静を装ってはいるが、その目は赤く充血し、今にも泣き出しそうだ。
片腕を焼かれても呻き声ひとつ上げなかったウェリナが、今は心の痛みに泣いている……
「な、なぁマリー。聞いての通り、本人は何も悪くないんだ。家督だって、どうせすぐいとこに譲るんだから」
「しかし、ウェリナ様が血を残されない保証は? ただでさえ、ウェリナ様に憧れるご婦人方も多いですのに」
「あー。だから、それはだなぁ……」
いっそウェリナたちの計画をぶちまけてしまおうか。イチャラブ追放スローライフの件を。いや、そうなると俺の記憶喪失の話にも触れることになる。うまく避けつつ、ウェリナに子供を残す意志がないことを伝えるには一体どうすれば。
そうして俺が足りない頭をフル回転させる間も、ウェリナの腕からはとめどなく血が流れている。
くそっ、一体どうすりゃ――
いや、ある。一つだけ、説得力のあるやり方が。
「ウェリナ」
振り返るウェリナ。その頬を俺は両手で包むと、つま先立ちで伸び上がり、くちびるを重ねる。……くそっ、不本意だが今はこれ以外に方法がねぇ!
「わかったか、マリー。つまりこういうこと――うぷ!?」
今度はウェリナの方からキスを求められる。いや待てご婦人の前だぞ自重しろと焦る間にも、キスはどんどん深くなってゆく。噛みつくようなそれは、俺さえ喰らえば傷が治るとでも言いたげだ。
やがてウェリナは、おもむろにくちづけを解く。濡れたエメラルドの双眸が、いたずらっぽく俺を見つめている。
よかった。いつものウェリナだ。スマートに見えて強引で、実は傷つきやすい、いつものウェリナが戻ってきた。
「要するに、こういうことだ」
マリーに向き直りながら、ウェリナは誇らしげに告げる。
一方、マリーはというと、なぜか両手で口元を押さえ、大粒の目をキラキラさせながらはわわわわと呻いている。その顔色は、さっきまでの蒼白さが嘘のような薔薇色。……って、いや君、たったいま失恋したんじゃない?
「うそ、わ、私の、推しカプ、ままま、まさかの、公式……」
そのままマリーは、直立不動のままパタリとテラスに倒れこむ。
今度はいきなり何!? 慌てて駆け寄り、その肩を抱き上げると、マリーは、それはもうべらぼうに良い笑顔で気絶しているのだった。
「ええ。二つの公爵家の……精霊の加護を受ける人間のことです」
ウェリナの代わりに答えたのはマリーだった。冷然とウェリナを見据える横顔は、普段の陽気な印象とはほど遠い。
「なぜ……ダブルであるウェリナ様がウェリントン家の当主に……? 陛下は、この件をご存じなのですか? 他の四公の許可は?」
「……」
ウェリナは、頑なに黙したまま答えない。
相変わらずその顔は薄ら笑みをまとっているが、眼差しは硬く、はっきりと拒絶を示している。おそらく、当人にとってもセンシティブな特性なのだろう。少なくともマリーの口ぶりを踏まえるに、〝ダブル〟なる存在は、貴族社会においては一種のタブーとして扱われているようだ。
ゆえにウェリナは、その特性を誰にも明かすことなく生きてきたのだろう。あるいは国王にさえも。
「何にせよ、このことは司祭様にもお伝えしなければなりません。精霊四公の均衡を監視することも、我々精霊教会の役目。ウェリントン家の当主でありながら、ルネス家の……水の加護も受けるウェリナ様は、その均衡を崩しかねません!」
確かに、前世でも国同士のパワーバランスは厳密に調整されていた。例えば軍艦や核兵器の削減条約だとか。おそらく精霊教会は、前世でいう国連のような立ち位置で四公を監視しているのだろう。
その教会側の人間としては、こんな苦言を呈したくなるのはわかる。が……
「いや、待ってくれマリー。ウェリナにも、何か言い分があるのかも――」
「ないよ、そんなの」
「えっ?」
振り返ると、ウェリナの皮肉な笑みがあった。
「父の弟……表向きは俺の叔父にあたる男が、かつて、一夜の過ちでルネス家の令嬢を孕ませた。兄である父はこの一件を封殺するために、ルネス家に多額の賠償金を支払い、産まれた子供を密かに引き取った。……その子供が俺だ。それだけの話だ」
「それだけの、って……」
自分の出生を、こんなにも哀しい顔で語るこいつの心が無傷なはずがない。きっと本当は、誰にも見せられない傷を人知れず抱えて苦しんでいたはずだ。
しかしマリーは、そんなウェリナの傷を平然と踏みつける。
「そうですか。何にせよ、このことは司祭さまに報告させていただきます。仮に、このままウェリナ様の血が次世代の公爵家に継承された場合、ウェリントン家は風のみならず、水の精霊の加護も手にすることになる。我々としては、断じて見過ごすわけにはいきません」
「……血」
そういえば。
以前ウェリナは言っていた。家督については、遠からずいとこに継がせるつもりだ、と。十八歳の、まだまだ未来と可能性に満ちたウェリナが、自分は働き以外は何も後世に残さないと断言したのだ。
あの時はただ、アルカディアとのイチャラブ追放スローライフを指しているのだと思っていた。この異世界でも、男同士じゃ子供は儲けられない。が、ウェリナが抱える事情を知った今、全く違う側面が見えてくる。
わかっていたのだウェリナは。自分が禁忌の存在であると。
あれは、希望じゃなく絶望から出た言葉だった。
「……いい加減にしろ」
えっ、と振り返るマリーを、俺は鋭く睨みつける。
「あいつ……ウェリナは、いとこが成人するまでの繋ぎなんだ。本人も、血のことはわかってる。わかった上で当主をやってんだよ」
だろ、とウェリナに向き直る。するとウェリナは形の良いくちびるを歪め、皮肉に笑んだ。
「……ああ、こんな濁った血を後に継がせるわけにはいかないからな」
「に、濁ったなんて……そんな言い方すんなよ! お前はよくやってる。学校でも首席だったろ? だから繋ぎでも当主の座を任されたんじゃねぇの? さっきも、身を盾にして俺を守ってくれたじゃねぇか! お前にどんな血が流れているかなんて、そんなの関係ねぇ。お前の価値を決めるのは、血じゃなく生きざまなんだ」
するとウェリナは弾かれたように振り返り、ぎゅっと下唇を噛みしめる。平静を装ってはいるが、その目は赤く充血し、今にも泣き出しそうだ。
片腕を焼かれても呻き声ひとつ上げなかったウェリナが、今は心の痛みに泣いている……
「な、なぁマリー。聞いての通り、本人は何も悪くないんだ。家督だって、どうせすぐいとこに譲るんだから」
「しかし、ウェリナ様が血を残されない保証は? ただでさえ、ウェリナ様に憧れるご婦人方も多いですのに」
「あー。だから、それはだなぁ……」
いっそウェリナたちの計画をぶちまけてしまおうか。イチャラブ追放スローライフの件を。いや、そうなると俺の記憶喪失の話にも触れることになる。うまく避けつつ、ウェリナに子供を残す意志がないことを伝えるには一体どうすれば。
そうして俺が足りない頭をフル回転させる間も、ウェリナの腕からはとめどなく血が流れている。
くそっ、一体どうすりゃ――
いや、ある。一つだけ、説得力のあるやり方が。
「ウェリナ」
振り返るウェリナ。その頬を俺は両手で包むと、つま先立ちで伸び上がり、くちびるを重ねる。……くそっ、不本意だが今はこれ以外に方法がねぇ!
「わかったか、マリー。つまりこういうこと――うぷ!?」
今度はウェリナの方からキスを求められる。いや待てご婦人の前だぞ自重しろと焦る間にも、キスはどんどん深くなってゆく。噛みつくようなそれは、俺さえ喰らえば傷が治るとでも言いたげだ。
やがてウェリナは、おもむろにくちづけを解く。濡れたエメラルドの双眸が、いたずらっぽく俺を見つめている。
よかった。いつものウェリナだ。スマートに見えて強引で、実は傷つきやすい、いつものウェリナが戻ってきた。
「要するに、こういうことだ」
マリーに向き直りながら、ウェリナは誇らしげに告げる。
一方、マリーはというと、なぜか両手で口元を押さえ、大粒の目をキラキラさせながらはわわわわと呻いている。その顔色は、さっきまでの蒼白さが嘘のような薔薇色。……って、いや君、たったいま失恋したんじゃない?
「うそ、わ、私の、推しカプ、ままま、まさかの、公式……」
そのままマリーは、直立不動のままパタリとテラスに倒れこむ。
今度はいきなり何!? 慌てて駆け寄り、その肩を抱き上げると、マリーは、それはもうべらぼうに良い笑顔で気絶しているのだった。
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