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69 「したい」 (最終話です。お付き合いありがとうございました!)

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 昨晩、久しぶりに〝彼〟の夢を見た。
 最近ではすっかりこの西洋風ファンタジーな世界に馴染んでしまって、だから久々に揺られた山手線は新鮮だったし、新しく建造中の超高層ビルを見上げながら、この世界の連中は岩の精霊の加護もなしによくやるよなぁ、と、完全に異世界人目線で感動していた。
 そんな俺の元いた世界で、〝彼〟はヒーローになっていた。
〝彼〟が向かった先にあったのは、とあるビルの事務所。そこは、おもに貧困世帯への食糧支援を活動の主軸とするNGOらしく、〝彼〟は、その代表として組織を切り回していた。事務所の壁には立ち上げ時のメンバーの集合写真やら当時掲げたと思しき理念なんかが貼られていて、〝彼〟のここまでの道のりには相当の苦労もあったんだろうが、まぁ概ね充実した日々だったんだろうなと充分に察せられた。少なくとも……暗殺に怯えながら王子として生きるよりはずっとマシな人生だったろう。
 よかったな。
 いやマジで、本当に……本当によかった。
 そんな温かな気分を抱えて目を覚ますと、そこはいつもの王宮の寝室で、俺の隣ではいつもの男がすうすうと寝息を立てている。そんな奴の、布団からはみ出た剥き出しの肩に、あーまたやっちまったと俺は思う。かくいう俺も似たような姿で、胸やら腹にはびっしりと赤い痣。うう、腹が減ったし朝食を運んでほしいんだが、この状態じゃさすがに無理だよなぁ。
「おい、起きろ」
 隣で眠る男の額をぺちりと叩く。が、反応はない。仕方ねぇなと今度はくちびるにチュッとしてやると、不意打ちみたいに腕が伸びて、俺の身体は奴の懐に囚われてしまう。くそっこいつ起きてやがった!
「お、おいっ!」
「アル……愛してる」
 そして今度はウェリナの方から俺に口づけてくる。相変わらず「愛してる」を何でもアリの免罪符に使うこいつに、しかし俺はその都度まんまと絆され、今回も懲りずにくちびるを絡めてしまう。こりゃ朝からもう一発の流れかもな。そう観念し、ウェリナの顔を覗き込むと、なぜかそのエメラルドの瞳は、今朝に限って寂しげな色を浮かべている。
「ん? どした、ウェリナ」
「……夢を見たんだ。変な夢だった」
「夢?」
「ああ。何というか……山のように大きな建物が森のように立ち並ぶ町で、俺は、なぜか走る部屋の中で揺られているんだ。そこで俺は……隣に座る見知らぬ男を見守っていた。見覚えのない男だ。なのになぜか、彼が〝彼〟だと俺にはすぐにわかった。……〝彼〟は、笑っていた。手元の小さな板を覗きこみながら」
 手元の小さな板。それはきっと、〝彼〟が新しく築いた家族をホーム画面に映したスマホだろう。どうやら〝彼〟はすでに所帯を持っているらしく、事実、夢で見た事務所の机には〝彼〟の奥さんと娘らしき母子の写真が飾られていた。奇しくも俺とウェリナは、一緒にあちらの世界の夢を見ていたらしい。
「変だが、幸福な夢だったよ。……とても」
 そう呟くウェリナに余計な屈託は見られなかった。ウェリナは、どこまでも純粋に〝彼〟の新しい幸せを祝福していた。ほんの少し――ひとしずくほどの寂しさを滲ませながら、ではあったが。
 ウェリナがウェリントン家当主の座を従妹に譲り、俺個人の相談役に就いて四年。さらに、先の王が崩御し、俺が王位を次いで三年が過ぎた。今では俺の片腕つまり宰相として、またプライベートでもパートナーとしてウェリナは欠かせない存在だ。唯一の懸念材料は後継者問題だが、このあたりも先だって結婚したリチャードとイザベラが何とかしてくれるだろう。とりあえず……今の俺達には喫緊で対処すべき問題はない。なのに何だってこいつは、こんな目で俺を見る?
「本当に……よかったのか」
「えっ?」
 するとウェリナは、痛みを堪えるように眉間に皺を寄せる。出会った頃からすでに十年が過ぎて、青年の瑞々しさを失う代わりに大人の色気を早くも纏いはじめたウェリナは、相変わらず怖いぐらいに美しい。
「君には……アルには、別の幸せもあったはずなんだ。別の選択肢も……なのにどうして俺を選んだ。なぁ、どうして……」
「……最初は、ぶっちゃけ憐れみだった」
 とくに深い考えもなく、気づくとそう口にしていた。何だって俺はいつも勢い任せなんだろうな、と、口にしながら思う。あのおっさんを勢いで助けた時から何も変わってない。
「生意気でとっつきにくいくせに寂しがりやなところとか、しっかりしてる風で妙に不安定なところとか……明らかに強がりだとわかる態度とか、その奥に覗く弱さだとか……そういうのが、とにかく見ていられなかった。うん……最初は正直、憐れみだったよ。別にお前のことなんか好きじゃなかったし、むしろムカついてた」
「ははっ。……正直だね」
 そう言ってぎこちなく笑いながら、ウェリナは悲しそうな目をする。だからそういうとこなんだって。わかってやってんのかこいつ。
「でも……何だろうな、気づくと、お前のことしか考えられなくなってた。むしろ、想わざるをえなくて……んで、お前に触れられて、求められて、確信した。ただの憐れみじゃ多分こうはならない、って」
「そう。じゃあ……俺が〝彼〟のつもりで君を求めたことも、無駄じゃなかったんだな」
「そういうことになるのかね。まぁ……最初はすげー迷惑だったけど」
 するとウェリナは、今度は拗ねたように唇を尖らせる。ったく、これで城下では美しき鉄仮面なんて二つ名で呼ばれてるんだから面白いよな。美しくも冷酷なる王の右腕、なんて。でも本当は面白いぐらい感情豊かで、表情もころころ変わって。まぁ……今のところ、俺以外の人間に晒すつもりはないんだけど。
「改めて……すごいなと思うよ」
「何が……?」
「だって……俺と君は本来、出会うはずがなかった。お互い、別の世界に生きていて……でも出会った。出会って、恋をして、結ばれて……奇跡だよ」
 またしてもキスを求められ、しかし俺はそのくちびるを避けて身を起こす。今日これから控える大事な儀式を思い出したからだ。
「やっべ、早く準備しないと……つーかお前もぐずぐずすんな! 今日は病院の落成式だろ!」
 そう、今日は王国初となる傷病者の治療に特化した施設、つまりは病院の落成式が行われる日だった。式典には、弟夫婦はもちろん、スポンサーとなった五侯やその他の貴族も多数招いている。のみならず、今後も力を貸してもらうことになる精霊教会の司祭や聖女たちも多く招待していた。当面は彼ら彼女らに助力を得る必要があるからだ。少なくとも、近代的な医療施設として本格稼働するまでは。
「落成式……ああ、そういえば、そうだったな」
「そういえばって。いいからさっさとシャワー浴びて飯食って――」
 ところがウェリナは、そんな俺の腕を掴んでベッドに引き戻すと、俊敏な獣のように馬乗りになる。
「式典は昼過ぎ。今はまだ朝だ。余裕なら充分ある」
「……だから何だよ」
 ウェリナの肉食獣めいた眼差しに何となく答えを予期しつつ問えば、案の定の言葉が返ってくる。もう何十、いや何百回と聞かされたあの言葉。
「したい」
「お前……ほんっっとそればっかだな!」
 でもまぁ、実は俺もしたかったのでそこはお互い様なのだった。

 こんな感じで、これからも末永くやっていくんだろうなぁ、俺ら。
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みんなの感想(6件)

おさかな太郎

ネタバレ有り感想です🙏

大変日が空いてしまいましたが、最新話まで読みました!
マリーちゃんとカサンドラ妃の"趣味"が思いのほか根深い問題で笑ってしまいました。
色々と好きなシーンはあるのですが、イザベラちゃんと婚約解消なんて絶対しねぇ!でもウェリナ・・・みたいな事をうだうだ言っちゃう主人公が、何はともあれイザベラちゃんの物理精神共に最大の危機を身を持って救いに行ってくれたのが本当に嬉しいです。おかしい、既にCPは確定している筈なのにこっちはこっちで推せてしまう。というか主人公が推せます。これぞヒーロー!
そしてここに来てウェリナの心中が察し切れなくなったので、やはり先が気になります。どうなるのか。どうにかなってくれ。

そろそろ完結も近そう?な予感ですが、つづき楽しみにしてます!

路地裏乃猫
2023.11.13 路地裏乃猫

ご感想ありがとうございます!なんやかんや小狡くやってきた主人公ですが、ようやく「根は良い奴」をお伝えすることができてよかったです。そんな主人公に果たして報われる日は来るのか・・・どうか引き続き見守っていただけると幸いです!
完結まで頑張っていきます!(前回のご感想も含め大変励みになっています)

解除
おさかな太郎

BL大賞の参加作品という事で読みに来たのですが、主人公の脳内ががっつりメタい作品はあまり見ないので新鮮だなーと思いつつ、最初はそのメタさやノベルゲーの定番ルートの件、文章の勢い等々で笑いながらも先が気になる!と読み進めていたのですが、すけべ話が始まる前後から突然すけべレベルが高まり始め(当然)、昨日の時点での最新話に追い付いてしまった所でもうこいつらどうなるんだどうにでもなれ!?という気持ちに支配されるくらいのめり込んでしまいました。

自身がガタイが良くて無愛想な男が好みなのでウェリナがカッコよくて好みなのは勿論の事、終始打算的で小悪党ムーブをかましつつも寂しそうな顔の彼をほってはおけないなんだかんだ良いやつな主人公のことも好きですし、そんな主人公が絆されていく経過を見ているのが楽しくて仕方ありません。めちゃくちゃかわいいです。

すけべシーンもすけべシーンで大変よろしく、こう、お互いの色気やムードの無さが逆にすけべさを盛り立てており、大変にすけべです(???)。THE!エロ!みたいなすけべ描写の作品も好きなのですが、好みに刺さったキャラ同士のこういったすけべを拝見すると心の中で静かに強くガッツポーズをキメる何かが現れます。

主人公があまりメタい事を言わなくなってきた辺りで現れたマリーちゃんやカサンドラ姫の怪しい動きに都度都度笑いそうになっておりますが、一読者、観客としては同志の様な気持ちで眺めておりますゆえ、どーーーかウェリ×主が上手いこと行きますようにと祈っております。

余談ですが、昨日から今日にかけての更新(はわわわわわわわ)を読んでマリーと同じく既に成仏しかけております(笑)
更新楽しみにしております、素晴らしい作品をどうもありがとうございます。

路地裏乃猫
2023.11.05 路地裏乃猫

ご感想ありがとうございます!楽しんで頂けているようで何よりです!

ここ数日は体調不良と別件の消化で、更新および頂いたメッセージの確認が遅れてしまい大変申し訳なく思っています。続きも頑張って書かせていただきます。今後もどうか応援していただけると幸いです。本当に、申し訳ありませんでした・・・

解除
harumi19661121あっけみん

マリーが書いてた物って………🤔
もしかして腐女子達が大好きなっ😳❓

路地裏乃猫
2023.10.28 路地裏乃猫

いつも応援ありがとうございます!
どうなんでしょうねぇ…?続きをおたのしみに!

解除
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