ギフテッド

路地裏乃猫

文字の大きさ
5 / 68
1章

3話 不穏な噂

しおりを挟む
【閲覧注意!】死に至る絵!

 見ただけで死んでしまう絵。そんなものが実在したら、怖いとは思いませんか?

 しかも、そんな恐ろしい絵が、ある日突然、あなたの住む街のビルや塀に落書きされていたら?

 今、都内某駅の近辺で、そうした落書きがいくつも見つかっているのです。安全のため、詳しい場所をここに記すことはできませんが、直近に起きた大量昏倒事件を調べて頂けると、特定はさほど難しくはないかと思われます(筆者としては、特定はお勧めしません)。

 その現地にさっそく取材を試みたのですが、なんと、いずれも付近の塀やビルの壁面に巨大なカバーがかけられていることが判明しました。

 例えばこちらの写真①ですが、落書きがあったとされるトンネルの壁面には工事用のカバーがかけられ、さらに壁面補修中の看板が掲げられています(写真②)。しかし、こちらのトンネルは昨年開通したばかりの新道の一部で、他の壁面の新しさを見ても、補修が必要だとは到底思えません。

 続いて写真③ですが、落書きがあったとされるこちらの廃ビルにも、やはり、工事用の覆いがかけられています。傍らには最初のケースと同様、解体工事の看板が(写真④)。しかし、近所の人の証言によると、このビルは何年も前から所有者不在のまま放置されており、解体工事は寝耳に水だったとのこと。

 他の事件現場でも、同様に謎の突発工事が――






「か、い、え、だ、くんっ!」

 陽気な声に名を呼ばれ、漣は顔を上げる。先日とは違う女子生徒が、何が楽しいのか上機嫌で漣を見下ろしている。いかにも男好きのするフェミニンな風貌は、愛らしさよりはむしろ、在学中に有望な男を捕まえてやりたいという貪欲な戦略性を感じさせる。

「なに読んでるの?」

 何と問われると、いま目の前で開いている神経医学の専門書か、LINEで美海に送りつけられた三文キュレーションサイトのどちらを答えるべきか悩む。が、結局、真面目に答える義務などないことに気付き、「別に」と素っ気ない答えを返す。

 そもそもここは大学図書館内の読書コーナーで、フロアは心地よい静寂に包まれている。多くの人間がマナーに従うことで保たれる静寂。それを無遠慮にぶち壊す人間とは、男であれ女であれ言葉を交わす気になれない。
 ところが女子生徒は、漣の言外の拒絶を汲み取るどころか、逆に無遠慮に顔を覗き込んでくる。

「……何か」

「真っ青だよ、顔。体調大丈夫?」

 そして女子生徒は、ほら、と手鏡を突き出してくる。別に体調は悪くないのになと半信半疑で覗き込むと、チアノーゼ気味の男が確かに映っている。

「てか病院行った方がよくない? あ、海江田くんは家で診てもらえるか」

「いや……大丈夫」

 本を閉じ、足元に置かれたボストンバッグを抱えると、本を元の書架に戻して図書館を出る。最初はついてくるそぶりを見せた女子生徒も、いつの間にか気配は消えていた。漣の突き放すような早足に、さすがにと悟ったのだろう。

 信濃町駅で下り列車に乗り込むと、そのまままっすぐ自宅を目指す。このままJR線で吉祥寺まで下り、あとはバスで西東京を目指す。それが漣の通学ルートだ。

 ――動揺など。

 していない。するはずがない。あんな、どこの誰が書いたとも知れない信憑性皆無のゴミ記事にどうして慌てる必要がある。ああ、そうだ。壁にカバーがされていたから何だ。工事の看板が立っているならそりゃただの工事だろう。いくら新しいトンネルでも、思いがけず地下水が沁みて壁の一部が脆くなることもある。そうした常識的な思考をすっ飛ばして、いきなり突飛な説に走るから、あの手の記事はゴミだの陰謀論者の巣窟だのと馬鹿にされるんだ。

 だから……そう、何もかも偶然。ただの偶然だ。

 新宿で乗客が一気に捌けたところで空席を見つけ、素早く確保する。その直後、いかにも足腰が弱そうな老婆が乗り込んできて、漣は慌てて席を立つ。が、急に立ち眩みを覚えてふらつき、逆に老婆に心配される羽目になる。

「いえ、大丈夫です……」

 半ば強引に席を譲り、少し離れた場所で縋るように吊革を握る。

 そう、偶然だ。何もかも――だとしても、ありえるのか、こんな偶然が。

 少なくとも、あの三文キュレーションサイトで紹介されていたのは、いずれも漣にとってはありすぎるほど見覚えのある場所だった。

 それらはまた、ここ二ヶ月ほど頻発する謎の集団昏倒事件の現場でもあった。

 最初の事件は今から三か月前。漣がを始めて間もない頃だった。翌朝、まさにその場所で通りすがりの女性が倒れ、一週間ほど意識不明の状態が続いた。さいわい女性は意識を取り戻したが、倒れた時のことは何も覚えていないという。

 二度目、および三度目の事件は、記事にもあった新道の地下道で起きた。

 まず、偶然現場を通りかかった通行人六名が相次いで倒れ、その後、ガス漏れの調査で訪れたガス会社の社員五名が昏倒、病院に搬送された。うち三名は海江田病院に運ばれ、今なお意識不明の状態が続いている。ちなみに顔見知りの医師の話では、あらゆる病理検査を施したものの原因の特定には至らなかったらしい。

 四度目の事件も、やはり記事で紹介された路地裏で起きた。

 そこは、夜間こそ人通りに乏しいが、通勤時間帯は駐輪場から駅へ向かう人の流れができる。事件は、まさにその朝のラッシュ時に起きた。通行人が次々と倒れ、最終的に五十名近くもの人間が被害に遭ったという。海江田病院でも十名の急患を受け入れ、一時は廊下をストレッチャーが埋め尽くす事態にもなった。

 そしてついに、一連の事件で犠牲者が出る。別の病院に運ばれた患者だが、二名が搬送後に命を落としたそうだ。

 吊革を握る手がやけにねばつく。

 我ながらひどい手汗だ。が、今はそれを嗤う気にもなれない。

「見たら死ぬ絵だって。ヤバいよね」

 ふと、隣に立つカップルの会話が耳に入る。

「見たら死ぬ? 何それ」

「いや、だから、見ただけで死んじゃう絵。そういう絵がね、あるんだって実際」

 あの三文記事の話か。どうやら例の噂は、結構な規模で拡散しているらしい。

「てか、アート界隈じゃそこそこ有名らしいよ。見ただけで狂う絵とか、聴いただけで死ぬ歌とか」

「は、何それウケる」

「いやいやマジだって。ナオミが言ってたもん。ほら、あの子美大に通ってるじゃん? そこで先輩に聞いたって」

「へー、じゃあその先輩ってのは誰に聞いたの。ソースは?」

「あーもう、あんたすぐそうやってソースソース言う! でね、そういう特殊なアーティストのことを、ギフテッド、って呼ぶらしいの」

「ギフテッド?」

「そう。んで、ギフテッドだとわかると、米軍の偉い人が来て拉致されちゃうの。ナオミの話だと、人体実験の材料にされちゃうらしいよ!」

「人体実験! 宇宙人かよウケる!」

 すると女の方は、男のリアクションが気に入らなかったのだろう、やっぱ話すんじゃなかったと拗ねる。一方、男の方は相変わらず半笑いで、しかし、その隣に立つ漣はつられて笑うどころではなかった。

 ギフテッド。

 一般には特殊な、あるいは過剰な才能を与えられた人間を指す言葉。だが、さっきの女の説明に従うなら、作品を通じて死や狂気を振りまく特殊なアーティストを指す単語、ということになりそうだ。

 いや、用語などこの際どうだっていい。

 これまでの情報が、それを踏まえた漣の妄想が仮に事実だとして――そう、漣は自問する。それでも俺は、止められるのか。この、何をしていても……寝ても醒めても、食事中も、授業の最中にさえ幕無しに湧き上がるイメージを、ビジョンを、描きたいという衝動を、俺は。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...