ギフテッド

路地裏乃猫

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2章

34話 死ねばいいのに

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 父の病院は、幼い漣にとっては格好の遊び場だった。

 病室や待合室はもちろん、時には医師や看護師の目をかいくぐり、彼らがあっと驚く場所にも忍び込んだ。例えば、普段は鍵のかかった薬品庫だとか。大概その後は監視カメラなりで見つかって、そのたびに父にひどく叱られたけれど、それでも、当時の漣にとって病院の探索ほど楽しい冒険はなかった。

 ある時、漣は一階廊下奥の小さな小部屋に忍び込んだ。案内板には、ただの倉庫としか記されていない場所。でも、そこがただの倉庫でないことは、子供の勘で何となく察していた。

 漣が忍び込んだとき、奥のベッドには一人の患者が寝かされていた。患者は、顔を白い布で覆われていて、これじゃ寝苦しいだろうと、漣は子供ならではの素直な善意でそっと布を捲った。

「……あれ?」

 白布の下から現れたのは、漣もよく知るおじいさんだった。八階の、とくに重い病気を持つ患者が多く入院するフロアで、漣が顔を出すたびに孫でも迎えたように喜んでくれた。たしか、本当の孫はアメリカに住んでいると話していたっけ。でも遠いせいか、その子が見舞いには来たことは一度もない。

 おじいさんは、このところ毎日体が痛いとベッドで呻いていた。漣が会いに行っても、漣ではなく、本当の孫の名前ばかりを繰り返し呼んでいた。痛い。会いたい。寂しい。痛い――そのおじいさんが、ここしばらくの苦しみが嘘のように、今は安らかに眠っている。

 これが、死、か。

 不意に、そう、漣は悟った。ああ、これが、大人たちの言う死ってやつなのか、と。だとすれば……何て穏やかなのだろう。安らかで優しくて、何か素敵な夢を見ているような。

 ああ、そうだ。

 死ねばいいのだ。みんな、今すぐに。

 そうして、みんな安らかな眠りについてしまえばいい。もう誰も苦しむ必要はない。病気にも、注射にも、リハビリや痛いマッサージにも、失恋や、挫折や、大切な夢を諦める痛み。自分の人生なのに、何一つ自分の意志で決めることのできない惨めさ。そういった苦しみの全てが、ただ、死にさえすれば――

 見ると、いつの間にか低くなった寝台で、男の顔が別人のそれに変わっている。人生の労苦が皺として刻まれた老人の顔ではなく、つるりと白い仮面じみたその美貌に、漣は、確かに見覚えがあった。





「――嶋野さ、」

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