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青春の終わる日(高校生×高校生)
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自分でもどうかと思うほど重い溜息が喉から漏れる。
試合の帰り。乗り込んだバスの最後部のロングシート。今日は現地解散で、試合が終わると俺は、そのまま球場から自宅に向かうバスに乗り込んだ。応援に来た幼馴染と一緒に。
その幼馴染は、バスが動き出してしばらくもしないうちに船を漕ぎ始め、今は俺の肩に頭を預けてすやすやと寝息を立てている。てか、疲れてるのは俺の方だってのに、何だってこいつが先に寝てるんだよ。
今日の試合はまるで良いところがなかった。何とか勝ちを拾いはしたものの、俺自身の出来といえば四球の連発やらコントロールミスによる捕手のエラーの誘発、牽制の刺しそびれ諸々。守備の援護がなければまず落としていたゲームだ。
それでもこいつの目には、かっこよくキマって見えたんだろうなぁ。
身体が弱く、激しい運動の許されないこいつにとって、野球部でピッチャーを任される俺はヒーロー、なんだそうだ。俺に言わせればどこが、という話だ。ぐだぐだなコントロール。へばるとすぐにキレをなくすストレート。準決勝敗退が定番の中堅チームのエースなんて大体そんなもんだ。
それでもこいつは、いつだってアルプス席からマウンド上の俺に惜しみない声援を送る。ただでさえ肺活量の乏しい胸を振り絞って。そうして試合が終わると、俺より先にへばって寝落ちしてしまう。こんなふうに。
わかってんのかな。
お前が今、頭の支えにしてんのは投手にとっちゃ命の肩なんだぞ。……なんてな。ドラフトに指名されてるわけでもあるまいし。こんな汗臭い肩ならいくらでも使ってくれよ。
だって、ぜんぶ今年で最後だから。
来年、俺達はきっと別々の道に進むだろう。身体が弱い代わりに頭の良いこいつは東京の良い大学に進学するはずで、対する俺は、地元の大学に進学を予定している。まぁ受かれば、の話だけど。
だから、二人でこんな時間を過ごせるのもあとわずか。この、肩に加わる程よい重みも、バスの振動と穏やかな寝息がもたらすふわふわとした心地も、遠からず俺の手の届かない所に消えてしまう。
ふと手の甲に何かが触れて、見ると、膝に置いた手にあいつの手が重なっている。むず痒い、でも温かい、女子のそれみたいにほっそりとした手。それを俺は、白球を投げ込んで肉刺だらけになった手で握り込む。起こさないようにそっと。それから……こっそり指を絡めてみる。
お前は、最後まで気付かないだろう。
俺がどんな目でお前を見ていたか。何でもない顔でお前のヒーローを演じていたか。でも実際、俺はヒーローなんかじゃなかったし、さらに言えば、人並みの欲望を抱えた一人の男子高校生だった。対象が同性の親友だったことを除けば。
今だって本当は、このままお前を押し倒してヤッちまいたいという欲望を何とか押さえ込んでいる。なのにお前は、何も知らないお前は、こうやって無防備に寝顔を晒すんだな。長い睫毛。真っ赤な唇。夏でも焼けない白い肌――その全部が、お前が憧れの目で見つめる幼馴染を振り回しているだなんて、想像もしないんだろう、どうせ。
「……嫌になるな、ほんと」
頬をくすぐるあいつの前髪から漂う汗の匂い。全部、ぜんぶたまらないのに、それでも俺は何食わぬ顔でバスに揺られ、やがていつもの停留所でこいつを揺り起こすんだろう。そうして……いつかこいつと違う道に進んで、今こうしてわけのわからない感情に身悶えていることも、ちょっと恥ずかしい笑い話になってしまうんだろう。その頃には、俺もこいつも可愛い奥さんと結婚してーー
「……」
気付くと俺は、あいつの唇を奪っていた。理由は知らない。ただ、そうしなければとだけ思ったのだ。やがては想い出になる今という時間に、俺自身の手で傷をつけたかったのかもしれない。傷をつければ、たとえいつかは過去になるにせよ、その痛みで想い出すことができるから。
この、引きちぎられるような想いを。
「……やわらけぇな、くそ」
試合の帰り。乗り込んだバスの最後部のロングシート。今日は現地解散で、試合が終わると俺は、そのまま球場から自宅に向かうバスに乗り込んだ。応援に来た幼馴染と一緒に。
その幼馴染は、バスが動き出してしばらくもしないうちに船を漕ぎ始め、今は俺の肩に頭を預けてすやすやと寝息を立てている。てか、疲れてるのは俺の方だってのに、何だってこいつが先に寝てるんだよ。
今日の試合はまるで良いところがなかった。何とか勝ちを拾いはしたものの、俺自身の出来といえば四球の連発やらコントロールミスによる捕手のエラーの誘発、牽制の刺しそびれ諸々。守備の援護がなければまず落としていたゲームだ。
それでもこいつの目には、かっこよくキマって見えたんだろうなぁ。
身体が弱く、激しい運動の許されないこいつにとって、野球部でピッチャーを任される俺はヒーロー、なんだそうだ。俺に言わせればどこが、という話だ。ぐだぐだなコントロール。へばるとすぐにキレをなくすストレート。準決勝敗退が定番の中堅チームのエースなんて大体そんなもんだ。
それでもこいつは、いつだってアルプス席からマウンド上の俺に惜しみない声援を送る。ただでさえ肺活量の乏しい胸を振り絞って。そうして試合が終わると、俺より先にへばって寝落ちしてしまう。こんなふうに。
わかってんのかな。
お前が今、頭の支えにしてんのは投手にとっちゃ命の肩なんだぞ。……なんてな。ドラフトに指名されてるわけでもあるまいし。こんな汗臭い肩ならいくらでも使ってくれよ。
だって、ぜんぶ今年で最後だから。
来年、俺達はきっと別々の道に進むだろう。身体が弱い代わりに頭の良いこいつは東京の良い大学に進学するはずで、対する俺は、地元の大学に進学を予定している。まぁ受かれば、の話だけど。
だから、二人でこんな時間を過ごせるのもあとわずか。この、肩に加わる程よい重みも、バスの振動と穏やかな寝息がもたらすふわふわとした心地も、遠からず俺の手の届かない所に消えてしまう。
ふと手の甲に何かが触れて、見ると、膝に置いた手にあいつの手が重なっている。むず痒い、でも温かい、女子のそれみたいにほっそりとした手。それを俺は、白球を投げ込んで肉刺だらけになった手で握り込む。起こさないようにそっと。それから……こっそり指を絡めてみる。
お前は、最後まで気付かないだろう。
俺がどんな目でお前を見ていたか。何でもない顔でお前のヒーローを演じていたか。でも実際、俺はヒーローなんかじゃなかったし、さらに言えば、人並みの欲望を抱えた一人の男子高校生だった。対象が同性の親友だったことを除けば。
今だって本当は、このままお前を押し倒してヤッちまいたいという欲望を何とか押さえ込んでいる。なのにお前は、何も知らないお前は、こうやって無防備に寝顔を晒すんだな。長い睫毛。真っ赤な唇。夏でも焼けない白い肌――その全部が、お前が憧れの目で見つめる幼馴染を振り回しているだなんて、想像もしないんだろう、どうせ。
「……嫌になるな、ほんと」
頬をくすぐるあいつの前髪から漂う汗の匂い。全部、ぜんぶたまらないのに、それでも俺は何食わぬ顔でバスに揺られ、やがていつもの停留所でこいつを揺り起こすんだろう。そうして……いつかこいつと違う道に進んで、今こうしてわけのわからない感情に身悶えていることも、ちょっと恥ずかしい笑い話になってしまうんだろう。その頃には、俺もこいつも可愛い奥さんと結婚してーー
「……」
気付くと俺は、あいつの唇を奪っていた。理由は知らない。ただ、そうしなければとだけ思ったのだ。やがては想い出になる今という時間に、俺自身の手で傷をつけたかったのかもしれない。傷をつければ、たとえいつかは過去になるにせよ、その痛みで想い出すことができるから。
この、引きちぎられるような想いを。
「……やわらけぇな、くそ」
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