転生しても、女に振り回されそうになった俺は、暴君になる事にした。

前森コウセイ

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第1部 暴君立志編  第5話 王太子、暴君となる

第5話 11

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 ――この一週間、何度も自死を試みた。

 けれど。

 この首にある鉄輪は、なにかしらの魔道具らしくて、そのたびに身体の自由が奪われた。

 最初は舌を噛み切ろうとしたのだけれど、首輪によって、まるで身体が麻痺したかのように動けなくなった。

 次は鎖を限界まで伸ばして、首輪を喉に押し付け、窒息を試みたけれど、やはり身体が動かなくなった。

 壁に頭を打ち付けようとしても、暖炉の火箸で目を貫こうとしても、自傷は徹底的に阻まれてしまう。

 そうまでしてあの下衆は、わたしの心を穢したいのだろう。

 だから。

 わたしは心に壁を作って、わたしを見つめるわたしを作る。

 慣れた手順だ。

 そうじゃなかったら、わたしはカイのそばに居続けられなかっただろう。

 セリス様と婚約が決まった時。

 二人が庭園でお茶をして、楽しそうにしている時。

 わたしはこうして心を覆って、強いわたしを作ってきた。

 シンシア様とエリス様が、大劇場のあの舞台の上で「お慕いしています」と呟いた時にも、わたしは心を覆い隠した。

 ジュリア様が女性であると知らなかった、ユリアン様の時でさえ、友人のように振る舞う彼女とカイに嫉妬心を覚えて、わたしは心を隠した。

 そう。本当のわたしは弱いから……わたしは強いわたしでわたしを隠す。

 ――この先にはもう、絶望しかないのだから。

 なにがあっても、この奥底に隠した気持ちだけは、決して汚されないように。

 何度も何度も覆い隠して。

 なにも感じない、なにも思わないわたしを作り上げていく。

 キムジュンが室内に焚いていた阿片のおかげで、自己暗示が強固になるなんて、皮肉なものだ。

 メイド達がやってきて、わたしを入浴させる。

 髪が結い上げられて、化粧が施され、白い花嫁衣装を着せられた。

 ――わたしはなにも感じない。

 キムジュンがやってくる。

 わたしの心を折ろうと、またなにか下衆な事を言っている。

「――なんとか言え!」

 頬を叩かれた。

 けれど、わたしはなにも答えない。

「まあ、良い。どうせ鳴く事しかできなくなるのだ」

 そう言うと、キムジュンは持ってきた瓶の中身を口に含み、わたしに口づけした。

 舌を絡めて強引に瓶の中身を呑み込ませてくる。

 ――――――わたしは……なにも感じないし思わない。

「これでおまえは、なにをされても感じる雌豚だ!
 ――はじめてでも愉しめるぞ? 俺は優しいだろう?」

 太ももを伝う濡れた感触も、薬物による生理反応だ。

 何も答えずにいると、もう一度頬を打たれた。

 キムジュンは鎖を引いて歩き出す。

 いよいよなのだろう。

 まるで見せびらかすように鎖を引かれて城内を練り歩き、馬車に乗せられる。

 大広場までやってきて、噴水前に設置された舞台に上げられた。

 大広場を埋め尽くすほどに詰めかけた民衆。

 それを囲むように騎士や<騎兵騎>が待機している。

 彼らを前に、キムジュンは満足げに胸をそらして告げた。

「――さあ、集まってくれた民達よ! これがホルテッサが<叡智の至宝>などとあがめる魔女の姿だ!」

 鎖が引かれ、わたしは舞台の前の方に引き出される。

「諸君らがいま苦しい生活を送っているのも、こいつが余計なマネをした所為だ。そうだろう?」

 途端、民衆達は発狂したように、拳を突き上げ、「断罪を!」を繰り返す。

 キムジュンは手を振ってその声を鎮めさせ。

「ただ殺すだけで、諸君らの怒りは静まらないだろう?
 だから私は、諸君らの前で、この女を徹底的に貶めることにした!」

「――さすがキムジュン様!」

「キムジュン様を王に!」

 歓声が上がって、割れんばかりの拍手に大広場が埋め尽くされる。

 ――わたしはなにも感じない。

 詰めかけた観衆は、男も女も目を狂気に彩らせて、こちらを見上げている。

 ――わたしはなにも思わない。

 なのに――

 下卑た顔をしたキムジュンが、わたしの胸元に手を伸ばし、純白の衣装を引き裂いた。

 歓声があがって、わたしは身を守るようにしゃがみ込んだ。

 ――無理だ。

 心が悲鳴をあげてしまっている。

 身体が震えだして、涙が零れそうだ。

「――カイ……」

 思わず来るはずのない……来てはいけないと、わたし自身が思っているはずの彼の名を呼んでしまう。

「――ようやく反応を見せたな。女はそうでなくては――」

 キムジュンが下衣を脱ぎながら、愉しそうに告げる。

 その瞬間だった。

 風を切るような音が周囲に響き。

「――なんだアレ?」

 観衆が空を指差し、声をあげる。

 それは見る間に大きくなり、大きな船の姿となって大広場の上空にやってくる。

「――空飛ぶ船だとっ!?」

 わたしはアレを知っている。

 男のロマンその二だと言って、彼が造らせていたものだ。

「……なんで来てしまうのよ……」

 堪えていた涙がこぼれてしまう。

 広場の上空に滞空した船の甲板から、黒い<騎兵騎>が飛び出し、舞台の前に轟音と共に着地した。

 真紅の美しいたてがみを持つその<騎兵騎>は、右手の長剣を振るって舞うように円を描き、民衆達を退かせる。

「……<狼騎>――ジュリア様……」

 そして、その左手に乗せられているのは。

「――待たせたな。ソフィー」

 懐かしいあだ名で呼ばれて、わたしは口元を押さえた。

 こんなのダメだ。押さえられない。

 ……もう、隠しきれない。

 甲冑姿の彼は、<狼騎>の左手から舞台に飛び降り、羽織っていたマントをわたしにかける。

「……なんで来てしまうのよ! カイ!」

 言葉とは裏腹に、身体が勝手に彼に抱きついてしまう。

「まあ、待て」

 彼はそう言ってわたしを抱きとめると、耳に付けたイヤーカフを押さえて上空を見る。

「対象確保だ。降下開始!」

 上空の船の両舷が開き、次々と<騎兵騎>が飛び出してくる。

 着地した彼らは、周囲を囲む<騎兵騎>に斬りかかった。

 民衆達が悲鳴を上げて逃げ出そうとするが。

「――結界展開だ。ひとりたりとも逃がすな」

 船の上空に魔芒陣が浮かび、大広場を虹色に輝くドーム状の結界が覆い尽くした。

「――き、貴様! ホルテッサのっ!

 こんな事してただで済むと思うのか? 戦だぞ! 戦――ぶぃっ!?」

 驚きに尻もちついて倒れていたキムジュンの顔に、カイが容赦なく爪先を蹴り込んだ。

「ああ、戦だよ! 知らなかったのか? 宣戦布告はとっくにだ!」

 カイは民衆に聞かせるように、両手を広げて声をあげる。

「俺の至宝に手を出したんだ。おめえら、覚悟はできてんだろうな?」

 わたしの腰を抱く腕に力が込められる。

「……徹底的だ。おまえら、徹底的に、二度と逆らおうと思えないくらい、ぶっ潰してやる!」

 カイは<狼騎>に視線を向けて告げる。

「ユリアン! ソフィーを頼む」

『はい! ソフィア様、こちらへ』

 <狼騎>の左手が差し出され、カイがわたしをそちらへ押しやる。

「――カイ!」

「ソフィー、見ていろ」

 そうして彼は犬歯を剥き出しにして笑う。

「――おまえを縛る『真実の愛』、俺がブチ破ってやる!」

 わたしは……幾重にも覆い隠したはずの心の壁が、音を立てて崩れ去るのを感じた。

 悲しみとは違う涙が、わたしの頬を伝う。
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