【本編完結】ネコの慰み者が恋に悩んで昼寝する話

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
55 / 174
番外編2.出張中の執事(三人称です)

55.跡

しおりを挟む

 早朝からダンドと町に出たセリューは、行き交う人が増え始めた大通りを、地図を見ながら歩いていた。地図はブレシーから受け取ったもので、事件が起きたところには、やけにリアルな釘のマークが描かれている。

 昨晩は、暑さとコリュムに対する警戒心であまり眠れず、頭が重い。しかし、隣を歩くダンドは、朝から元気だった。

「この町、朝から賑やかですね。今日はどこへ行くんですか?」
「昨日行けなかったところへ行きます」
「街路樹の方ですか?」
「そうです」

 静かな並木通りまで来て、セリューは足を止めた。

 この辺りは住宅街で、今の時間は静かだ。地図には銀杏並木と書かれているが、銀杏は半分ほどで、銀杏と銀杏の間に、黄色い向日葵の花が咲いていた。

 ダンドが、すぐそばの銀杏の木に触れながら言った。

「静かなところですね……釘の跡もない……」
「釘が打たれた銀杏は、向日葵になったのでしょう」
「何がしたいのかな……?」
「まだわかりません」

 セリューは、オーフィザンから渡されたカバンから、小さな香炉を取り出した。この香炉を使うのは、オーフィザンと魔物を退治しに城へ行った時以来だ。

 香炉をそっと地面に置き、向日葵の花が咲いているあたりの土を少しとって中に入れる。すると、しばらくして、勝手に中に明かりが灯った。これは、まだこの場所に魔力が残っている証拠だ。

「魔力の跡があります」
「魔力のあと?」
「香炉の中を見てください。明かりが灯っているでしょう? これは周りに残された魔力を使って燃えているんです」
「それが、ここに犯人がいたってことになるんですか?」
「いいえ。魔力が残されているというだけで、釘の犯人が出たとは言い切れません」
「へえ……」
「少しくらい、追えるかもしれません」
「何をですか?」
「魔力を使った者をです」

 セリューは、中の炎に指を近づけた。小さな赤い炎は、セリューの手の上に乗る。

 それを見て、ダンドが心配そうに言った。

「熱くないんですか?」
「はい。今はまだ」

 セリューが炎を手で包むと、手のひらが少し熱くなる。それから炎を地面にそっと置くと、炎は真っ赤に光る、小さな犬のような形になった。

 炎から生まれた犬は、ピンと耳を立てて走り出す。セリューとダンドは、その後を追った。

 ダンドは、前を走るものを見て、目をキラキラさせていた。

「可愛いですねー。あとで抱っこしていいですか?」
「黙って追わないと、見失います!」
「あんな可愛いの、見失いません!」

 あわよくば、このまま犯人のところへたどり着ければと考えていたが、犬はしばらく走って、広い通りに出たところで、足を止めてしまう。

「止まっちゃいましたね……」
「魔力が途切れたんです」

 セリューが香炉を近づけると、犬の形をした魔力は香炉の中にもどり、消えてしまう。そんなに簡単にはいかないようだ。

 ダンドが、寂しそうに呟く。

「消えちゃった……抱っこしたかったのに……」
「魔法が使われた直後なら、本人のところまで行けたはずです」
「……なんだか、犬が匂いを追ってるみたいで、可愛いですね」
「……そうですね……」

 セリューは立ち上がり、並木通りにいたときより、大きく見える城を仰いだ。走っているうちに、城の近くまで来ていたようだ。

 ダンドがセリューに並んで言う。

「この先は城ですね。まさか、次は城が釘だらけになったりするんですか?」
「……どうでしょう……」
「あの……図書館へ行った時はなんでしなかったんですか?」
「閉館時間が近かったので」
「実は気遣ってたんですね!」
「……気を使うことくらいできます。昼食をとって、図書館に向かいましょう」







 昼時にはまだ早いのに、うどん屋には、すでにたくさん客がいて、セリューとダンドが席に通されたところで、ちょうど満席になった。

 ダンドは運ばれて来たきつねうどんを前に、嬉しそうに割り箸を割っている。ナイフとフォークしか使ったことがないセリューは、おにぎりをパンのようにちぎっていた。

 こんなものを食べるのは初めてだ。中から、赤く丸いものが出てきた。見慣れないものに戸惑っていると、ダンドが箸を下げてきいてきた。

「セリューさんも、それ見るの初めてですか? 俺、ここにくる前に予習して来たんです。そのおにぎりの中に入っている赤いの、梅干しっていうんです」
「……では、いただきます」

 つまんで口に入れてみるが、思いの外酸っぱい。口元をおさえていると、ダンドが首を傾げて言った。

「どうしたんですか?」
「……酸っぱい……」
「セリューさん、もしかして、酸っぱいものは苦手ですか?」
「いいえ……少し驚いただけです。美味しいですね」
「よかった。今度、城でも作れるように、先輩に提案してみます」

 笑顔で言って、ダンドは食事を再開する。たまに麺を持ち上げたり、具をしげしげと見つめたりしていた。彼もうどんが気に入ったらしい。

 そんなことをしている割に、彼はすぐに食べ終わってしまい、次に運ばれて来た月見うどんに箸をつける。

「月見もうまいですよ。よかったらセリューさんも、うどん、食べませんか?」
「私は結構です。ナイフとフォークしか使ったことがないので、その、箸とやらで食べるのは無理です」
「俺なんか、オーフィザン様の城に迎えられるまで、食器すら使ったことなかったですよ。これの持ち方は先輩に教えてもらったんです。だから今度は俺が教えます! はい、これ、持ってください」
「……結構だと言ったじゃないですか……」
「だって、今から天ぷらうどんもくるんです。食べてください!」
「…………そんなにいくつも注文したのですか?」
「はい。城下町へ来るチャンスなんて、なかなかないから、いろいろ食べておきたいんです。じゃあ、セリューさん。これ、持ってください!」
「……」

 半ば強引に、ダンドは箸を渡してくる。仕方なく、セリューは無言で箸を受け取った。彼に言われたとおりにすると、なんとかそれらしくなる。

 ちょうどそこに、湯気を上げる天ぷらうどんが運ばれてきた。ダンドに教えられながら、一本だけうどんをつまみあげ、口に入れる。

「美味しい……」
「でしょう? あ、甘いものもありますよ」

 ダンドはテーブルの端に置かれたメニュー表の、甘味と書かれたものの中から、持ち帰り用のわらび餅を注文した。

「セリューさんも食べますか?」
「私はもう結構です。外で食べるのですか?」
「いいえ。今から図書館に行くから、昨日のバイトさんに差し入れです。あ、これは俺のですけど」

 今度は炊き込みご飯のおにぎりが運ばれてくる。楽しそうな彼の様子が、なんとなく、微笑ましく思えた。

「料理が好きなんですか?」
「はい。俺、森にいた頃は、ただ獲物をとることしか考えてなかったから……だから、オーフィザン様の城に来て、こうやって、丁寧に料理して、お皿に盛り付けて、食事に感謝するってことに出会えて、嬉しかったんです」
「……狐妖狼だと言っていましたね。どこから来たんですか?」
「……ずっと遠くです。ここからだと、何日かかるかわかりません……どこから来たのか、俺にも、よく分からないんです。帰ることなんて、考えてなくて、無茶苦茶に走ったから……」
「そんなに遠くから、何をしに来たのですか?」
「…………何も…………」

 ダンドは急に黙って箸を置く。それから、少しだけ俯いて、顔を上げた。彼は寂しげでも笑顔だった。

「俺、自分の群れから逃げて来たんです」
「……逃げた?」
「はい。狐妖狼って、群れによって、だいぶ雰囲気が違うんです。友好的な群れもあれば、俺の群れみたいに、恐ろしい群れも……俺、群れが嫌いで、逃げ出したです。無茶苦茶に走って行き着いた港町に座り込んでいたら、オーフィザン様が拾ってくれて……だから、オーフィザン様には、すごく感謝してるんです。拾われなかったら、多分行き倒れてました」
「……そうですか……」
「セリューさん」
「……なんです?」
「オーフィザン様のために、一緒に頑張りましょう」
「……はい」

 セリューは、彼の話を聞くと、自分も拾われたようなものだと思った。しかし、彼のように経緯を話すことはできない。笑顔のダンドをすごいと思ったし、見習いたくなった。

 いつの間にか、セリューの顔もほころんでいて、二人で食事を再開した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

双子のスパダリ旦那が今日も甘い

ユーリ
BL
「いつになったらお前は学校を辞めるんだ?」「いつになったら俺らの仕事の邪魔をする仕事をするんだ?」ーー高校二年生の柚月は幼馴染の双子と一緒に暮らしているが、毎日のように甘やかされるも意味のわからないことを言ってきて…「仕事の邪魔をする仕事って何!?」ーー双子のスパダリ旦那は今日も甘いのです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

処理中です...