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番外編6.執事になる!
108.汚名返上のために頑張る
しおりを挟むダンドが馬車の手綱を握り、オーフィザン様がセリューの体を支えて、馬車は山の斜面を駆け下りる。山道は長く人が通っていないのか、砂利や雑草が伸びかけていて、馬車の中はガタガタと激しく揺れた。
ぐったりとオーフィザン様に寄りかかるセリューは真っ青な顔をしていて、今にも呼吸が途絶えてしまいそう。だ、大丈夫かな……? 僕のせいだ……
しばらく行くと、坂道を下った先に、花の咲いた木々に囲まれた大きなお屋敷が見えてきた。
あそこが目的地だ!! あそこまで行けば、セリューの治療もできるらしい。
ダンドが操る馬車は、山麓に吹き降りる山風を追い越す勢いで走り、その屋敷の門の前まで来た。
門の前には、誰かが立っている。僕は初めて見る、着物っていうものを着た、オーフィザン様と同じくらいの背の、深い山と同じような色の長い髪の男の人だ。頭にはちょっと長くて、ぺたんで垂れた半透明な猫の耳、お尻にはふわふわした地面までつく長い尻尾がある。
ちゃんと自己紹介したいけど、今はゆっくり挨拶はしていられない。ダンドが馬車を急停止させ、オーフィザン様はセリューを抱きかかえて馬車を降りた。僕も持てるだけの荷物を持って、オーフィザン様の後を追う。
門の前の人が、こっちに向かって手を振って僕らを迎えてくれる。
「オーフィザン、よく来たな。ん……? その方はどうされたのだ?」
その人は、オーフィザン様に抱きかかえられたセリューを、心配そうに見つめていた。セリューは倒れた時よりも、ずっと顔色が悪い。呼吸も荒くて、それがすごく怖かった。
不安でたまらない僕は、怖くて荷物を落としそうになっちゃうのに、オーフィザン様はすごく落ち着いていた。
「俺の執事が途中で魔物に襲われ怪我をした。休ませてやりたい。部屋を用意してくれ」
その人はぐったりするセリューに近づき、緊張した面持ちで、セリューのおでこに手を当てる。
「魔物の毒か……中へ入れ。すぐに薬を用意する」
「助かる」
薬、あるんだ……セリュー、元気になるよね!?
僕らは屋敷の奥の部屋に案内された。初めて見る造りの部屋は、床が少し柔らかくて、植物の匂いがする。下に敷いてあるものは、畳っていうらしい。部屋の端には、平らな花瓶に花が生けてあった。
僕らを案内してくれた人は、笹桜さんと言うらしく、畳の上に布団を敷いて「すぐに薬を持って来る。少し待っていろ」と言って部屋を出て行った。
布団に寝かされたセリューはすごく苦しそう。
あまりに申し訳なくて、僕はもう顔を上げられない。しゅんってなっちゃった僕の頭を、ダンドがポンポン撫でてくれた。
「クラジュ、あんまり気に病まないで」
「でも……僕……僕のせいで……」
「クラジュも、わざとやったんじゃないだろ? クラジュがそんな顔してたら、セリューだって、安心して休めないよ」
「ダンド……」
ダンドはいつも僕に優しいんだ。なんだか胸がじんわりあったかい。セリューが、早く元気になるといいな。
「そのクソ猫が気に病んで消えてくれた方が私は休める……」
呪うような声で呻きながら、セリューが目を覚ました。ううう……毒で辛いはずなのに、すごい迫力……
「セリュー、具合、どう?」
ダンドに聞かれ、セリューは顔を隠して答える。
「……平気だ……このくらい……」
セリューは、なんとか布団から起き上がろうとしているみたいだけど、まだ顔は真っ青。平気なはずがない。それでも起きようとするセリューを、オーフィザン様が布団に押し戻した。
「寝ていろ。セリュー。体が治るまで、眠るんだ」
「ですが……オーフィザン様……私は……」
「休むんだ。セリュー」
再度促され、セリューは渋々といった様子で布団に戻る。そして僕を睨みつけてきた。
ううう……怖い。だけど、今回悪いのは僕。セリューは僕を助けるために怪我をしたんだ。ちゃんと謝らなきゃ!
「あ、あの……せ、セリュー様……も、ももも、申し訳ございませんでした……僕のせいで……本当に……た、助けていただいて、ありがとうございました」
「寝言を抜かすな! 礼を言うなっ!! クソ猫が!! 誰が貴様など助けるか!! 私はオーフィザン様のお荷物をお守りしただけのこと……中身が貴様だろうがゴミだろうがそうする!! 貴様を助けたわけじゃない! ゴミ猫!」
ううううー!! ひどい!! だけど、今回は何を言われても反論できない。全部僕が悪いんだもん。
ダンドがセリューの体を撫でながら言った。
「セリュー、そんなに喚かないの。体に響くでしょ? ちゃんと寝て」
「ダンド! お前も適当なことを言うな!」
「まあまあ。落ち着いて。さあ、寝て」
なだめられて、セリューは布団に戻る。そこへ、笹桜さんが湯気をあげる陶器のコップを持って戻って来た。
「薬だ。飲んでしばらく寝れば、少しずつ良くなる」
「ありがとうございます……」
セリューはお礼を言い、それを飲んで布団に戻る。そしてすぐに寝息を立て始めた。さっきまであんなに怒っていたのに、今は気持ちよさそうにしているから、僕もホッとする。
笹桜さんも、セリューの布団を挟んで僕らの向かいに座り、セリューの顔色を確かめてから言った。
「すぐに良くなる……すまなかったな。オーフィザン。こんな時に来てもらって」
「いいや。こちらも警戒が足りなかった」
「……最近、魔物達の動きが活発になっている。予測ができないのも、無理はない。お前に頼みたいことは、後で話す。せっかく来たんだ。ゆっくり休んで行け」
笹桜さんはセリューの枕元に薬を置いて、部屋を出て行く。しばらくの間はゆっくりしていていいみたい。
眠るセリューを見下ろし、オーフィザン様も、ふう、と安心したように息を吐いた。
「落ち着いたか……ダンド、お前はセリューについていろ。魔物達の件は俺だけでいい」
「オーフィザン様……でも……」
ダンドはすごく心配そう。これから魔物達の相手をするのに、セリューもダンドもいなくなったら、オーフィザン様だって困るはず。セリューは怖いけど、執事としては優秀で、いつもオーフィザン様のお仕事を助けている。ダンドだってそうだ。僕だって、何かしたいよ!
「オーフィザン様! ご安心ください!! 僕が執事になります!!」
叫んで、僕は立ち上がる。セリューは僕のせいで寝込んじゃったんだ。僕がセリューの穴を埋めなきゃ! それに僕がそうしたいっていったから、フィッイルが魔法をかけたんだ!!
だけど、オーフィザン様は困った顔になっちゃう。
「……執事に?」
「はい! セリュー様の穴は僕が埋めます! ですからどうか」
「ふざけるな貴様ああああああああっっ!!!!」
わあああ!! セリューが起きた!!
僕を怒鳴りつけたセリューは、さっきまで動くのも辛そうだったのに、今はさっきの魔物なんか目じゃないくらい怖い顔をしている。寝てたんじゃなかったの!?
「貴様……舐めた口を……私の代わりを貴様がするだと?」
「せ、セリュー様……落ち着いて……」
「もう許せんっ!! このまま殺してやるっ!!」
「セリュー、落ち着いて」
ダンドが後ろからセリューの後頭部を叩くと、セリューはそのままベッドに倒れた。
い、いいのかな?
だけどダンドは気にせず僕に振り向く。
「クラジュ、なんで急に執事なんて言い出したの?」
「それは……だって、僕のせいだから……」
「クラジュのせいじゃないよ。だから、そんな顔しないで」
「でも……僕、オーフィザン様の役に立ちたいんだ! それに、セリュー様にも休んでほしいし……」
震える僕を、オーフィザン様は撫でてくれるけど、執事の件には反対みたい。
「クラジュ、お前の気持ちはわかるが、大人しくしていろ。ここにあるものには、俺の魔法が効かない。壊れたら元に戻らないんだ」
「お……オーフィザン様! 僕は何も壊しません!!」
「……だがな……」
オーフィザン様が渋っている……ううう……絶対僕が悪さするって思われちゃってる!!
「僕、絶対にドジしませんっっ!! セリュー様がこんなことになったのは僕のせいだし、ぼ、僕、オーフィザン様のお役に立ちたいんです!」
一生懸命お願いするけど、オーフィザン様は難しい顔。執事なんて一度もしたことがない僕が、いきなりこんなことを言っているんだから、オーフィザン様がこんな顔をするのもわかる。だけど、僕も何かしたいよ。僕だって、みんなの役に立ちたいんだ!!
何度かお願いしますを繰り返すと、ダンドが僕の味方についてくれた。
「オーフィザン様。クラジュもこう言ってるし、手伝ってもらったらどうですか? 魔物相手に戦うのに、クラジュが心配なのはわかりますけど、一人でおいて置くわけにもいかないでしょう?」
「……」
オーフィザン様はしばらく黙って、僕の頭にポンと手を置いて言った。
「相手は魔物だ。追い払えないようなものではないが、甘く見てかかれる相手でもない。俺のそばを離れないと約束できるか?」
「え……は、はいっ!! もちろんですっ!!」
やったあ! オーフィザン様、頷いてくれた!! 連れて行ってもらえるんだ!! 頑張るぞ!!
「では、クラジュ。お前に俺の執事を頼む。今日は一日、何も起こさないように、いい子にしてるんだぞ」
オーフィザン様が、僕の頭を撫でてくれる。すると、僕の服があっという間に、ダンドが着ているような燕尾服になった。うわあああ! 初めて着た!!
「……よく似合ってるよ。クラジュ」
「ほ、本当!? ありがとう!」
ダンドに褒められたのが嬉しくて、つい自分の着ているものをまじまじと見つめちゃう。これが執事の服……うう、気が引き締まる!!
ピンっと背筋を伸ばして立つ僕に、立ち上がったダンドが言った。
「じゃあ、執事の先輩の俺が、クラジュが執事になるために必要なことを教えてあげる」
「え? う、うん!! ありがとう!!」
「じゃあ、クラジュが執事になるために必要なこと、その一」
「はい!!」
「壊れ物に触らない」
「……え??」
「はい、繰り返して。壊れ物に触らない」
「で、でも、セリューもダンドも触ってるじゃん……ぼ、僕もティーカップとか使って、セリューみたいに紅茶入れたりしたい……」
「ダメ。クラジュは俺の後輩だろ? お茶をいれるのは、先輩の俺の役目。クラジュは俺のやり方をよーく見て、いつかお茶をいれるときのために、勉強しておくんだよ」
「う、うん……」
「じゃあ、クラジュが執事になるために必要なこと、その二。なにがあっても絶対に、オーフィザン様のそばを離れないこと。常にオーフィザン様のそばにいて、オーフィザン様のことをお助けするんだ」
「うんっ! 分かった!!」
「よーし。いい子だね。じゃあ、クラジュが執事になるために必要なこと、その三」
「うん!!」
「走らないこと」
「は、走らない?」
「うん。クラジュは走るとよく物を壊すからね」
「わ、わかった……」
「よーし。ぜんぶ守れたら、オーフィザン様がいっぱい褒めてくれるからね」
「本当!?」
僕がオーフィザン様に振り向くと、オーフィザン様は僕の頭を撫でてくれた。
「いい子にしていられたら褒美をやる。くれぐれも、魔物には気をつけるんだぞ」
「は、はい!!」
よし!! オーフィザン様のためにも、セリューのためにも、一生懸命頑張るぞ!!
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