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1.寝てた……
しおりを挟む俺は、先に進むことにした。
頭がズキズキして、気持ち悪い。二日酔いらしい。
けれど、だからと言って、ずっとバスの来ないバス停のベンチに座っていても、無駄だろう。
塗装が剥がれたベンチから立ち上がる。
横に二つ並んだベンチには、知らない企業の名前が書いてあるようだが、それも塗装とともに既に剥がれかけている。
ベンチの上を、ボロボロのトタン屋根が覆っていて、それもすでにあちこち錆びていて、日の光が差してくる程だった。
そんな、今にも崩れそうなバス停留所の周りには、マンションや住宅が並んでいる。このあたりはベッドタウンなんだろう。
停留所の前には、二車線の道路。平日の昼間の国道には、結構車が走っていて、狭苦しい歩道には、たまに人も歩いている。
ここは一体、どこなんだ。
バス停に書いてあった停留所は、聞いたこともない名前だった。スマホが使えたら調べられたんだろうが、昨日、カバンに入れるのを忘れてアパートを出てしまった。それなら仕事が終わったら早く帰ればいいのに、昨日はどうしても飲みたかったんだ。酒は大事だ。
なぜこんなところに来たのかも、よく分からない。
微かな記憶では、昨日近所の居酒屋で、浴びるほど酒を飲んで、ふらふらのまま、バスに乗った気がする。多分、その時に間違えたんだろう。普段は電車に乗るのに、昨日に限って、なんでバスになんか乗ったんだ。
酔うと俺は、大体いつもよく分からないことをする。
空は明るい。冬の薄雲が微かに東の空に見えるくらいで、快晴だ。太陽が高く上っている。多分もう、真昼なんだろう。
そうだ。スマホが使えなくても、俺、腕時計してたんだ。
それを見ると、ちょうど正午を指していた。
思い出した。
昨日、派遣先の会社で勝手にタバコ吸ってたらキレられて、むしゃくしゃして、やけ酒してたんだ。愚痴言いながら飲んで、隣の知らない客とも少し酒を酌み交わして、そして起きたら、知らないバス停のベンチにいた。
多分、バスから降りて、朝まで酔って寝てたんだろう。二月の寒空の下でよく死ななかったな……
そうだ。カバンは? 何か抜かれてないか?
カバンの中を確認するが、取られたものはない。財布もちゃんと入ってる。
ホッとする。この状態で金まで取られてたら死ぬ。
とりあえず、帰るか。寒いし。
バスは待っても来なかった。時刻表に書いてある時間を一時間も過ぎているのに。これから仕事行ってもどうせ遅刻だし、駅を探して、電車に乗って、自分のアパートに帰って、もう一眠りしよう。
片側にしか歩道がないせいか、反対側から人が歩いてきて、俺を避けて行った。
いつもヨレヨレのスーツに、古いコートを羽織って、形の崩れたカバンを持って、背中を丸めながら歩く俺に振り向く奴は誰もいない。
道路の上には、案内標識が見える。知らない地名だ。だけど、どっかで見たことがある。
どこだったかな……
スマホがないと、それも調べられない。
考えながら、歩く。車道を走る車が、いくつも俺の横をすり抜けていく。
ああ、思い出した。あの標識の地名、昨日の朝のニュースで見たんだ。殺人事件が続いているらしい。そのせいで、最近は外出を控える人もいるとか。
歩道のわきには、住宅が並んでいる。瓦屋根の家の駐車場には、車が停まっていた。中に人がいるんだろう。テレビの音がした。
駅って、どっちにあるんだ……? バス停にいた時に、住宅街の向こうに微かに架線が見えたような気がして、そっちに向かって歩いているんだが、一向につかない。
さっきの案内標識をもっとよく見ておけばよかった。
……引き返すか? だけど、もう少し行けば、また別の案内標識があるかもしれない。
しばらく考える。
俺は、先に進むことにした。
戻るのも面倒だ。
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