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3.からかわれているのか?

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 知らない奴を家まで送るなんてごめんだ。

「何で俺がお前を送らなきゃならないんだ……自分で帰れよ。タクシー呼んでもらえ」
「僕、体が弱いんです。それに、車は酔うので乗れないんです。歩いて帰るしかないのですが、一人では不安なので……お願いできませんか?」
「じゃあ、どうやってここまできたんだよ?」
「親族に送ってもらいました。帰りは迎えが来るはずだったのですが、スマホを忘れてしまって。お願いです。最近、誰かにつけられてる気がして、怖くて……家の前まででいいんです」

 確かに、男は顔色が悪い。青白いような顔をして、体も痩せている。服の袖からのぞく手首は、驚くほど細い。

 だが、俺にこいつを送っていく義理なんてない。めんどくせえ。

「やだよ。別のやつに頼め。暇そうなやつ」
「謝礼はお支払いします」
「……謝礼?」
「はい。このくらい」

 男は手を開いてみせる。送っただけで五千? うまい話すぎる。いや、距離にもよるか。

「……五千って、羽振り良すぎねえか?」
「五万です」
「ごっ……まん?! 嘘だろ!? 家どこだよ!?」

 男が告げてきた住所は、決してここから遠いものではなかった。それくらいで、五万? おかしいだろ!! それで五万もらえるなら、俺だって仕事なんかしてない。

 だが、もしかしたら……

 少し考えて。

 俺はその男と、先に進むことにした。

 どうせ暇なんだ。もらえたらラッキーだし、こいつは多分、金持ちだ。着ているパジャマみたいな服は、多分シルクで、履いている靴もブランド物だろう。金持ちには五万くらい、俺の五円玉程度の価値なのかもしれない。さっきもタバコの箱を潰しただけで一万円出してたし。何か出たらいい、そう考えて、俺はうなずいた。

「分かった…………道は分かるな?」
「はい。もちろんです」
「じゃあ、家に着いたら、俺に駅の場所を教えろ」
「はい。もちろんです。ありがとうございます」

 こうして俺たちは、牛丼屋を出て、二人で歩き始めた。

 車道では車が列を作っている。渋滞しているようだ。この先で検問をしているらしい。警察の車両が見えた。
 歩道を二人で歩いていると、隣の男はなにが嬉しいのか、やけにニコニコして言った。

「僕は、ハントと言います。あなたは? お名前をうかがってもよろしいですか?」
出十夜でじゅうやだよ」
「では、デジュウさんとお呼びしていいですか?」
「好きに呼べよ」
「はい! こんな親切な人に出会えて、僕はラッキーです」
「……まあな。謝礼は用意しとけよ?」
「もちろんです。あなたは親切だから……少し上乗せしようかな?」
「なんだと……?」

 振り向いた俺に、ハントはにっこり笑う。

 本気で謝礼を増やす気か? 俺、まだ何にもしてないのに?? なんで何もしてないのに謝礼が増えるんだ。

 やっぱり、からかわれているのか? 送って、家まで着いたら、やっぱり謝礼は出せないとか、そう言い出すつもりなのかも知れない。

 だが、もしかしたら、運良く世間知らずな金持ちの息子かなんかで、相場を知らないだけかもしれない。

「なあ、家には誰かいるのか?」

 親切めかして聞くと、ハントは少し寂しそうな顔をする。

「兄が一人います。父はなくなり、母は外国で仕事をしていて。他にも兄弟がいたのですが、しばらく前から出かけていて、当分帰ってこないんです。広い家に僕と兄の二人だけだから、毎日寂しくて……」
「そうかー。それは寂しいだろうな。何かあったら、これからは俺を頼れよ」
「本当ですか? ありがとうございます!!」

 ハントは、めちゃくちゃ嬉しそうに、無邪気な顔で笑っている。筋金入りの世間知らずの可能性が高くなってきた。送って、やっぱり出せないと言われても、粘れば少しくらい礼が出るかも知れない。俺はなんてついているんだ。

 二人で通りの横道に入り、住宅街を歩く。

 静かな住宅の間を二人で歩いていたら、突然ポツポツと雨粒が落ちてきた。さっきまで、あれだけ晴れていたのに。

 隣を歩いていたハントは、いきなりうずくまってしまう。

「お、おい……どうした?」
「すみません……気分が悪くなってきて…………」
「……大丈夫か?」
「はい……少し休めば治ると思います…………」
「休むって言ったって……あ、あそこ!! コンビニ行くか!?」
「はい……ありがとうございます」

 まだ体調悪そうなハントに肩を貸して、俺は、近くにあったコンビニに走った。

 平日の昼間だ。駐車場にも店内にも、客は全くいなくて、店内放送だけが、やけに騒がしく鳴っていた。
 レジにいた店員が俺に振り向くが、面倒臭そうな顔をしただけ。

 俺はイートインスペースの椅子に、まだ青白い顔をして荒く息を吐いているハントを座らせた。

「……大丈夫か?」
「はい…………すみません。水を……買ってきてもらえますか?」
「金持ってねえよ」
「これを……」

 そいつが出したのは、さっき俺に一万円を渡した時とは別の、黒い財布。だいぶ使い込まれているようだが、いつから使ってるんだ?
 そして中には、ずらーーーーっと並んだ札。十万……いや、二十万はある! 何でこんな大金持ってるんだこいつ!!

「それで水を買ってきてください」

 そう言って、そいつは俺に財布を渡してきた。どれだけ高い水買う気だ!?
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