英雄は明日笑う

うっしー

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第一章 英雄と呼ばれる男

第一話 俺は英雄?

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「もうすぐ死んじゃうかもしれないのに……。どうしてそんな風に笑っていられるのよ?」
 彼女の責めるような視線が突き刺さる。けど俺は……どうしてだろう? なぜだか笑っていた。
 無理やりじゃない、引きつってもいない。自然とこぼれる笑みの理由を、ただひたすら考えてみた。
 適当に答えることはできるよ。でもそうしたくはなかった。だから……しばらく考えて、考えて……。そしてたった一つの答えにたどり着いた。
「そうだな、俺は……」



―――――― 十年前 ――――――


 枯れた木々が、ガサガサと音を立てる。俺の耳に届くのは自身と隣にいる親友の荒い息遣い、そして前を走る父の足音だけだ。
「ウッドシーヴェル! レスター! もっと足を動かせ! 捕まったら殺されるぞ!!」
「でも、父さんっ……!」
 俺達だって子供ながらも必死で走ってる。
 もっと速く走りたいのはやまやまだが、ぬめって水分を含んだそれが俺の足を引き止めるんだ。腐りきった大地は悪臭を放ち、今にも気を失いそうになる。


「いたぞ! こっちだ!! こっちに”紋章持ち”がいるぞ!!」
 どうして……なんでこんなふうに必死に逃げなければならない? 俺達はただ体に紋章を持って生まれただけ。その紋章のおかげで少し魔法が使えるだけ、それだけなのに。
 悪い事をしたわけじゃない。人を傷つけたわけでもない。なのにどうしてっ……!?
「ダメだ! 二人ともこっちへ来い!!」
 前を走っていた父さんが少し戻って俺とレスターの腕を取る。そしてそのまま近くにあった枯れかけの大木の向こうへと引きずり倒した。勢いのまま二人は腐敗して臭う大地の土に顔を突っ込む。


「う、うえっ……」
 あまりにも酷い大地の臭いに吐き気とめまいを起こし頭を振ると、たまったものじゃないと横を見た。レスターも俺と同じような表情でしきりに顔についた泥をぬぐっている。いくら逃げるためとはいえこんな臭い泥の中に顔から押し込むことはないじゃないか。文句を言おうと父さんの方を見た。

 瞬間、目の前を閃光が走る。
 銀色の何かが、俺の目の前で止まっていた。



 白。



 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 視界にあるのは父さんの背中から突き出ていた銀色に光る何か。それが引き抜かれたかと思えばそこから信じられないほどの勢いで赤い液体が滴り落ちていった。


 俺たちは……ただ、普通に人として平和に暮らしていたかっただけ。
 ただそれだけだった……。


 ナノニ……ドウシテ……。


 真っ白な頭の中を、赤色が染め上げていく。もう、なにも……考えられない。


ピシリと、俺の中で何かがはじける音がした。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 自身のつんざくような悲鳴と、腐敗した大地の土が巻き上げられる轟音を聞きながら、俺は制御できない内から溢れ出る力で奴らを滅していった……。




――――☆☆☆☆――――☆☆☆☆――――☆☆☆☆――――




「で、で!? 追ってきたクロレシアの王国騎士団を魔法で全滅させたんだよな!? すっげーよ! さすがウッドシーヴェル兄ちゃん!!」
「あー…………まあ、な」
 俺はごまかすように碧色の目を細め、少し長めの茶色い髪をかき上げた。
 ここはツイッタ村。十軒ほどの家がまばらにあるだけの小さな村、小さな家。その二階に俺の小さな部屋がある。そこで村の子供たちに十年も前の昔話を聞かせていたわけだが……。


 左頬、目の下あたりに指の先程の小さな紋章が刻まれている黒髪の少年が、目をキラキラさせながらこれでもかという程俺の顔を覗き込んできてはそんなことを言ってくる。あの後のことは何も覚えてません、気が付いたらこの村の前で一人突っ立ってました、しかも魔法だって使えなくなってるんだぜ、なんてとてもじゃないが言えない雰囲気だ。
 まぁそんなこと言っちまったら、この村で大した仕事もせず平和に暮らしていくのも難しくなるんだろうがな。
 なにしろここでのんびり暮らしていられるのも俺が……。



「ホントかっこいいよな! 英雄ウッドシーヴェル様! 王国の騎士団すら魔法でやっつけちまうんだからさ! オレの魔法なんて薪に火をつけるだけで精いっぱいだってのに」
 そう、英雄だなんて言われてこの村の守り神的に崇められてるからだ。ここでもし役立たずだってバレたら間違いなくこの村から追い出されるだろう。追い出されたら”紋章持ち”の俺が他に行く当てなんて思い浮かばない。今はこの辺り特に”紋章持ち”を捕まえて殺そうとしてるクロレシア王国の監視が厳しくなっているらしいからな。
「だよねー! ウッドシーヴェル様がいる限り安泰だ! この村だって十年前のあのすごい魔法で王国騎士団が引き返してなきゃ、発見されて紋章狩りに遭ってたかもしれないってうちのじいちゃんが言ってたよ」
「よねよね! ウッドシーヴェルにぃちゃんのモンショー、あたちのおててよりずっとずーっとおおきいもん! おおきいモンショーはすっごくつよいんだよね? すごいねー」



 うう、三人のキラキラ光線が痛い。ますます魔法が使えないなんて口が裂けても言えなくなった。
 今のところ王国騎士団のやつらはこの辺り一帯、あの時の俺の魔法で滅んだと思っててくれてるから襲ってくることもない。大地の腐敗はここから北西の方角一帯のみで、進行もしていないからしばらくは安泰だろう。このまま平和でいてくれ、そう願うばかりだ。


「そういや、今日はオリオの母ちゃんが料理担当だったよな? あの人火の加護受けてるから料理めちゃくちゃ上手いんだよなっ! 楽しみだぜっ」
 軽ーく俺の事から話題をそらし、左頬に紋章のある黒髪の少年オリオにそう聞いてみる。オリオがにっこりと笑った。
「へへっオレが薪に火をつけたんだぜっ! 今日のシチューはいつも以上に美味いからな!」
「オリオの火じゃ火力弱いんじゃない? 本当においしくなるの?」
「うるせぇ! だったらマノがやってみろよ! オレより紋章小さいクセに!!」
「なんだと!!」
 また始まった。こいつら二人口をきけばすぐ喧嘩が始まる。それでも仲がいいんだよな。昔の俺と親友のレスターを見ているみたいだ。あの時、生き別れてしまったけれど……。あいつ、無事かな。


「ウッドシーヴェルにぃちゃんならもっとちからすごいよねー」
 一番小さな女の子、ソノがそんなことを言いながらこちらを見つめてくる。
 瞬間、一斉に俺に向かってオリオとマノふたりの視線も集まってきた。おいおい、いきなりこっちに振るのはやめてくれ。
「真っ黒こげにしちまうぞ」
「あはは、だよなー。ウッドシーヴェル兄ちゃんそういうの不器用そうだもん!」
 うるせぇ、黙れ。

 それでも上手くごまかせたから何も言わずにおく。内心冷や汗を流しながら、俺は立ち上がった。
「村の巡回してくるわ」
「いってらっしゃーい!」
 そのまま俺は家の外に出ていく。


 このツイッタ村は世界地図でいうと北に位置する。ここから北西は大地が腐敗し、真北は海。東側一帯には迷いの森が生息している。南から西にかけては紋章狩りを行っているクロレシア王国が君臨しているわけだが……。
 ……って説明してみたところで、すぐ理解してくれる人は少ないんだろう。この村で暮らし始めたときの俺もそうだった。
 まぁ、上下左右色々厄介なのに囲まれてて逃げ場がないって分かってもらえれば十分だ。俺が巡回するところもたかが知れている。ホント、滅んだと思っててもらえてありがたいことこの上ない。


「はぁ……。クロレシア王国が紋章狩りなんてやめちまえばいいんだけどな……」
 だいたい、紋章持ちが生まれると大地が腐敗していくなんて奴らの考え自体がおかしいんだ。
 俺たちを殺せば大地が復活する?
 父さんは死んだけど大地が治った様子なんて感じられないじゃないか。


 考えてたらなんだかムカムカして胃の奥が痛んできた。怒りで頭の中がグラグラと揺れてくる。
 復讐を考えていないのは、今の自分じゃ力不足なのは分かりきっているからだ。下手なことをしたら殺される。俺は死ぬわけにはいかないんだ。昔母さんが死んだ時、俺だけは何があっても生きるって父さんと約束したから……。



 怒りで沸騰しつつある脳内を拳を握り締めて治めると、入り口から順番に村の中を回った。小さな村だ、大した物は何もないが村の奥から見える夕日だけは誇れると思っている。怒りが治まらない時はいつも眺めているんだ。

「おや! ウッドシーヴェル様。今日も巡回ご苦労様。いつもありがとうねぇ」
 ぼーっと夕陽を眺めていたら、いきなり横から声をかけられハッとなってそちらを見た。声の主は先程の黒髪の少年、オリオの母親だ。オリオと同じく黒い髪を無造作に後ろで束ね、頭にバンダナを巻いている。この村の前に突っ立っていた俺を一番最初に見つけてくれた人でもある。相変わらずの笑顔だ。横にはこの村の村長もいた。彼はマノとソノ兄妹の祖父でもある。
「これぐらいお安い御用ですよ」



 それだけ答え、オリオの母親の笑顔につられて笑い返した。あちらもさらに笑顔を深めていく。
「そういえば聞いたかい? 迷いの森の先にある研究所の話」
 何を思い立ったのか、唐突に村長がそんなことを言い出した。オリオの母親も不安そうな顔になる。
「あたしたち”紋章持ち”を捕まえて研究しているんでしょう? 怖いわ……」
「とにかく、子供たちにも近づかぬよう忠告しておかねばな……。ウッドシーヴェル様も子供たちが迷いの森に近づかぬよう見ていてくだされ」
「ああ……」
 俺にそれを言いたかっただけかと納得してうなずいた。

 そしてそのまま家の影から覗いていた気配にも気づかず、俺はただ村の見回りを続けていったんだ。


―――― 翌日 ――――

 ものすごい足音とともに真っ青な顔をした兄妹マノとソノと、オリオの母親が俺の部屋に駆け込んできた。
「ウッドシーヴェル様!! オリオがっ……! オリオがいないの…… どうしたらいいのっ……!!」
 いつも笑顔のオリオの母親が血相を変えている。左頬、目の下にある小さな紋章、黒い髪……。オリオの姿を思い出して俺の顔も一気に青ざめた。
「いつからいないんだ!?」
 もしクロレシアの兵士にでも捕まっていたら俺では助けられないかもしれないっ……!


 めちゃくちゃ嫌な予感がして、でも放っておくことも出来なくて、俺は上着代わりのフード付きマントを引っ掴むと部屋から飛び出した。頼むから誰とも何とも接触しないでいてくれ。
 そう祈りながらなぜなのか迷いの森方面に向かって駆けだした……。
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