英雄は明日笑う

うっしー

文字の大きさ
12 / 68
第二章 旅立ち

第十二話 契約

しおりを挟む
 口元に笑みを浮かべたまま、緑服の女はゆっくりと立ち上がった。そのままヴェリアの方をまっすぐに見据える。
 そんな悠長にしてる場合じゃねーだろ!? と焦ってるのは俺だけみたいで、ヴェリアの方も顎を突き出して緑服の女の方を睨みつけていた。
 相変わらず足元からは水が溢れ出してきてるし、徐々に水位が増している。ヤバいと焦ったところで手足の鎖は一向に外れる気配を見せてはくれないんだが。


「ここに来る前に、船底に穴を開けさせてもらったよ」
 はあぁぁぁ~!?
 ニヤニヤしながらそう言う緑服の女に、ヴェリアもようやく危機を感じたのかツカツカと近づいて行って女の胸ぐらをつかみ上げた。
「キサマ、正気か!?」
「早く逃げないとここにいる全員が海の藻屑となるぞ? ああ、貴様のようなキメラのまずそうな肉は魚も好き好んで食わんだろうがな」
「チッ、ふざけた真似を……!」



 狂ってる……。そう思ったのは俺だけじゃないだろう。ヴェリアは手を離して戦闘を放棄すると、外へと走って出て行った。まだ床上でチャプチャプといっているぐらいだ。今逃げれば助かるだろう。
 っていうか! その前にこの鎖外してけよ!!
 焦ってガチャガチャやっている俺の目の前に緑服の女がゆったりと近づいて来た。



「お前に頼みがある」
「あ!?」
「お前の力量はしばらく見させてもらった。私の名は桔梗という。私の失われし村を取り戻す手伝いをしてほしい」
「は、あぁ!? 何言って、っか、分かんね、し。このまま、じゃ、死ぬっ、つの!!」


 痛みと疲労と焦りで思考が全く巡らない。それどころかこんな悠長に話してる場合じゃねーだろ、と思ってしまう。
「助かりたいんだろう? だったら私と契約しろ。村を救ってくれ」
 こんな意味不明のやり取りをしている間に、非情にも水はどんどん増えてくる。さっきまで足首の辺りにあった水は、今はふくらはぎの辺りまできていた。もうやけくそだ。こいつが敵だろうが何だろうが関係ない。俺はまだ死にたくはないんだ、と頭の中に俺を待っているであろうタケルの顔を思い浮かべながら叫んだ。


「わ、かった! 契約、する!! お前……村、助、ける!! だ……から、俺、助け……て、くれ!!!」
 息も切れ切れで、かなり間抜けな叫びだったが仕方ないだろ!? 俺は必死なんだよ! どんなにダサくてもいい。助かるためなら命乞いでも何でもしてやる。
 緑服の女、桔梗はニヤリと笑うと、呪文を唱えだした。そうか、こいつ呪文を唱えないと魔法が使えないのか。俺が紋章に触れないと使えないのと同じ、制約がかかってるんだ、なんてぼーっと考えてる間に俺の手足の鎖を水の刃が斬っていく。ものすごい威力だ。


 あっという間に手足の拘束が解かれ、俺はバシャンっと水の中に倒れた。桔梗がすかさず支えて起こしてくれる。
 助かったぜ。立ち上がる気力もねーし、そのまま倒れてたらここで溺れ死んでるところだった。

「お前、封印が施されているな」
「うっ!?」
 何のことを言っているのかさっぱり分からないと思っていたら、桔梗はいきなり俺の紋章に触れて呪文を唱えだした。胸に激痛がはしる。


 これはアレか? 助けたと思わせていきなりどん底に突き落とすアメとムチパターン。もうダメだ……と思ったら、胸の紋章が急に熱を帯び始めた。
「回復は自分でしろ。私は苦手だ、出来ない」



 何の事だと思っている間に、桔梗は俺から手を離し外に向かって歩き出した。ふざけんなよ! こっちは立ち上がる気力もないっていうのに!
 やけくそだと言わんばかりに自身の熱を帯びていた紋章に触れた。なんだか力が湧いて来る気がして以前のように魔法を発動してみる。


「う、そ……だろ!?」
 力を使った途端、辺りに光が満ち溢れてきた。冗談かとも思ったが間違いない、前より力がどんどん湧いてくるみたいだ。俺は傷ついていた自身の胸や擦り切れていた手足を魔法で治療すると、慌てて桔梗という女の後を追った。


「封印ってどういうことだ? さっきの奴らの仕業か?」
 扉を出てすぐのところで俺を待っていてくれたのか、そこに居た桔梗に俺はすぐ問いかけた。桔梗は急ぎ足で上階に向かいながら答えてくる。俺も後に続いた。クロレシアの奴らはもう逃げたのか、辺りに人影はないみたいだ。
「さぁな。なぜ封印されてたのかなんて私が知るわけないだろう? だが、かなり強力な力だ。お前以上の力の持ち主の仕業だろう。解除も完璧にはできなかった。まぁ、どちらにせよ奴らがやったのでない事だけは確かだ。そんな事するぐらいならお前の魔力を全部吸い尽くしていたはずだろうからな」


 そこまで聞いて俺はある考えが思い浮かんだ。
 もしかして、俺が魔法を使えなくなってたのは……。
「父さん……」



 息も絶え絶えだったはずなのに暴走した俺を止めてくれたのかもしれない、と俺は胸の紋章に触れ、きつく拳を握った。


 俺、知らない間に助けられてたんだ。そんな事にも気づかずに、のうのうとツイッタ村で暮らしてた。
 父さん、俺を見て笑ってただろうな……。


 そう思ったらここで諦めるわけにはいかない、と余計に思った。俺に今できることをしないと。
 必ず生きて地上に戻ってやる。
 覚悟も新たに、俺は顔を上げた。



「ところでお前、俺の力量をしばらく見てた、とか言ってたよな? いつから見てたんだ?」
 素朴な疑問を投げかけてみる。だって変だろ? 俺、こんな女の顔も姿も見たことなかったんだからさ。
 桔梗はなぜかニヤリと笑った。
「迷いの森の魔物」
 それだけ聞いて俺は悟った。ジャバジャバと足元の水をかき分け桔梗に一気に詰め寄る。桔梗は振り返って口元を歪めたまま俺を見上げてきた。


「っ……! あ、れ! あの木の魔物テメ―だったのか!? 本気で死ぬかと思ったんだぞ!!」
「あの程度で死ぬようじゃ利用価値なんてないだろう? 私は村を救ってくれる奴を探してたんだ」
「だからってっ……! あー! くそっ、もういい!!」

 何を言ってもどうせ本気の謝罪なんて聞けないと桔梗のニヤついた口元を見て悟った。しぶしぶ一歩を踏み出した途端ぐらりと船が揺れる。



「っ……と! とと!」
 バランスを崩し、とっさに手近にあった何かを掴む。ふにゃりと柔らかい感触がした。

「っ……貴……様!!」
「へ?」


 てん、てん、てん、と自分の腕を伝って見、自身が掴んでいるものを確認した瞬間バッと手を離す。
「ばっ……! ちがっ……!! 不可抗力だ!! アクシデントだ!!! 海の陰謀だッ……!!!」
 桔梗はとっさに自身の胸を左腕でかばい、右手で俺に強力な平手打ちをかましてきた。バシャンと水の中に俺の体が倒れる。ちょっと待て! こいつの平手打ち、ヴェリアと大して変わらねー威力だったぞ!?
 ビビる俺を桔梗は凶悪な笑みで見下ろしてきた。



「役目が終わったとき覚悟していろ」
 逃げるが勝ち、そう思った俺は悪くないと思う。
「そ、それより早く脱出しねーとマジで死ぬって!」
 ヒリヒリ痛む頬をさすりつつ、適当に話題をそらしながらザバザバと水をかき分けて起き上がり、上階に向かった。階段を登り切ればようやく水がない場所だ。そこからさらに急ぎ足で甲板へと出た。



「脱出ボートに乗り込むぞ」
 桔梗のセリフに俺は一瞬固まった。だがこの後の一言で更に固まる事になる。
「あ、しまった。脱出ボートの確保を忘れたな」


 はああぁぁぁ!!???
「ふっざけんな!!! これじゃマジで俺達海の藻屑じゃねーかぁぁぁぁぁ!!!!!」
 すでに小舟は散り散りに海に漕ぎ出し、ボートは一隻も残っていない。
 俺達以外誰もいない甲板の上、広い空と青い海がただきらめいているその場所に、俺の悲鳴交じりの声だけが響き渡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...