英雄は明日笑う

うっしー

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第三章 クロレシアの思惑

第十五話 裏切り

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「うおえぇぇ……」
「もー!! だらしないなぁ!」
 アスレッドの街近くの浜に着いてすぐ、俺はヘロヘロの体を引きずって木陰に駆け込んだ。こみあげてくるものを落ち着かせながら地面に手をついてゼハゼハと荒い息を吐く。そんな俺の尻をいきなりテンに蹴り上げられた。
 コイツ……またしても人の尻を……!
 怒りがふつふつと湧き上がってきたが力の入らない手足では発散するのも難しそうだ。


「うっしー、船は木に戻しておいたぞ」
「あ、ああ……」
 手をついてヘロヘロな俺から目をそらし、桔梗はそう報告してきた。クロレシア兵に見つかると面倒なことになると気を利かせてくれたんだろう。みっともない姿を見ないようにしてくれてる事と言い、配慮が上手い奴だな……と思ってしまう。礼を言うために立ち上がろうとしたが、それ以上足に力が入らず再び地面に手をついた。
「もー!! ホントいい加減にしろ! このヘボ!!」
 テンが怒り気味に吐き捨て俺の背中をバシンッと叩いてくる。危うく目前の地面に突っ込みそうになったが、その後ついでとばかりに流れ込んできた暖かい何かのおかげで踏ん張る力が出た。驚きで怒りも引っ込んでいく。


「テン……お前……」
 テンが使ったのは紛れもなく回復術だ。信じられなくてテンの顔をまじまじと見つめた。
「あんたの魔力とぼくの水の魔法相性いいみたいだよ。最悪だけど」
「最悪なのかいいのかどっちだよ……」
 ぶつぶつ言いながらも軽くなった体を起き上がらせる。ふと視界に見知った姿を捉えた気がして、そちらをもう一度見てみた。その姿をしっかり確認した途端、いてもたってもいられなくなりテンも桔梗も置いて駆け出した。背後であわてた声が聞こえたが……悪い今は構ってる場合じゃねぇ。


「ゴンゾー!」
 探す手間が省けたと海を眺めていたゴンゾーに慌てて駆け寄れば、奴は思った以上に目を見開いてこちらを見てきた。俺の顔にタコでもくっついてるみたいな表情だ。つい頬のあたりに手を伸ばしてしまう。
「おまえ……どうして……」
「どうしてって……タケルは一緒じゃないのか? あいつどこにいるんだ?」
 額の辺りにあるかもしれないタコを手で探しつつきょろきょろと辺りを見回してみた。見えたのは隠れていた方が得策だろうと考えたらしい桔梗の姿だけだ。テンの腕を掴んでこちらを見ている。
 タケルの姿がどこにも見当たらないことを考えれば、もしかしたら逃げ出した後だったかもしれないと歯噛みした。


「ナナセ様! まもなくクロレシア王都への船が出港します! お急ぎください」
 遠くからかけられた声に俺とゴンゾー二人でそちらを見た。ゴンゾーは何か焦っているようだったが、それ以上に気になったのは……。
「ナナ……セ……?」
 その名前だ。ナナセ……、俺を騙してクロレシアの軍船に乗せたあの女が、そいつに命令されたと言っていた名前……。まさか、とゴンゾーの顔をまじまじと見つめる。しかも止めを刺すように先程大声で叫んでいた女が姿を現した。


「ナナセ様……あ!! ど……う、して……」
 見覚えのあるその姿、俺を騙した”紋章持ち”の女だ。目を見開いたまま俺の顔を見つめてくる。そこで思い当って、自分が着ていた……ゴンゾーからもらった服をしっかりと確認してみた。襟の飾りや金の装飾……これはやはりクロレシアの正装に間違いなかったんだろう。
「ゴンゾー……いや、ナナセ……だったか。お前……クロレシアの人間だったのか!?」
「…………だったら、どうしたと言うんだい?」
 俺の言葉に嘲笑すると、ナナセはかぶっていた帽子を砂の上に放り手に持っていた杖を掲げた。


「君から周りにバレると面倒だし、話せないようちゃんと始末してあげないとね、うっしー……だったっけ。おいで、ニーズヘッグ!!」
 声と同時に俺の足元が盛り上がり、そこから何かが突き出してきた。油断していた俺の体が宙に放り投げられる。


「うっしー!!」
「あのバカっ……!」
 遠くで見ていた桔梗とテンが慌ててこちらへ駆けてくる。桔梗がとっさに呪文を唱え、落下しつつある俺の真下に三段階の砂のクッションを作り上げてくれた。そこにドサリと体が沈んでいく。
 助かった……。あんな家の二階程もありそうな高さから落ちたら無事じゃいられなかったぜ。
 向こうでナナセが小さく舌打ちをした。


「まさか君にまだ仲間がいたとはね……。誤算だったよ」
 その様子に俺はハッとした。
「お前……もしかしてタケルも騙して……!?」
 今の力……、ヤツの隣にいる”紋章持ち”の女とは明らかに違う力量……。今無事でここにいるナナセ……。
 嫌な予感がふつふつと湧き上がってきた。俺の問いにナナセが喉の奥を鳴らすように笑った。
「タケル……、誰の事かな? はクロレシアの技術が作り上げた兵器だよ。つけられた呼び名はTK86っていうんだ。北部研究所からの搬送途中で逃げ出してしまって、危うく責任を問われるところだったから君のおかげで助かった。大道芸人のふりまでして周辺を探していた甲斐があったよ。ああ、君には始末の前に礼をした方がいいのかな? うっしー」


 途中からは笑うことも蔑むこともなく淡々と無表情で告げるナナセに、ぷつんと俺の脳内の血管が切れる音がした。こいつも……ツイッタ村を焼きやがったあのクロレシア兵と同じ……か。どいつもこいつも出世……、金……、そんなのばかりだ。
 そんなもののためにこいつらは俺の大切な人達を傷つけたんだっ……絶対に許せねぇ!!
「ふ、ざ、けるなぁぁぁーーーーー!!!!!」
 怒りに任せ左手を紋章に付けてありったけの力を放出した。どうしてもクロレシア兵とかぶるナナセを許せない。


「タケルは兵器なんかじゃねぇ!! 何が責任を問われるだ! テメーのその腐った根性叩き直してやる!!」
 ナナセに向かって砂のやいばを飛ばす。奴の頬や腕は切り裂いたが、ゆっくりと杖を掲げた途端、俺の真横から蛇のような魔物が現れ突き飛ばしてきた。
「くっ……!」
 砂地にゴロゴロと転がって起き上がると、すぐさま魔法でナナセを攻撃する。それを塞ぐように蛇の魔物はナナセの前面に立ちふさがった。鱗が固いせいか俺の魔法ではなかなか傷つけられない。それどころかその魔物はいきなりこちらに向かって火を噴いてきた。



「無茶しないでよ、もー!」
 迫りくる熱気を防いだのは薄い水の膜だ。俺の前に本を掲げたテンが立ちふさがっている。
「悪い……。けど、何を言われても俺はアイツをぶん殴るまでやめねーからな!!」
「へぇ~。うん、ぼくは全っ然構わないけどね~。アイツヤローだし。報酬はあの隣にいるおねぃさんでいいや~❤」
 言った直後、その女から飛んできた氷の刃がテンの張った水の膜を突き破ってきた。その隙間を狙って蛇の魔物が吐いている火が侵入してくる。
「っ……!」
 炎はそのままテンの右肩と俺の右腕を一気に焦がしていく。危険を察知した桔梗がとっさに蛇の魔物の気を逸らそうとしたが、それに気づいた蛇の魔物がいち早く桔梗に噛みついた。そのまま高くまで持ち上げていく。


「おねぃさん!!」
「チッ……!」
 桔梗が魔法で抵抗しようとしていたが、呪文を唱えるのに必死なうえやはり蛇の魔物ヤツには効きづらいようで、こちらでどうにかしなければ蛇の魔物は桔梗を開放しないように見えた。


「うあぁ!!」
「桔梗!!」
 桔梗の絶叫が辺りにこだまする。テンもハラハラと桔梗の方を見上げていた。蛇の口元から赤い液体が零れ落ち、俺の脳内に警鐘を鳴らす。このままじゃ桔梗が危ない。とっさに考えをめぐらし、解決策を探してみたが、結局蛇の魔物に魔法が効かないのなら元をどうにかするしかない、と俺は奥に居るナナセを見据えた。


「テン、あの女の気ぃ引きつけといてくれないか?」
「え!? うそ、それって命令? 命令だよね? やだなぁ~、ホントにいいの? アンタが出した命令守ってる間は何が起きてもぼくに激痛走んないよ? つまり、このまま死んできてくれていいってことだからね!? うふふ、女の人の気ぃ引くなんてぼくの得意分野だしぃ~。これで解放されたら一石二鳥! 氷とは魔法の相性悪いからぼくは彼女に集中する! 任せといてよ~❤」


 少々……いや、激しく不安要素はあるものの、あの女はテンに任せることにした。桔梗を助けるのもそうだが、それとは別に俺はアイツを一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねーんだ。
 気合を入れてその場を駆け出すと、一気に七瀬まで迫った。ナナセは右手で杖を掲げたまま左手で俺の拳を止めてくる。






「地位や名誉の何がそんなに大事だ!! 俺たちは、ただ平凡に暮らしていられれば良かった! ただそれだけだったんだ!! それをテメーらがっ……」
 左の拳を放とうとしたら、持っていた杖で横に殴り飛ばされた。それと同時に蛇の魔物が消え、後方で桔梗が地面に落下する音が響く。心配になり慌ててそちらを見た隙に蛇の魔物に体を弾き飛ばされた。桔梗の横辺りまで吹き飛ばされる。


「貴様に、何が分かる……。僕には地位も金も必要なんだ! ”紋章持ち”ぼくらが生きるためにはこうするしかなかったんだよ!! 来て、ニーズヘッグ!!」
 ナナセが杖を掲げた途端、真下から蛇の魔物ニーズヘッグが飛び出してきた。俺と桔梗は体勢を立て直す間もなく同時に逆方向へと弾き飛ばされていく。
「くっ……! 桔梗、無事……か!?」
「心配……するな。私としたことが、とんだミスを……」


 平気そうにしているみたいだが、桔梗の腹部からはかなりの量の血が滲んできている。ニーズヘッグの牙が相当深くまで刺さっていたんだろう。それを確認した途端、俺の怒りも最高潮に達してきた。アイツ、もう許さねぇ……。
 怒りのまま紋章に触れて魔法を発動し、土の剣を作り上げていく。そのままナナセを睨みつけた。


「タケルはどこだ? 今言えば命だけは助けてやる」
「助ける……? 助けるだなんて…………バカな人だ」
 ナナセは嘲笑するように言うとすぐに顔を歪めた。そのまま杖を掲げる。
「ぼくの立場が周りにバレたら困るんだ。消えてもらうよ、うっしー」
 本気で……コイツはクロレシアの人間なんだな。


 俺は自身の魔法で出来た剣を一振りすると、その場を駆け出した。
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