英雄は明日笑う

うっしー

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第三章 クロレシアの思惑

第二十話 過去

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 飛び込んだ部屋の中には花と水の加護を持った数人の”紋章持ち”が母さんに治癒魔法を使っていた。手前に居たおじさんが俺に気付いて首を振る。
「ウッドシーヴェル。残念だが……」
「う……そだ! そんな、母さん!!」
 俺は駆け寄っておじさんを押しのけると、ベッドに寝ている青い顔をした母さんの体を思いっきり揺さぶった。


「母さん、母さん起きてよ!!」
 あまりにも激しく揺さぶるものだから、おじさんが俺を母さんから引きはがしてくる。邪魔をするなと両手を振っても、大人と子供の力は違いすぎてびくともしなかった。
「離せよ!! 母さん!! 起きてよ!!」
「ウッドシーヴェルっ……!」


 父さんも後から部屋に入ってきて俺を羽交い絞めにする。暴れて尻もちをついても離してくれなくて、仕方なく俺は両手を下ろした。レスターが隣に寄ってきて不安そうに黒い瞳を揺らしている。
「ウッドシーヴェル。母さん病気だったんだ。すまない、俺……全く知らなくて……! 俺は……俺だってっ……!」
 ガツンといきなり俺の真横で衝撃音がした。びっくりしてその場所を見てみれば、父さんの拳から滲んだ血が床についているのが見える。そこでようやく俺も理解したんだ。父さんも今すごく辛いんだって……。
 俺はぎゅうっと父さんの袖を握り締めると母さんの方を見た。ベッドの向こうにいる近所のおばさんと目が合って聞きたくない答えが返ってくると分かっていたのに、ついつい尋ねてしまう。


「母さん、もう治らないの……?」
「そうね……」
 おばさんは首を振り、ためた息を吐きつつ答えてくれる。
「クロレシア方面の泉のそばに生えているユグの木の枝があれば治療薬が作れる可能性があるそうなのだけど……。でもあの周辺はクロレシアの騎士が見回りをしているし、時折腐敗した地形の影響で毒の霧やら魔物も出るから手が出せないの。残念だけど諦めるしかないわ」
 おばさんの言葉を聞いて俺は父さんの袖を引く。希望があるなら挑戦したい、父さんもそうしてくれるはずだって思ったんだ。


「父さん」
「……ウッドシーヴェル。治療薬は可能性の話で絶対じゃない。もし俺に何かあればお前はどうなる? お前が居るのに、俺は……行けない」
「そんなっ……!」
「母さんもずっと病気の事隠してたんだ。それは俺達が自分のために命を懸けることなんて望んでない、そういうことだろう? 母さんの為にもウッドシーヴェル、無茶なことをしないでくれ」


 歯を食いしばりながら父さんに力なくそう頼まれれば、俺も従うしかなかった。それからは母さんが弱っていくのをただ一晩中見守っていたんだ。


 ……どれぐらい、時間が過ぎたんだろう。いつの間にか皆力尽きて眠っていた明け方近く、誰かの大声とドスドスという足音で目が覚めた。顔を上げて見てみればその人物はレスターの父親だ。いきなり俺の肩を掴み真剣な顔で問いかけてきた。
「ウッドシーヴェル、お前レスターを見てないか!? あいつ昨日から帰って来てないんだ!!」
「ああ、それなら……」
 その辺に居るものだろうときょろきょろ見回してみても、レスターの姿はどこにもなかった。居るのは昨日の大人たちだけだ。横に居た父さんと顔を見合わせる。



「まさか……」
「心当たりがあるのか!?」
 興奮気味にそう問いかけてくるレスターの父親に、俺と父さんは昨日のおばさんから聞いた話を伝えた。レスターの父親の顔が一気に青ざめる。
「あんのバカがっ……」
 そのまま家を飛び出していく。
「俺も行く!!」
 同じく青ざめた父さんがレスターの父親の背中を追って飛び出した。俺もすぐに後を追う。


「ウッドシーヴェル、お前は家に居ろ!!」
「嫌だよ!! レスターを家に連れてきたの俺なんだ!! あいつに何かあったら俺っ……!」
 必死な俺の様子に父さんも観念したのか、諦めたようにため息をつくと少しだけ速度を落としてくれた。俺も気合を入れ直して前を見る。アイツを一人にしないって決めたんだ。



 泉があるのはクロレシア王国のかなり近くだ。その泉の付近に来ると、クロレシアの騎士や兵士が騒がし気に行ったり来たりしていた。俺たち三人は木の陰に隠れ、その様子をうかがう。
「レスターが来たみたいだが、どうやら見つからずに逃げたみたいだな……。奴ら必死に探してる」
 少し安心したのか、レスターの父親がほっと息をついた。それも束の間背後からいきなり大きな声が轟く。
「お前ら”紋章持ち”か!?」
「クロレシアの騎士っ……! やばい、逃げるぞっ……!!」


 父さんはとっさに魔法を使って木で奴らの目隠しをすると、俺の腕を引いて駆け出した。レスターの父親も遅れずについて来る。俺も手を引かれながら必死で走り、ようやく追手が居なくなったころには俺の肺も限界に近かった。それでもレスターが無事だって分かったんだ。俺も少しだけほっとする。
「ウッドシーヴェル、やはりお前は母さんの元へ帰っていろ」
「いや、お前もそばに居てやれ。もう長くはないんだろう? レスターは無事のようだし私だけで心当たりを探してみる」
 父さんの言葉を遮るようにそう言うと、レスターの父親はまた駆け出した。父さんもしばらく考え、ようやく答えを出したんだろう、村へ帰るために俺を抱え上げる。





「父さん!?」
「俺達にはレスターが行く場所の心当たりなんてないんだ。母さんのそばに居てやろう……」
 父さんの肩に担ぎあげられながら俺はふと思いついた。心当たり……俺が作った秘密基地だ。あそこはクロレシアの奴らにも見つからないはず。あそこに居る、そんな予感がした。
 俺は身じろいで父さんの腕から逃れると、秘密基地に向かって駆け出した。途中振り返りながら父さんに伝える。
「俺、心当たりある!! 父さんは母さんの所に居て!! 大丈夫、すぐ戻るから!!」


 そのまま振り返らず秘密基地に向かった。距離的にはさほど遠くない場所にあったから迷うこともなかったんだけど……。
「!! クロレシアの騎士っ……! こんなところにまで……」
 レスターの事を探しているのか、秘密基地の近くにも白と金の鎧を着た騎士たちが歩いていた。始めはものすごく焦ったけれど見つからないように気を張って時々魔法で目隠しの木の枝を作りながら秘密基地の方へと近づいていった。基地の近くに来てしまえば見つかることはないだろう。俺はするりと中に入った。


「ゴホッ……、ウッド、シーヴェル……?」
「レスター、お前っ……!」
 力なく反応してきた声に、安心半分、不安半分で駆け寄った。なぜか乱れたままの緑髪を整えることなく地面に倒れていたからだ。近づいて覗き込めば、レスターが虚ろな瞳をこちらに向けてくる。
「お前、まさか毒霧にやられたのか!?」
「こ、これ……」


 俺の声が聞こえているのかいないのか、レスターは重々しげに上がらない腕を必死に伸ばして何かを差し出してきた。分かってる、ユグの木の枝だろ? だけど今は……。
「後でいいよっ……!」
 このままじゃレスターの方が先に死んでしまうっ……!
 慌てて魔法で解毒しようとしてみたけど大地が噴き出す毒霧の治療の仕方なんて俺には分からなかった。父さんになら治療できるかもしれないけど、ここからレスターを連れ出すには辺りに居るクロレシアの騎士たちをどうにかしなければならないだろう。


「父さん呼んでくるっ……! 待ってて!!」
 レスターからユグの木の枝を受け取ると、俺は基地から飛び出した。家に着いてすぐ、母さんを見ていたおばさんにユグの木の枝を渡し、父さんを引きずってくる。


「お前……こんなところにっ……いや、今は何も言うまい。レスターを回復する」
 さすが父さん……というべきか、レスターの受けた毒は父さんの魔法であっという間に治っていった。元気になったレスターが起き上がりニカッと笑う。
「ウッドシーヴェル、ありがと!」
「お前! なんでユグの木の枝一人で取りに行ったりしたんだよ!!」
 怒り気味にそう言うと、レスターは気まずげに笑い小さな声で答えてきた。


「ウッドシーヴェルのお母さんがいなくなっちゃったらウッドシーヴェルもお家に一人になっちゃうでしょ。僕と同じ思いなんて、して欲しくなかったんだ」
「バカ……! お前が居なくなったらお前の父さんが悲しむっ……!」
 そう言いながら、それでもレスターの気持ちが嬉しくて、この日から俺はレスターと一緒に居ることが多くなったんだ。




――――☆☆☆☆――――☆☆☆☆――――☆☆☆☆――――





「で、母さんは結局治らなかったんだけど……さ。それからレスターとはケンカもいっぱいしながら二年ぐらい過ごしたかな。アイツ意外と頑固者でさ……」
 ふふっと思い出して笑みが漏れる。また言い争いでもいいから話したいと感じてしまっていた。
「しばらくはそんなこんなで暮らしてたんだ。けどクロレシアの騎士に村が見つかってさ……。滅ぼされたのはあっという間だったよ。俺たち三人だけは秘密基地のおかげで助かったんだけど。それから色々あって……生き別れた」


 自分の魔法の暴走の事やその後の事は気まずくて言えなかった。あの時の俺は何も見えないふりをして与えられたぬるま湯にただ浸かってただけだったんだから……。そんな俺を変えてくれたのはタケルかもしれないなってつい思ってしまう。
「そう……か。お前にも色々あったん……」
「あ~ん、おねぃさぁ~ん! ナナセがボクをいぢめるよぉ~」
 いきなり割り込んできて胸に倒れ込んできたテンを、桔梗は苦笑して受け止めた。とは言っても両手を後ろで縛られているわけだから、まるまる胸にテンの顔が埋まってるわけで……。べ、別にうらやましいとかそんなことは思ってねーからな!!初めて会ったときにアクシデントで触れてしまってビンタされた時の事を思い出して苦々しい気持ちになった。
 俺はそれを振り払うように頭を振って立ち上がると、ナナセの方を見る。


「じゃ、作戦実行だな!」
「そうだね」
 タケルに会いたい。なぜか今、無性にそう思った。
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