英雄は明日笑う

うっしー

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第五章 守りたいもの

第四十八話 守りたい人

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 スヴェルの谷はサレジスト城から大して離れていない場所にあった。といっても何日かは歩いたわけだけど。腹ペコ状態で何日か、だ。持つわけねーよ。
 結局ニタが持っていた乾物を分けてもらって腹の足しにはしてたけど、二人ともそんなんじゃ足りるわけがない。つまりは俺達の腹も限界を迎えていたってわけだ。
 もうすでに聞きなれたゴゴゴゴゴっというタケルの腹の音を聞きながら、はるか遠くの方に湖を見た気がした。


「み、ず……水だぁーーー!!!」
 タケルが叫び声を上げながら駆け出していく。嘘だろ!? もう少し警戒心とかないのかよ!? 一瞬そう思ったけどタケルにそんなものが備わってるわけないよな……と思い直し、俺も先ほど見た湖に向かって走っていった。正直途中からタケルの事も忘れて餌を見つけた獣みたいに走ってたと思う。理性なんてほぼ吹き飛んでた。
 だってそこには、幻だと思ってたのに本当に湖があったんだ。だから俺もタケルも、辿り着いたと同時に我を忘れて必死で水を飲んだ。先客がいるとも知らずに。


「うおおぉぉぉっ!!!!」
 我に返ったのはそんな雄叫びが聞こえたからだ。衝撃音の直後、俺の真横を研磨してある宝石のような尖った何かが走った。それが何かと判断する間もなく目の前に同じものが突き出してくる。
「うっしー! 危ないっ!」
 タケルの声がしたと思えば甲高い音とともに、それは俺の目の前をそれて頬をかすっていく。いや、かすっただけだと思ったのに、なぜか自身の鮮血が肩を染め上げた。


 一瞬、その切れ味に驚いた。
 そう、一瞬。たかが一瞬だ。だけどその一瞬が俺の命運を分けた。
「ダメ!! 右ぃ!!」
 先客はもう一体居たんだ。気が付いたときにはタケルに突き飛ばされ、その勢いで倒れた先に突き出ていた石に後頭部を強かに打ちつけた。微かに意識が遠のいていく。薄れゆく意識の中見てみれば、タケルも腕をやられたのか二の腕の辺りから激しく流血していた。ヤバい、治療してやらないと失血する。そう思っても視界がどんどん白くなっていく。魔法を使おうと思ったが、左手が痺れているのか動かなかった。


「俺一人ではガルヴァの肉は切れん!! 力を貸せ!!」
 薄れつつあった意識が引き戻されたのはニタのそんな叫びを聞いたからだ。俺が伸びていたら二人も危険にさらされることになる。このままじゃ全滅だ。ぼやける意識をどうにか頭を振ってごまかし起き上がると、タケルに向かって叫んだ。
「タケル、ニタに加勢しろ!! コイツは俺が引きつける」
 正直脳内グラグラだし、意識も朦朧としてるし、このイノシシのような熊のような魔物……コイツがガルヴァか。こいつのスピード見てたら、逃げ切る自信すら無くなった。だけど今は皆の命がかかってるんだ。悠長にのびてるヒマなんてない。とにかく逃げ切ろう、それだけを思って目の前に居たガルヴァを挑発しつつただ必死に逃げ回ってた。



 後から思えば死ぬほどダセェよな俺。
 ニタとタケルで一体のガルヴァに止めを刺しているのを確認して安心した途端、俺の意識もそのまま吹き飛んだ。


――――☆☆☆☆――――☆☆☆☆――――☆☆☆☆――――☆☆☆☆――――


「…………お前はその程度か」
 目を覚ました俺にかけられた第一声はニタのそれだった。しかも俺を見ることなく手元で何かをチクチクと針と糸で縫いながら、だ。
「腹ペコで力が出なかったんだ、仕方ねーだろ。……タケルは?」
 苦しい言い訳をしつつキョロキョロと辺りを見回し、姿の見えないタケルが心配になってニタに聞いてみた。あいつ、すげー流血してたのに大丈夫なのかよ……。そんな俺の心が通じたのか、ニタは手を止めることなくただ呟いた。
「あの娘の止血はしておいた。今は食料探しに行っている」
「一人でかよ!?」
「気絶しているお前を置いていくわけにはいかなかった」


 ごもっともで。頬に触れてみれば俺の傷も止血してくれたのか、かなりでかい布が張り付いていた。
 タケルが居なかったら俺、ガルヴァに殺られてただろう。俺はただ、守られて逃げ回ってただけだ。魔法が使えるようになってから自分は強くなったって気でいたけど、実際はいつまで経っても弱いままじゃねーかよ。女の子一人守る事もできない……。なんだか急に悔しくなって俺はうつむいて唇を噛んだ。



「始めから強い奴など、誰一人としていない。大げさに言えば赤子の頃は誰かの力がなければ生きられないだろう」
 ニタの野郎、またカッコいいこと言ってんじゃねーかよ……。だけど、おかげで思い出したよ。俺が偉そうにナナセに言ってたこと。俺自身もまだ出来てなかったみたいだ。現状に満足できないなら少しずつでも変えるしかないんだよな。だから覚悟の目でニタの方を見た。
「ニタ。俺に剣術を教えてくれ。いや、教えてください」
 あのスピードもパワーもあるガルヴァ相手にこいつは一歩も引けを取っていなかった。こいつなら剣の師匠として適役だろう。皆を守るためにも俺は少しでも強くなりたかった。


「手加減などせんぞ」
「望む所だよ」
 ニタは針と糸を丁寧に懐にしまうと、近くにあった木の棒を二本手に取って一本をこちらに放り、もう一本を目の前に構えた。なんだよ、こんなおあつらえ向きの木の棒まで用意してくれてたなんて、教えてくれる気満々だったんじゃねーか。ニヤリと笑うと、俺も木の棒を手に取って構えた。どんな厳しさにも耐えてやる、もっと強くなるんだ、そう心に念じながら。



 どれだけニタと木の棒を交えていただろう、空がオレンジ色に近くなった頃、未だに姿を見せないタケルが心配になり俺は木の棒を置いた。皮がやぶれて血が滲んでいた自身の手やボコボコになっていた体に回復魔法をかけ、ニタに向き直る。
「タケル、さすがに遅すぎるよな……? 迷ってるかもしれねーから俺ちょっくら探してくるわ」
「そうだな。俺も少し見回ってこよう」
 奴も表情では全く分からなかったが心配していたらしい。歩き出そうとしたニタに俺は静止の言葉をかけた。
「いや、アンタはここに残っててくれ。多分どこに居るか分かる」
 荒野と違ってここには木々が生い茂っている。木の声を聞けば多分分かるだろう。無駄な労力を使わせることもないだろうと思って俺は言葉の後すぐに歩き出した。ニタも懐から再び針と糸を取り出していたから多分ここで待っててくれるんだろうと判断した。


「そうだ、あのタケルとかいう娘……」
 いきなり思い出したように顔を上げて切り出したニタに俺は足を止めて振り返った。
「腹に何かありそうだ」
 真剣にそう言うニタに俺はたまらず赤面した。
「お、女の事情だそうだよ。あんまり聞いてやるな」
「な、そ、そうだったのかっ……」
 ニタもつられて赤くなる。そこでこの話題は打ち切りにした。いや、さすがに自分たちには分からない”女の事情”のこと話しててもどうにもならないだろ。とにかく、と俺は木々の声を頼りにタケル捜索を始めた。



 っていっても、タケルを探し出すのに大して時間はかからなかったけどな。木々がすぐに居場所まで案内してくれたからさ。だけど本人を発見した途端、俺は青ざめた。

 落ち葉の上、だ。地面に横たわるタケルの体、散乱する木の実や草。それらを見事に染め上げていたのは赤い液体だった。その少し離れた場所には一体のガルヴァが倒れている。うそ……だろ? まさかガルヴァに襲われたのか!? ニタですら一人では止めを刺せないと言っていたガルヴァにタケル一人で遭遇したってのかよ!? 膨れ上がる驚きと不安と恐怖で俺は声をあげることもできず、ただタケルに駆け寄った。ガルヴァはすでに事切れている。もしかしたら相打ちになったのかもしれない。


 相打ち……。嫌な想像が止め処なく俺を襲って来る。嘘だよな? 嘘だって言ってくれよ。タケルが死んでしまったなんて考えたくもない。
 赤い液体に染まる木の実や果実を踏みつけつつタケルのそばに膝をつくと、震える指先でうつ伏せに倒れていた彼女を抱き上げた。仰向けにして上半身を膝の上に乗せ、頬に触れる。ひんやりとする冷たさに愕然とするしかなかった。嘘だ、こんなのは嘘だ。俺はまた大切な相手を失ったのか……?
 タケルが俺の中でこんなに大きな存在になっていたなんて気づいてなかった。信じられないが、クロレシアで再会した時以上に俺はタケルを必要としてたみたいだったんだ。


 今さらかもしれないと思いつつも、回復魔法をかけてやろうと紋章に触れようとした。途端、轟音とともにタケルが身じろぐ。
「おなか……すいたぁ……」
 言葉の後再び轟音が俺の耳を占めていく。
 一気に力が抜けた。嘘……だろぉ……。俺の不安は何だったんだよ。頬が冷たかったのもうつ伏せ状態で倒れてたからだったのかよ。
 俺はタケルを膝の上に乗せたまま安堵してへたり込んだ。地面に尻をついた途端一気に怒りが込み上げてくる。自分勝手な怒りだってのは分かってたんだけどどうしてもぶつけずにはいられなかったんだ。
「遊んでんじゃねーんだぞ、お前!! 何だよこの状況は!!」


 心配かけさせやがってって言うつもりだった。なのにタケルのやつ、俺の言葉を聞いた途端逆切れしやがったんだ。
「な、によ……。あたしだって遊んでない!! うっしーもお腹すいてると思って木の実いっぱい採って来ただけなのに何で怒るの!? いきなりガルヴァは出るし、木の実は潰された果物の赤い果汁でダメになっちゃうしっ……あたしうっしーと一緒に食べようと思って口もつけなかったのに!! なのになんでっ……あたしを避けるのも最近一緒に居てくれなくなったのも、やっぱりあたしが嫌いになったから……?」
 最初の大声とは違ってどんどんタケルの声が小さくなっていく。この頃、俺に無理やりついて来ないでナナセに誘われるまま一緒に居たのは、もしかしてコイツしつこくしすぎて俺に嫌われたと思ってたからだったのか? ナナセと結託してたとかじゃなくて……? そう思ったら何故だか嬉しくなった。


「うっしーのバカ!! 何で笑うの!? もういい!! あたしここに居るガルヴァみんな倒してくるから!!」
 自然と笑みを浮かべていた俺にタケルは嫌われたと言った事を肯定されたとでも思ったのか、やけくそになって手近な木の実を引っ掴んで立ち上がった。バカ、早まるなよ。今にも駆けだしそうなタケルの手首を俺は慌てて座ったまま掴んだ。
「たまには守らせろよ」
 見上げたまま言う。まだまだ俺は弱い。ニタでも一人では肉を切れないって言ってたガルヴァを、こんな細腕で仕留めることができるタケルを守らせろ、なんて馬鹿げてるかもしれないけどさ。それでも真剣に俺はタケルを守りたいって思ったんだ。


 タケルが何か言葉を発する前に俺は素早く立ち上がりながら、タケルの膝裏に右腕を置く。左手はもちろん彼女の背中だ。
「きゃっ」
 小さく上がった悲鳴を無視して俺はタケルを抱き上げた。





「腹へって動けなかったんだろ。ニタんとこまで連れてってやる」
 いわゆるお姫様抱っこってやつ。正直こんなのガラじゃねーよ。だけど今回ぐらいはやってもいいかなって思った。徐々に熱くなってくる頬は無視だ、無視。
 誤解が解けたのかタケルも嬉しそうに俺の首に巻きついて来たから後悔はしてない。


 いや、後悔はしてないって思った俺自身を後悔してる。今激しくな。
「タ……ケル、苦、し……」
 今はもう巻き付いて、なんて可愛らしいものじゃない。締め上げられてる。頼むから俺の首に巻き付けている右腕のロックを外してくれ……。それ以上に首を締めあげている左手の置き場所を変えてくれっ……! 気を失いそうになりながらもなんとかニタの元へたどり着いた俺は、タケルを下ろす瞬間彼女の最終締め技による酸欠で再び気を失った。正確にはタケルに落とされた、だけどな。ここまで頑張れた俺を誰か褒めてくれ。


「…………お前はその程度か」
 目覚めて同じセリフを二度聞く羽目に陥るとは思わなかったぞ。あーあー、俺はこの程度ですよ。ニタの横に座って赤い液体を滴らせながら美味しそうに果実をかじっていたタケルを確認して、俺は今まで以上に力が抜けた。服もいつの間にか綺麗になっている。
「ニタ、何か腹に詰めたらガルヴァ退治しつつ特訓させてくれ」
 この程度で落とされてるようじゃまだまだだって事なんだよな。くそ、もっと強くなってやる。覚悟も新たに俺はニタにそう願い出た。
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