14 / 53
日常で始まった、非日常
6
「どうしようか。家に来る?」
歩きながら純一は言った。
半歩ほど前を歩く純一を見上げて、悠人は首を横に振る。
「おなか、空いたし……」
「そうだよね」
目を細めて笑うと、純一は歩く先を指さした。
店の前の通りを繁華街とは逆方向に数十メートルほど歩く。中規模の雑居ビルが建ち並び、その間に小さな店が点在する。
カフェやファッション、デザイン事務所と本屋を兼ねた面白い店などが通りに面していて、休日の昼間は人が多い地域だ。
その内の一つ、五階建てのビルの一番上が事務所なのだ、と純一は案内してくれた。
家に行くなんて、無理だ。
これが気心の知れた友人などならまだ即答で「行く」と答えられた。もしくは冬真ならば。
だが純一の場合、自分の心情的に無理だ。
やはり誘いに乗らない方がよかったのではないか。そんなことを考えながら歩いて居ると、すぐに目的のビルに着いた。
「ここ。上がる?」
「いいの?」
他方で事務所に関しては少し興味があった。
常連客の話を聞いていてそういった職種の人の働く場所というのが少し気になっていたからだ。
元々、大学を卒業してから就職はしていた。その時働いていたのは、大きなオフィスビル街の一画でだった。
あまりこういった場所はなじみがない。
なんとなく、映画やドラマ、漫画や雑誌媒体などの印象が強くて、クリエイターの働く場所というものに興味があった。
「今度配達頼むかもしれないし」
「さっきそこにコンビニあったじゃん」
「このぐらいの時間になると、なーんもないよ、弁当とか。まぁ俺か慎二の奴が買い置きちゃんとしときゃ良いんだけどさぁ」
頭を掻きながら純一はエレベーターを呼ぶボタンを押す。
「家賃とか、この辺り高いの?」
「まぁ。でもウチはちょっと安いかな。もう少しセキュリティがしっかりしてるところは、高いけど。エレベーターとか呼ぶにも面倒だから俺はそういうのいらないって思ってんだけどね」
時間によってはロックが掛けられる物件はもう少し高いと言ったところで、エレベーターが到着した。
「あの店のほうこそ、賃料高そう」
「あーアレは、論外だよ。あの店長の家みたいなもんだから」
悠人は笑って、先に開いたドアの中に入った純一に続いて中に入る。
ドアが閉まり、重力の方向を強く感じる。
静かに動き始め、液晶が一つずつ上がるのを見上げる。
男が二人並ぶと、エレベーターの中では肩が触れそうになる。ギリギリ、壁際に寄って悠人は小さく息を飲んだ。
指が触れそうで、肩が触れそうだ。これが普通ならばさしたる問題ではない。
相手が、問題だ。
「で、デザイナーとか、凄いね」
「別に俺は凄くないよ。凄い人って、本当、なんか全然次元が違うし」
純一も液晶を見つめたままいった。
ちらりと視線だけで横を見上げた。
それを知っていたかのように、純一が視線を寄越す。
「ッ」
目を細め、小さく口角が上がって微笑む。
店よりも白く明るい箱の中の照明で、黒曜石のような瞳は輝いて見える。
子どもの頃から、彼の眼は綺麗だと思っていた。あの頃はまだ、丸くて、かわいらしくて綺麗だと思った。
今は、違う。
無言を遮るようにエレベーターが到着した音がした。
中に入ると、傘立てがあり、フロアマットがあってドアがある。
そこにはカードキーを翳す場所があったが、純一は手早く番号を打ち込むと解錠した。
電子音が響きロックが解除される。
「待ってて」
そう言って中に入ると、電気をつけずに中へと進む。
少しだけ覗き込む様に悠人は中を見た。
薄暗い部屋の中はワンフロアのようだった。
広く整えられた部屋という印象ではあるが、思わず首を傾げる。
戻ってきた純一が、その様子をみて「どうしたの?」と声を掛けた。
「いや……、あれ、何」
そう言って指差した先には、なんだかよく分からない恰好のマネキンが一体。
季節感もなければ、統一性もない。窓際に立つマネキンは、法被のようなものを着ているが、頭にはゴーグルがセットされている。
しかし何故かニット帽子を被っているが、半ズボンを穿いている。
「ああ、アレはもう一人の趣味」
「趣味?」
「ってか、趣味の残骸? 仕事しててもアレに見張られてる感じあってマジでイヤなんだけどなァ」
苦々しい表情で純一はマネキンを見た。
「なんだっけ、大阪のくいだおれ人形? アレを超える何かを創りたいらしい」
「いや、だからってアレはなくない?」
「ないよ」
思わず悠人は笑っていた。
「変なの」
「変な奴だよ。まぁ、忙しい時に唐突に変なことしだすから、あんなもんがあるんだけど」
そう言ってドアを閉めると、再びエレベーターに乗り込んだ。
悠人にとって、実際のデザイナーの事務所の印象はよく分からないまま、立ち去ることになった。
歩きながら純一は言った。
半歩ほど前を歩く純一を見上げて、悠人は首を横に振る。
「おなか、空いたし……」
「そうだよね」
目を細めて笑うと、純一は歩く先を指さした。
店の前の通りを繁華街とは逆方向に数十メートルほど歩く。中規模の雑居ビルが建ち並び、その間に小さな店が点在する。
カフェやファッション、デザイン事務所と本屋を兼ねた面白い店などが通りに面していて、休日の昼間は人が多い地域だ。
その内の一つ、五階建てのビルの一番上が事務所なのだ、と純一は案内してくれた。
家に行くなんて、無理だ。
これが気心の知れた友人などならまだ即答で「行く」と答えられた。もしくは冬真ならば。
だが純一の場合、自分の心情的に無理だ。
やはり誘いに乗らない方がよかったのではないか。そんなことを考えながら歩いて居ると、すぐに目的のビルに着いた。
「ここ。上がる?」
「いいの?」
他方で事務所に関しては少し興味があった。
常連客の話を聞いていてそういった職種の人の働く場所というのが少し気になっていたからだ。
元々、大学を卒業してから就職はしていた。その時働いていたのは、大きなオフィスビル街の一画でだった。
あまりこういった場所はなじみがない。
なんとなく、映画やドラマ、漫画や雑誌媒体などの印象が強くて、クリエイターの働く場所というものに興味があった。
「今度配達頼むかもしれないし」
「さっきそこにコンビニあったじゃん」
「このぐらいの時間になると、なーんもないよ、弁当とか。まぁ俺か慎二の奴が買い置きちゃんとしときゃ良いんだけどさぁ」
頭を掻きながら純一はエレベーターを呼ぶボタンを押す。
「家賃とか、この辺り高いの?」
「まぁ。でもウチはちょっと安いかな。もう少しセキュリティがしっかりしてるところは、高いけど。エレベーターとか呼ぶにも面倒だから俺はそういうのいらないって思ってんだけどね」
時間によってはロックが掛けられる物件はもう少し高いと言ったところで、エレベーターが到着した。
「あの店のほうこそ、賃料高そう」
「あーアレは、論外だよ。あの店長の家みたいなもんだから」
悠人は笑って、先に開いたドアの中に入った純一に続いて中に入る。
ドアが閉まり、重力の方向を強く感じる。
静かに動き始め、液晶が一つずつ上がるのを見上げる。
男が二人並ぶと、エレベーターの中では肩が触れそうになる。ギリギリ、壁際に寄って悠人は小さく息を飲んだ。
指が触れそうで、肩が触れそうだ。これが普通ならばさしたる問題ではない。
相手が、問題だ。
「で、デザイナーとか、凄いね」
「別に俺は凄くないよ。凄い人って、本当、なんか全然次元が違うし」
純一も液晶を見つめたままいった。
ちらりと視線だけで横を見上げた。
それを知っていたかのように、純一が視線を寄越す。
「ッ」
目を細め、小さく口角が上がって微笑む。
店よりも白く明るい箱の中の照明で、黒曜石のような瞳は輝いて見える。
子どもの頃から、彼の眼は綺麗だと思っていた。あの頃はまだ、丸くて、かわいらしくて綺麗だと思った。
今は、違う。
無言を遮るようにエレベーターが到着した音がした。
中に入ると、傘立てがあり、フロアマットがあってドアがある。
そこにはカードキーを翳す場所があったが、純一は手早く番号を打ち込むと解錠した。
電子音が響きロックが解除される。
「待ってて」
そう言って中に入ると、電気をつけずに中へと進む。
少しだけ覗き込む様に悠人は中を見た。
薄暗い部屋の中はワンフロアのようだった。
広く整えられた部屋という印象ではあるが、思わず首を傾げる。
戻ってきた純一が、その様子をみて「どうしたの?」と声を掛けた。
「いや……、あれ、何」
そう言って指差した先には、なんだかよく分からない恰好のマネキンが一体。
季節感もなければ、統一性もない。窓際に立つマネキンは、法被のようなものを着ているが、頭にはゴーグルがセットされている。
しかし何故かニット帽子を被っているが、半ズボンを穿いている。
「ああ、アレはもう一人の趣味」
「趣味?」
「ってか、趣味の残骸? 仕事しててもアレに見張られてる感じあってマジでイヤなんだけどなァ」
苦々しい表情で純一はマネキンを見た。
「なんだっけ、大阪のくいだおれ人形? アレを超える何かを創りたいらしい」
「いや、だからってアレはなくない?」
「ないよ」
思わず悠人は笑っていた。
「変なの」
「変な奴だよ。まぁ、忙しい時に唐突に変なことしだすから、あんなもんがあるんだけど」
そう言ってドアを閉めると、再びエレベーターに乗り込んだ。
悠人にとって、実際のデザイナーの事務所の印象はよく分からないまま、立ち去ることになった。
あなたにおすすめの小説
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!