キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗

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昔の話、今の話。

11

 市街の道は殆ど山に囲まれていた。高速道路を降りてから一時間弱の道のりを更に進む。
 悠人は純一を店で見た時の印象を少しだけ口にした。
 昔の雰囲気とは変わっていたから分からなかったし、名乗られてもあの頃の「むつ」とは繋がらなかったこと。
 そしてやはり、匂いがしたこと。
「あんな匂い、あの時以来だったし」
「でもよく普通にしていられたね?」
「仕事だって思えば、大体はなんとかなるよ。なんていうか、最初就職したときとか、理不尽なこと言われたり、されたり。そういうの当り前だったから、仕事って割りきったら大体はなんとかなるっていうか」
 ぼんやりと前を見つめたまま呟いた。

 子どもの世界以上に、大人の世界は残酷度が増す。
 境界線を知っているからこそ、絶妙なラインを攻めてくるとも言える。
 言葉、態度、視線。ひとつひとつに差別意識が見え隠れし、Ωを蔑み、αを崇める。
 いくら第二性を表立って口にせずとも、やはり見た目で分かってしまう。また、αはΩを本能的に見つける事に長けているとも言える。
 もちろん、人によっては分かっても口にしない。Ωであろうとαであろうとβであっても皆同じ存在であり、評価されるは仕事のできのみ。という色眼鏡のない人も時にはいる。
 だがそんなのは一握りもいない。
「俺の場合は、まだこぉ……性格の根っこは腐ってないっていうか。元々、家系的にどうせ自分はβだって思ってたから、余計だろうけど。何言われてもされてもある程度は平気だったけど。でもやっぱ、あるとき突然に無理だこれってなることもあるから」
「それで今の仕事に変わったの?」
「そう。最初は食いつなぐ為のバイトぐらいのつもりだったんだけど。居心地よくて。結局は待遇も文句ないから、ずーっと仕事してる」
 待遇以上に、おそらくは冬真の人となりもあった。
 彼はαである家系が故に、持てる者は人に与えるべきだ、という精神が根っこにある。それは親の教育方針の一つらしい。
 だからといって驕ることなく、高慢なわけでもない。
 ただ単純に違いを認識し、それをカバーしながら本来の能力を発揮出来ればいいじゃない。というのが彼の考えであり経営方針の一つでもあった。
「居心地いいから、あそこ。お客さんも変な人いないし。みんな第二性もだけど、そもそもの男女っていう性にも変に拘らないっていうか。むしろ、そういうのを見て嫌気がさしてきた人達が多いっていうか」
 若い人が集まる街。
 そう呼ばれる中心地から少し離れている店の客層は、二〇代後半からが多い。
 大体は皆、一〇代の頃に第二性の判明後、酸いも甘いもかみ分けている。ある種残酷ともいえる第二性の確定は、人を大きく変えてしまう。
「じゃあ本当、良いところ見つけたんだ」
 純一のその言葉に悠人は頷いた。
 あの店はまさに、良いところだ。

 車が細い小道を通り過ぎると、突然開けた視界の先には海が見えた。
 思わず目を見開いて悠人は外の風景見つめていた。
 休みがあるとはいえ、普段から街を出ることはあまりない。故に、これほど自然を目にする機会は地元を出てから減る一方だった。
 空は青く晴れ渡っていて、それを反射する海も美しい青を煌めかせている。
 遠くに船が浮かんでいた。
 ぷかりと離れた場所にある岩場に波があたり白い水しぶきが青の上に描かれ消えていく。
 二人の地元は海には遠かった。だから海というものに非日常的な何かを感じていて、昔から好きだった。
「窓開ける?」
「え?」
 純一はそう言うと、窓を少しだけ開けた。直線の道に入るとエアコンを消す。
 外の潮の香りが車内に入ってきて、思わず呟いた。
「海だ」
 海の香りがする。
 おのずと口元に笑みが浮かんでしまうのは、嬉しいからだった。
「もうちょっとしたら目的地に着くんだけど。おなか空いた?」
「空いた」
 素直に答えると純一は「よかった」と微笑む。
「目的地はレストランなんだ」
「レストラン? わざわざこんな離れたとこに?」
「そ。食べ物も美味しいけど。それ以上に見てもらいたいから」
「なんで」
「俺が手がけたレストラン、だから?」
「は?」

「あのマネキンあったでしょ?」
 そう言われるとすぐにあのトンチキな恰好をしたマネキンを思い出して悠人は頷いた。
「あれと今から行く店はきっかけが同じっていうか。いや、一緒にしたくねぇなやっぱ」
「手がけたって、なんかデザインしたってこと?」
「そう。最初はその店の別のところのメニューとかロゴとかそういうやつやったの。そこで店長さんと仲良くなって。色々話してたら気に入ってもらえて。そんで、俺も界隈じゃ大分名前が売れ出した頃で。そんときに、全部手がけてくれないかって言われた店が、そこ」
「全部?」
 道を少し探るように純一は運転していた。ナビはもちろん道を教えているが、細い道が続くので注意していないと通り過ぎてしまいそうな曲がり角はいくつかあった。
「そうデザイン全部。内装とか、全部。もちろん俺の範囲外だよ。でもやってみたいって思ったし、それが出来たら俺は何でも出来るって言えるじゃんって思って」
 看板が見えた。ウィンカーを出して速度を落とす。
「まぁ俺一人じゃ不安だし、慎二はもちろん、他に伝手使って建築系の人も巻き込んで。専門的な知識が足りないところも多いから、もちろん俺一人がやったわけじゃないけど、結構勉強したからね。俺が手がけたって言うのは大丈夫ってお墨付き。ほら着いた」
 そう言って目の前に現われたのは二階建ての一軒家のような店だった。
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