キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗

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変わりゆく日常

 慌てて悠人はドアを閉めようとした。
 だが身体は思うように力が入らず、元々の力の強さでも純一には勝てなかっただろうことは明白だ。
 一歩中にはいった純一は、後ろを少し振り向いて言う。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 冬真の声がした。
 何故二人がここにいるのか分からず、悠人は諦めてドアノブから手を離すと純一から離れようとした。
「悠人!」
 強く名を呼ばれ、悠人はびくりと身体を震わせた。
 匂いが強い。
 ずっと欲しかった匂いがする。
「あ……、あぁ、ダメ」
 着ているシャツを強く握り絞め後退った。
 首を横に振り、もう一度ダメと口にする。
 だが本心では、欲しくて堪らない。
 今すぐに満たして欲しいと願う。
「薬……飲むんだろ?」
「……飲む、飲みたい」
 はっと息を吐いて悠人は声を絞り出す。
 足はその場で止まった。
 入口を入ればすぐにダイニングキッチンだ。
 純一は靴を脱いで上がると、置いてあった適当なカップに水道水を入れて悠人に渡した。
 両手でカップを受け取って、悠人は我慢出来ずその場にしゃがみ込んだ。
 薬が入っている袋から一錠取り出して包装からも押し出すと純一は膝を突いて傍に寄った。
「一錠で、大丈夫って言ってたから……」
 錠剤を手に純一は言った。
 それを悠人に渡そうとしている。

 悠人はぼんやりと純一を見た。
 薬を飲まなければ、飲みたいと思う反面で、もう一つの欲望が頭を擡げる。
「なんで……シないの?」
 純一は眉間に皺を寄せると、唇を噛んで視線を逸らした。
 それからまた視線を合わせると、無理して笑みを作る。
「まだ、ちゃんと話せてない」
「なにを? 俺は……いま、純一がほしい、のに?」
「それは……俺が、αだから?」
 口を開いて悠人は首を傾げた。
 言いたい言葉と、考えていることが、ちぐはぐで、混ざり合っている。
 理性と欲望が渦巻いていて、本当に言いたい言葉が見当たらない。
 混乱する思考と感情によって、涙がこみ上げ前が滲み始める。
「それを……まだちゃんと、話せてないよ」
「でも、むつも……今、匂い、するでしょ?」
「するよ。すごい、久しぶりに」
「欲しくないの?」
 甘ったるい声で問う。
 純一は小さく何度も頷いて、ゆっくりと深呼吸をした。
「欲しいよ。すごく。でも、多分それは、悠人の本意じゃないでしょ?」
 視線を泳がせて悠人は口をパクパクとさせた。
 何と答えるのがいいのか。どう答えるべきなのか。
 考えるよりも、今はただただ快楽が欲しい。
「薬を、とりあえず飲んで。それで……少しは落ち着くらしいから」
「落ち着く?」
「うん。少しだけど、ヒートはおさまるらしいから」
「やだ、今すぐ欲しいのに……」
 答えた言葉に対して、純一はまた大きく息を吸って、吐く。
「今なら、あの時の悠人がすげーってこと分かるわ」
「あの時?」
「うん。あの時、多分今の俺みたいに、今すぐ……欲しかったのに、ソレは違うって思って、俺を突き飛ばせたんだ。俺は今、そうしてるから。だから……まずは、ソレを飲んで」
「飲ませて」
 そう言って悠人は赤く濡れた舌を覗かせ口を開けた。
 少しだけ純一は考えるようにしたが、悠人の手からカップを掴み上げると口に含んだ。
 錠剤を悠人の舌の上に置くと、すぐに口づけた。

 薄く開いた唇から、口の中の熱よりも冷たい水が流れ込んでくる。
 こくりと音を立てて水を飲み込むと、錠剤も一緒に喉の中を通っていく。
 水が全て悠人の口に移されると、純一は唇を離そうとした。
 だが悠人はソレを嫌がるように、両手で純一の顔を掴むと引き寄せて舌を滑り込ませた。
 純一の手は優しく悠人の肩を掴んだ。
 始めの内は引き離そうと、少しだけ指先に力が込められる。
 だが、悠人はそれを嫌がるように舌を絡めていく。
 表面のざらつきを味わうように舌を伸した。唾液も甘く感じるのは、匂いと同じだからだろう。
 もっと欲しいと角度を変えて深く口づけると、純一の手にぐっと強く力が込められた。
 舌を絡み合わせながら、純一のものが悠人の咥内へと侵入してくる。
 上顎を擦り、歯列をなぞり、口の中を味わっていく。
 何もかも甘かった。
 じんと身体の奥から脳の奥まで痺れる程の甘い味がする。
「あ……ッ、ぅふ」
 舌を軽く噛まれると声が漏れた。
 他者から与えられる刺激は、甘くむず痒く心地が良い。
 純一がするように、悠人も彼の咥内を味わうように舌を滑らせた。上顎、歯列、全てを味わっていくと、飲み込めない唾液が口の端から零れていく。
 心地がよくて離れるのが嫌だった。
 それでも純一が少しだけ身体を離したので、名残惜しいながらも、悠人は唇を喰んでから離れた。
 手は首に回したまま。悠人はそれ以上離れることを嫌った。

 はぁっと互いに息を吸う。
 眉間に皺を寄せたままの純一をみて、悠人は小さく笑った。
 霞がかかった思考のなかでも、言わなくてはいけない言葉は見つかった。
「俺は……むつが好きだ、よ。だから、むつが、欲しいよ。αだからじゃなくって、むつじゃないと、イヤだ」
「悠人」
「だから……、今すぐ、欲しい」
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