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第二部

閃光

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「あなたは……」

 俺はそこまで言い、言葉に詰まった。
 俺は、この薄汚いローブの男を知っている。

 過去に、ここ、ストラリアで、会って話をしたことがある。そのときは、俺の変身技術が未熟であったため、俺が魔物であることが、あっという間に見抜かれてしまったのだ。

 今は完璧に変身できているはずなので、俺が魔物であることはバレてはいないと思うが、フレークという名前を使い続けたのは失敗だったかもしれない。
 以前、彼と話をしたときに、俺はフレークと名乗ったのだ。

「俺は、クレナイ」

 彼は、顔を俺のほうに向けずに、前方の赤鬼を見え据えたまま言った。

 そう。あのときも、彼はクレナイと名乗った。

「俺は……フレークといいます」

 自然に返そうとしたが、つい、名前を言うのを躊躇ちゅうちょしてしまった。

「知ってるさ。世界を救った勇者様だからな」

 そうだった。勇者フレークの名は、今や世界中にとどろいているのだ。今さら、名乗ることを躊躇ためらっても意味がない。
 そんなことよりも、町の危機をどうにかしなければ。

「クレナイさん。協力の申し出、感謝します。一緒に町を守りましょう」
「敵の数が多すぎる。俺1人が協力したところで、どうなるものでもないかもしれないが」

「やれ」

 上空から降ってきた、その声を合図に、赤鬼達が襲いかかってきた。

 俺を含めた4人のパーティは、目の前の赤鬼と戦うことになった。クレナイは、その奥にいる、先ほど、女性に右フックを止められた赤鬼に向かっていった。
 こちらは4対1だ。まず負けることはないだろう。だが、クレナイは1対1。大丈夫だろうか。

 心配している間もなく、ザクロが前に飛び出て、空中に飛び上がり、右手に持った巨大な斧を、勢いよく右へ振り抜いた。
 斧は、赤鬼の左膝、その内側を切り裂き、そのまま膝を外側へとぶち折った。

 にわかに、左足の支えを失った赤鬼は、バランスを保てず前のめりに倒れかけた。

 すると、ベリーも前に躍り出て、ゴテゴテの装飾が付いたメイスで、赤鬼の右膝を打ち砕いた。

「ぐぎゃあああああ!」

 両足が奇妙な方向に折れ曲がった赤鬼は、そのまま前のめりに倒れたが、両手を地面につくことで、顔から地面に激突することを、かろうじて防いだ。

 これも結構、としてはグロい。しかし、ある意味、新鮮な光景だ。
 今まで、勇者パーティが瞬殺されるところしか見てこなかったので、一撃で勝負がつかない戦いを見るのは初めてだ。
 さらに、魔物が攻撃されているのを見るのも初めてだ。

 両足がへし折れるというのは、HP 的にはどういう扱いなんだろうか。
 エンカウント制のバトルというのは、本来こういう感じなのか。

 いや、そんなことよりも、人間と魔物の和平を望む俺が、ここで、この赤鬼を殺してしまっていいのだろうか。

 悩んでいる俺をよそに、パーティメンバーは確実に攻撃を繰り出していく。

 パインが、俺の横を駆け抜けかと思うと、赤鬼の顔面近くまで跳び上がり、七色の宝石で装飾された杖で、赤鬼の額を打ち上げた。

 両手で体重を支えながら、苦痛にあえいでいた赤鬼の首が、背中側に不自然に折れ、次の瞬間には、その両手から力が抜け、赤鬼の身体からだは崩れ落ちた。
 その目からは、完全に生気がなくなっている。

「あー、殺したー!」

 俺は、つい叫んでいた。

 着地した直後のパインが俺のほうへと振り向いて言う。

「え? 殺しちゃまずかった?」

「いや、まあ、なんというか、人間と魔物が仲良くできたらいいなあなんて思ってたんだけど」
「あいつらが襲ってくるだからしかたないでしょう。それに、わたし達は、人間じゃないしね。魔物同士なら仲良くなくてもOKじゃない?」

「いやあ、そういうわけにも――」
「じゃあ、黙って殺されろというのかえ?」

 ザクロも俺に問いかけた。

「余計なことは考えないの。今は、町を守ることに集中なさい。悪い魔物はいくら殺しても大丈夫よ。勝てば官軍なの」

 ベリーが諭してくる。

 ベリーの思想はやや過激な気もするが、たしかに、今は町を守ることを優先しなくては。

 ふと、クレナイのほうを見ると、何をどうしたのか分からないが、赤鬼を縦に一刀両断しているところだった。
 真っ二つに分かれた巨体が、左右に開きながら倒れていく。

 クレナイは、民家にもたれかかった赤鬼の半身を凝視ぎょうししていた。その仕草が、どこか心に引っかかった。
 まだ生きているんじゃないかと警戒しているのか、それとも、何か不審なことがあるのか。

「クレナイさん! すごいですね」

 俺はクレナイに駆け寄りながら言った。

「妙だな。死体が消えない」

 クレナイは、自らが倒した赤鬼の死体と、パインが倒した赤鬼の死体を交互に見やりながらつぶやいた。

「あんた、あっちの赤鬼も殺したんだろ?」
「はい。あの金髪のパインが殺しました」

 なんとなく、パインが殺したことを強調しておいた。

 しかし、そんなことをいぶかしんでいる間にも、町の入り口から、新たな魔物が続々と入ってくる。
 俺とクレナイは、すぐさま町の入り口へと向かい、封鎖を試みる。



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。
 俺も、ザクロ達も、クレナイも、町の入り口で、押し寄せる魔物の群れと戦っていた。

 気づけば、俺達とクレナイは、5 人で 1 パーティのようになっていた。敵は、後から後から押し寄せ、大小併せて 10 体ほどの魔物が一斉に襲いかかってくる。

 何かがおかしい気がする。
 これは、本当にエンカウント制のバトルだろうか。

 そんなことを考えていても、事態は解決しない。

 敵の攻撃は四方八方から同時に襲いかかり、防ぎきれない。俺の身体からだにも確実にダメージが蓄積しているのが分かる。ザクロ達も、クレナイも同様だろう。
 まずい、このままではもたない。合間合間に、パインが回復してくれているが、MP が無限にあるわけではないのだ。

「フレーク! まさかヘバッたんじゃないだろうな。戦いはこれからだぜ」

 クレナイが言ったが、おそらく強がりだ。

 いつしか俺達は、じりじりと後退させられており、町の入り口からは大量の魔物が流れ込んでくる。
 何体もの魔物が町の奥へと進んでいく。そいつらを止めようとするも、他の魔物に阻まれてしまう。
 程なくして、俺達は、多数の魔物に取り囲まれ、袋叩きにされた。もう、魔物達を止められない。

 くそ! ここまでなのか! まさか、こんな結末なんて……。

 そのとき、どこかで何かが光った気がした。
 一瞬のきらめき、閃光が町の中を駆け抜けたように見えた。

 気づくと、周囲の魔物達の身体からだが、みるみる小さく縮んでいった。
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