私が悪役令嬢になるまでの物語

千代乃

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夢の終わり①

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ガタガタと揺れる馬車の中で、私は人形のように大人しくしていた。
6歳の私は、体が小さいため馬車の揺れをもろに受けていた。

(…まったく、王侯貴族ともあろうお方が馬車で移動?よほど馬車がお好きなのかしら。時間を無駄に使うのがお好きなのね、きっと。移動魔法の存在も知らないわけではあるまいし…ああ、能力が低くて使えないのね。お父様がいないスキをついて私を連れだすなんて、大した度胸をお持ちだけれど、後のことはどうお考えなのかしら)

ずいぶん長い時間馬車に揺られ、私は気分が悪くなっていた。気分が悪くなるに比例して機嫌も悪くなっていた。

「綺麗な顔をしていたところで、不機嫌な顔をしている女はつまらんぞ。エラノーラ。女は愛想を振りまいてなんぼだからな」

目の前に座る、私の不機嫌の元凶が口を開いた。私は浅く深呼吸をした。下手に口を開いて、言葉以外の物が口から出たら大変だ。もっとも、この男のおかげで私は朝食を取り損ねているので、胃の中にはさほどの物は入っていない。しゃべっても大丈夫そうなことを確認して、私は口を開いた。

「あら、誘拐犯に振りまく愛想は持ち合わせていませんもの。うまくやったと思っているのでしょうけど、すぐにお父様が私を取り返しに来ますわよ。愚かなことをなさいましたわね」

努めて取り澄まして言うと、案の定相手はムッとしたように顔を強張らせた。子供に憎まれ口をたたかれるとは思っていなかったのだろう。普段は周りの者にかしずかれ、言い返されることなどないのかもしれない。

「お前の父親は躾ができていないな」

「その父親のいないスキに子供をさらうような人に、言われたくはないでしょうね。お父様も」

言ったとたん、私の体が横に飛んで馬車の壁に激突した。殴られたのだと、気づくのに少し時間がかかった。殴られたのだと分かって、怒りのあまり反射的に男に攻撃魔法を放とうとしたが、数日前に父親に施された封印術と魔道具によって軽い電流が自分の体に流れただけだった。授業以外で魔術を使おうとすると、痛い思いをする仕組みだ。多分、いざとなったら自力で外すこともできると思うのだが、父親の封印術を無理やり解呪するのは大きなリスクがあるだろう。今ここで、この男のためにそのリスクを負う気はなかった。

しかし、生まれて初めて人に殴られたという事実は、私を大きく打ちのめしていた。

「…顔を殴るのはいけません」

それまで、私の隣に座っていた男が初めて口を開いた。この男は魔術を扱える人間なのだろうということは、何となく分かっていた。小柄で、とても若く身なりもいいものを着ているのだろうが、全身をフード付きのマントで覆い顔は陰になって見えない。

「時間がないので到着し次第、お見合いになるでしょうから。顔が腫れていると面倒です。私は治療魔法は使えませんよ」

「ふん、こういう生意気なガキは体で礼儀を覚えさせるしか方法はないんだよ。いいか、エラノーラ。次は腹を殴るからな」

「……」

さすがにもう、言い返す気は起きなかった。多分この男は本当にやるだろう。しかし……

(お見合い……?)

予想外の単語を耳にして、私は当惑していた。

(この男は、お父様の兄…。お父様と別腹の正妻の嫡男だから…)

最近、金に困って無心の手紙がよく送られてくるという使用人の噂話を私は耳にしていた。だから…

(てっきり、金目当てだと思っていたわ…)

人さらいは立派な犯罪だが、この男は父の兄だし、多分公になっても大したことにはならないのかもしれない。この尊大な男からは、そのような自信が感じられていた。

(私がお見合い…。何を考えているのかしら)

首をかしげる。こんな形での成約など無効だろう。仮にできたところで、何の得がある?家を継ぐのは弟だし、それはもっと先のことだ。

そっと、隣のフードの男を伺うが当然答えなど分かるはずがない。

目の前の男に聞くのはもってのほかだ。

悔しいが、この男が狙ったとおり殴られた私は萎縮してしまっていた。

私は馬車の揺れに身を任せながら、目を閉じた。そして、この人さらいに攫われた今朝のことを思い返した。





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