逃げた修道女は魔の森で

千代乃

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 ジュークについて洞窟の入り口に向かうにつれ、シェリルは昨夜の惨劇を思い出さずにはいられなかった。大きな狼に襲われる兵士たちの阿鼻叫喚の姿……。というのも、入り口に近づくにつれ、濃厚な血の香りが漂ってきていたからだった。
(狼がまだいたらどうしよう……)
そんな不安が心をよぎるが、ここはジュークとレイスを信じるしかない。

 洞窟から出ると、夜明けからはかなり時間がたち外は明るい陽射しに照らされていた。そして、洞窟から眼下に広がるのは、広範囲にわたって倒れた人間達の姿だった。そして、その死体のそばで動いているのは、死体から楔帷子や剣、ほかのめぼしいものをはぎ取っている者たちだった。死んだ兵士たちにくらべると彼らは軽装で、とても殺し合いにきた者達は思えなかった。

 狼の姿は見えなかったが、噛み殺された人間の死体の多さに圧倒され、とてもそれでほっとできる気分ではなかった。

 洞窟を出て、そのまま傾斜を下りて行ったところで、火がおこされ、そこで煮炊きしている者たちがいた。大量の死体が近くに散らばっている中、食欲などよくあるものだ。
「お待ちしていました。お目汚しをお許しください」
 
 その中の一人が立ち上がり、シェリルのもとへ歩いてきた。がっちりした体躯で年齢は、生きていればシェリルの父親くらいだろうか。髭面で、熊のような印象がある。帯剣しており、この中ではそれなりに偉い立場なのだろう。服装の素材は、ジュークと同じようなもののようだった。動きやすく、着脱しやすく、汚れてもごしごし洗えるものだ。その点、レイスの服装はまた別格だった。どうみても絹だし、金糸や真鍮のボタンまで使われており金のかかり方が違っていた。それが、どういう意味なのかは分からなかったが。

「私は、ウェルガー・ラッセルと申します。そこにいる、ジュークの叔父になります」
 シェリルは目を白黒させた。ジュークやレイスからは、敬語は使われなかったのでそのような扱いなのだと認識していたのだが、ここでまた敬語を使われると自分の立ち位置がよく分からなくなる。だが、かりそめにしろぞんざいに扱われるよりはずっもいい。………いずれ、扱いがかわり罪人のように扱われることになっても………シェリルの家族のように………それは今じゃなくていい。

「お初にお目にかかります、ウェルガー様。私のことはシェリルとお呼びくださいませ」
シェリルも丁寧にあいさつを返した。ウェルガーは頷くと、
「それではシェリル殿、いろいろ聞きたいこともあると思いますが……まずは朝食を召し上がりませんか?」
といい、シェリルのために持ってきたと思われる、座るのにちょうどよさそうな平たい石を指した。
(来たわ……来ると思った……!何となく、食事に誘われる流れになるとは思っていたのよ……!)
シェリルはウェルガーの顔を見るが、とりあえず食事を勧められている状況以上のことは分からなかった。
「ご相伴させていただきます」
シェリルは示された石に腰かけて、器とパンを受け取る。肉と野草のスープだ。シェリルは息をするのも忘れて真剣に肉を観察した。
(兎かしら……)
周りに新鮮な肉が、死屍累々と転がっているせいか異常なほど警戒心が高くなっていた。
(毒とかが入っているのなら、もうあきらめるしかないけど、得体の知れない肉が入っているかもしれない、っていうのも結構怖い状況ね)
などと失礼極まりないことを考えながら、決死の思いで肉を口に運び、
(兎だわ……)
と安堵した。

 火にかけられていたのは、シェリルが大事に使っていた鍋だった。もともとシェリルのものでないにしろ、勝手に持ち出されるのは気分のいいものではない……はずなのだが、シェリルにはもう何も感じなかった。感じていたのかもしれないが、それを認めるわけにはいかなかった。
(何でもないって思っていれば、いずれ本当にそんな気がしてくるわ……)
 思い出せないくらい昔に唱えた呪文を、思い出しながらシェリルは与えられた食べ物を機械的に胃袋に送り込んでいた。
 

 
 
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