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本編・現在(アーダム・エヴァ)

序章Ⅱ

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 僕、アーダムは数百年間ずっとしている通りに朝方から昼間にかけて、森にある切り株を椅子にして読書をしている。僕が今読んでいる本は、並行世界に存在しているこの世界には存在しない本で、並行世界の歴史について書かれている本だ。

 並行世界は、おそらくこちらの世界と同時に世界が始まり同じような時間の進み方をしているけれど、文明の差が激しい。あちらの世界は科学というもので世界を豊かにしているが、こちらは科学という存在はない。逆にこちらの世界は魔法で世界を良くも悪くも改革しているが、あちらの歴史を見た感じ魔法は存在していない。おそらく、文明か魔法のどちらかを選択したことで世界はこうも違う形で進化したのだろうね。

「先生っ!」

 いつも通り、昼間になり女の子らしい体型になった15歳のベツィーが来たと思ったが、今日は随分と遅かった。それにベツィーの顔がいつもより何か焦っているように見える。僕は本を異空間に納めて立ち上がる。

「何かあったのかい? ベツィー」
「大変なの! 村が、村が・・・」
「少し落ち着いて」

 汗だくになり息を切らしながら僕のところへと来たベツィーから村が大変なのは伝わった。僕は魔法で村の方を見ると、村では村の人たち同士で対立しているのが分かる。それにそこから少し離れたところにはお腹から血を流して倒れているオノレの姿を確認した。僕はベツィーに状態異常回復魔法をかけて、僕とベツィーの二人を転移魔法で村の入り口まで一瞬で移動させた。

「ベツィー、どういうことか説明してくれるかな?」
「う、うん。今日の朝の出来事なんだけど・・・」

 ベツィーの話を総合すると、今日の朝に村の人々が腹を貫かれて殺されているオノレの発見したそうだ。人が殺されたなど、ここ数百年間で起こったことがないから村の人々は大混乱していたそうだ。そして、モンスターの仕業だと言っていたものの、その傷や悲鳴がなかったことから内部犯、つまり村の人間の仕業だと断定した。

 そこで殺したのは誰か、という問題になりしばらく沈黙が流れたそうだが、クレマンが一言発したことで村が分断するきっかけになった。クレマンがこの僕、アーダムがオノレを殺したところを見たということを言ったそうだ。僕を恐れていたものは、クレマンの発言に乗っかって僕が僕を疎んでいたものを殺したんだと僕を犯人扱いしだした。

 そのことに僕を尊敬していたものは反論し、村の人たちを子供の頃から見ている僕が殺すはずがないと言った。殺すならばれないようにすることもできるはずだ、とも。これが今の現状の対立に繋がっているそうだ。

「分かったよ。僕はとりあえず行くよ」
「・・・大丈夫、だよね? 先生が村から出て行くなんてことはないよね?」

 ベツィーが僕の服の袖を指先で引っ張って確認するために引き留める。僕はそれに対して何も言わずにベツィーの指を優しく引き離して対立している元へと向かった。

「やめないか。殺し合いをするつもりなのかい?」

 今にもお互いが相手を襲い掛かろうとしている村の人間たちの間に入って争いを止めようとする。すると、方や僕が来て憎悪を増加させ、一方は僕が来て安どの表情を浮かべていた。・・・僕が離れれば良い話だと思っていたが、これはそうもいかないようだね。後悔したとしても、魔法で僕は後戻りしない。それは人の歩みをすべて失わせるということになる。

「話はベツィーから聞いたよ。君たちは僕が殺したと思っていて、君たちは僕が殺していないと思っているんだね?」
「そうだ! お前がオノレを殺したんだろうが!」
「それはないって言ってんだろうが! 何故村の人たちを愛しているアーダムさんがオノレを殺さなければならないんだよ!」
「それは俺たちみたいな正直にアーダムを化け物扱いしているからだ! そんな奴らを守りたいと思うか? お前らだって本当は化け物だと思っているんだろう! 守られたいから媚び売っているだけだろう!」
「そんなわけないだろう! アーダムさんは俺たちを生まれた時から見守ってくれていた御方なんだぞ、そんな人を化け物と呼ぶお前らの神経がおかしいんじゃないのか!?」
「なら何でそいつはオノレを殺したんだ? 邪魔になったからだろ?」
「それはお前らの妄言だ。お前らがオノレを殺してアーダムさんに罪を擦り付けて迫害させているだけだろう」
「ッ! オノレの親がいるのによくもそんなことが言えるな! お前らも一緒にオノレを殺したんだろう!」

 僕が間に入っても、収まる気配はなく、むしろ悪化していると言っても良い。僕にとってもオノレが死んだことは悲しいことだが、この事態を納めることが最優先事項だ。人は僕を除けば100年以内に死んでしまう生き物なのだからと、割り切っている部分がある。そんな部分が僕は嫌いだ。

 今はオノレの死の真相を知ることが先だ。僕は血を流して冷たくなっているオノレに一瞬意識を集中させて死の真相を探る。・・・オノレの生前の意識につなげたが、オノレは背後から腹を貫かれた刺殺により犯人の顔を見ていなかった。その前はオノレは僕を追い出そうとする村の半分の人たちと何か作戦を立てていたようだ。作戦は僕を慕っている子の誰かを殺し、僕に濡れ衣を着せようとしていた。しかし、記憶を消されているね、一部の記憶の間だけがすっぽりと消え去っている。・・・記憶を操作できるのは、彼だけか。

 これだけでは分からない。僕はここにいる全員の記憶を僕につなげて、この村でオノレが殺された前後の状況を構成する。昨日のオノレは、夜に僕に反発する子たちだけで密談していた。そこで、オノレとヨルゴ、そしてクレマンの3人は作戦を立てた。この村の村長の娘であるレナを殺す作戦を。しかし、ヨルゴとクレマンはレナを殺そうとしていたのではなく、オノレを殺す作戦をしており、クレマンがオノレを殺した。

 クレマンはそこで終わりにせず、死者の記憶を探られないようにオノレの記憶を消し、ヨルゴの記憶も消した。自身の記憶については、消せば状況が訳が分からなくなるのと、僕に探られても利かないと思っていたらしいが、当てが外れたね、クレマン。そして君がそこまで歪んでいるとは思わなかったよ。

「双方の意見を聞こう。まずは村長率いる僕に味方する人はどうしたいんだい?」

 ここでクレマンを犯人と名指ししても僕の言葉は彼らに響かない。僕の言うことをすべて嘘だと捉えるはずだ。それならお互いに納得できるような妥協点を作り出すことを始める。

「私はこの者たちと衣食住を共にすることなどできませぬ! すぐさま彼らはここから立ち去るべきです!」

 レナの父親である村長のロイクは相手の撤去をすぐさまに要求してきた。次はヨルゴの父親でありこのグループのリーダーであるジュストに問いかける。

「君たちの方はどう考えているの? ジュスト」
「わたくしたちも、貴方のような得体のしれない者と暮らすのは我慢なりません。貴方がいるからオノレのような犠牲者が出た。今すぐにでもここを立ち去っていただきたい」

 ふぅ、これは妥協点を作り出せないくらいに状況が悪化している。ロイク側はジュスト側の退去を求め、ジュスト側は僕の退去を求めている。ジュスト側の要求をのみ、僕がこの村から出て行ったとしてもこの村は二つに分かれたまま。最善策はロイク側の要求を呑むことだろう。この際村を二つに分断していた方が後々いらない争いを起こさないで済む。

 幸い、と言っても良いのか、二つに分断されていてもそこまで過剰に相手を排斥する思考を持っているものは数人と言っても良い。しかし、ジュスト側にロイク側をそこまで嫌悪感を持っていないものの僕には畏怖の念を持っており、そこはジュストに賛同したのだろう。・・・潮時か。こうなることは最初から分かっていたことだ。僕の居場所はすでになくなっているのだから、人間のまねごとをしている時点でダメなんだ。

「双方の要求は分かったよ。まず、僕はこの村を出て行くことにする」
「ご理解いただきありがとうございます」
「なっ!? 本気ですか!? あの者たちの要求を呑むつもりですか!? この村はあなたのものなのですぞ! それを手放すなど、おかしな話です!」
「この村を作った時から決めていたことだよ。それに、この村は君たちの先祖や君たち子孫が生きていくために作った村だ。この村の行く末は村人である君たちの手にある。僕はただの見届け人なだけだよ。だから時代と共に変化した思想が、僕を必要としなければ僕はいなくなるつもりだったんだ。気にすることではないよ」

 僕が諭すようにロイクに言うと、ロイクは少し瞑想した後、目を見開いた。

「・・・分かりました。では、私もあなたについていきます! こんな恩知らずの者たちと生活するなど死んでもご免です!」
「私も付いて行くわ!」
「俺も付いて行くぜ! アーダムさんとならどこにでも行ける!」
「私も!」
「僕も!」

 ロイク側から僕についてくるという声がどんどんと上がり始めた。この声は予想の範疇であった。僕を慕うあまり僕にどこまでもついてくるという神のような信仰を見せるような人がいることは確かだ。だが、それではダメだ。

「それはダメだよ。村を出て行って世界を見てみたいという心意気での旅出は良いけれど、よく考えないままでの旅出は良くない。それに、悔恨が残る旅出なんてあんまりでしょ?」
「それではここにいる者たちと一生暮らせと言うのですか!?」
「そこは考えてあるよ。まず、ロイク側の人々とジュスト側の人々とで分ける。この二つを仮にロイク村とジュスト村としようか。ロイク村とジュスト村を隣接する二つの村にここを作り変える。これで二つの相反する思考は分断されたことになる。分断されたことで何かを得ることもできれば、何かを喪失した気分になるのかもしれないけれど、一応の打開策にはなるはずだよ。この策をロイク側とジュスト側が納得してくれるのなら今すぐにでも行動に移すよ」

 僕がこういうと、ロイク側の人々どうしとジュスト側の人々どうしはどうするか相談しているようである。その間に、僕は一人だけ決着をつけないといけない子であるクレマンの方をこれまでしたことのない無表情で見る。俺の方をにやけた顔で見ようとしたクレマンは俺の表情を見て本能的に圧倒されたのか冷汗を流し始め、人の陰に隠れた。

 こんなものでは終わらない。彼には枷をつけておかないと他にも何かするかもしれない。人智を超えた呪いをかけておく必要がある。『殺さず傷つけず生きとし生きる者を尊重する』呪いをね。君には激熱の呪いの方が効果てきめんだろうからね。動物も殺せないようにしていたから、後悔すると良いよ。

「私たちロイク派はアーダムさんの策を聞き入れます」
「同じく、わたくしたちジュスト村もアーダムの策を受け入れましょう」
「・・・・・・分かった。すぐに村を作り直すよ」

 双方の同意を聞くと、こうして僕のせいで村が二つになったことを悔いている。最初はあんなにも生きる気力に満ち溢れお互いを尊重していたこの村は、いつしかお互いの心が分からなくなっていった。その原因の一端を担っていたと考えると、涙が出そうだ。僕の子供同然の人々が心を分かち憎み合う、そんな形になってしまうとは。身体が引き裂かれそうな痛みを感じる。

 しかし、原因である僕がそんな弱音を言っていてはいけない。いつかは分かり合える日が来ると信じて僕は一途の望みをかける。

 村の全員に村から出てもらい、村を再構成する。ここら一帯は誰にも統治されていない場所なため、村が二つに分かれたとしても問題ない広さがある。人口が変わるわけではないからそんなに広さは求めていない。それにあまり広くし過ぎていると、モンスター対策ができないだろう。ここら辺はモンスターがたくさんいるため統治されていない一つの理由だ。しかし、僕が結界を張っているためモンスターが来ることはない。

 まず、今の村を道具や家ごと異空間に飛ばしてここら一帯を何もない状態にする。そこから二つの村を作り出し、家などどこに置くかを聞いていく。ロイク村の方はすぐに答えてくれたが、ジュスト村は中々俺と話そうとはしなかった。唯一会話したジュストによって家の位置は固定された。僕の結界は、ロイク村はありがたく受け取ってくれたが、ジュスト村は頑固として受け取らなかった。僕に守ってほしくないのか、それとも僕を追い出したことを少しでも気にしているのか。

「ふぅ・・・。これで終わりだね。それじゃあ僕はここから離れることにするよ」
「お待ちください。旅立つのなら、明日にしませんか? 今日はもう日が暮れてきました。二つの村になった今、ロイク村でなら一晩過ごしてもよろしいでしょう?」
「・・・そうだね、急な話になったんだ、少しくらい話していっても良いかな」

 ロイクの提案で、僕は明日の日の出とともにこの村を出ることにした。僕も今日一日でたくさんのことがあったからみんなと話して少しでも気を休めたいという気持ちはある。



 僕はロイク村のみんなとお酒を飲み交わしていた。もちろん子供たちはジュースだ。最初の内は今までお世話になったとか、思い出話などの話をしていたのだが、お酒が入るにつれてジュスト村の愚痴を言い始めた。『何故アーダムさんが出て行かないといけないのか』、『アーダムさんが私たちにしてくれたことは計り知れないのに、それをあだで返すとは』、『あいつらは昔から尊重することができていない』などなど、吐露大会に変わりつつあった。

「やっぱり納得できませぬ! どうしてアーダムさまが出て行かれるのですか!?」

 顔が真っ赤になっているロイクが、僕のことをさま付けにして僕に問い詰めてきた。やはり心の底では納得できない部分があったのだろう。

「一つの村が二つの村に分かれ、その原因たる僕が出て行くことで収束を図ったけど、結局これは僕の我がままなんだよ。おそらく、何百年も時間が経つと村の人全員が僕のことを恐れ始める」
「そ、そんなことはありません! 私の娘であるレナはあなたの話を嬉しそうに話しています。アーダムさまを尊敬する気持ちは受け継がれるのです」
「この村ができた当時は、村の全員が僕に感謝して僕が人の域から超えていたとしても受け入れてくれていた。でも、今はこの現状。だから僕は全員が僕を恐れる前に出て行きたかったんだよ。少しでも人間であることを覚えているためにね」

 その言葉でロイクは黙ってしまった。他の人も黙り、この場に相応しくない言葉を言ってしまったと思った。そんな状況で顔を真っ赤にしている、ベツィーと同じく15になり大きすぎる胸が運動をするときに邪魔だといつも言っているレナが僕のところに来た。そして僕に寄りかかりながら変な口調で話し始める。

「なんでぇ、師匠がでていくんだぁ!?」
「・・・レナ。君お酒を飲んだね? それも結構な量を。お酒のにおいがすごくするよ」
「そんなことはどうでもいいだろうがぁ! わたしは、わたしは・・・師匠とずっといっしょにいひたいんだよ!」
「呂律も回っていないじゃないか。お酒の飲み過ぎだよ。少し休もう?」
「ひしょうのことが・・・ししょうのことが・・・大好きなんだよぉ!」

 レナの突然の告白に、酒を飲んでいた周りの大人たちは『おぉ~!』という声を上げる。その声を上げる前にレナをどうにかしてほしいよ。

「僕もレナのことが好きだよ。他にもベツィーのことも好きだし、村のみんなも大好きだよ」
「すきはすきでも、わたしのは、まじわってこどもをうみたい、好きなんだよぉ!」
「ありがとう。でもダメなんだよ、僕では。レナにはいつか僕以外にそう思う人が出てくるはずだよ」
「それこそぜったいにないねっ!」
「レナ! どこにいるの!?」

 どんどんと会話がえぐくなっている中、レナを探しているベツィーがやってきた。

「ごめん、先生。私がレナを寝かしておくから」
「うん。ありがとう、ベツィー」

 ベツィーはレナを引っ張って家へと連れて行ってくれた。一安心かと思うと、さっきまで酔っていた表情が嘘のように真面目な顔をした姿勢を正してロイクがこちらを真っすぐに見てきた。

「アーダムさま、折り入ってお願いがあります」
「何かな?」
「レナとベツィーをあなたさまの旅に連れて行ってはくれませんか?」
「・・・それは、僕を慕っているからという理由からかい?」
「それも一部にはあります。しかし、あの二人には世界を見てほしいという気持ちがあるのも事実。ここだけが世界ではない、それを知ってほしいと思っています。あの子たちはもう十五になります、下手に違う機会で村を出て行くと言えば、心配でならないのです。あなたとなら快く二人を送り出すことができる。お願いできませんか?」
「確かに、あの二人の才能は僕が見てきた中でそれなりに高い位置にある。・・・ここで腐らせるのは惜しいと思うくらいだ」
「では、引き受けてくれますか? ・・・正直に申しますと、あの二人はどう転んでもアーダムさまを追いかけて村を出ると思います。それならば、いっそのこと連れ出してくれた方が安心できるのです」
「分かったよ。あの二人は僕が預かる。安心すると良いよ」
「ありがとうございます! ・・・できれば孫を見たいと思っていまして・・・」
「ごめんね、それはないよ」

 ロイクは僕の言葉で肩を落とすが、さっきの雰囲気が一変して昔話に花を咲かせた。いつも思っているんだけど、僕みたいな数千年、数万年、数十万年と生きている人間に恋心を持つものなのだろうか。この容姿が問題なら、少しおじいちゃんにした方が無駄な恋心を持たせなくて済むかな?



 日が昇り始めたが、夜遅くまで飲み交わしていたため、みんな寝静まっている。僕はみんなを各々の家に起こさないように運び、旅出を迎えようとしていた。僕がどこにいても音を繋げれる水晶や危険を伝える道具などを置いたから大丈夫だよね。今生の別れではないが、湿っぽい送り出しになるのは御免だから、一人での旅立ちにした。いや、三人か。

「先生ッ!」
「師匠っ!」

 何も言っていないのに旅立ちの準備をしているベツィーとレナが走ってこちらに来た。

「私たちも行くからっ! 何を言っても付いて行くから!」
「少し頭が痛いけど、私も行くぞ。師匠に勝ち逃げされるのは御免だ」
「分かっているよ。早くついておいで」
「・・・え?」
「・・・は?」

 僕が歩きながら付いてくるように促すが、その言葉を予想だにしていなかったようで硬直している。

「ついてくるんだよね? なら早く来ないとおいていくよ」
「・・・てっきり、私たちが付いて行くことに反対するのかと思った」
「わ、私もだ。ここまであっさりと許してくれるとは思わなかったぞ」
「付いて行きたくないなら、置いていくよ?」
「やったね、レナ! 先生と一緒に旅ができるよ!」
「あぁ、やったな、ベツィー!」

 嬉しそうにしている二人をしり目に、僕は村を離れていく。僕が歩き出すと二人は慌てて歩き出す。

 こうして僕たちの物語は始まった。
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