25 / 36
第二十四話
しおりを挟む
祖母が焼けて行く姿は、とても不思議だった。
死んだのだと妙な実感が心を占めているのに、ふわふわと浮いているかのように現実味が無い。そんなことは知らない、自分で何とかして。そう電話を叩き切った母の言葉が、脳の隅に響いた。祖母は死んだのだ。
神道の納骨は、葬儀から五十日後だ。それまで保管しておく祭壇は、リビングに置いてもらうことにした。笑っている遺影だけでも、よく見えるところにいてほしかったのかも知れない。まだ入学式まで時間はあって、光子はぼんやりと家の中で過ごすしか無かった。
久しぶりにテレビを付けると、ニュースが花見客の迷惑行為について騒いでいた。薄ピンク色の世界の中、アナウンサーが少し困った顔で、ゴミ問題や酔っ払いの事件などを語っている。
あれ。光子はふと外に出た。森をさくさく突っ切って神社の方へ進むと、神社に隣接するように桜の木が数本立っていた。数本とも丁度八分咲きで、まるで枝に桜色の雲がかかっているかのような、堂々とした風貌だった。ああ、春だ。光子は桜を見上げながら呟く。雲からはひらひらと、同じ色の雨が舞っている。
「……春になってた」
光子はもう一度呟いてきびすを返し、来た道を戻った。この順路はマサや俊三に教えて貰ったもので、神社への近道兼一番の桜スポットだと、光子が来てから毎年通った道だった。そんな慣れた道の筈なのに、途中地面を盛り上げる根やふかふかとした地面、目の前を通る何かに何度もつまずきそうになる。あ、外に出るの久しぶりだ。つまずいて、光子はそれに気付いた。
家に帰って来て、まず米を炊いた。炊きあがった米を丼にうつして、種からとっておいた梅肉とじゃこと刻んだしその葉を混ぜ、熱いのを我慢しつつ握って海苔を巻き、重箱に押し込む。マサがよく作ってくれたレシピだ。そんなことを考えていると五つも出来て、重箱は風呂敷に包んだ。水筒には麦茶を入れ、弁当を抱え水筒を持ち、また桜へと戻る。
何度もつまずきそうになりながら桜のふもとに立ち、光子はビニールシートを持ってくるのを忘れたことを思い出す。まあいいか。少し見渡して、桜の根に座ることにした。どっしりとした木を背もたれに、膝の上に弁当箱を広げ、水筒は脇に置く。まだ散るには早いらしく、花弁は地面を埋め尽くしてはいない。
おにぎりを一つとり、しっかりと噛んで食べる。うまく出来た。そう、美味しく出来たのだ。ご飯を美味しいと、味を感じたのは久しぶりだった。美味しい。呟いて食べる。こんなに食べられないのに沢山作っちゃったなあ、とまだ四つ重箱に鎮座するおにぎりを見下す。
桜がときたまに、ひらりと目の前を散る。あんなに密集して咲いているのに、春の日差しは柔らかく隙間を見付けて地面に降り注ぎ、光子を照らしている。その風景も目の前を歩く妖怪たちや虫たちも、全部全部、光子はおにぎりをゆっくりと咀嚼しながら眺める。
そう言えばお彼岸にぼた餅作るの忘れてた、おじいちゃん好きだから怒ったかな。来年はきちんと作ろう。桜はまだまだ綺麗だし、明日またお昼ご飯は、ここでお花見しよう。あれ、毎日小早川くんのおばさんが来てくれていたような?よく覚えていないけど、お花見、誘ってみよう。おばあちゃんと作った料理、一人でうまく出来るかな、
今日、凄く天気が良かったんだ。光子は流れる涙に気付きもせず、おにぎりを飲み込んだ。ご飯がおいしくて、目の前が眩しくて、思い出す賑やかな思い出の中今の自分は一人で、光子はすがるようにおにぎりをもう一つとった。
「みっちゃん!みーっちゃん!」
ぱちんと音がして、そこではっと意識が戻る。夏美が頬を膨らまし、手を叩いたらしい両手を合わせたまま、目の前に立っていた。見渡すとそこは桜でなく、教室の自分の席だった。
「……あら」
「あら、じゃないよ!もーどうしたの?みっちゃん、廊下に立ちっぱなしだったから、私が引っ張ったんだよ?もしかしてホームルーム中も一時間目も、ぼーっとしてたの?」
その通りだ。光子は黒板の上の時計を見てもう一度、あら、と呟く。ごめん。まだ少しぼんやりしたまま夏美に謝るが、膨らんだ頬は萎んだものの、夏美の眉は険しくよったままだ。
「なんだか、目の前がちかちかして……ごめんなさい」
「ごめんって、言って欲しいわけじゃないよ!」
夏美の声は怒りを含み、その言葉は光子の心臓を大きく跳ねさせた。夏美の怒った顔を見るのは初めてだ。ふざけて怒ることはあるが、それとは違う雰囲気がある。光子はぎくりと体が強張り、冷や汗が出た。言葉が出ず、目を見開いてじっと夏美を見る。
夏美は顔を更にしかめて、だああ!と叫んで両手で頭をかきむしり、顔を上げた。
「みっちゃん、何かあったの?今日、おかしいよ」
「え、あ」
ぎくりと喉に言葉が張り付いて、出てこない。怒っているかと思っていた夏美の顔は、苦しげに歪むものに変わっていた。
「私じゃ、相談出来ない?一人暮らししてる話も、詳しく聞いてないよ」
むしろ、夏美は泣いてしまいそうだ。光子の脳内に言葉が巡る。
母親が光子を憎んでいるから、祖父母が亡くなった今も一緒に住めず、他に身寄りも無いし家を守りたいので、一人暮らしの道を選んだ。あの眩しく暖かい場所を離れたくはなかった。
何故、母親が実の子である光子を憎んでいるのか?それは、みえてはいけないもの、が見えるからだ。
全ては光子が見えることから始まっていて、それを言わないと何も語れない。言うの?全てを?そう考えるだけで、内臓が絞られるような圧迫感を感じた。光子の唇が薄く開き、微かに震える。
「……ごめん。ちょっとだけ具合悪くて、いらついてるみたい」
ふぅと、光子の詰まったと呼吸の代わりに息をつくように、夏美は溜息混じりに呟いた。そう言われてみれば、顔色が悪いかもしれない。光子はすぐさま首を振る。喉は変わらず声も何も出してはくれず、ただただ首をぶんぶん振った。
違う。違うわ。私が悪いの。そう思いを込めて強く振った。夏美は優しく苦笑して、自分の席に向き直ると鞄をあさって、また戻ってきたときには、いつもの明るい夏美の表情に戻っていた。それが尚更、心が痛む。
「見て!これね、昨日の帰りに駅前で買ったんだ!」
光子の机に置いたのは、可愛らしい小さな紙袋だった。置く時にカツと音がしたところをみると、中身は堅い物が入っているらしい。
「露店で買ったの!前も言ったけど、駅前に露店がたまーに出てるのよね。もー練習しんどくて、買っちゃった。みっちゃんに買って来たのあるよ」
「……私に?」
「うん!ヘアピン!見て見て」
そう言いながら、夏美が紙袋をひっくり返した。
花畑をくりぬいたかのような、ピンクやオレンジ色の花々が描かれているヘアピンが、二つ転がり出てきた。綺麗な色合いに思わず、わあ、と目を丸くする光子に夏美は満足して、光子の右側のこめかみに付けてやった。
「うっほう、可愛い!似合う!私天才だわ!鏡見てほら!」
結局夏美は自分の鞄を光子の机にのせ、中から折り畳み式の鏡を取り出し、光子に押しつけるように掲げた。鏡の中の光子は右側の耳が見えていて、少し顔をずらすと綺麗な色合いのヘアピンが見える。それだけでいつもより何十倍も自分の表情が明るく見えて、光子は突然気恥かしくなり顔を伏せた。
「あ、ありがとう」
「ちょー可愛いよ、みっちゃん」
にっこりと微笑む夏美の顔は心から嬉しそうだけれど、やはり少し顔色が悪いように見える。練習がつらいと言ったばかりだ、もしかしたら疲れで風邪をひいたのかもしれない。ごそごそと自分の鞄の中を覗き込む夏美の顔色は、少し伏し目がちになって余計に悪く見える。
「夏美、大丈夫?疲れてるんじゃない?放課後の練習、休みなよ」
「えー、大げさだよ。あ、あったあった。これはね、おまけしてくれたんだよー、どんな露店商さんかは忘れちゃったんだけど、いい人だよねー」
じゃーん、ともう一つ出した紙袋はまた違うデザインで、ただ茶色いだけの紙袋だ。そっちはプレゼント用、こっちは私用。夏美は短く説明しながら、紙袋を開いてひっくり返す。出てきたのは、赤いガラス玉が金色で縁取られたブローチだ。赤いガラス玉にはこどもの横顔が黒いインクで描いてある。丸い頬が可愛らしい、あどけない外国のこどもの横顔だ。
ぞわ、と光子の背筋に嫌なものが走る。この感覚は最近知ったものだ。
家に黒い影がやってきたときに似ている。
「これはね、鞄に付けようかと思って……」
「な、夏美、待って」
夏美がつまんで見せてきたそれを取り上げる為に、光子は夏美の手に自分の手を重ねた。ぐわ、と体の中で何かが湧き立つような感覚に襲われ、瞬間、いつものようにスカートのポケットに入ったアメシストの腕輪が、かあっと熱を持つ。
パアン、と大きな音が響いて、夏美と光子は弾かれるようにブローチから手を引いた。一瞬ブローチが砕けたのかと思ったが、こつんと机の上に落ちて転がったブローチは無傷だった。ただ一つ、こどもの絵が消えている。
「え、ちょっとなあに?」
「今の音なんだ?まさか爆竹?」
「悪ふざけしすぎだろ、誰だよ」
さっきとは違い、驚きでばくばくと心臓が跳ねる。どっと汗が噴き出て、光子は呆然とブローチと夏美を交互に見た。夏美は驚愕の顔でじっとブローチを見ているばかりで、音に驚いて集まって来たクラスメイトに話しかけられても、うんともすんとも言わない。
死んだのだと妙な実感が心を占めているのに、ふわふわと浮いているかのように現実味が無い。そんなことは知らない、自分で何とかして。そう電話を叩き切った母の言葉が、脳の隅に響いた。祖母は死んだのだ。
神道の納骨は、葬儀から五十日後だ。それまで保管しておく祭壇は、リビングに置いてもらうことにした。笑っている遺影だけでも、よく見えるところにいてほしかったのかも知れない。まだ入学式まで時間はあって、光子はぼんやりと家の中で過ごすしか無かった。
久しぶりにテレビを付けると、ニュースが花見客の迷惑行為について騒いでいた。薄ピンク色の世界の中、アナウンサーが少し困った顔で、ゴミ問題や酔っ払いの事件などを語っている。
あれ。光子はふと外に出た。森をさくさく突っ切って神社の方へ進むと、神社に隣接するように桜の木が数本立っていた。数本とも丁度八分咲きで、まるで枝に桜色の雲がかかっているかのような、堂々とした風貌だった。ああ、春だ。光子は桜を見上げながら呟く。雲からはひらひらと、同じ色の雨が舞っている。
「……春になってた」
光子はもう一度呟いてきびすを返し、来た道を戻った。この順路はマサや俊三に教えて貰ったもので、神社への近道兼一番の桜スポットだと、光子が来てから毎年通った道だった。そんな慣れた道の筈なのに、途中地面を盛り上げる根やふかふかとした地面、目の前を通る何かに何度もつまずきそうになる。あ、外に出るの久しぶりだ。つまずいて、光子はそれに気付いた。
家に帰って来て、まず米を炊いた。炊きあがった米を丼にうつして、種からとっておいた梅肉とじゃこと刻んだしその葉を混ぜ、熱いのを我慢しつつ握って海苔を巻き、重箱に押し込む。マサがよく作ってくれたレシピだ。そんなことを考えていると五つも出来て、重箱は風呂敷に包んだ。水筒には麦茶を入れ、弁当を抱え水筒を持ち、また桜へと戻る。
何度もつまずきそうになりながら桜のふもとに立ち、光子はビニールシートを持ってくるのを忘れたことを思い出す。まあいいか。少し見渡して、桜の根に座ることにした。どっしりとした木を背もたれに、膝の上に弁当箱を広げ、水筒は脇に置く。まだ散るには早いらしく、花弁は地面を埋め尽くしてはいない。
おにぎりを一つとり、しっかりと噛んで食べる。うまく出来た。そう、美味しく出来たのだ。ご飯を美味しいと、味を感じたのは久しぶりだった。美味しい。呟いて食べる。こんなに食べられないのに沢山作っちゃったなあ、とまだ四つ重箱に鎮座するおにぎりを見下す。
桜がときたまに、ひらりと目の前を散る。あんなに密集して咲いているのに、春の日差しは柔らかく隙間を見付けて地面に降り注ぎ、光子を照らしている。その風景も目の前を歩く妖怪たちや虫たちも、全部全部、光子はおにぎりをゆっくりと咀嚼しながら眺める。
そう言えばお彼岸にぼた餅作るの忘れてた、おじいちゃん好きだから怒ったかな。来年はきちんと作ろう。桜はまだまだ綺麗だし、明日またお昼ご飯は、ここでお花見しよう。あれ、毎日小早川くんのおばさんが来てくれていたような?よく覚えていないけど、お花見、誘ってみよう。おばあちゃんと作った料理、一人でうまく出来るかな、
今日、凄く天気が良かったんだ。光子は流れる涙に気付きもせず、おにぎりを飲み込んだ。ご飯がおいしくて、目の前が眩しくて、思い出す賑やかな思い出の中今の自分は一人で、光子はすがるようにおにぎりをもう一つとった。
「みっちゃん!みーっちゃん!」
ぱちんと音がして、そこではっと意識が戻る。夏美が頬を膨らまし、手を叩いたらしい両手を合わせたまま、目の前に立っていた。見渡すとそこは桜でなく、教室の自分の席だった。
「……あら」
「あら、じゃないよ!もーどうしたの?みっちゃん、廊下に立ちっぱなしだったから、私が引っ張ったんだよ?もしかしてホームルーム中も一時間目も、ぼーっとしてたの?」
その通りだ。光子は黒板の上の時計を見てもう一度、あら、と呟く。ごめん。まだ少しぼんやりしたまま夏美に謝るが、膨らんだ頬は萎んだものの、夏美の眉は険しくよったままだ。
「なんだか、目の前がちかちかして……ごめんなさい」
「ごめんって、言って欲しいわけじゃないよ!」
夏美の声は怒りを含み、その言葉は光子の心臓を大きく跳ねさせた。夏美の怒った顔を見るのは初めてだ。ふざけて怒ることはあるが、それとは違う雰囲気がある。光子はぎくりと体が強張り、冷や汗が出た。言葉が出ず、目を見開いてじっと夏美を見る。
夏美は顔を更にしかめて、だああ!と叫んで両手で頭をかきむしり、顔を上げた。
「みっちゃん、何かあったの?今日、おかしいよ」
「え、あ」
ぎくりと喉に言葉が張り付いて、出てこない。怒っているかと思っていた夏美の顔は、苦しげに歪むものに変わっていた。
「私じゃ、相談出来ない?一人暮らししてる話も、詳しく聞いてないよ」
むしろ、夏美は泣いてしまいそうだ。光子の脳内に言葉が巡る。
母親が光子を憎んでいるから、祖父母が亡くなった今も一緒に住めず、他に身寄りも無いし家を守りたいので、一人暮らしの道を選んだ。あの眩しく暖かい場所を離れたくはなかった。
何故、母親が実の子である光子を憎んでいるのか?それは、みえてはいけないもの、が見えるからだ。
全ては光子が見えることから始まっていて、それを言わないと何も語れない。言うの?全てを?そう考えるだけで、内臓が絞られるような圧迫感を感じた。光子の唇が薄く開き、微かに震える。
「……ごめん。ちょっとだけ具合悪くて、いらついてるみたい」
ふぅと、光子の詰まったと呼吸の代わりに息をつくように、夏美は溜息混じりに呟いた。そう言われてみれば、顔色が悪いかもしれない。光子はすぐさま首を振る。喉は変わらず声も何も出してはくれず、ただただ首をぶんぶん振った。
違う。違うわ。私が悪いの。そう思いを込めて強く振った。夏美は優しく苦笑して、自分の席に向き直ると鞄をあさって、また戻ってきたときには、いつもの明るい夏美の表情に戻っていた。それが尚更、心が痛む。
「見て!これね、昨日の帰りに駅前で買ったんだ!」
光子の机に置いたのは、可愛らしい小さな紙袋だった。置く時にカツと音がしたところをみると、中身は堅い物が入っているらしい。
「露店で買ったの!前も言ったけど、駅前に露店がたまーに出てるのよね。もー練習しんどくて、買っちゃった。みっちゃんに買って来たのあるよ」
「……私に?」
「うん!ヘアピン!見て見て」
そう言いながら、夏美が紙袋をひっくり返した。
花畑をくりぬいたかのような、ピンクやオレンジ色の花々が描かれているヘアピンが、二つ転がり出てきた。綺麗な色合いに思わず、わあ、と目を丸くする光子に夏美は満足して、光子の右側のこめかみに付けてやった。
「うっほう、可愛い!似合う!私天才だわ!鏡見てほら!」
結局夏美は自分の鞄を光子の机にのせ、中から折り畳み式の鏡を取り出し、光子に押しつけるように掲げた。鏡の中の光子は右側の耳が見えていて、少し顔をずらすと綺麗な色合いのヘアピンが見える。それだけでいつもより何十倍も自分の表情が明るく見えて、光子は突然気恥かしくなり顔を伏せた。
「あ、ありがとう」
「ちょー可愛いよ、みっちゃん」
にっこりと微笑む夏美の顔は心から嬉しそうだけれど、やはり少し顔色が悪いように見える。練習がつらいと言ったばかりだ、もしかしたら疲れで風邪をひいたのかもしれない。ごそごそと自分の鞄の中を覗き込む夏美の顔色は、少し伏し目がちになって余計に悪く見える。
「夏美、大丈夫?疲れてるんじゃない?放課後の練習、休みなよ」
「えー、大げさだよ。あ、あったあった。これはね、おまけしてくれたんだよー、どんな露店商さんかは忘れちゃったんだけど、いい人だよねー」
じゃーん、ともう一つ出した紙袋はまた違うデザインで、ただ茶色いだけの紙袋だ。そっちはプレゼント用、こっちは私用。夏美は短く説明しながら、紙袋を開いてひっくり返す。出てきたのは、赤いガラス玉が金色で縁取られたブローチだ。赤いガラス玉にはこどもの横顔が黒いインクで描いてある。丸い頬が可愛らしい、あどけない外国のこどもの横顔だ。
ぞわ、と光子の背筋に嫌なものが走る。この感覚は最近知ったものだ。
家に黒い影がやってきたときに似ている。
「これはね、鞄に付けようかと思って……」
「な、夏美、待って」
夏美がつまんで見せてきたそれを取り上げる為に、光子は夏美の手に自分の手を重ねた。ぐわ、と体の中で何かが湧き立つような感覚に襲われ、瞬間、いつものようにスカートのポケットに入ったアメシストの腕輪が、かあっと熱を持つ。
パアン、と大きな音が響いて、夏美と光子は弾かれるようにブローチから手を引いた。一瞬ブローチが砕けたのかと思ったが、こつんと机の上に落ちて転がったブローチは無傷だった。ただ一つ、こどもの絵が消えている。
「え、ちょっとなあに?」
「今の音なんだ?まさか爆竹?」
「悪ふざけしすぎだろ、誰だよ」
さっきとは違い、驚きでばくばくと心臓が跳ねる。どっと汗が噴き出て、光子は呆然とブローチと夏美を交互に見た。夏美は驚愕の顔でじっとブローチを見ているばかりで、音に驚いて集まって来たクラスメイトに話しかけられても、うんともすんとも言わない。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる