英雄は恥を晒す

yulann

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第一章 第一節

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「行かないで。私はそんなの望んでない」

 ベットに寝ている金髪の女性が男を引き止める。だが、男はその言葉に耳を傾けない。勢いよく扉を開けて外に出ていく。男は大きな建物の扉に手をかけた。

「その手を離せ。お前が壊れるぞ」

 新たに現れた男は酷く息を上げている。相当に急いで駆けつけたのだろう。だが、その男の言葉も彼の耳には届かない。彼は扉を破壊して一番奥にいた人物の頭を掴み上げる。グチャグチャと音を立てながら頭が変形していく。

「お前が。お前らみたいな奴が・・・」

 カーンカーン。

 大きな鐘の音でマオは目を覚ます。それは何度か見たことがある夢だった。顔は確認できないが、その光景自体は気分が良いものではない。始まりの一日は最悪の目覚めとなった。

「「おはよう」」

 隣で寝ていた親友「アーバ」と挨拶をかわし、制服に着替えていく。

 アーバは茶髪の短髪で筋骨隆々とした見た目をしている。昔からあだ名は巨人の一択だった。それは見た目から付けられたものでもあるが、彼の持つ力に起因するものも多いだろう。

 着替えが終わると、部屋を出て食堂に向かって歩いていく。道中であった人への挨拶は欠かさない。

「おはよう」

「「おはよう」」

 食堂でもう一人の親友「メル」が合流する。メルを一言で表すなら金髪美女だ。人によっては女神様というほどの美しさと優しさを持っている。その上心に一本芯が通っており、曲がったことは許さない人物だ。

「鐘の音びっくりしたね」

「そうか? 孤児院の時と変わらんけどな」

「それにしても大きかったけどね」

 軽口を叩きながら3人は食事を済ませる。それぞれ部屋で荷物を持ち、寮の門の前に集合する。

「いよいよ始まるんだね」

「ああ。マオの夢への第一歩だ」

「うん。僕は英雄になるよ」

「マオの英雄に対する執着心は本当に気持ち悪いよな」

「気持ち悪いは言い過ぎだよ」

 アーバからの言葉に対して、マオはあまり悪い気はしていなかった。理由は簡単。自分でも気持ち悪いと思っているからだ。いつからかだったのか、きっかけすら覚えていない。自分の中から強く湧く、英雄になりたいと思う気持ちは不気味なものに違いなかった。

 少し歩くと大きな門にたどり着く。その先には巨大な建物が並んでいた。

「本当に大きいね」

「流石、世界に八つしかない傭兵育成学校だな」

 三人が門の前に立ち止まっていると、後ろから大きな声がした。

「どけ。ダイラシア大国の貴族「マーカ」様のお通りだぞ」

 後ろを振り向くと、一人を囲うように八人の男が立っていた。様付けで呼ばれているあたり、中心にいるのがマーカという人物なのは確実だった。

「この程度の建物に驚愕して僕の道を塞ぐなんて。生まれの悪さが手にとるように分かるね。同じ学年にこんなレベルの人間がいるなんて、先が思いやられる。でも、その中には真珠が混ざっているね」

 マーカはメルの方を見て悲しそうな目を浮かべる。

「そんな奴らといると君が不幸になる。僕と一緒に行こう」
 
 少し前に出てメルに手を差し出す。その発言と行動にメルは明らかな嫌悪感を表す。

「君のことを思って言ってあげているのにな。その表情は傷つくよ。返事も出来なのかい?」

 アーバの顔が一気に曇り始める。そして、それに呼応するように少しずつ体が張りをもっていく。

「生まれの悪さか?  初対面の人間に対して暴言を吐くのは生まれがいいんか?」

 アーバの纏う雰囲気に押され、周りの男達も戦闘の構えをとる。

 「すいません。通り道で立ち止まっているのは育ちが悪いと言われても仕方がないですね」

 アーバと男達の間にマオが割って入る。

「ここはもう孤児院じゃないんだ。暴力沙汰は処罰されるだろうし、ここは気を沈めて」

「あ?・・・確かにそうだな」

 マオに言われたアーバはそっと男達に頭を下げる。

「道を塞いだことはすまなかった」

「分かればいい。身分の低いものは低いものらしく、高いものに頭を下げていればいいのだ。ただし、真珠さんは別だよ」

 男達は門を抜け学校のほうへ歩いて行った。

「なんだあいつら」

「初対面であれは流石にひどいね」

「まあまあ。元はといえば悪いのは僕らなんだし」

「アーバがいきなりアビスを使うからびっくりしたよ」

「あんなん誰だってムカつくだろ。まあ、マオに止めてもらってよかった。入学式もまだなのに、暴力沙汰は確かにマズかったな」

「アーバは昔から血の気が多いからね。仕方ないよ」

「急ご。もう入学式始まっちゃうよ」

 アーバとマオはメルに手を引かれながら、入学式が行われる巨大なドーム状の建物に向かうのだった。 

 建物の中に入り指定された座席に三人並んで座る。中心の台を囲うように座席が高くなっていく仕様だった。

「いよいよだ」

 マオの期待と興奮の混じった言葉と同時に天井の明かりが全て消える。中心の台を照らすように明かりが灯る。そこには中年の男性が二人立っていた。

「君達よく来てくれた。私はこの傭兵育成学校の校長「パパ」だ。これから君達は傭兵になるために様々なことを学ぶ。そんな君達に忘れないで欲しいことが一つある。ここは競争の場だ。三万人と競い合うことになる。時には友と涙を流すことも必要だろうが、外では違う。傭兵の世界は弱肉強食。依頼はより強く、より実績がある人間が受ける。必要なのは友ではない。この人間に依頼をしたいと思わせる実力だ」

 パパの一言に生徒達は一気に真剣な表情に変わる。それを見たパパは反対にパッと明るい表情に変わった。

「実力も大切だが友も必要だ。その友が自分の実力をあげてくれるかもしれない。魔物を倒す時、戦争に参加する時、絶対的な信頼がおける友がいることはとても重要だ。信頼できる友がいれば本来より強い力が出せるかもしれない。1+1は2ではない。1+1が2になるのか。5になるのか。はたまた0になるのか。それは信頼によって決まる。そういう友を見つけ、今のうちに仲良くなるのも学校の醍醐味ではある。・・・その逆も然り」

 パパが最後に言った小さな言葉。それをどれだけの人が聞き、どれだけの人が理解したのか。パパはそっと頭を下げて笑うのだった。

「私からは以上だ。今日は特別にゲストを招いている。現在傭兵として活躍している「クロー」君だ。私はあまり口が達者ではないのでここで失礼するよ」

 そう言ってパパは台から降りて通路へと消えていった。残されたクローに生徒の視線が集中する。

「そんなに見られると緊張するな。さっきも紹介されたがクローだ。話したいことも多少あるんだが、堅苦しいのは嫌いなんだ。時間はたくさんもらっているし、軽く質問を受けることにしよう。さあ、何か聞きたいことはないかい?」

 今までで一番辛かったこと。楽しかったこと。周囲からの反応。金銭面など、様々な質問が行われた。その体験談は多くの生徒の心を魅了した。皆、将来の自分の姿を想像せずにはいられなかった。

「さて、いい時間になったな。最後の質問にしよう」

 そう言ったクローと手を挙げていたマオの目が合う。

「目があった君。何を聞きたいのかな?」

 マオは立ち上がり、少し深呼吸してクローに質問する。

「クローさんの階級はどのくらいですか?」

 その一言にその場が凍りつく。

「おいおいマオ。皆んな気になっているだろうけどよ。この場は流石に不味くないか」

「さすがマオだね」

 アーバは片手で顔を覆い、メルはニコニコ笑っている。

 傭兵には階級制度がある。それを聞くことが悪いことではない。だが、このような場で聞いて階級が低かった場合、空気は最悪だ。質問に答えなかったとしても、それはそれで答えているようなもの。そうなる可能性があったとしても、マオは聞きたいという衝動が止められなかった。今、目の前にいる男がしてきた経験はどれだけの人間が積み重ねたものなのか。英雄を目指すマオにとって聞くなという方が無理な話であった。

「やっとかー。実は一番初めに来る質問だと思っていたんだけどね。皆んな僕に気を使ってくれたのかな?」

 生徒達は無言になってしまう。

「そうだったんだ。それなら一番先に僕から言っとくべきだったかもしれないね」

 少し間を開けてクローが口を開く。

「僕の階級は赤の二十位だよ」

 全体がどよめく。

「まじか」
「やばすぎだろ」
「赤って世界に三十人だけだろ」

「まあまあ落ち着いて。そんな僕から皆んなに聞いて欲しいことが二つあるんだ。よく聞いてくれよ」

 一気にその場が静まり返る。

「まず一つ目は努力を継続すること。何度諦めそうになっても絶対に諦めないこと。それがとても重要だ。初めに校長も言っていたが、競争することは勿論ある。普通に努力するだけでは一生追いつけない相手もいるかもしれない。それは相手も努力しているからだ。ならどうするか。それ以上の努力だ。常に考え常に動き、より高みを目指す。その能力が一番身についているものが、一番上に立つことになる。その経験を若いうちにしておけば、将来絶対的な力になる。まあ、例外もいるがな」

「そして二つ目。これが一番重要だ。命は大切にすること。それだけだ。傭兵と言っても目標は一つではない。生活を豊かにするため。名声を得るため。色々あるだろう。だけど、死体の後には何も残らない。死体に報酬は払われないし、名声も集まることはない。なんのために自分の命を賭けているのか。得られる報酬に命を賭ける価値があるのか。その天秤をしっかりと見定める力。それをこの学校で身につけて欲しい。友を失うのは心にくる。そんな経験を皆んなにはしてほしくないからね」

 一つ目の言葉はありきたりで予想できた人も多くいただろう。だが、二つ目の言葉を予想できていた人はゼロに等しかった。

 今の自分から遥か先にいる男からの言葉は、マオの心臓をより早く鼓動させるのだった。
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