英雄は恥を晒す

yulann

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第一章 第六節

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 翌日からマオを取り巻く環境は変化していく。マオへの嫌がらせは止み、小言を言われることが少なくなった。その中で一番大きく変化したのはマーカだった。

「僕は周りに流されていたのかもしれない。アビスが何かも考えず、思考を放棄して大衆に便乗していた。そう教わったとしても、していい行動としてはいけない行動がある。すまなかった」

 真剣な眼差しのマーカがマオに向かって頭を下げる。放課後の光景にクラス中が驚愕する。

「マーカ様。おやめください」

 取り巻きが慌てて頭を上げさせようとするがマーカはその手を振り払う。

「僕は間違っていたんだ。君達はあの話を聞いて何も思わなかったのか? 僕は生きていたい。意志を持ち、前に進む人間でありたい」

「マーカ様」

 取り巻きがしばらくの沈黙の後に口をひらく。

「わかりました。私たちもお供します」

「僕たちを許してくれるか?」

 不安そうな顔のマーカは右手を伸ばす。マオはその真剣な表情を真っ直ぐに見つめ返す。

「もちろん」

「ありがとう」

 二人は握手を交わす。その光景にトネーは微笑みを浮かべ教室から出ていくのだった。

「クローさんの影響力ってすごいんだね」

「さすが二十位。あの威圧には俺も背筋が凍ったぜ」

「本当だよ。マーカ君とも仲良くなったし」

「でも、私は少し怖く感じたな」

「どうして?」

「もしもあの人が酷いことを言ったらどうなるんだろうって。影響力があるからって全ての人が従うことはないと思う。でも、話にあった意思のない人達は賛同すると思うの」

「確かにな。影響力があるからこその問題か」

「そうなっても大丈夫。僕が英雄になって全てを変えて見せるさ。その為にも強くならないと」

「そうだね・・・うん。そうだよ。マオならできる。きっと強くなれるよ」

 メルの表情は少し暗かった。マオはそのことを気にしない。いや、気にしないようにしていた。

 そこからの学校生活は順風満帆だった。マオに話しかける人も増え、毎日大人数で自主練に励む。その姿に憧れて、さらに人が集まっていく。二年が経過した頃には、学年で知らない人がいないほどの人物になっていた。

「今日で卒業まで半分だ。この学校では中間試験として闘技大会を行うことになっている」

「闘技大会?」

「クラスから選ばれた代表が個人で競うトーナメント方式の大会だ。これまでの成績を見て、このクラスからは三人の代表を選ぶことになった」

「代表はどうやって決めるんですか?」

「クラスを成績別で三チームに分けてある。そこから総当たりで試合を行ってもらい、各チームの一番を代表にする。この大会の順位によっては卒業後の階級が優位に始まるから本気で取り組むように」

 発表されたチームで三人は別々になっていた。殆どのクラスメイトが苦笑いを浮かべていることに、三人は気付いていなかった。

 次の日から代表選手のための試合が行われる。マオとメルは圧倒的な力を見せつけ試合を全勝で終えていた。

「さすがマオとメルだな。これでアビスを使ってないのはやばいぞ」

「日々の鍛錬のおかげだよ。あんまりコントロールできないアビスは怖いから」

「次が最後の試合だったよね。全勝目指して頑張ってね」

「おう。当たり前だ」

 二人の声援を受けアーバは試合場に向かう。全勝をかけた最後の試合相手はマーカだった。両者指定の開始位置につく。

「こうして君の前に立つ度に昔のことを思い出すよ」

「初めての訓練の時か?」

「そうだね。君に敗北した時の僕は、自分の実力も理解できない無知な弱者だった。安全地帯から他人を見下す意志のない屍だった」

「でも、もう変わっただろ」

「うん。あの演説で僕は意志をもらった。生きるということの意味をもらった。そんな僕の変化を君に受けとって欲しい。僕がどこまで成長したのか君の目で確かめてほしい」

「負けてやるつもりはねえぞ」

「勿論。本気の君に挑んでこそ意味がある」

「始め」

  トネーの掛け声と共にアーバは一気に距離を詰める。そのままの勢いでマーカの心臓めがけて拳を放つ。二年前と同じだ。ただ一つ違うのは筋肉が膨れていないこと。アーバは二年間の訓練でアビスをさらに支配していた。力を無理に発散するのではなく、一点に集中させることが可能になっていた。

「スモールシールド」

 シールドと拳が接触する。そのシールドは砕けることなく、アーバの全身全霊の一撃を確かに受け止めていた。その光景に周りから拍手や賛辞が飛び交う。

「ここまで成長するか」

「やっぱりすごいですよね」

 ボソッと呟いたトネーにメルが反応する。

「ああ。二年前のあの時より更に強い拳を止める。しかも剣をもった状態で。それだけじゃない。あの気迫で迫ってくる相手に立ち向かう。過去に自分を殺しかけた相手にだ。常人なら逃げてもおかしくない。尋常じゃない努力をしたんだろう」

「物をもった状態は魔法を発動するのが難しいはずなのに。本当にすごいです。でも、アーバは勝ちます」

「そうか? 今のところ勝率は半分づつぐらいあると思うが」

「アーバも努力しています。それは私がよく知っていますから」

  拳が防がれたアーバはそれを悟っていたかのように連撃に移る。連撃は激しく反撃する隙を与えない。マーカは剣と魔法を駆使してなんとか捌いていく。数分が経過した頃、疲労からかアーバに小さな隙がうまれる。その一瞬をマーカは見逃さなかった。

「もらった」

 拳を受け流した勢いを失わせることなく、首目掛けて最速で攻撃を行う。

「なんだと?」

 驚きの声を上げたのはマーカだった。首に当たった瞬間に剣が砕けたのだ。

「終わりだ」

 アーバの拳はマーカの身体を確実に捉える。だが、手応えは感じられない。マーカは拳が当たった瞬間に身体を捻りダメージを最小限に抑えていた。

「僕が鍛えたのは魔法と剣術だけじゃない。ここからが本番だ」

 素手になったことでマーカの魔法精度は更に上昇する。シールドを貼りながら攻撃魔法を使用することも可能になっていた。

「フレイムランス」

 炎の槍がマーカの頭上に形成され飛んでいく。だが、身体能力全てが向上しているアーバに攻撃は当たらない。お互いに決定打がなく時間だけが過ぎていく。焦りの表情が浮かぶのはマーカだった。

「ヘルフレイム」

 マーカは更に高位の魔法を発動させようとする。アーバはそれを待っていた。今まで全力で放っていた拳を途中で止め、マーカの胸に掌をそっとあわせる。拳の勢いを利用し受け流してきたこと。高位の魔法の為に意識を集中させていたこと。二つのことが重なりマーカはその動きに反応できない。

「そこまで」

 トネーの掛け声で試合は終了した。

「待ってください。僕は体術で受け流しを」

「無理だ。あれは体内に対する攻撃。俺が止めなければ致命傷は免れなかっただろう」

「そんな。僕がこれまでしてきたことは無駄だったのか? 僕の努力は無意味だったのか? 僕は何も変わっていなかったのか?」

「そんなことはねえ」

 アーバが大声で否定する。

「あの剣がもっと上質なものだったら。試合が回復薬ありの時間無制限だったら。俺が負けていた。魔力の枯渇を狙って焦らせる。あんまり褒められたことじゃない。胸を晴れない勝ち方だ」

「でも、負けは負けだよ」

 マーカは地面に倒れ込む。その姿を見たアーバは少し時間を置いて口を開いた。

「マーカの努力する姿を。変わっていく志しを。知らない奴がいれば手を上げろ」

 アーバの叫びに対して観戦していたクラスメイトが沈黙する。手をあげようとするものなど一人もいない。全員が見てきたのだ。血の滲むような努力に励む姿。志しを変え真の強者を目指す姿を。

「見ろ。勝利に向かって必死に努力する姿をここにいる全員が知っている。変わってきたお前の姿は俺を含めた全員が証明する。お前は強い。お前は変わったんだ」

「本当に? 僕は変われたんだね。よかった」

 マーカは涙を流した。その涙に込められた意味をクラスメイトは知っている。過去の誤ちを正し、自分を変えることがどれだけ大変なのか。

「俺はお前を尊敬している」

 その言葉にマーカは声を出して泣いた。気が済むまで泣いた。涙が枯れた頃、マーカを包んだのは暖かい拍手だった。
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