性の無い僕らを愛して

なよ。

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第三章

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 それから僕らはセックスをした。

 「キレイだね」

 そう言う彼女は僕の身体を見た。性別を現すものがない僕の身体を見て言う。色素が薄くて白い肌をアルビノのようだと人はよく言う。

 「キレイじゃないよ」

 「キレイだよ。少なくとも私よりは」

 彼女はそう言う。

 僕は彼女に抱かれながら彼女の背中に手を回した。僕の胸には彼女のおっぱいが乗っている。柔らかくてシャンプーの匂いがする髪を嗅いだ。

 彼女の肌はサラサラとしていた。十分綺麗だと思う。少なくとも肌はあまりストレスを感じていないみたいだ。羨ましいと思う。僕はホルモンバランスが崩れると肌荒れや貧血、成長障害になることがある。いつも使っている制服のシャツだって合わない時があるから、母が探して買ってくれた天然繊維のシャツを着て登校するのが月に何度もある。

 「私はね女が面倒くさいんだ。人間関係とか学校でも部活でもクソだし。先生も親も嫌いで、よく喧嘩しているんだ。女の子なんだからこうしなさい。女の子なんだから将来家庭に入りなさい。女の子なんだから家事を覚えなさい。女の子なんだから………。好きで女になった訳じゃないのに」

 僕は少し感動した。

 安達さんのその言葉に、性別がある人は呑気で良いなってずっと何処かで軽蔑していたし、羨んで居たけど、その感情は僕が何十倍も濃くして抱いていた悩みだった。

 彼女の言った言葉はまだ水のようにさらりとしている。せいぜい少し濁った程度。でも僕のは濁り過ぎてもうヘドロになってしまっている。それを彼女に飲ませたら、こんなクスリじゃあ比べ物にならないくらいの劇薬になるだろう。それこそ、即死してしまうかもしれない。それくらい、僕の悩みは奥が深くて、根が深くて、暗かった。

 「何泣いているの?」

 僕は泣いていた。

 感動していたんだ。僕以外の人が僕に似た事を少しでも思って居た事に。そして、それが全く僕と違う人なのに、それでも、世界は案外隣り合わせなんだと思うと少し純粋に嬉しくて、僕は泣いた。





 「安達さん、僕をもっと抱いて欲しい。もっと強く、激しく君が欲しい。だから、君も僕を壊して欲しい」

 その瞬間安達さんは僕を強く抱きしめた。

 まるで母性を感じさせるように優しくしかし強く抱きしめる彼女は、僕の頭を撫でた。

 「いいの、私の前では泣いて良いよ。大丈夫、受け止めるから、何もかも、全部」

 その瞬間僕は彼女の方にあごを乗せて、込み上げる涙を止める事無く、小さな子供のように泣いた。

 僕らのセックスは普通じゃない。

 安達さんは唇で舐めるように僕の全身にキスをする。お腹を胸を首筋を、安達さんは唇で舐める。

 安達さんの吐息が首に掛かる。くすぐったい。

 「……ねぇ、噛んでも良い?」

 僕は頷く。

 「んんっっ~!!」

 頷いたのは僕だけど、針みたいな痛みと熱が走る。痛みはヒリヒリとしつこく残り、スーっと生温かい液体の感触が伝わる。それを、安達さんは舐める。まるで吸血鬼みたいに美味しそうに僕の血を飲む安達さんを見て、痛みで涙目になった僕は、

 「ドS」

 と恨みがましく呟いた。


 






 △

 「抱いて欲しいと言ったのはそっちだよ?」

 「あそこまで噛まれるとは思わなかった」

 「美味しかった」

 「君は吸血鬼なのかい?」

 「無性別者は居るけど吸血鬼は見た事ないなぁ」

 「居ると思う?」

 彼女はうーんと考える。

 「繁殖に必要な栄養素がもう揃っているから、人の血を吸う人は居ないんじゃないかな」

 「蚊みたいに言うね」

 人は蚊なんだね。

 ちなみに蚊はメスだけが血を吸うらしい。何も人だけじゃなくて、動物も吸われるらしいから、感染症の原因としてよく蚊が憎まれる。菌もウイルスもバカじゃないからより効率的に感染できる個体を選ぶ。豚なんか人に近い体温だから良く変異ウイルスが生まれやすいらしい。

 これが豚や鳥インフルエンザが人に感染する仕組みみたいだ。

 本来、ウイルスが感染できる個体にはそれぞれ鍵(スパイク)が要る。だから、鳥インフルエンザは人には本来感染しないけど、豚を経由して居たら、そこから遺伝子が変異して人を殺そうとする。

 「結局、五錠くらいしか飲まなかったね」

 安達さんが言う。

 「まだ死にたい?」

 「少しね」

 安達さんは続ける。

 「簡単に生きたいとは思えない。けど、君のおかげで少し延命できた。君も死ななくて良かったね。次も付き合ってくれる?」

 「気乗りしないけど、仕方ない」

 「なんか、私より死んでいるみたいだね」

 安達さんは僕をそう言った。

 それは、まったくもって的を射ていた。僕は死にたがりではないけど生きたがりでもなかった。そういうのは死んでいるのと同じだ。

 僕が今生きて居られるのはウリをしているからだ。これだけが僕を僕として生かしている。


 「昼間のラブホから出ると言うのは少し背徳的だね」

 安達さんはそう言った。制服を着たふたりを警察が見たら確実に補導ものだと思うけど、この時間のラブホ街は静かだった。いかがわしいサービスを提供するための客引きも、早朝までは居たのに、この時間は居なくなった。

 「女子同士でどう思われるかな?」

 僕が言った。

 「別にどうでも良くない? 他人がどう思おうが」

 確かにそうだ。

 僕は誰かの視線をずっと気にしている。でも、それはちゃんと生きなさいとか、道を踏み外さないで生きなさいとか、そういうのじゃなくて、僕を女の子と見る人が居るのが苦痛だった。僕は女の子じゃない。少なくとも僕は男の子だ。それでも世界は悪気なく僕を女の子にしようとしていて、身体も心と反対に女になっていく。その変化が最も苦痛だった。どんなに女を抱いても、僕は結局男になれなかった。

 この世界は無性別者に優しくない。

 どこまでも、どこまでも無自覚に残酷に無性別者を殺していく。

 あいつらは何も分かってはいない。優しい振りをして何も理解していない。結局僕らを病気としか見ていない。治るんでしょ? と治療を進めるし、家庭の問題かなって何の問題もないのに学校で親も交えて三者面談なんかしてるし、遺伝的欠陥とか言い出すし、そうなら、それで治療して『普通』になれるんなら、さっさとしているよ。

 でも、コレで生まれて来たからコレを治療する術なんかある訳ないし、そもそも、それで性別を手に入れたとしても、僕がその性を受け入れてないと意味がない。

 だから僕は女性ホルモン注射を拒んだ。

 母は悪くない。

 迷い過ぎて明確に拒否を言い出せなかった僕が小五の春に入院していた病院を、夜中に抜け出したんだ。世界は明確に意思を示さないと殺される。僕は発現していない男を殺さないように、『彼』を護るように、シーツとカーテンを繋げて病室の窓から抜け出した。

 「ねぇ、安達さん」

 「ん?」

 僕はこれから卑怯な真似をしようと思う。

 「僕の事好き?」

 「好きだよ」

 「うそ」

 「うん、愛してないよ。でも好き」

 「僕も愛してないよ。でも、好き」

 僕らの好きは酷く歪んで居る。死にたがりの安達さんがどういう意味の好きを僕に投げかけたのか、僕は知らないし、知る事も出来ない。聞けば良いとかシラける言葉は聞きたくないし、そう言うのはきっと満たされた人が言うのだろうけど、僕らは何も満たされずに生きているから、常に誰かに依存して居たい。

 僕の好きは安達さんの壊れそうなのに強い心と氷のような冷たさと、世界に中指立てているような生き方が好きだから、好きだ。どこにも愛がなかった。

 「ねぇ、僕を男にしてくれない?」

 「いいよ、でも、そのセリフ童貞を奪ってくださいって言う男の台詞みたい」

 安達さんが笑った。

 近くの商店街から正午のメロディーが流れる。





 △

 『ねぇ、またしない?』

 SNSで会っただけの仲原さんは僕にそうメッセージを送ってきた。女性は無料で登録できるアプリで、どういう基準でこのアプリがストアから落とされないのか少し疑問だが僕はそれをダウンロードして身体を売っていた。結局世界はクソしか居ないんだろうなぁ。こんな人身売買が現実からネットに変わっただけで本質は変わらないのに、現実に風俗店が姿を消しつつあることを、世界は『喜ばしい事』と思って居て、実際はもっと悪化していた。

 女性を強姦して、裁判所で同意だったと主張されて、法廷で泣き崩れる被害者。

 男子中学生をネットで呼び出して身体を触る中年。

 レイプを自慢するチャット。

 ウリをして数千円を稼ぐ中学生。

 その癖、満たされないと嘆きネットでポエムを書く。下らない社会。ゴミ溜めの社会。そんな見えない闇を病気を何も知らない大人は健全なものだけを見て、「綺麗になったわね」と言う。

 はぁ!?

 何処をどう見てコレを綺麗だって言うんだよ!! 皆死なないだけで死にたがっているこんなクズな社会に、ゴミな社会にあなた達は昔より良くなっただなんて、よくもそんな口が利けるね!!

 笑える。笑っちゃうよ。本当にくだらない……。

 僕は裸のままスマホを見る。

 『いいよ』

 部屋にはお酒がある。僕の部屋ではない。今日売りをした女の部屋だ。「やっぱり女って登録しているのは無料だから?」って聞かれた。僕はやっぱり男子の制服を着ていた。でも脱いだら「どっちの性別なの?」と聞かれたのには笑った。「どっちでもないよ」と僕は言うと女は嬉しそうに僕の口に舌を入れた。酒と煙草の匂いがした。

 「誰とメールしてるの?」

 女が眠そうに聞く。

 裸で胸が見えている。

 「彼女?」

 再度聞く。知りたかったのはそこらしい。

 「違うよ」

 「私がなってあげようか?」

 女はおかしそうに言う。枕を抱いて、恥ずかしそうに言う。僕と寝てその仕草は何だよ。

 「ごめん先約が居る」

 「どうせ、ソイツもメンヘラでしょ?」

 メンヘラとはメンタルヘルスの略称で。自殺志願者とかリストカットして居る人とか、精神が不安定で鬱病の人たちを指すネット用語だ。

 「もってなに?」

 「こんな事して身体を売るなんてメンヘラぐらいだよ」

 「君はどうなの?」

 「私はただの遊び。お金貰えるし、サイコー」

 「脂の乗った奴とかにも売るの?」

 「はぁ!? こんなアプリでそいつと寝ようなんて、そっちのサイト行けよ。私はイケメンと寝たいだけ」

 「なら、ホストと寝たら?」

 「深夜はそういうのじゃないもん!」

 深夜って誰だ。どこのホストだ? 誰でも良いけど。

 スマホが鳴った。女が返事は何だって? と聞いてきた。スマホには『やったー!!』と来た後に『ねぇ、こんな事言うと迷惑かもだけど』そこで一度途切れて『好きな人、居る……?』と来た。

 「うわぁ、惚れてるね。ウケる」

 女は楽しそうだった。

 「お前もううるさい。見るなよ」

 僕はそう言って女を遠ざけるようにベッドから立つ。

 「なんだよー、ケチ!」

 ベッドから床に座り僕は返事を送る。

 『居るよ』

 嘘ではない。一応は……。
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