君の声が聞きたくて

第１章 misterioso

４

　目の前で爆笑する彼に、大人気ないと思いつつも、つい苛立ちを感じてしまう。

　「な、何がそんなにおかしい！　俺はただ君みたいな子が、こんな雨の中、こんな遅い時間にだな……」
　「だーから、それがおかしいの！　俺、お兄さんが心配するような年じゃないし。それに……」

　彼の、男の割には綺麗で、雨に濡れているにも関わらず暖かな手が、俺の手から傘を奪って行くのを、俺はまるでスローモーションでも見てるかのように目で追った。
　いや違うな、目が……離せなかったんだ。

　「もう雨降ってないし」
　「えっ……？」

　言われて見上げた空は、星こそ見えないが、ついさっきまでとは違い、雨雲一つない夜空へと変化していた。

　「本と……だ……」
　「ね？」
　「あ、うん……」

　窄めた傘を彼から受け取り、ハンカチで軽く水気を取ってから、丁寧に畳もうと思うんだけど、手先が不器用なのもあってか、実は俺はこういった作業が大の苦手だ。

　「あれ……、おかしいな……」

　当然、何度やり直しても綺麗に畳むことなんて出来なくて、どうせ干さなくてはいけないんだからと傘との格闘を断念し、適当に丸めようとしたその時、クスリと笑った彼の綺麗な手が、俺の手から再び傘を奪って行った。

　「俺ね、こういうのけっこう得意なんだ」

　その言葉の通り、彼は俺が悪戦苦闘の末あえなく敗北を喫した傘を、買った時のように綺麗に畳むと、満足気な笑顔と一緒に俺に差し出した。

　「あ、ありが……とう……」
　「いいえ、どういたしまして。っていうか、お兄さん不器用過ぎ」


　悪かったな、不器用で。


　クスクス笑い出した彼に、恨み言の一つでも言ってやりたいところだが、ここで言い訳をしたって薮蛇になるのが目に見えている。

　俺が、超が付く程不器用だ……ってことは、紛れもない事実なんだから。