君の声が聞きたくて

誠奈

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第9章   tempo rubato

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 予定の時間よりも早く取り引き先に到着した俺達は、担当者が帰社するまでの間、時間潰し(決してサボリなどではない)のため、近くのカラオケボックスに入った。

 俺としては、落ち着いた喫茶店でコーヒーでも飲みたかったが、松下がどうしてもと言うから、仕方なくカラオケボックスに入ったわけだが……

 「んで、さっきの続きなんだけど、結局のところどこまで進んだの? 告ったんだよね? 智樹からの返事は? セックスしてないなら、キスくらいはした?」

 個室に入るなり、松下の質問攻撃が始まった。

 だいたい、喫茶店ではなくカラオケボックスで、と言われた時から、薄々はこうなることを予感はしていたけど、まさかコーヒーを飲む間すら与えてくれないとは……そこまで考えてなかった。

「あー、もおっ! そう急かすなって、順番に話すから……」

 俺は松下が用意してくれたストローを使うことなく直接グラスに口を付けると、キンと冷えたアイスコーヒーを口に含んだ。ちゃんとした店のコーヒーに比べると、味は格段に落ちるが、とりあえず乾いた喉を潤すことは出来る。

 「一応……さ、告白はしたよ。付き合ってくれ、って……」
 「それで? 返事は? 智樹、なんて?」

 キラキラ目を輝かせる松下が、どんな答えを期待しているかは、大体想像がつく。その期待を裏切るのは、なんとも心苦しくはあるけど、ここは正直に話しておくべきだ。

 「聞いてない」

 俺はありのままを答えた。

 「え、なんで? 聞かなかったの?」
 「いや、そうじゃなくて、その……なんて言うか……」

 言いかけたところで、急にあの日の記憶が鮮明に蘇って来て……
 軽く触れただけだったのに、あの触れた瞬間の柔らかな感触だけは、あれから数日が経った今でも、忘れることは出来ない。
 俺は無意識のうちに、自分の唇を指でなぞっていた。

 「ねぇ、まさかとは思うけどさ、返事聞く前に襲っちゃった……とか?」
 「バ、バカなことを言うな。違うって……、襲っては……ない、けど……」
 「けど、何?」

 言葉の続きを急かすように、松下が向かいの席から移動して、俺の隣に腰を下ろした。


 つか、距離近すぎだし!
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