敏腕ドクターは孤独な事務員を溺愛で包み込む

華藤りえ

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1.カルテの森と眠るドクター

1-3

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 ――のだが、なんの因果か三月の始め頃から彼はこのカルテ庫に現れ、こともあろうに昼寝場所として利用しだした。

 来たばかりであまり担当する外来がいないとはいえ、急変率も高い心臓血管外科の医師がサボりでカルテ庫はないだろう。

 ついでに言えば、ほこりっぽいカルテ庫などではなく医療従事者用に用意されている仮眠室のベッドか、自分の医局で寝てくださいと切実に言いたい。

 だが、今日も朱理は言葉をのみ込む。

 神野と会話をしたくない。

 もちろん、彼から話しかけられたことは一度もない。

 ついでに言えば、彼自身がどうこうというわけでもない。

 ただ単に朱理が誰の興味も引きたくないだけだ。

 うっかり神野と会話し、彼が面白がって朱理のことを他の場所で話題にするなどされてはたまらない。

 それに彼がこのカルテ庫に入り浸っていることを事務部の女性陣に知られれば、朱理に関する不名誉なあのうわさがどこから持ち出され、またいじめられるようになるか――。

(それだけは避けなきゃ)

 過去に引っ張られそうな意識を拒絶し、首を振ってから一歩を踏み出す。

 幸いにも神野は朱理の気配に気づくことなく、穏やかな寝息をたてていた。

 デスクにたどり着いた朱理は、パソコンとスキャナーのスイッチを入れ、起動するまでの間にバッグから取り出したペットボトルのお茶を飲む。

「よし」

 小さな声で気合いを入れ、ストックしてあるカルテを手に取る。

キーボードを打つ音とスキャナーの読み込み音が、朝早いカルテ庫に響く。

 徐々に仕事に没頭し真剣になっていく朱理の横顔を、薄く目を開けた神野がひそかに見つめているなど気づくよしもなかった。
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