敏腕ドクターは孤独な事務員を溺愛で包み込む

華藤りえ

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5.姫君の暴挙に魔女は身を引くも

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 明けて翌週。

 今、神野は県外へ一週間の出張中である。
 だが、距離を埋めるように、なにくれとなくSNSメッセージや電話をくれる。

 朱理は勤務時間を過ぎてもまだ明るい裏庭を歩き、更衣室へ戻る。

 わずか数分の距離だが、あっという間に汗が浮く。

 冷房の効いた更衣室に入り着替えていると、以前、神野のことをうわさしていた事務員たちが、反対側のロッカーを開けながら声を高くする。

「えーっ、じゃあ、歩美も振られたの! 看護師二年生の子だけじゃなくて?」
「みんな神野先生に連敗じゃない」

 不意をついて出た恋人の名に、取り出した私服をハンガーごと落としかける。

 この塚森病院に神野が来て半年と少し。

 最初は遠巻きに探るだけだった女子たちも、一人目を切っ掛けに、まるで雪崩が起きたように告白しだしていた。

 週に一度の割合で、誰々が振られた、誰々が今度デートに誘うなど、更衣室特有の赤裸々さで語られ、朱理は気が気でない。

 しかも周囲には、二人が付き合っていることを、一切、公にしていないのだから気まずい。

「振られたって言うか、諦め感? その二年生ナースが告ったら、彼女が居るからって爽やか笑顔で撃沈されたらしいし?」
「ってーか、その彼女って本当に居るの? 女除けの冗談とかじゃなくて? どこの誰?」

 ドキリとした。女性事務員たちの語りは熱く、「私です」と手を上げれば、カルテ庫ごと焼き討ちに遭いそうだ。

 身を小さくしていたら、歩美と呼ばれるショートカット美女が大げさに息を吐いた。

「居るみたいよ。神野先生と同期っていう内科の先生から聞いたんだけど、秀穂会の循環器系病院の孫娘と婚約してたらしい」

(え……?)

 急に部屋の冷房が効きすぎているような気がした。

 熱気とは違う原因で出た汗が背筋を伝う。

 気持ちの悪い感触に嫌な予感も増す。

「ああっ! 聞いたことある! ……海外でデート中に、車で事故って利き手を怪我して、そのお嬢さまも巻き込まれて、それで、破談になったって」
「あれ本当だったの! オペは助手で入ったとこしか見ないって、手術部に居る看護師の友達から聞いて、不思議だったんだけど!」

 にわか騒ぎ出す女性職員たちの声は大きく、聞きたくなくても耳に入ってしまう。

(駄目だ、これ以上聞いちゃ行けない。神野に断りなく聞く話じゃない)

 そう思いながらも足がすくんで動かない。

「原因は相手側の過失。巻き込まれ事故だから、大学的にも医師会的にも免責で終わったみたいだけど、手の怪我が原因で執刀やめてるって。……で、麻酔科か病理転科を考えるために、二年縛りでうちに来たとか」

(そんなこと、知らない。……言ってなかった)

 つい数日前、神野の家で聞いた話を思い出す。

(彼は、心臓血管外科医師としてやりがいがあると言っていた。出張先で見学する手術用ロボットの勉強もちゃんとしていた。なのに……転科?)

 そんなことは言ってなかったという思いと、大きな人生の転換でもある話をしてもらえてなかったという思いが朱理を混乱させる。

 固まったまま動けずにいる間にも、女性職員たちの話はますます盛り上がっている。 
 深刻な内容なのに、他人のうわさと割り切っているのか。

 告白しようとしていた癖に、歩美はどこか得意げに神野の不幸を語る。

「だからさあ、彼女って、そのお嬢さまじゃない? 破談になったけど諦めきれないとか、そんな感じ? 病院の跡継ぎ娘なんて立場的にもおいしいし。未練あるでしょー」
「秀穂会で循環器系病院って……高宮一族の姫かあ。セレブ美女が相手なら、うちらじゃ勝てないわー」

 相手にしてもらえない理由を見つけ、それで自分の自尊心を満足させられたとばかりに女性達が笑い、あれは無理だわ、誰だって相手にならないわ。と続ける。
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