2 / 9
おじいちゃんと夏
しおりを挟む
八月。
夏休みの宿題は半分済ませた。ラジオ体操も毎日行ってる。お母さんのお手伝いもしてる。
いつもとは違う最近の僕に、お母さんは驚いてる。昨日、なにか悪いことをしたの?と心配そうにきかれた。僕は笑顔で首を横に振った。僕はいい子になるんだ。
「こんにちはー!」
いつもの隠し場所から鍵を取り出し、玄関のドアの施錠を開けた。そして中に向かって声をかけると、奥からおじいちゃんの声が返ってきた。
「和室にいるよー」
その声が元気そうなのが嬉しくって、思わず靴を脱ぎ捨てた。そのまま走って中に行こうとしたが、気付いて戻った。靴を揃えて、スリッパを履いて、静かに歩いてく。
「おじいちゃん、こんにちは」
仏壇のある和室に行くと、おじいちゃんは窓際で座布団に座って本を読んでいる。
僕の胸がギュッと熱くなった。
一昨日は具合が悪そうだったが、どうやら体調が戻ってきたみたいだ。
「おじいちゃん、元気そうだ!」
「こうちゃんが来るって聞いたからね、一気に良くなったよ」
僕はまず仏壇に座って、掛けてある数珠を手に取り、鈴を鳴らして手を合わせた。火を使うのは危ないから、線香は炊かない。
天国にいるおばあちゃんに挨拶をきちんとすませて、おじいちゃんの横に座った。
「こうちゃんはいい子だね。ちゃんとやり方を覚えてたんだ」
「うん!
あのね、僕、おばあちゃんにお願いしたんだ」
「何をだい?」
ちょっと迷った。
願い事は人に話していいものだろうか?話した瞬間、叶わなくならないだろうか?
でも、おじいちゃんになら話しても大丈夫かもしれない。だって、おばあちゃんはおじいちゃんが大好きなはずだもん。おばあちゃんも知って欲しいと思う。
「あのね、お手伝いも宿題も頑張っていい子になるから、おじいちゃんを長生きさせてってお願いしたの!」
僕がそう言うと、おじいちゃんはちょっと口を開いて小さく息を吸った。ゆっくりと微笑んだ。初めて見る表情だった。
「ありがとねぇ」
おじいちゃんは暖かい手で僕の頭を撫で、何度も頷いた。シワの刻まれた目元がキラキラと光っている。
「こうちゃん、これをあげる」
そう言って、おじいちゃんはズボンのポケットから何かを取り出した。おじいちゃんが大事にしている懐中時計だ。もう動かないけど、ずっと肌身離さず持っている。装飾がとても綺麗なので、僕もそれを見るのが好きだ。
「いいの?」
「ああ、こうちゃんに持ってて欲しいんだ」
おじいちゃんが差し出した懐中時計を、両手を出して受け取った。冷たくて重たい。
今までおじいちゃんの手にあるそれを眺めることはあっても、実際に手に取ったのは初めてだ。装飾のでこぼこした感触が、手のひらに気持ちのいい刺激を与える。自分が一気に大人になったような気になって、僕は嬉しくなった。
「ありがとう!」
お礼を言うと、おじいちゃんはニッコリと笑った。それを見て、僕はもっともっと嬉しくなった。
「そうだ、お母さんにも見せに行きな。お母さんもこれが好きで、子供の頃から欲しい欲しいって言ってたんだ」
「うん!自慢してくる!」
僕はボタン付きのポケットにしっかりと懐中時計を入れ、しっかりとボタンを留めたのを確認してから、玄関に走った。
行儀よくすることを忘れ、急いで靴を履いて玄関から飛び出す。扉も開けっ放しだ。
隣の町内にある僕の家。走ったら五分もせずに帰宅出来た。
「ただいまー!」
「康太、どこ行ってたの」
玄関を開けると、お母さんが靴を履いてる所だった。
「車に乗って。病院に行くよ」
何だか強ばった顔で言ってくるお母さん。僕がポケットから懐中時計を出して、「おじいちゃんがくれた」と言うと、困惑しているみたいだった。
「おじいちゃんの家に行ってたの?」
「うん」
「........」
信じられない、とでも言いたそうな顔に見えた。お母さん少し口を開いて、小さく息を吸った。目を閉じ、深呼吸をして
「おじいちゃんはね、一昨日の夜に倒れて病院に居るの。さっき病院に居た叔母ちゃん電話があって、亡くなったんだって」
「え........?」
お母さんが何を言っているのか、僕は分からなかった。ただ、促されるまま車に乗った。
ついさっきまでうるさい程に鳴いていた蝉の声が、急に止まった。僕自身何を見ているのか分からないけど、目は開いていた。瞬きもしていた。
手に持った懐中時計の感触を確かめながら、僕は車の助手席に座っている。
おわり
夏休みの宿題は半分済ませた。ラジオ体操も毎日行ってる。お母さんのお手伝いもしてる。
いつもとは違う最近の僕に、お母さんは驚いてる。昨日、なにか悪いことをしたの?と心配そうにきかれた。僕は笑顔で首を横に振った。僕はいい子になるんだ。
「こんにちはー!」
いつもの隠し場所から鍵を取り出し、玄関のドアの施錠を開けた。そして中に向かって声をかけると、奥からおじいちゃんの声が返ってきた。
「和室にいるよー」
その声が元気そうなのが嬉しくって、思わず靴を脱ぎ捨てた。そのまま走って中に行こうとしたが、気付いて戻った。靴を揃えて、スリッパを履いて、静かに歩いてく。
「おじいちゃん、こんにちは」
仏壇のある和室に行くと、おじいちゃんは窓際で座布団に座って本を読んでいる。
僕の胸がギュッと熱くなった。
一昨日は具合が悪そうだったが、どうやら体調が戻ってきたみたいだ。
「おじいちゃん、元気そうだ!」
「こうちゃんが来るって聞いたからね、一気に良くなったよ」
僕はまず仏壇に座って、掛けてある数珠を手に取り、鈴を鳴らして手を合わせた。火を使うのは危ないから、線香は炊かない。
天国にいるおばあちゃんに挨拶をきちんとすませて、おじいちゃんの横に座った。
「こうちゃんはいい子だね。ちゃんとやり方を覚えてたんだ」
「うん!
あのね、僕、おばあちゃんにお願いしたんだ」
「何をだい?」
ちょっと迷った。
願い事は人に話していいものだろうか?話した瞬間、叶わなくならないだろうか?
でも、おじいちゃんになら話しても大丈夫かもしれない。だって、おばあちゃんはおじいちゃんが大好きなはずだもん。おばあちゃんも知って欲しいと思う。
「あのね、お手伝いも宿題も頑張っていい子になるから、おじいちゃんを長生きさせてってお願いしたの!」
僕がそう言うと、おじいちゃんはちょっと口を開いて小さく息を吸った。ゆっくりと微笑んだ。初めて見る表情だった。
「ありがとねぇ」
おじいちゃんは暖かい手で僕の頭を撫で、何度も頷いた。シワの刻まれた目元がキラキラと光っている。
「こうちゃん、これをあげる」
そう言って、おじいちゃんはズボンのポケットから何かを取り出した。おじいちゃんが大事にしている懐中時計だ。もう動かないけど、ずっと肌身離さず持っている。装飾がとても綺麗なので、僕もそれを見るのが好きだ。
「いいの?」
「ああ、こうちゃんに持ってて欲しいんだ」
おじいちゃんが差し出した懐中時計を、両手を出して受け取った。冷たくて重たい。
今までおじいちゃんの手にあるそれを眺めることはあっても、実際に手に取ったのは初めてだ。装飾のでこぼこした感触が、手のひらに気持ちのいい刺激を与える。自分が一気に大人になったような気になって、僕は嬉しくなった。
「ありがとう!」
お礼を言うと、おじいちゃんはニッコリと笑った。それを見て、僕はもっともっと嬉しくなった。
「そうだ、お母さんにも見せに行きな。お母さんもこれが好きで、子供の頃から欲しい欲しいって言ってたんだ」
「うん!自慢してくる!」
僕はボタン付きのポケットにしっかりと懐中時計を入れ、しっかりとボタンを留めたのを確認してから、玄関に走った。
行儀よくすることを忘れ、急いで靴を履いて玄関から飛び出す。扉も開けっ放しだ。
隣の町内にある僕の家。走ったら五分もせずに帰宅出来た。
「ただいまー!」
「康太、どこ行ってたの」
玄関を開けると、お母さんが靴を履いてる所だった。
「車に乗って。病院に行くよ」
何だか強ばった顔で言ってくるお母さん。僕がポケットから懐中時計を出して、「おじいちゃんがくれた」と言うと、困惑しているみたいだった。
「おじいちゃんの家に行ってたの?」
「うん」
「........」
信じられない、とでも言いたそうな顔に見えた。お母さん少し口を開いて、小さく息を吸った。目を閉じ、深呼吸をして
「おじいちゃんはね、一昨日の夜に倒れて病院に居るの。さっき病院に居た叔母ちゃん電話があって、亡くなったんだって」
「え........?」
お母さんが何を言っているのか、僕は分からなかった。ただ、促されるまま車に乗った。
ついさっきまでうるさい程に鳴いていた蝉の声が、急に止まった。僕自身何を見ているのか分からないけど、目は開いていた。瞬きもしていた。
手に持った懐中時計の感触を確かめながら、僕は車の助手席に座っている。
おわり
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる