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伏織綾美

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なんか、妙な喋り方だな……。
 
 
「そ、そうでござんすよ」
 
『今は何年でありんす? わっちは、どれくらい眠っていたのでありんすか』
 
 
し、知らねぇよ………。 お前がミイラになった時期すら知るわけねぇよ。
 
 
「つーか、あの、大丈夫?」
 
 
少し離れた所に正座して、俺は兎の顔を覗き込むように背中を丸めて見た。 よぼよぼという効果音がしそうな弱々しさで、兎が顔を上げる。
 
 
先ほどは落ち窪んで頭蓋骨の形が伺えるほどだった目玉は元の位置に戻り、僅かながらも光が点っている。 シワシワの干し人参みたいだった耳も、全身の皮膚も、水分を得て、血液のピンク色が仄かに戻ってきている。 まだ少し茶色っぽくはあるが。
 
通常の兎との違いがあるならば、ハゲ散らかしてるのと耳が垂れているところくらいか。
 
 
「い、今は20××年です………」
 
 
とりあえず答えられる質問にだけ答える。
すると
 
 
『なんだとっっ!?』
 
「うわっ!!」
 
 
急に後ろ足で立ち上がった。 そしてまさかの二足歩行で俺の元へと駆け寄ってきたのだ。
 
 
『なんてことだ! わっちは一億と二千年以上前から眠っていたのでありんすか!? 恐ろしい! ああ、恐ろしい!』
 
 
今のところお前が一番恐ろしいわ。 俺の膝に前足を乗せ、悔しそうに項垂れる兎。 『うおおお!!』と雄叫びを上げる様子に、このノリに追い付けないでいる西王母達の冷めた視線が向けられる。
 
 
『マジで! もうね、眠ってんなーわっちってば今眠ってんなーって感覚はあったんです。 けども、喉が渇いて上手く身体が動かないし気づいたら箱に入ってたりしてさあ!
 ちょ、おまいらwwマジ助けろwwみたいな!? 意識だけはちょいちょいあったから断続的な記憶はあるけど、ぶっちゃけ皆してわっちのこと気持ち悪いだの何だのと!! 超ひどくね!? いや、まじひどくね!?』
 
「…………う、うん……そだね」
 
 
こんな、長年の苦労を一気に吐き出されて、俺は一体どうすりゃいいの。 適当に相槌打つしか出来ねえよ。
 
 
『でさぁ、でさぁ、百年くらい前から気付いたら幽体離脱~って出来ちゃってさぁ! だから世の中何があったのかは少しはわかってんの! でもわっち自身は閉じ込められてんの!
 もうやだ、鬱だ死のうってなるけど死ねねぇぇよ!! 動けねぇよ!!』
 
「はあ………」
 
『有難う!! 有難うほんと有難う!! さあ一思いに殺して! 火を付けてくれたら飛び込みますから今夜のディナーにして! 感謝の気持ちです!』
 
「いやいやいやいや………落ち着いて」
 
 
興奮状態の兎は、ビターン!と床に大の字に倒れ、意を決したように目を瞑る。 どうぞ腹をかっさばいてくれとでも言わんばかりだ。
そんな壮絶な感謝は要りません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
10分後。
 
 
「さて、落ち着いた?」
 
『はい……』
 
 
あれから兎は発狂したり号泣したり、頭を床に何度も打ちつけたりと、何とも言い難いくらいに荒れた。
 
いや、面倒なので止めはしませんでしたよ。 下手に手を出したら噛み付かれたりしそうだもの。
 
 
やっと平静を取り戻した兎は、神妙な表情で俺の正面で正座した。 切腹する直前の武士のような、緊迫感溢れる顔をしてらっしゃる。
 
 
『この度は、助けて下さいまして、本当に有難うござんす』
 
「は、はぁ……」
 
『わっちは因幡の白兎でありんす。 きちんとした固有名はござんせんが、今ではそういう名称で呼ばれておりんす』
 
 
あ、そっか、幽体離脱出来ちゃったんだっけ。 自分のこと調べたのね。
 
因幡の白兎とはさすがに聞き覚えがある。 つーか日本昔話。
 
西王母もそうだったらしく、フムと口元に手を当てた。
 
 
『ああ、あなたがあの白兎?
 小賢しい手を使ってワニを騙して橋にして、海を渡ろうとしたけど最後の最後にいい気になってワニを侮辱したら皮をひん剥かれた馬鹿な兎』
 
 
散々だな。
いや、言ってる内容は大体合ってるけど言葉を選んでやれよ。 また切腹するとか騒がれたらかなわない。
 
しかし、俺がよく知ってるのは皮をひん剥かれた後のことなんだが。
 
 
「確かそのあと、意地悪な神様に騙されて余計悪化して死んだんだっけ?」
 
『死んではおっせん。今、主さん(ぬしさん)の前に居るわっちが見えるでおざんしょう?』
 
「うろ覚えなんだもの」
 
 
そんな俺を見て、白兎が驚愕の表情。 ゆとり教育きたこれ!本を読まない子供ってなんて悲惨なの!―――と大袈裟に仰け反った。
 
 
しかし西王母や保食ら同じ妖怪一同もつれない。
 
 
『あたしはひん剥かれた経緯にしか興味が無かった。想像しただけで興奮する』
 
『オレらが知るわけないじゃん』
 
『だって猫だものー。つくよみ。』
 
 
いじめが怖いからか、約一名の加虐的な発言に『ひ、ひぇぇっ』とか何とか、白兎はビビって俺の膝に登ってきた。
 
 
『違うんでありんすー。わっち、あのあとその意地悪な神様の弟君(おとうとぎみ)に助けられて見事完治したのですが、砂浜に寝そべってたらいつの間にか寝てて……』
 
「寝てたらあんなポーズになるのかよ」
 
『知らねーよ! 途中で誰かがポーズ取らせたんだんしょ! そんなんわっちが一番聴きたいざます!』
 
「それはそうとその変な喋り方やめろよ!」
 
 
 
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