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不穏な足音
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彼がいなくなると、室内は嵐が去った後のように静まり返った。
さっきは並んで座っていたけれど、話をするために向かい合わせに腰を落ち着ける。なんだか気まずくて、彼の方を見られない。
「音羽と翔は、友人同士なんだな?」
そう尋ねる碧斗さんを、そっとうかがい見る。
翔君との関係だけは誤解されたくなくて、しっかりとうなずき返した。
昨夜の電話で話が途中になってしまい、今日あらためて連絡を取り合い、そのまま会うことになった経緯を説明する。
「いちいち会いに行かなくても、済ませられる話じゃないのか? なにも言わずに遅くまで家を空けられると心配だ」
話を最後まで聞いた碧斗さんが、少しだけ不満そうに言う。
「それは……ごめんなさい。翔君に相談があって」
言葉を濁して沈黙する。どうにも居心地が悪いが、これ以上なにを言えばいいのかわからなかった。
「今さらだが、音羽との結婚はかなり強引に進めた自覚はある。音羽が、本当にもう一度フランスに行きたいのなら……」
碧斗さんと姉との関係を疑って、日本に返ってこなければよかったと頭を過ったのは否定しない。
でもそれは、深い考えがあってのものではない。幼稚だったかもしれないが、周囲の身勝手さに対する当てつけのようなものだ。
碧斗さんには、フランスの生活にもう未練はないと繰り返し伝えてきた。
結婚までがあまりにも急ピッチで進められて戸惑いはあったが、すでに日本での仕事も受けており、関わった人たちとの関係を築きつつある。それを手放して、再びフランスへ渡ろうとは思えない。
「そんなに私が邪魔ですか?」
彼の方こそ、私にフランスへ帰ってほしいのではないかと考えて、言うつもりのなかった言葉が無意識のうちにこぼれ出た。
「は?」
彼にとって予想外の返しだったようで、一瞬呆けた顔をした碧斗さんは、次に表情をゆがめた。
後戻りはできそうになく、かまわず続ける。
「姉とよりを戻すのに、私の存在はネックになる。だから、フランスへ追いやりたいのかと」
どうしようもない悲しみに、声が震える。
みんな身勝手だと、腹立たしい気持ちがあるのは否定しない。
でもそれ以上に、彼の幸せを私が邪魔している事実が辛くてたまらなかった。
「なんでそうなるんだ」
「だって……」
ここで泣くわけにはいかず、こみ上げた激情をぐっとこらえる。
それからゆっくりと口を開いた。
「数日前に、碧斗さんは姉とふたりきりで会ってたじゃない」
感情が高ぶって、なじるような口調になってしまったのは許してほしい。
「どうしてそれを……」
疚しいところがあったのか、彼の視線が一瞬泳いだのを見逃さなかった。
さっきは並んで座っていたけれど、話をするために向かい合わせに腰を落ち着ける。なんだか気まずくて、彼の方を見られない。
「音羽と翔は、友人同士なんだな?」
そう尋ねる碧斗さんを、そっとうかがい見る。
翔君との関係だけは誤解されたくなくて、しっかりとうなずき返した。
昨夜の電話で話が途中になってしまい、今日あらためて連絡を取り合い、そのまま会うことになった経緯を説明する。
「いちいち会いに行かなくても、済ませられる話じゃないのか? なにも言わずに遅くまで家を空けられると心配だ」
話を最後まで聞いた碧斗さんが、少しだけ不満そうに言う。
「それは……ごめんなさい。翔君に相談があって」
言葉を濁して沈黙する。どうにも居心地が悪いが、これ以上なにを言えばいいのかわからなかった。
「今さらだが、音羽との結婚はかなり強引に進めた自覚はある。音羽が、本当にもう一度フランスに行きたいのなら……」
碧斗さんと姉との関係を疑って、日本に返ってこなければよかったと頭を過ったのは否定しない。
でもそれは、深い考えがあってのものではない。幼稚だったかもしれないが、周囲の身勝手さに対する当てつけのようなものだ。
碧斗さんには、フランスの生活にもう未練はないと繰り返し伝えてきた。
結婚までがあまりにも急ピッチで進められて戸惑いはあったが、すでに日本での仕事も受けており、関わった人たちとの関係を築きつつある。それを手放して、再びフランスへ渡ろうとは思えない。
「そんなに私が邪魔ですか?」
彼の方こそ、私にフランスへ帰ってほしいのではないかと考えて、言うつもりのなかった言葉が無意識のうちにこぼれ出た。
「は?」
彼にとって予想外の返しだったようで、一瞬呆けた顔をした碧斗さんは、次に表情をゆがめた。
後戻りはできそうになく、かまわず続ける。
「姉とよりを戻すのに、私の存在はネックになる。だから、フランスへ追いやりたいのかと」
どうしようもない悲しみに、声が震える。
みんな身勝手だと、腹立たしい気持ちがあるのは否定しない。
でもそれ以上に、彼の幸せを私が邪魔している事実が辛くてたまらなかった。
「なんでそうなるんだ」
「だって……」
ここで泣くわけにはいかず、こみ上げた激情をぐっとこらえる。
それからゆっくりと口を開いた。
「数日前に、碧斗さんは姉とふたりきりで会ってたじゃない」
感情が高ぶって、なじるような口調になってしまったのは許してほしい。
「どうしてそれを……」
疚しいところがあったのか、彼の視線が一瞬泳いだのを見逃さなかった。
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