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第8話 変装ベースヘルス
しおりを挟む「ムラムラする!」
ボクはカワイイ格好をするのが趣味のカワイイ男の娘だが、無論まごうことなき男なので、立派に女性への性欲があった。むしろ人一倍強いまであった。
しかも残念なことに、ボクはロリコンだった。
そして幸か不幸か、エルさんのスキンシップは過剰だった。
するとどうなることだろう。なんとボクの下半身は、「子供を作りたい!」というメッセージを頻繁に外部へアピールするようになったのだ。しかもそのセックスアピールはどれだけひとりエッチで発散しようが日に日に強まっていった。困った。
しかしエルを保護している時点でだいぶ犯罪なのに、そんなことをしてしまったらもう完全に犯罪である。
つまり今はきっとこんな身寄りのない(たぶん)エルフ(おそらく)の女の子(これはアレがついてなかったのでほぼほぼ確定)を公的機関に預けてしまったら、やばいなんかの実験体にされてしまったり非人間的扱いを受けるかもしれないから(映画の見すぎ)的な言い訳でボクが彼女を預かっているわけだけど、そのボクが非人間的扱い(性欲処理)を彼女にしてしまったら、もうなんの言い逃れもできない……ということ。
けれど、ボクの息子は「この子供と子供をつくりたい!!!」とさっきからもう自立して一人でに動き出しそうなくらいがちんごちんに血気盛んなので、そろそろ自首も視野に入れるべきかもしれない。
ボクは真夜中にエルの抱き枕にされながら、そんなことを考えて悶々としていた。
「すぅ……。しゅん、かぁー……(zzz)」
ボクの服をずずっと引っ張りながら、そんなくるおしい寝言を言うエル。
ボクはその愛らしい言葉を囁いたプルプルの唇へ、吸い込まれるように――。
「はっ!? ボクはなにを……!?」
まずい。
いま、完全にキスしようとしてた。
相手が寝ているのをいいことに、唇を奪おうとしていた。幼女の口内を思い切り蹂躙しようとしていた。
――最低だ。死にたい。やっぱりボクは生きる価値なんてない人間なんだ……。
取り敢えずいつもの様に無限に自己批判をしながら、このままだとまた同じことをしそうなので、布団から出た。
ぬぼぉ。
「はあ……欝だ……死にたい……」
どうしてボクはロリコンなんだろう。というか、どうしてボクは男なんだろう。女に生まれたかった。女に生まれてれば、こんな思いしないですんだのに。
そんな思いが巡り巡って、病んでる時に必ずしてしまう化粧をした。
もう寝る前だからさっき落としたばっかだってのに。完全に病気入ってるよ、これ……。
「はあ……」
また、ため息をつく。
――どうしてこんなことしてるんだろう。
鏡に映るカワイイ自分を見て、そう思う。
元々女々しい顔立ちと低い身長でいじめられて、そういう自分が嫌いだったはずなのに、いつだったか、女装に嵌ってしまった。
でも、カワイイ自分を見ていると、少しだけ気分が落ち着くんだから仕方ない。やめられなかった。そしてそんなボクを肯定してくれたのがひなりちゃんで……。
「電話、しようかな……」
ママが死んで、人生で一番病んでる時に出会ったのがひなりちゃんだった。
だから、彼女はボクがかなりメンヘラ気質なのを知っていて、その上でボクを好きだよと言ってくれている。本当に女神みたいな人だ。
そして彼女は、「そういう時は絶対に私に連絡して。黙って死んだりしないで」と、言ってくれた。
どうせボクに死ぬ勇気なんてないのに。なのに、真剣に。
あんな顔と声で詰め寄られたら、死のうなんて思えなくなる。思ってるけど。
「でも、さすがにこの時間に電話していいのかな」
ボクは迷う。けっこう今更だが、もう日付変わってんのに電話するとか真正のメンヘラ感あってさすがに憚られる。
とはいえ、今のボクの病み度はまあまあキテるので。
――プルプルプル。
電話した。
ぶっちゃけ繋がんないんじゃないかな、みたいなとこもあったのでヤケクソだった。
が。
「うっひゃ! ゆんからの深夜電凸キターーーーーー!!!」
「うへえ……」
通話がつながるなり、完全に深夜テンション(いや、ひなりちゃんはいつもこんな感じかも)の返答が帰ってきて思わずたじろいでしまった。
「――どしたのゆん? 元気ないね?」
するとそれだけでボクが病み気味であることを察したらしいひなりちゃんが、トーンを急激に下げて優しく質問してくれた。
「なんかひなりちゃんの声、ききたくなっちゃって」
「あははー、ゆんもとうとう私の豚さんに仲間入りかな~? てかー、私の声が聞きたいならー今ちょうど東京MXでやっている深夜アニメをちぇけら~――と、言いたいところだけど……、そういうことじゃ、ないわけか」
そういえばひなりちゃんは人気声優だった。アイドル的お仕事ばかりで役者の仕事がないとか嘆いてたくせに、一応アニメに出れてはいるらしい。
「あ、だから起きてたんだ。ごめんね、こんな時間に」
「おkおk。むしろサブだから全然出てこなくてもりもり泣いてたし、ゆんとの深夜通話のが大事」
「ひなりちゃんはやさしいなあ……」
ひなりちゃん、病みに染み入る、陽の者。――俊嘉、心の一句。
「私を好きでいてくれる人には優しくするよ? 当然でしょ?」
ボクが無条件にエルを溺愛しているのと同じような原理ってことだろうか。ただ、その対象がとても多いというだけで。ボクの憧れの女の子は、やっぱりすごい。
「ふふ、そうやってファンを増やしてるんだね」
「普段はねー。でも、ゆんとはビジネスじゃないから」
「うれしい。」
心から。
やっぱりひなりちゃんの声を聞いていると、心が安らぐ。
そう思っていると、彼女のやわらかで特徴的な声が続いた。
「私も。……で、なんか悩み? またさびしくなってきた?」
「あー、そうじゃないんだけど……」
やばい。いくらひなりちゃんとボクの仲とはいえ、「幼女との子作りセックスがしたくてどうしようもないんだけど、どうしよう?」とは言えない。
それに、そもそもエルを保護していることも言わない方がいいだろうし。
……ん? となると、なんも言えないな。
え? あれれ? じゃあなんでボク電話したんだろう。バカなの? これだから後先考えないメンヘラはクソなんだ。死んだら? 非生産的引きこもり!
ひなりちゃん効果で癒えかけてきてた諸々が再び腐り落ち始めて、病みスパイラルが再燃。
でも、
「んー? どゆことー?」
またまた病みだしたボクを、ひなりちゃんの声が引きずり出してくれる。
だから。
――もういいか、直球で行こう。ひなりちゃんなら受け入れてくれるでしょう。
ボクは腹をくくった。
「なんかさ、最近ムラムラしすぎて困ってるんだよね」
「へ……?」
これまで聞いたことないくらい間抜けな声が返ってきた。
「あ、ごめん。なんでもない。やっぱいまのなしで」
「うー、それはなに? 新手のプロポーズかなにか?」
気を取り直したらしきひなりちゃんが相談内容に反し紳士的な声で尋ねてくる。
でも、それが余計にボクの羞恥心を煽った。
「え、だから、その、なんでもないです。わすれてください」
しかし、ひなりちゃんはむしろ追求の手を強める。
「や、無理だが? そんなこと言っておいて忘れろとか、オメーはクソリプかましてもツイ消しすれば万事許されるとか思ってるうんこおぶネットリテラシークソオタクか?」
「……ごめんなさい」
ボクがしおれていると、ひなりちゃんの声がまた優しくなった。
「あ、いや、怒ってるわけじゃないんだよ? わざわざ私に電話してまでそれを言うってことは、マジで困ってるわけでしょ? だからさ、話してよ」
「でも、話すといっても、そのまんまの意味で……。よくよく考えたらセクハラだったし……」
「いんじゃね? 私ゆんとなら全然下トークしたいし」
!!!
「え! じゃあ今日のパンツの色は?」
考えるより先に口が動いていた。クズなので。
「……おい。ゆんて意外とかなりムッツリだよね。かわいいから許すけど」
「おしえてくれないのか……」
しょんぼり。
「ガチ凹みやめろ。大体口で言って嘘かもしんないのにそれでいいんか?」
「ウソでも興奮はするかなー」
「ゆんくんさぁ……、」
呆れ声を上げるひなりちゃんに、ボクは叫んだ。
「だっていいって言ったじゃん!」
「子供か! じゃあ特別だかんな? ネットに書き込むなよ?」
「いや、書き込んでもだれも信じないでしょ……」
「急に冷静になるのやめろ」
すみません、気分の浮き沈みが激しい性分なもので……。
「で? どうなのさ、色は?」
「はー、そんなに気になるぅ?」
「なる!」
ひなりちゃんの問いかけに、ボクが小学生男子の如く元気よくお返事をすると、彼女はしぶしぶといった感じで。
「じゃあ言うけど……、無色」
「? むしょく?」
ん? んん?
頭を悩ませるボクに、ひなりちゃんは続ける。
「つまり、穿いてない」
「……っ!?」
声が出なかった。
はいてない? はいてないということは、つまりはいてないということなのか?????
混乱。
「え、の、ノーリアクション? 三話でメインキャラが死ぬ並の衝撃だったと思うんだけど、反応―ゼロ? 自分、涙いいすか?」
無言のボクに対し、戸惑ったような、少しがっかりしたような様子のひなりちゃん。
そんな彼女に、ボクはなんとか感謝の意を伝えようと奮起する。
「ひなりちゃん……、え、えっちすぎる……。えっちすぎてなんもいえなくなってた……」
「いーや草。そういうことかよ。急に語彙力をなくすな」
「ていうかムラムラして困ってるって言ってるのになんでそんな刺激的な情報をくれちゃうのさひなりちゃん! まっずいよ、まずすぎるよ。ボクはもうどうにかなりそうだよ」
ようやく与えられた情報を正確に処理し始めた脳内がボクを興奮させる。
そんな臨界状態のボクへ投下される更なる熱源。
「私の裸族属性がそんな悲劇を呼び起こす日が来るなんて……。裸族、いい伏線だった……」
「裸族!? え、ノーパンなだけじゃなくて全裸なの!? は!? ええ!!?」
「じゃんじゃじゃーん! 今明かされる衝撃の真実~!」
「こんなのもうテレフォンセックスだよ~」
なんかもう色々ヤバい。
「いや、その理屈はおかしい」
「そうだよ、ボクは異常者なんだ……」
我ながら精神が不安定すぎる。
「あー、急に病まないでー、ゆん~。私がいるよー」
「いるから困ってるんじゃん!(メンヘラ特有の逆ギレ)」
「ええー? そんなに溜まってるの? 思ったよりガチなやつかこれ。どーしよ。どどどどーしようもナイト。なんて言ってる場合じゃなくて……あ! じゃあ、あれだ、あれがあるわ」
妙案でもあるのか、なんか画面の向こうからパンと手を叩く音が聞こえてきた。
「……?」
「実はさー、ちょっと言いづらいんだけど、私には実は生き別れの双子の姉がいて……」
「え、なぜその情報を今?」
初耳!
「いいから聞け。……でさー、そのお姉ちゃんも実は声優なのね」
「え、そうなんだ! すごいじゃん! でも、なんで今? てか、そこまでわかってるなら全然生き別れじゃないじゃん」
「細かいことを気にする男はモテないぞ?」
「は、はい……」
さっきまでの甘い声が嘘みたいに冷酷で恐ろしい声をかけられ(さすが声優)、ボクは黙るほかなかった。
「で、そのお姉ちゃんの名前が成宮ひまっていうだけど」
「双子なのに苗字が違う……」
ひなりちゃんの苗字は宮間なのに。異母兄弟? でも双子って言ってるし……。じゃあ離婚? それとも、姉が既婚?
ボクが憧れの人の複雑な家庭環境を想起して軽く欝入りそうになっていると……、
「君のような感のいいガキは嫌いだよ……」
ボソッとひなりちゃんがそんなようなよくわからないことを言ったような気がしたけど、次のボクの言葉にかき消された。
「――って、芸名か!」
「……まあ、大体あってる」
だいたい?
まあいいや。
「でも、そのお姉ちゃんがどうかしたの?」
「あ、肝心なこと言ってなかった。まあつまりそのお姉ちゃんが声当てているゲームが今のゆんには必要なんじゃまいかと思ってだな」
「なんで?」
「や、察してホしい」
「んー?」
「いーやそこではそのムッツリ力を発揮できんのかい! オマエは鈍感系ラノベ主人公か!」
「むっつりりょく……? あ、もしかしてそのゲームがえっちなゲームとか?」
「正解(エサクタ)! そう、エロゲ!」
ひなりちゃんは一切の恥じらいもなく、嬉々としてそう言った。
「はあ。でも、そういうのってオタクの人がやるんじゃないの?」
アニメとかラノベとか漫画はバイト柄そこそこ嗜むようにはなったけど、ゲームはあんまりしないからよくわからないんだよね。
「偏見やめろ。……まあ、たぶんそうだけど。でも、ゆんも一般ピープルよりはこっち側だから大丈夫」
「それにそれってたぶん、ひなりちゃんのお姉ちゃんがえっちな役を演じてるってことでしょ? そういうのを知り合いに勧めるのってどうなの?」
なんか気まずいんだけど。自分の家族が出演してるAVみたいなことだもんね?
けれど、ひなりちゃんはあっけらかんと。
「それも立派な声優のお仕事だから。実際にヤってるわけじゃないし。むしろ本当にヤってないのに声だけで受け手を興奮させられる分、実際にヤるよりすごいまである」
「へー、そういうものなのかぁ?」
よくわかんない。
するとそんなボクに、ひなりちゃんは活を入れるかのように声を荒げた。
「そうだよ! だからオメーも私がメインで出てるゆじゅソフトの【リトルショッカー】をプレイして気持ちよくなるんだよ!」
「わたしが……?」
え……? お姉ちゃんではなく……?
「あっ……」
「えっ?」
まるで「やっちまった……!」とでもいうかのように黙り込んでしまったスマホのスピーカーに、ボクは不穏な気配を感じ取る。
しかしその一瞬の静寂は、彼女のややわざとらしい咳払いによって破られた。
「……んんん! まあとにかく、溜まっているものがあるなら、私の生き別れの双子の姉が出演しているエロゲで致してください。以上!」
有無を言わさぬ調子。そんなひなりちゃんの口調に、なにか大切なことが有耶無耶にされようとしている気がするけれど、それはそれとして、ボクには別の問題が気にかかっていた。
「でもボク、ゲーム機とか持ってないけど」
だからボクは、えっちゲームができない。
なのに、なぜか彼女はゲラゲラと。
「いやいやいやいや、移植版でもあるまいし、エロゲがゲーム機で出来ますかってぇ~ww ゆんは今日も面白いねえ~www」
なにがおかしいのかよくわからないけれど……。
「じゃあ、何ですればいいの? スマホ?」
「いやいや、PCだろ常考」
「パソコン? ボクパソコンなんて持ってないけど……」
「はあああああああああああああああああああああああああ?!?? うっそだろオマエ!?」
突然の大声に、ボクはスマホを耳から遠ざけた。
「――うわっ、うるさいなあ……。そんなに驚くこと?」
「だってそれ普段どうやって暮らしてんのソレ?」
「……半引きこもり状態のボクにそれ聞く?」
「逆に毎日のほとんどを家の中で過ごしてるくせにパソコンなしで大丈夫とか、ゆん、それでも人間かよ!?」
ボクのブラックジョークをものともせず、それどころか人間失格宣言をしてくれちゃったひなりちゃん(憧れの人)に、ボクのメンタルはまあまあブレイクされた。
「うわー、いまの発言めっちゃ心に来ちゃったー。病みそー。てかもうかなり病んだー」
「あっごめん。ほんとごめん。……お詫びと言ってはなんだけど、今度ノーパソとおすすめエロゲたくさんもってお店行くね?」
さっきまでのオタ気質な声はどこへやら。ひなりちゃんは急に耳障りのいい吐息混じりの声で、ボクに甘く囁いた。
そしてそれによってだいぶ精神が安定してきたボクは、他人のことにまで気が回り出す。
「あ、うん。ありがとう。でも異性にそんな軽率に貢いだりしないほうがいいと思うよ」
「ゆんはもう未来の夫だからいいの! 共有財産なの! それにかわいいし!」
「そっかあ。ボクは幸せものだなあ……」
ひなりちゃんの愛が盲目過ぎて重い。
でも、なんか彼女に貢いでるオタクのお金がそれになってると思うと、なんだか複雑な気分。具体的に言うと、軽く病む。
って、まーたボクが病んでしまうのか。コイツいっつも病んでんな。
「はあ……」
思わずため息をついてしまう。
すると、
「そっかー、でもゆんってば今シコリたいんだもんねぇ」
「まあ、ね」
いや、直球過ぎる……。声のお仕事してるんならもっと言葉を選んで欲しい。
「そうなると、今度わたすんじゃ遅いもんなー」
「うん。しょーじき限界」
「じゃあ、今から私、ゆんのおうち行こっか?」
「いや、それは色々マズイでしょ。こんな時間だし」
そもそもムラムラしてる一人暮らし(なおエル)の成人男性の元に女の子が一人で向かうのは問題じゃないですかね。それがアイドル声優ともなれば、たぶん。なおさら。
「なるほど。ゆんは婚前交渉に否定的なタイプかー。……ふぅん、じゃあもうAVでもエロ漫画でもなんでも、見て致せばいいんじゃないかな!」
「やー、その辺で処理してもー、なんか効き目が薄いから困ってるんだよねー」
「ほーん。ならもういっそ風俗とかいったらいんじゃね? 知らんけど」
――それだ!!!
「その手があったか!」
なんでそれを思いつかなかったのだろう。
「え!? 冗談なんだが……」
「ありがとう、ひなりちゃん。さっそく調べてみるよ」
「えっえっえっ、ちょ、おまっ、ゆん! 私という女がありながら……!」
「じゃ、またねひなりちゃん。今日はありがとー」
「そんな、まって、あああああああああああああ――」
――ブチッ。
なぜかひなりちゃんがよくわからない大声を出していたが、そういうのは割といつものことなので、ボクは気にせず通話を切った。
そして善は急げ。
ボクはすぐさま風俗についての情報収集を始める。
出来ればもう本当に理性崩壊まで秒読みって感じだし、今夜中に利用したい。
しかしボクはその手のお店を一度も利用したことがないようなずぶの素人だったので知らなかったのだが、本番行為のできるお店は基本的に夜の十二時までしかやっていないらしい。
でもその代わり、デリヘルという、女の子をホテルや自宅に呼んで挿入なしで抜いてもらうだけのお店なら、まだこの時間帯でも営業しているっぽいことがわかった。
てなわけで。
「も、もしもし……」
ボクは初めてエロ本を買いに行く男子中学生みたいな気分で、電話をかける。
ちなみに、自分はロリコンだから素人系がいいかなと思ったけど逆にそれを克服するために大人の魅力を知れるような熟女系がいいのかなとか色々悩んだ結果――。
「はい。お電話ありがとうございます。【デリヘル呼んだらロリが来た】です」
そう、ボクはこの店名からも明らかなように、結局若さが売りの店を選んだ。どうあがいたって十八歳未満の少女がいないことはわかっていたが、それでも初めての風俗は自分より若い子がよかった。そうさ、結局ボクは卑しいロリコンなんだ。しにたい……。
ボクは自己嫌悪と緊張で胃をきりきりさせながら、電話を続ける。
「あっ、はい。そうです、そんな感じで。とにかく身長と年齢低めでやせ型の子をお願いします。あっいえ、おっぱいとか、そういうのどうでもいいんで。や、むしろ小さいほうがいいみたいな、はは……。はっ、はい、そうです。はい、あっ、はい。ありがとうございます……」
そんな感じで、しどろもどろながら気持ち悪過ぎる要望を通し、予約は終わり――。
フリーの子を三十分後くらいに自宅に派遣してもらうこととなった。
ただでさえこの時間から家を出てホテル街に行くなんて嫌だったし、なんか普段行かない土地に使命を帯びて(風俗処女卒業)出向くとなるといつもの逃避癖が働いて自室に閉じこもりそうだったので、デリヘル嬢さんには自宅に来てもらうことにした。
普段から他にやることもないというのとママが残してくれた大事なものだからという理由で掃除は頻繁にしているし、その手の方をお呼びしても問題はないという判断。
それに、ちっこい同居人は寝てるし。
たぶんノー問題。
ボクは客間に布団を敷き、アロマを焚いてその時を待った。
――ピンポーン。
時は来た。
ボクはさっきから「なんでこんな大それたことをしてしまったのだろう。死んでしまいたい。というかあんな軽率にイカれた提案をしてきたひなりちゃんまじ呪う」みたいな怨念を延々胸に抱いてうずくまりながら、あの後ひなりちゃんから届いていたいくつかのメッセを無視していたのだけど、その音を聞いた瞬間ガバっと立ち上がった。
いっそこれがデリヘル嬢を装った殺人鬼だったらいいのに、とか支離滅裂な妄想を頭に浮かべながらインターホンの画面を眺める。
ボクは怖くて、そのマスクをした黒髪女性の顔もあんまり見れずに玄関へ向かった。
ガチャ。
扉を開く。
するとその女の人はマスクを外し、無表情で、「……表札、見当たらなかったけど……宮間?」と尋ねてきた。
ボクはその瞬間、めまいを起こし、その場で倒れそうになった。
別にその宮間という名字に驚いたわけではない。なんだか本名を使うのに抵抗があったので勝手にひなりちゃんの名字を借りただけだから、彼女がそれを口にしたのはむしろ自然なことであり、なにも驚愕に値しない。
なら、なにに驚いたというのか。
それはもちろん、言うまでもなく、彼女の顔にだった。
別に、どうしようもなく醜い顔をしていたとか、地雷だったとかではなくて。むしろ。
その女の人は、綺麗な顔をしていた。雪のように白い肌と、冷たい目。喜怒哀楽を感じられない、無愛想で排他的な孤高の顔付き。腰まで伸びた何者にも媚びていないストレートの黒髪は、アーティスティックな個性を彷彿とさせる。
はっきり言って、あまりこういう商売をしている様な人には見えなかった。
男に甘えたり、奉仕したりする様なタイプとは到底思えなかったからだ。
それどころか彼女はむしろその真逆で、生涯を一人で生きていく様な、強く、だからこそどこか儚げな、そんな尖った女性だという感を受けた。百歩譲って、女王様系のお店にいるのならギリギリ納得出来るような。
けれど、ボクが驚いたのは別にそういうことが理由ではなくて。
パッと見怖そうだからチェンジとか、そういうことではなくて。
その上彼女は身長もちゃんと低めで150くらいだったし年齢もかなり若そうな感じだったので、ロリを頼んだはずが熟女が来てしまったからというわけでもなくて。
それは単に、彼女が――。
「……は、はい。ボクが宮間です」
「じゃ、店に電話するから。はいるね」
完全にボクの知り合いとしか思えない身体的特徴を持った女の子だったから――。
「……カナ。よろしく」
タイマーをセットするなり、そう言ってニコリともせずにボクの顔を一瞥したデリヘル嬢は、どう見てもボクの記憶の中にあるとある女の子と同じ顔をしていた。
それは、つまり。
ボクの初恋の相手で、中学高校大学と一緒だった――そして、高校大学と、バンドを組んでいた――かつての同級生と。
でも、ボクが知る限り、その子の名前はカナではなくて――杏。黒坂杏(くろさかあんず)だった。
まあ、風俗で本名を使う人なんていないだろうから、当然か。
それに、このカナという源氏名(?)には、ちょっと心当たりがあり過ぎる。ボクと彼女の共通の知人(というか同じバンドの二代目ドラム)だった子の名前だし……。
ボクもひなりちゃんの名字を拝借して予約入れてるから人のことは言えないとはいえ、こういう仕事の源氏名を知り合いの名前にするのはどうなのかな……? たしかに、カナちゃんはビッチだったけど……。
それにしても、杏ちゃんがこういう仕事をしていたなんて……。うえっ……(吐き気)。
ボクはちょっとあまりの事態に現実を受け入れられず、なんだかふわふわしてきた。
「……。」
彼女の方は、ボクに気付いていないのだろうか。ボクが、女装をしているから……?
長い付き合いだったけど家に行き来するような仲ではなかったので、実家の場所でボクだとバレることはないと思うけど……。
「よ、よろしくお願いします……」
ボクは動揺を隠すことも出来ず、上ずった声を出す。ちなみにもう、お金は払ってしまった。
「オフロ、どこ?」
どうやら彼女は基本的に業務的なことしか言わないスタイルらしい。
それは、完全にそのカッターを思わせる近寄り難い雰囲気の美貌から受ける印象そのまんま。
そして更に言えば、それは昔から接客のバイトをしようとするとすぐにクビになってしまうかつての杏ちゃんの姿そのままだった。ファミレスでバイトをすると、顔がいいのに即厨房に回されてしまうくらい、彼女は愛想が悪い……というか、コミュ力とかその他諸々の能力に難がある女の子だった。そして厨房に回されたところで、料理も皿洗いも、普通の人が出来るなにもかもが出来ないので、結局クビになる。
だからこそ、彼女はここに落ち着いたのだろうか。
確かに、見た目だけなら、文句なしに一級品だ。
けれど、対人能力の極端に低い彼女が、こういう仕事をこなしていけるとは到底思えない。
そんなようなことを考えて、懐かしい過去の記憶と、忌まわしい現状で、ダウナーになる。さっきからずっと吐き気もひどい。
けれど、それを悟られてボクが有家俊嘉だと彼女に気取られるのだけは避けたかった。
「あ、えと、こっち、です……」
「……。」
ボクはどうしようどうしよううぷっと思いながら、つまらなそうな顔でボクの案内に黙って従う杏ちゃ――いや、カナさん(?)をちらちら見つめていた。
「……初めて?」
急に声をかけられて、ドキっとする。
「え……、な、なにが……?」
「……こういうの」
「あ、はい。」
「そうなんだ」
「は、はい」
「「…………。」」
典型的なコミュ障同士の会話と沈黙。
ボクはどうして初恋の相手であり元バンドメンバーの女の子(ベース担当)に女装状態で初風俗報告をしているんだ。気が狂いそうだよ。
なんて思っているうちに、脱衣所。
「……。(するする)」
「えっ」
入るなり、服をなんの躊躇いもなく脱ぎだした杏ちゃんに、思わず素っ頓狂な声を上げる。
「なに?」
彼女は両手を上に上げてトップスをワイルドに脱ぎ脱ぎしながら、ボクに背を向けたまま問いかける。あまりにも唐突に視界に映った初恋の人のブラホックに、変な声が出そうだった。
「や、その、いきなり脱いでるから……」
「は?」
あっという間に下着姿になった杏ちゃんが、振り返って無表情で首を傾げた。
ボクはそれを直視できず、目を逸らしながら。
「あ、えと、ごめんなさい。なんでもないです」
確かに、そういうことをしてもらうために呼んだのだから、服を脱ぐのはなにもおかしくないわけで、むしろそれに対してキョドっているボクこそが変なのだろう。
と――。
「……じゃ、ちょっと待ってて」
「え?」
戸惑うボクをよそに、早くも全裸になった彼女はお風呂場へと入ってバシャンと扉を締めた。
ボクはその一瞬だけ見えたシミもデキモノも何一つないどこまでも綺麗な純白のお尻に、自分のモノがバキバキになっていくのを感じてしまい、罪悪感を覚える。
もう泣きそうだった。
どうして幼女に手を出さないためにデリヘル嬢さんに抜いてもらうつもりが、元同級生に抜いてもらうハメになってしまったんだ。それじゃあ罪状が性的虐待から何か別の倫理的逸脱に取って代わるだけで、根本的には変わっていないんじゃあるまいか。
初恋の相手にしてもらえるなんて夢のよう。確かにそうも思うけれど、お金より大事なものがたくさんあった時代の感情を、金銭的に処理してもらうのは何かが違う。収まりが悪いってレベルじゃない。
だいたい、彼女とボクの間にはそれだけでは説明できない因縁があって、とてもこんなことをしてもらえるような関係じゃない。
でも。なのに。そうまで思っておきながら、なお。きっと、彼女のことを買った無数の男たちの誰よりも、今のボクは興奮している自信があった。
死にたくなる。また、死にたくなる。どうしてこんなに辛いことばかりなのか。
生きる意味についてまた、考えてしまう。
浅ましくて、浅ましくて。また、女に生まれたかったなんて逃避が始まる。
お風呂場の曇りガラスの扉の向こうから、生々しいシャワーの音が聞こえる。
ぼんやりとした彼女のシルエットさえ、見えてしまう。
青春時代を通してずうっと好きだった。淡い恋心。甘酸っぱい思い出の女の子。ボクの歌声を、好きだって言ってくれた、ヒト――。
そんな彼女が、一枚の板を挟んだすぐそこで、なんの恥じらいもなく、業務的にシャワーを浴びている。
何度も夢に見た裸姿だって、もうずいぶんあっさりと見れてしまった。
思い続けた時は一度だって味わったことのないそんな体験が、絶交した後でなんの前触れもなくやって来るなんて、誰が想像できただろう。
どんなに好意を伝えようと努力しても無駄だった相手が、ただの偶然と数万数千円だけで、恋人の様なことをしてくれるなんて。
絶望する。いっそチェンジと言ってしまえばよかった。
だけど、やっぱり、もう二度と会うことがないと思っていた彼女に会えて、ボクは。どうしようもなく、高揚しているのだ。
もう、救いようがない。
そんなことを考えている内に、彼女はシャワールームから出てきた。
湿った女の肢体。少しだけ上気した肌から、つうっと雫が垂れていく。殆ど終始平坦な彼女の身体には、それを邪魔する膨らみがうっすらとしか存在していない。
思えば、彼女の体型は期せずしてボクがお店に指定した通り、痩せ型で、胸は小さく、低身長。中学生の頃からあまり変わらない、あの華奢な体型だった。
でも、その一糸まとわぬ姿を見るのは、初めてで。まじまじと、ボクはその白く透き通った肌を見る。一生焼きついて離れなくなるくらい。ドクンドクンとおかしなくらいに脈打つ血液にさえ覚え込ませるように。
「……脱いだら?」
「え?」
「……時間、終わっちゃうよ。あたしはそれでいいけど。……クレームとか、困る」
視姦されるのを嫌ったのか、杏ちゃんは身体をタオルで拭きながら、そう言った。
「あはは……そうだよね~……」
ボクは笑いながら、まだ着たままだった衣服に手をかけた。確かに、もうとっくにタイマーは起動しているわけで、今こうしている時間も、プレイ時間の一環なのだ。
けれど、どうにもボクの脱衣のペースは遅くなってしまう。
なにせ、
「…………(じっ)」
こんな感じで、ずっと無表情の杏ちゃんがボクの方を見ているのだ。脱ぎづらいったらない。なんというか、彼女のその立ち姿は、どことなく座敷わらしのようですらある。身につけているのは着物でなくタオルだし、威圧感は完全にわらしではなく大人の女だが。
まあでも、ここでちんたらしていたら、ボクが有家俊嘉だと彼女にバレてしまう可能性もあるわけで、なんなら今もそれに薄々感づいてそんなことをしているのかもしれないわけで。
しゅぱっ。
ボクは思い切って全裸になった。
「わっ」
ビッーンと勢いよくパンツから飛び出したモノを見て、普段は感情の起伏に乏しいはずの杏ちゃんが、ぼそっと小さく声を漏らした。
さらには、その後もなんだかその部分を目を見開いて凝視している。
死ぬ程恥ずかしい。でも、その羞恥心でボクはますます興奮しているらしく、なんの刺激も受けていないはずなのになぜかすごく気持ちが良かった。
我ながら本当にどうしようもない人間過ぎて、よがりながら吐き気を覚える。
だからこそ、早くシャワーの方へと逃げたかった。
なのに、当の杏ちゃんがボクより風呂場側に立っているので、通り抜けが出来ない。だってボクの家は豪邸ではないから、脱衣所だって普通に一人用。身体を触れ合わせるのなら話は別だけど、普通に二人がすれ違えるほどの横スペースの広さはない。なので故意ではないにしても、杏ちゃんがボクを通せんぼする形になっていた。
「あ、あのー、どいて欲しいんだけど……」
「……。」
「えと、」
なぜか黙ったままボクの元気もりもり森鴎外状態の大事な部分に見入っている杏ちゃんに困ってしまう。むしろもうお金を払っているんだし、このまま擦りつけてもいいのだろうかとか、そんなことを考えてしまうくらいには困ってしまう。
すると、彼女は不意にボクの顔に視線を戻して。
「……ほんとに男だった」
と、神妙な顔でそう言った。
「ふぇ?」
脈絡のない発言に、呆気にとられる。
そんな、色んな意味で硬直状態のボクへ、杏ちゃんはこの年になっても未だに治ってないらしき、自分の中だけで完結している自己完結式会話を続ける。
「あんた、かわいいから」
――それはつまり、さっきまでボクのことを女かもしれないと思っていたということ……?
「っ!」
思わず、出してしまったかと思った。
それくらい、ただ、彼女がそう言っただけで、下半身の一点が痙攣したみたいに躍動し、脳へ莫大な電気信号を送った。
「……はねた。感じるの?」
相変わらずの色のない声が、ボクの心臓を叩く。
――どくん。
どくんどくんどくんどくんどくん。
動悸がする。尋常じゃない。なんだか自分を保っていられているのかさえよくわからない。
まずい。なんだかもう、このままこうしていたら、すぐにでも取り返しのつかないことをしてしまいそうな予感がした。
「しゃ、シャワー……。浴びる、からっ……!」
ボクは彼女に思い切り体当たりするのも厭わずに、無理矢理に押しのけて風呂場に入り、扉を締めた。
「はあっ……! はあっ……!」
自分の家の見慣れたお風呂場なはずなのに、なんだか別世界に迷い込んだ様な気すらしてしまう。
胃のむかつきと、刹那的な欲求と罪悪感と背徳的快感、そしてそれ以外のよくわからない感覚と感情と劣情と情念と純情。ごちゃ混ぜになって、ボクはわけがわからない。
自宅でシャワーを浴びながら、こんな気持ちになるなんて。
もう体の洗い方すらおぼつかない。
なのに、敏感な部分だけはきちんと念入りに洗っているのだから笑ってしまう。
さすがに髪と顔は洗っていないけれど、湯気でメイクが落ちていないかが気になった。
シャワーがタイルを叩く音が、なんだかやたらと大きく聞こえた。
結論から言って、ボクは時間内に三回射精した。
手と口と、手(自分の)で。
というのも、シゴいてもらう前のやり取りでおおかた察してはいたが、杏ちゃんはサービス精神がまるでなかったのだ。
そもそも世間話をして雰囲気を作るとか、脱がせ合うだとか、一緒に風呂に入るだとかいう、おそらくは普通の風俗嬢さん達がしている基本の対応をしてくれないし、別に恋人風でもなんでもなく、単に敬語が使えないという理由でタメ口な上に単語でしか喋らない。
加えて、客のチンコを刺激して抜く以外の業務を一切しようとしないし、別にそれも言われたら渋々やるだけで、超作業的な上にド下手。
いわゆる地雷嬢である。たぶん。
顔がまじで極上の極上にいいからそんなものかとお客さんも文句は言わないだろうけど、これでルックスが中の上レベルだったら絶対にもう二度とこの店では遊ばないと思うこと必死レベルの。
ボクは杏ちゃんがそういう社会的能力の著しく低い人間だと知っているから腹も立たないが、短気で残念で巨乳好きの場末のおじさんとかが彼女とマッチングしていたらと思うと恐ろしい。
ちなみに最後の一回は露骨に「まだ勃つのかこのかま野郎。だる……。あたし、とっとと帰りたいんだけど」みたいな目をされたので、見抜きさせてもらった。なんか普通に自分の手の方が気持ちよくて、本来ならまだまだイケる感じだったのにイった後滅茶苦茶萎えた。
そういうわけで、目下の性欲を枯らすことに成功したボクは、再度シャワーを浴び、帰りたいオーラを隠そうともしない杏ちゃんと、ソファで絶賛トーク中である。
いや、バレたくないんだったら早く帰せよと思わなくもないのだけど、なんかもうめちゃくちゃにヤリまくるつもりで三時間コースで注文してしまった(初めて且つこんな時間からだったせいでなのか、お店の人に二度聞きされて恥ずかしかった)ので、勿体なくて……。
それにいざ別れなきゃいけないとなったら名残惜しくなってしまうのが人情らしく。
思わず、こんなことまで聞いてしまった。
「そういえば、普段はなにしてるの?」
「……ベース」
「へ、へぇー。じゃあバンドってこと? す、すごいね!」
まだやってるんだ。音楽……。
愕然とする。ボクは彼女が放ったその「ベース」というたった一単語だけに、心臓を鷲掴みにされたかのような寒気を覚えた。
なのに。
「……さあ?」
彼女はそんなわけのわからないことを言う。
音楽は続けているけど、バンドはしていないなんて。そんなようなことを。
「え?」
「ベースは弾けるから」
その時、これまでずっと死んだ魚の様だった彼女の瞳に、明確な意志が宿った。
「――ひとりでも」
ボクはその真っ直ぐな彼女の瞳を直視することが出来ず、うつむく。なんだか、彼女がボクを責めているかのように、錯覚して。
「で、でも、みんなで弾いた方が楽しかったり……」
「わからない」
「ど、どうして?」
「……求めるモノが、違ってる。あたしに」
「どういうこと?」
「すぐ、繋がろうとする……。うっとうしい……」
そういえば、杏ちゃんは美人なので昔から超モテていたが、一度だって彼氏をつくったことがなかった。冗談抜きで、「音楽が恋人」を地で行くド変態だった。時々この子は人間じゃなくてベースを弾くだけの機械なんじゃないかと思うくらいにイカれていた。
だから、ボクは彼女が今でもそんな風らしき片鱗をその言い回しから感じ取って、ちょっと懐かしさを覚える。
「ふふっ。付き合おうとするってこと?」
「わかんない。けど、たぶんそう」
「まあ、カナちゃんかわいいもんね」
「……そう? あたしなんかより、あんたのがよっぽど」
そんなことは絶対にないのに、この子の場合たぶん謙遜とかじゃなく本気でそう思ってそうなのがタチが悪いなと思った。
「え、でも、ボク、男だし」
「関係ない。性別なんて、単なる記号」
「そ、そうかなー」
「……サウンドの前じゃ、関係ないから」
こういうこと、素で言っちゃうところも、変わらない。
「好きなんだね、音楽」
「だからこんなことしてまで、続けてる」
「なんかごめん。嫌だよね、ボクの相手なんか」
「……同じ。だれでもね」
「ぷ、プロなんだね」
「……いや、あんただけは違うかも」
「え?」
「似てる。昔のボーカルに。……あの子とは、あの子とだけは、付き合っておけば良かったって、思う。…………ギターは、下手だったけど。」
彼女は、ボクの胸を貫くようなワードを、これでもかと連射した。
「でも、そうすれば、つなぎとめられたのかな……」
なにか遠いものを懐かしみ、憂うような瞳。ボクは彼女のそんな表情を、初めて見た。
「……ごめん。こんなコト、あんたに言っても――」
「いや、うれしいよ。ありがとう、カナちゃん」
万全を期すなら、「どういうこと? わけわかんないんだけど」みたいなことを言うべきだったのかもしれない。だけど、ボクはそれ以外の言葉を口に出来なかった。なんとか涙を堪えられただけ、上出来だったとさえ、思う。
すると。
「ほんと、似てる……」
杏ちゃんはそうぼそっとぼやきながらボクの両頬を両手で掴み、顔と顔が触れ合いそうなくらいに近づいて、ボクの両目を食い入るように見つめてきた。
なんの前触れもなく急接近する美貌に、ドキリとする。
けれど、それが純粋な観察行為であることは彼女のまるで無機質な表情から明らかで、ときめきはなく、ただ身バレの恐怖だけが頭を埋め尽くした。
「え、ちょ、ちょっと……いたっ!」
ボクの頬をペタペタと触り、つねり。遠慮なく上まぶたと下まぶたを人差し指と親指で押し広げて眼球を訝しむように睨めつける。
「……すごい。あたしよりよっぽど化粧してる」
ここまでして出てくる感想がそれなのか……。
「というか、カナちゃんはほとんどしてないじゃん」
「そんなことない! バレないために、してる……。面倒」
かなり薄化粧なのだが、それでも彼女にとっては努力の結晶らしく、怒られてしまった。子供かよ。というか、バレないためにするならもっとケバいのにしないと意味ないじゃん。
まあでも、杏ちゃんにそういう普通の人間なら思いつくようなことを要求するのも酷な話。彼女にとっては、もうこれだけで別人になったレベルのことをしたと感じるのだろう。常識もなければ生活能力も客観的視点も持っていないのが杏ちゃんなんだから。たとえ薄化粧でも、一人で出来ただけで褒めて然るべしなのかもしれない。
だってボクの知る限りでは杏ちゃんは滅多に化粧――というか、着飾るという行為をしない人だった。髪も基本伸びるに任せているだけだし、服装も洒落っ気はなく、黒ばっか。なんというか、普通女の子として持ち合わせているはずの様々なものが欠落している子って感じだった。まあ別にそれでもちゃんと綺麗なんだから、何も文句はないんだけど。勿体無いなあと思う程度で。それに、ステージに立つときはドラムの子が大体衣装やメイクを無理矢理させていたから、ボク的にはそっち方面の供給もきちんと満たされていたわけで。
「ボクもメイクしてるからわかるよ。女の子って大変だよね」
「……男に生まれたかった」
「へ?」
あっさりとすさまじいジェンダー告白をしないで欲しい。そんなIFを刹那に妄想して、また軽く欝になりそうだった。
あと、文脈を一つか二つ飛ばしにして自己完結式でしゃべる癖もいい加減直して欲しい。今のはたぶん、「わかる。女の子ってほんとまじ超大変でー。そんな感じでさー、私もはやもう女であることに超うんざりしててー……。だからいっそ――」というのが完全に欠落している。ほんと、いい加減にして欲しい。
しかも、
「あんたは向いてそう、女」
これまたすごい発言を、なんの気負いも前置きもなくさらっと口にしてしまう。
「は、初めて言われたよー」
「……意外」
普通に考えたら、超失礼な発言な気もするものの、彼女は真実なんの含みもなく思ったことだけを言っているので、これは決して皮肉でもなんでもない。だからこそ、より失礼なのかもしれないけど。
とまあ、そんなふうに脳内で彼女のことを弁護したりしなかったりしていると――。
「ねえ、歌って?」
突然のむちゃぶり。
「は?」
どこの風俗に客に歌ってなどとねだる嬢がいるのか。【デリヘル呼んだらロリが来た】の新人教育はどうなっているのか。そして杏ちゃんの思考回路はどうなっているのか。
ひたすらに困困惑或するボク。彼女を三年間傍から見つめ、四年半を共に過ごしたボクといえど、さすがにいきなり過ぎて意味がわからなかった。
「やっぱり、似てるから。聴きたい……」
だから、その言葉を聞いてようやく理解する。
元ボーカルに似てるから、歌ってほしいということを。
「いや、そんな、無理だよ……」
だってそんなことしたら、絶対にバレてしまう。似てるんじゃなくて、本人だから。それに、そんな安直に彼女の間で歌うなんて、ボクにはもう、出来ない。
そして、そんな時に、折よく。ピピピピピと、プレイ終了を告げるタイマーがなった。
「あ……」
「終わり、みたいだね。」
ボクがそう言うと、彼女は立ち上がって。
「……じゃあ、歌いたくなったら、指名して」
そう言い残して、ボクの家を後にした。
香水なんて絶対につけていないはずなのに、なんだか彼女の残り香が、いつまでも家中に漂っているような気がした。
彼女を乗せた車が去っていく音を聞きながら、窓の外を見る。
夏なら外はもう明るい時間。けれど、冬真っ只中の早朝は、まだ随分と暗かった。
「どんな営業だよ……」
バイト先では塩で有名なボクでさえ、もう少しまともにご主人様やお嬢様に対応するというのに。ズレているにも程がある。
「歌いたくなったら指名とか、ほんと、意味不明……」
でも、そんなところに、未だにベースバカなままの彼女を感じて、嬉しい。
けれど、だからこそ、果てしなく苦しい。
あの社会不適合者な彼女が、人の助けがないと絶対に生きていけないような彼女が、今はたった一人で。
しかも、デリバリーヘルスで水商売をしてまで。
音楽を、続けている。
そして、ということはきっと、彼女は家を出たのだろう。
なにせ彼女の家は厳格で、昔から彼女が音楽をやるのに反対していた。それを彼女は努力して好成績を維持することでなんとかいなしてきたのだ。ボクもいつからかその手伝いをしていたから、よく覚えている。
そんな家庭環境の彼女が、本来なら社会人として働いていなくてはいけない年齢になってもベースを止めていないのだ。であれば当然勘当されたか、自分から家を出たかのどっちかだろう。
それはこんな平日の日の出近い時間まで働かなければならない夜職に従事していることからも明らかである。
きっと好きな時に働けて、高収入だからとか、そんな理由だろう。
彼女は本当に、音楽以外のことに、無頓着だから。
でも一応、ソープに行かなかったってことは本番には抵抗があったのかな、なんて勝手に想像して、安堵する。
「安堵する……? 安堵……? どの口が…………!」
――――気持ち悪い。
自分からバンドをやめたのに。自分から、完全に自分の都合で彼女との関係を絶ったくせに。なにをまだ、そんな幻想を抱いているのか。
吐き気がした。吐き気がした。
吐き気がして、なのにボクはどうしようもなくて。キッチンに置いてあった焼酎をがぶ飲みして、吐いた。気持ち悪い。でも、喉を灼く酒精と胃液は、不快じゃない。
吐いてなお、別の瓶を空になるまで飲み下す。
なにがしたいのかよくわからない。
自分で自分がよくわからない。
こんなことしてほしくないなんて、させたくないなんて、心では思いながら、結局二回もさせている。もどかしい刺激は大して気持ちよくもなくて、気分も悪くて、なのに卑しく膨れて果てて、もうわけがわからなかった。
自分で自分が嫌になる。中途半端な自分が嫌になる。女みたいな見た目のくせに、男としての性欲は人一倍強い自分が嫌になる。女になりたいとか言うくせに、男としての快楽は捨てようとしない自分が嫌になる。
なのに、ボクはさっきまでのことを思い出して、鼻腔にこびり着く彼女の香りと、手に残った彼女の全ての感触を想起して、また――。
果てて、果てて。もうとっくに痛くて。それで果ててようやく。
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