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補講 兄を愛する妹など存在死ねぇ!! ~考える兄~
しおりを挟む『さてさてー、今週もこのコーナーいってみよー! 悠花のーそんなこと、誰がゆうかー! はい、このコーナーは、タイトルの通り、普段の私が絶対に言わないでしょー、っていう台詞とシチュエーションを募集し、実際にこの私が普段なら絶対に言わないその台詞を、リスナーさんのためだけに、臨場感たっぷりで読んであげるっていうコーナーです! リスナーの皆さんは、心して、感謝して聞くように!』
俺は1日ぶりの自宅を、自室でとある声優ラジオを垂れ流しながら満喫していた。
『じゃ、一通目ー。クラブネームはー、って、……は? ……え、えーと、クリエイターさんからー……。台詞は、「お疲れ様です、せんぱい!」。へ、へええ。それでー、シチュエーションはー? 「ちょっと不思議ちゃんの後輩ちゃんからがんばる先輩に向けて」。う、うわあ……。って、いけね、うわあとか言っちゃたよ。うん、ちょっとベタすぎて、ガチの反応がでちゃった。てへへ。でもいいよねー、こういう後輩。いやー、あたしもこういう後輩ちゃんに甘やかされたいなあ……。というわけで、じゃあ、いきます!』
二週間程前に送られてきた、『次、番組にメール送ってきたら……、覚悟しろよ?』という猪俣さんからのメッセージ。
それを眺めながら聞くそのセリフは、たまらない。ゾクゾクする。
しかも、これは俺以外の、どんなに彼女のことを信奉しているリスナーにもわからないことだが、彼女は今、黒栄ちゃんの声真似さえしていた。
ああ、色んな意味で、最高だ。
こんな倒錯した悦楽を覚えてしまったら、もう戻れなくなる……。
――そういうわけで、俺は今度猪俣さんが提出するレポートの仮原稿を代筆していた。
等価交換というのは恐ろしい言葉だ。
俺の貴重な休日の数時間は、彼女のワンワードと等価値らしい。
このようなすれ違いが、いつも人類を社会主義へと傾けさせてきた。
しかし、俺はこの生活に満足していた。貨幣経済の奴隷と化すのも吝かではない程に。
なぜなら、将来は女性声優のことを支えられる職に就きたいと思っていたが、志半ばにして、これはそれが実現したといっても過言ではないからである。
猪俣結霞は声優だ。それは、うら若き女大生が負うには深すぎる業。
彼女は、俺の知りうる交友関係のある人物の中で、誰よりも愛された人物だった。しかし、その愛は、狂愛だ。それに常に晒される彼女は、偶像となり、神格化されている。
故に彼女は、疲れていた。庶民の暮らしを羨む王子の様に、人の身に戻ることを望んでいた。飽和する愛を打ち砕いて欲しかった。夢の中で嘘を憑いて泳ぐこの現状を。
それを、雨宮リリは叶えた。彼女を、一時だけでも人間にすることに成功した。
そうして、俺達は彼女にとっての安息の地になった。
俺にとってはまさに神話の中のおとぎ話のような業界の話を、彼女は延々と愚痴ることで、その身に溜まった毒素を抜けるようになったのだ。
あるいは、本来ならしてはならぬような、一人のための芝居を俺に聴かせて。
そして、その対価として、俺は単位という供物を捧げる。
これは、大げさな話だろうか?
彼女のストレスケアの一端を担っていると感じるのは思い上がりだろうか?
ああ、そうだ。たしかにそれは思い上がりだろう。オタクはすぐに勘違いをするから。
ただ、彼女だってスターであると同時に、人間でもいたかったはずなんだ。だってそうじゃなかったら、本来は裏方であったはずの、声優なんて道を選んでいない。
だからきっと、結霞は悠花になったのだ。
けれど世界は、悠花を理想の獄に追いやって。
彼女はファンタジーな歪んだ愛の呪縛から、一息付ける現実の世界を求めていた。
では、雨宮リリは。
反対に。彼女は愛に飢えていた。
けれど彼女は、偽りの愛にその身を投じて満足できるほど、愚かでもなかった。
嘘をついてしまえば楽だと知っているのに、その強さ故に、誘惑を退けて。
彼女はいつも、真実の世界を真実だけで生き抜いてきた。
だからこそ、彼女はその過酷な闘争の孤独を癒す、愛を人一倍求めた。
黒栄ルキアは、どちらでもなかった。愛など彼女にはどうでもよかった。
彼女はただ、仲間が欲しかったのだ。
故に彼女は、真実の世界に、自分の、ガワだけを偽って、その一歩を踏み出した。
虚飾の鎧を手に入れた彼女は、その見た目に反し、その実、一番まともな人間だった。
そして、俺は。
愛されてもいなかった。愛などいらなかった。仲間なんて糞くらえだった。
なのに、どうしてこうなったのだろう。
それはきっと、誰よりも嘘をついていたから。
この世界が、嘘をついたものこそが勝利者となる、やさしい正直者を嘲笑うかのようなクソみたいな世界だったから。
俺はそれに、嫌気がさして、逆手にとったんだ。
だったら俺は、誰かじゃなく、自分こそを騙して、勝利者になってやると。
自分で自分をごまかして、自愛して。辛くなれば、やさしい嘘と夢の世界に逃げ。
本当は仲間も愛も欲しかったろうに、そんなものはいらないと、自分に嘘をついていた。
誰よりも真実が欲しくて。なのに嘘をついた。
嘘でまみれた現実の世界から目を逸らして、嘘でできた限りなく真実に近い非現実の中を漂っていた。
結局、なにが正解だったのだろう。
おそらく、一番賢いのは、目の前の虚飾に塗れた世界と人間と関係とを、何の疑いもなくバカみたいに受け入れて、それがいいものだと思い込むことだ。
商学部に入って髪を茶色くするような人生が、最も理に適っている。
ただ。そうしなかったからこそ、俺達は出逢い、巡り逢った。
きっと、それでいいんだ。それでよかったのだ。
だから俺は、そう結論づけて。今のままを良しとした。
変化してはきっと、今のまま、笑い合えなくなってしまう。それは、いやだ。
昨日あんなことがあったからって、なにかを変える必要はないはずだ。
開きかけた携帯を閉じて、俺はレポートのデータを移すため、USBメモリーを探す。
その時だった。
ちょうど、携帯の通知音がしたのは。
『かばんのなか』
リリ先輩からそんなメッセが飛んできた。
え? USBメモリーがカバンの中にあるってこと?
いや、まさかねえ。監視されてるわけじゃあるまいし。いまさらそんな急にホラー展開とかされても困惑しかないわ。
けれど……。
俺がそう思いながらもカバンの中を探っていると、そこには、ある意味ホラーなものが。
えーと、これは何と言ったらいいのかな? 端的に言って、わけがわからないよ。
だって、それは、パンツだったから。
女物の、いやらしいデザインの黒い下着だったから。
俺は、その布地を両手でピンと張って握り締めながら、足元の携帯画面を見る。
『あの約束ほごになってたから。ねてるあいだにいれといた』
は???
そんな意味不明な約束したっけ??? え、なにそれ、こわい。
ていうかなんでリリ先輩、そんなクソみたいな約束に、律儀???
『私といっしょなのに 一日がまんしてたいへんだったでしょ? つかってOKだから』
は????????????????????????????????????
つかうって何に????????????????????
え、それはつまり、ナニに?????????????????????
極度の混乱に見舞われ、淫靡なパンツを掲げながら大口をあんぐり開き、首を千切れそうなくらい傾げていると、また携帯が振動した。
『(いま俺が手に持った下着と全く同じ見た目のものを着用したリリ先輩と思われるスカートをたくし上げた女性が目を隠しながら鏡に映っている写メ)』
わー、なんてひわいなてんぷがぞうなんだー。えんこうがぞうみたい!
……。……。……。……。……。……。…………!?
……………………………………………………????!?
俺は、そんな添付画像と手元のパンツを、何度も何度も、穴のあく程見比べた。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ??????!??!?」
どういうことだどういうことだどういうことどういうことだどういうことだ??!
つまり先輩はこれで俺に命の種を育てよとお命じなのか???
いやいやいやいやいやいやいや。まてまてまてまて。
と。そんな刹那。
「にぃー。クレオパトラってなにした人やー?」
なっ……!? こんな時にっ……! 妹の、声が……。後ろ、から……。
「え……。に、にぃ、それ、なにしとる……?(厭悪)これ、誰んの……?(殺気)」
瞬間、蹴り倒されていた。そのまま、馬乗りになって、首を絞められる。
「あがが………かっ……。」
息が出来ない。苦しい。そしてこれを喰らいながら、リリ先輩や猪俣さんの暴力は手心が加わってたんだななどと気づくの、嫌過ぎるし、ほんと限界。
「社会不適合者社会不適合者社会不適合者! ぱーぷーぱーぷーぱーぷーぱーぷー!!」
「い、いもうっ……。と、よ……。じがう、のだっ…………!」
「うるさい! にぃは社会不適合者! 死んだほうがええ人間! うち以外の子になんぼせんこうにっ!! うちがっ!! ぶち引導を渡しちゅう!! 死ねええええええ!!!」
すると。
「……二人共、なにやってるの! いい加減にしなさい。あと、創はわかってるわね?」
妹がガチで俺のタマを取ろうとしているので暴れていたら、母様がやってきた。
や、やった。助かった。社会的な死は、確定したけど……。
「邪魔をせんと全てん元凶が!! うちがこんうんこ因子ばここで絶っちゃるけん!!! おかあの不始末は、子であるこのうちがつけにゃあ!!!!!」
「ブラコンのメスガキがなーにナマ言ってんだ! いいから黙ってとっとと来い!」
「なんなんなら?! うちがブラコンなわきゃあるきゃい!! 証拠ばみせたる!!!」
その言葉通り、肉親が肉親へと入れる首への圧が、増した気がする。
や、ちょっと待って、妹?! 兄、ほんとに死ぬよ????
だというに、母様は。
「ほう、そこまでいうなら勝手にしろや。じゃ、あとは二人で仲良くやんな」
「いやっ……。まァっで。だずげで……! ははざま……、じぬ…………」
そして、数秒後。死んだ――かはわからんが、少なくとも意識は飛んだ。
けれど、そんな、消え行く意識の只中で、俺はあることを思った。
ついさっきは、それとは真逆のことを考えていたというに、こんな命の危機になったらそれを思い浮かべるなんて、なんと現金なことだろう。
だが、それこそがきっと、自分に嘘つきな俺の、偽りのない本心なのだ。
“それでも俺は、あの子のことが……! ”
その、情けない独白こそが。
だから。
俺のラブコメに、嘘はいらない――
そう、思った。こんな年で本気の恋をするなんて、ほんっと、バカみたいだ。
でも、俺は、たぶん……。
あの子のことが、やっぱり、大好きなんだ。
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