愛膿ファンタジア

ふみのあや

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第三章 キリングアウト・カミングアウト

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「で、いつになったらお前はその死んだふりをやめるんだ?」

 謎の褐色娘から逃げ続けて六番街へとやってきた俺は、そろそろいいかと思い、この腕の中で猿芝居を続けたままのアイに対し、そう尋ねた。
 すると彼女はぱっちとそのつぶらな目を開いて、ケロッとした顔で
「あれ、ばれちゃってました?」
 なんてのたまい、ぺろっと舌を出した。
 俺は、それをやれやれと思いながら説明する。腕にかかる彼女の長い金髪の二房が、さらさらと心地良いななどと、どこか頭の奥の方で感じ入りながら。
「ダー・カルィベーリからの迎撃受けてあの高壁より上からうちのボロ屋まで落ちてきたっつーのにピンピンしてたお前が、あれくらいで沈むわけないだろよ。馬鹿にしてんのか」
「あっ……。ちっ、こんなことなら嘘でも付いとけばよかったですね、私……」
 彼女は、やっちまったーという風に舌打ちして溜息をつく。
「てことはそっちはマジなのかよ。そのほうがこえーぞ……」
 お転婆で済まされるレベルを超えてんぞ。化物かこの娘。
「あ、じゃあもう私普通に歩けるんで、下ろしてもらっていいですか」
 そう言うと彼女はもじもじと腕の中で身体を揺すった。
 だが。
「やなこった」
 俺はより強く彼女を抱えて、歩み続ける、
「え、ちょ、エドさん?! これ以上はセクハラですよ! お金取りますけど!」
 とすればまあ、順当に暴れ出すアイ。
「こんなとこで許可も取らずに金取ってそんなことしてたら、アンナにシメられんぞ?」
 これくらいでは、そんなこともないんだが。それはそれ。
「ひ、ヒエッ。それは勘弁願いたいですね……」
 にしても、バカみたいに(実際アホっぽいが)頑丈なこいつでも怖いってんだがら、さすがはアンナだな。泣く子も黙る。俺の女なだけあるぜ。
「ということで、もう少し触られていけ」
 そんなデタラメを言いながら、彼女の尻やなんかを軽くさすったりしてみる。もはや生物とは思えぬ衝撃耐性を持っているらしき彼女だが、触り心地はひどく柔い。なんともまあ、よい。フィット感がたまらねえな。胸の方はあれだったんだが、これも女体の神秘なのかね。
「あの、それとこれとは話が別だと思うんですが! ねえ! あのあの!!!」
 なんて、堪能していたら、彼女はそう抗議しながら割と洒落にならんレベルの拳を俺の胸板にガシガシ叩きつけてきていた。
 このままではこちらの身が持たねえ。かといってこの触り心地をすぐに手放すのも惜しい。というわけで、取り敢えず俺は彼女を褒めることにした。
「おいおい、つーかあの五百歳とかいうギャグもほんとなのか? だとしたらアイ、お前すげーな。この生娘みてーな感触をそんだけ保ててるって、なんだよお前、女神か?」
 すると彼女は、その金色のアホ毛をみょんみょんと揺らし、上機嫌に語りだした。
「はっはは。そうでしょうそうでしょう。この私の老いを微塵も感じさせぬ魅惑のボディ。ついにあなたにもロリババアの魅力が伝わりましたか。ようこそこちら側へ。業の深い性癖ですが、人とはそういうものです。それでいいのですよ……って、なにを言わせるんですか! 褒めとけば触れるとでもおもってんですか! 私はあくまでアイドルであってキャバ嬢じゃあねえんですよ! この変態! おさわりNGですっての! 握手が限度ですよこのわたくしは!」
 初めこそ上機嫌に語っていた彼女だったが、途中から雲行きが怪しくなり、罵倒を吐き捨てた終いには俺の顔面に頭突きを決めて、しゅたっと地面に降り立った。
 だが、そんな表情豊かな彼女と話すのは、とても楽しい。
 俺は素直にそう思い、そのままそれを口にした。
「ハッ、ほんとお前は面白いな」
 けれど彼女は、また俺がからかおうとしていると勘違いしたらしい。
 なぜか腕組みをして、こちらをそのかわいいお目目で睨みながらこう言った。
「また、私をおだてる作戦ですか? その手にはのりませんよーだ! ばーかばーか。ええ、まったくもってのりませんとも!」
 けれど、言い終えてビシッと指を突きつけてきた彼女を見ていたら、逆に悪戯心が刺激されてしまった。
 それに俺は、そろそろ彼女に対して踏み込まなけらばならない。
 頃合か……。
 そう思い、俺は少し重くなっていた口を、思い切って開いた。彼女の、その真っ直ぐな瞳を見つめて。
「初めて見た時から思ってたんだが、アイ、お前……」
「な、なんです?」
 かけられた俺の声が思っていたのと違うトーンだったのか、目をしばしばとさせるアイ。
 そんな彼女に、俺は告白をする。
「かわいいな……」
 それからは早かった。
「え、えーとあの、それはー、いわゆる「告白」というやつでしょうか。う、あのごめんなさいえっと急過ぎてどうしたらいいかわかんないんですけどとりあえず無理ですごめんなさい!こんなセクハラを平気で四六時中するだけでなく不特定多数の女の人と関係を持ってるあんぽんたんはお断りなんです、というか私は自分から行くタイプなんで急にこられるとなんかちがうかなーみたいなそういう感じなんで! ほんと、ごめんんさい!」
 彼女は猛烈な勢いでそんなことをまくし立て、
「今晩どうだ?」
 俺がそれを口にする頃には、もう断られているという、おかしな状況になってしまった。
「あれ、さっきの聞いてなかったのかなーおかしいなー。というか告白しながら女の子のお尻触ってるって最低すぎません!?! って! しかも告白じゃなかったし!! 初夜の誘いだったよ!! ほんとに最低ですね?! あなた!!?」
 さりげなくやったつもりだったが、バレていたか。でも、これではっきりした。こいつは、強がりでもなんでもなく、あの一撃をくらったくせに、本当に無傷だ。
「だめか。まあ別にいいんだが」
「ええんかい! もっとこんかい! 諦めんなよ! この上玉に対して別にいいか、ってなんやんですかそれはー!!」
 そのきらきらとした瞳をめらめらさせて急に押してくるアイ。こいつはどうして欲しいんだ。
だが、ごめんな。別にお前と今すぐ結ばれたくてそう言ったわけではないのさ。
「いや、なに、後悔するのが嫌だから、先に言ったまでのことさ。だが、断られちまったもんは仕方ねえ」
「はあ」
 なんだこいつみたいな目で俺を見るアイ。お前にだけはそう思われたくねえよ。
 そんな彼女に対し、切り出す。
「色々ぶった切ってまあ結論から言うが、俺はさっき、お前の知り合いらしき奴にあった。おかしな話だよな? この街の外から来たお前の事を知っている奴がこのアルマにいるってのは。で、結局のところ、お前は一体なんなんだ? 返答次第では、俺はお前とやり合う必要がある。もちろん、夜の方ではなくな?」
 すると彼女はげっそりした顔になった。
「あー、はいはいなるほどなるほど。嫌な予感はしてたんですけど……、えーっと誰にあったんですか? それってもしかして僕っ娘だったりします」
「マーリンと名乗っていたな」
「ですよねー。あなたと同じ路地から出てきてこっちにウィンクしてやがりましたからねー、あいつ。メロイックサインまでしてきてましたし? いーやほんと勘弁してくださいよ……」
「じゃあやっぱり知り合いなんだな?」
「そうです。できれば隠しておきたかったんだけどなー。でも、勘違いしないでくださいね? 私がこのヴァルヘルムという土地の外からやってきたというのは本当ですし、私は人でいう前世みたいなもので彼女に会ったことがあるだけで、今世紀では初対面です。あ、ちなみにアイという名前も本物ですよ? 嘘はついておりませんからね? まあただ、正確にはアイではなくIなんですが。でもでも、今までどおりアイと呼んでくださると嬉しいです。愛をこめて」
「つまり、アイは人間ではないということか?」
「おう……、そう言われるとなんか傷つきますが、ちゃけばそういうことですね。エドさんは、ロボットという単語に聞き覚えは?」
 冗談半分で聞いたつもりだったのだが、珍しく真面目な顔つきでそんなことを尋ねてきたアイに、少し面食らってしまった。
「な……いや、ダー・カルィベーリ関連のなにかでそんな感じのを聞いたことがあるような気がするが……、どちらにせよ意味は知らんな」
「ふむふむ。まあ、《人より人らしい機械》をコンセプトに作られた、円環の打開を至上命題とする超美少女型生命体ってな感じなんですが……、もう少し大雑把に言いましょうか、うん。今回の世界にはプルーモ、ルナリア、ヴァジラ、アルフェン、ロージェスという種族がいると、エドさんは仰いましたが、いわば我々はそのどれでもない、世界を救うのを得意としている、ロボットというかわいい種族だと思っていただければ。そんな感じですね」
「ふむ」
「え、わかってます? この私の懇切丁寧な説明、きっかり頭に入りました???」
「お前は人間だけど人間ではない、いかがわしい思想を抱いたかわいいアホってことか?」
「前半部分とかわいいってとこしか合ってないんですけど! 変な宗教とかセクトみたいな目で見るの止めてくださいよ!」
 ジト目でこちらを見上げ、むむむと唸るアイ。
 彼女の言っていることは意味不明だったが、その目や口調に嘘はないように見えた。また、これまで彼女がしでかしてきたことを思えば、そんな馬鹿げた事も有り得るのかもしれないと、思ってしまう自分がいた。
 なにより、このアルマというなんでもありの街で、有り得ないことなど、ない。
 だから俺は、最後の質問をする。
「で、じゃあお前はなんの為にこの街へ来た、アイ?」

「世界を救うためです」

 その瞳は、曇りなく、輝いて。その答えは汚れ一つないまっさらの純白。
「……」
 俺は思わず立ち止まり、言葉を失ってしまった。
「この世界は何度も繰り返しています。それを私は、止めたいのです。もちろん、そうあれと作られたからではなく、それ以上に、私自身の意志ゆえに」
 そこには、決して途絶えることのないであろう燃え滾る意志があった。
 それは、未だかつて決して俺が持つことの出来なかった、純粋な情熱、使命、存在理由。
 つまり、自分が自分である理由アイデンティティ
「本気なんだな」
「ええ。その為に私は、何度だって……、」
 彼女の可憐な顔に、初めてその一瞬だけ、雲がかかった。
「立ち上がってきたのですから」
知らず快晴に潜む曇天。
だからこそ。
「なるほど、ね。ふっ、お前は、本当に輝いてるな」
「そりゃあそうですよ。私はぐうのねもでないほどに最強の美少女ですからね」
 きらめく笑顔は本当に眩しかった。
「そうだったな」
「はい。きらーん」
 そして、そんな光に当てられていると、思わず日向ぼっこがしてみたくなってしまう。この、夜を何ものよりも愛する、日陰者で、さえ。
太陽の下に出るということが、どれだけ過酷かなんて知らずに。
「……なあ、アイ。俺も、その世界を救うっていう大層なお役目の手伝いをしてもいいか?」
けれど彼女はこともなげに。
「なーに寝ぼけたこと言ってるんですか。ここまで聞いた時点で自動的にそうしてもらいますよ? 拒否権とかありませんから。何を隠そう、今言ったのって結構言っちゃいけない類の機密なので!」
「それをよくもまあこんなろくでなしに言ったもんだな」
「……あなただから、言ったんですよ? エドさん」
 軽口を叩く俺に、小声でそんなことを囁く、彼女。その口元に浮かぶ微笑は、魔性。
「そうかよ」
「ええ。こう見えて私、人を見る目はありますからね」
「なら敢えて聞くが、こんな俺のどこがよかったんだい?」
「ハチャメチャなところですかね」
 先程の妖しさとは打って変わってあっけらかん。
「おいおい」
 かと思えば、
「いやー、神様ってのはどうも几帳面らしくてですね、ほんと過程こそ違えど、毎度同じように世界を壊しやがるんですよ。それでまた同じことの繰り返し。そんないけすかねえ野郎に太刀打ちできるのはあなたみたいな滅茶苦茶な人だと、私なんかは思うわけですよ。だから……」
 真面目な顔でそう言って、
「これでも、結構褒めてるんですよ? エドさん」
 最後に、そんなことをまた耳元で囁く。蕩ける様な猫撫で声の甘い残響と、柔らかい吐息は、確実に俺の中の何かを壊した。
「照れるな……。あー駄目だ。誑されちまう。なんだよお前、アイ。五百年生きてるってのは伊達じゃあねえな」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう。私はかわいいですからね~」
 そう言って、またバカみたいにアホ毛を揺らして頬を赤らめるアイ。
「まったく、頭の悪いふりしてる女程タチの悪いもんもない」
「えー、それって、誰のことですかーー???」
 ムカつくくらい高い声をだしてとぼけやがる、アイ。
「さてね」
 豹変とはこいつのためにある言葉かもなと、嘆息せずにはいられなかった。
「あ、それと言い忘れてましたけど、愛をたくさん持っているところも、エドさんの魅力ですね。やっぱり人を動かすのは愛の力ですから」
「そんな風に言われたのは初めてだな」
「きゃっ、エドさんのハジメテ、もらっちゃった♡」
 口元を両手で覆ってぶりっこポーズ。しっかりかわいいのが腹立たしい。
「気色わりいな」
「え、男の人ってこういうのが好きなのではないのですか!?? それともまた例のこの世紀特有の例外ですか! ちくしょう! この非普遍の暗黒時代人め!」
 意味がわからん。
 だが、まあ、アイを始末しなきゃいけねような事態にならなくてよかった。そう安堵するくらいに、俺はアイに好意を抱き始めていた。




「ところで、エドさんはどこへ向かっているんですか?」
 そのまま歩き続けていたら、そんなことを尋ねられた。
「お前のツレのところだ。ライブってのに誘われたからな」
「え、そんなことしてていいんです? たぶんあの褐色娘なんとかしない限り、また襲われますよ?」
 ごもっともな質問ではあるが……。
「ライブはもうすぐ始まっちまうようだからな。そっちが優先だ」
「私は頑丈だからいいですけど、あの二人ほっといていいんですか?」
「あいつらは俺より強い。大丈夫だ」
「ああ……たしかに……」
 アイは妙に納得したように頷いた。
 
そんなやり取りをするうちに、六番街の野外会場へと辿りついた。
比較的若い奴らが大勢集り、ステージの前でたむろしている。アルフェンの姿はさすがに見当たらないが、それ以外の種族がすし詰め状態にオールスタンディング。とはいえ、ロージェスをあのひしめき合う中に入れたらやばいと判断されたのか、彼女達専用の観覧場所が端の方に用意されていた。
「よし、ついたぞ。結構繁盛してんなあ」
「そうですか? 五百人くらいしかいませんけど」
 アイは、これだけの人がいるというのに拍子抜けしたような顔をしている。
「そんだけいりゃあ十分だろ」
「うーんこのセンチュリー」
 

開演が近づくに連れて、何事かもよくわからず取り敢えず何かやっているから来た、というような好奇心旺盛な輩がどんどん前の方へと詰めかけていく中、後ろの方に立っていた俺に、アイがこんなことを言って来た。
「というか、こんな後ろの方でいいんです? もっと前いけますよ?」
「いや、ここでいい」
「えー私もっと前がいい! 最前いきたいーー!」
 大声で暴れ出すアイ。
「おい、あんま騒ぐな!」
「えーなんでですかー! ライブなんて騒いでなんぼですよー? 勿論周りの人の迷惑にならない範囲ではありますけどー」
「見ろ、あの3列目」
 俺は、前方に立っている見覚えの有り過ぎる影を指差した。
闇に浮き上がる、ミルキークォーツを。
「へ?」
「あの白髪が見えないか」
「あっ」
 ようやくアイも気付いたようだ。我が麗しの悪魔の存在に。
 彼女がこのような芸術の場に興味があるというのはかなり意外だったが、今はそんなことはどうでもいい。
「見えただろう。あれはどう見てもアンナだ。つまりだ、今俺がここでサボっていることを知られたら、ライブどころじゃあねえ。だからとりあえず、始まるまでは静かにしてくれ」
「かしこまりました……。あ、でももうそろそろ始まるみたいですよ」
 納得したように頷く彼女は、そう言ってステージ場を指差した。
 ポールや見たことのない機器の黒いシルエット。
 そこに、あのマーリンのものと思われる人影が歩み寄り、チラシに載っていた残りの三人のものと思われるものも、同じく持ち場へと辿りついた。
すると――
ステージが照らされ。
 キューーーン、という歪みが聞こえて。
 爆音が、空間を支配した。
 激しい、破裂音がする。正確無比でいて破天荒な鼓動が、胸、心臓を叩きつけて来る。
 なんだこれは?
 そんな靄が頭に生まれて、次の瞬間には何もかもが消えた。
「CreatuReαL――」
 曲名だろうか。わからない。ただ、美しい声にそんな一つのフレーズが刺々しく放たれて。
 後は、どこまでも蹂躙されるだけだった・
 終わりない広がりに、歌声が反響する。その裏から押し寄せる、音の波。
 自身の身体が、空っぽになったみたいだ。その中を、空洞を、音に埋め尽くされる。
 熱い。
燃え滾り、震える。
 気付けば、俺は身体を揺らしていた。
自分がその、大きな渦の、音の波の一部となる感覚。
永遠かと思われた恍惚は、刹那。
 そうして、夢中の内に爆音は止んで。
 観客の歓声が破裂した。
 
それが止むのを待って、マーリンは口を開く。
「みんな、来てくれてありがとう。初めての人もいるみたいだけど、今日は昔の仲間が来たもんだから、開幕から少し張り切り過ぎてしまったよ。どうだったかな」
 茶髪に落ち着いた出で立ちのマーリンに対し、応じる熱烈な歓声。
 それを嬉しそうに眺めながらマイクを手に取るのは、先程まで何かに取り憑かれたかのような禍々しさで熱唱していた、漆黒のドレスに身を包んだ美少女。
「ふむ。そうであろう。我が美声は今日も冴えわたっていたからな」
 彼女が口を開くたびに、「みく様―」という狂信的な歓声がたった。それは、エルラティス教徒を超えるほどの熱狂ぶりであったが、その気持ちもわからなくはない。それほどまでに、彼女の歌唱は素晴らしかった。
「そんなことより早く次の曲いくっすよ。はではでがゴキゲンなうちに」
 さっきまで鬼神のような気迫で打楽器を演奏していた、中々にイカした格好の少女。その髪は、紫苑。
彼女は、先程までの苛烈さが嘘のように軽々しい口調で、横に立つ赤髪ロングの少女を茶化すようにそう言った。
「……」
 けれど、演奏後からずっと目を閉じて悦に浸っていた彼女には、どうやらそれが聞こえていないらしく――無言。
 それを見たマーリンは、相も変わらずクールな顔で爽やかに苦笑して、今度は観客に向け、最高に魅力的な笑顔を見せた。
「そうだね。じゃあ次の曲、いくよ。準備はいいかい?」
「まだまだ盛り上がっていくっすよーー?」
 それに続く紫髪と、
「いくぞ! 卿ら! ――我が甘美なる暗黒に醉うがいい!」
 漆黒の美少女。
「……」
 相変わらず無言だが、目を開き、こちらへと挑発的に笑いかける赤髪。
 そして空間は、再び、あの圧倒的音に、飲み込まれた。



ライブは終わった。
「……」
 だが、俺の脳内ではさっきまでの爆音のリフレインが鳴り止むことはなく。
 何かに身体を乗ったられたかのように、その場でなにをするでもなく佇んでいた。
「エドさん?」
 不意に、そんなぼうっとした頭に響く幼い声。
「エドさん?」
 その声はだんだん大きくなっていき。
「エ・ド・さん!」
 ドスの効いた声と共に、眼前にかわいい顔がド迫力で迫ってきたあたりで、俺は理性を取り戻した。
「おう、どうした?」
終演後、壇上からメンバーが捌けた後も、その演奏のあまりの素晴らしさにぼけーっと魂を抜かれたいたようになっている内に、開演とともに前の群衆の塊へと駆け込んでいったアイが、この最後尾まで帰ってきていたらしい。
 こいつ体は小さいし細いのに本当に屈強だな
 なんて、未だ虚ろな頭で考えていると。
「どうした? じゃねえですよ。ライブならもう終わりました。演奏がすごかったのはわかりますけど、いつまであほ面晒してるんです? そろそろ捌けないと、それこそアンナさんにどやされますよ」
「あ、ああ。そうだな」
 俺は彼女に手を引かれるがままに、会場の外へと歩き始めた。
「そういえば、ライブは、初めてだったんですよね?」
六番街のメインストリートを歩きながら、どうやら経験者らしい彼女は興味津々といった感じでそう尋ねてくる。
「ああ」
「どうでした?」
「すごかったぜ、半端じゃなく」
「それだけですか?」
 そう言われるのは心外なので、少しだけ語っておく。
「いや、そんなことはねえ。ただ、ここがどうとかああとか言うのが好きじゃねえだけだ。何事もそうだろ? 例えば、好きな女がいて、そいつの何がいいと聞かれたとする。尻の触り心地が天上の絹のようにすべすべだったとか、中の具合がたまらなくよくてこの世の何よりも至上に思えた、だののたまったとしよう。萎えるだろ? だって、そうしたら、その瞬間から、それは、その女の魅力は、もう言の葉の囚人だ。だから、なにがいいのか、なんてわからなくていいのさ。女を褒めるときは、ただかわいいとか綺麗だとかでかいとか、それだけでいい」
「へー。エド△」
 こちらの長口上に、興味なさげな顔で相槌を打つアイ。
「ごめんな。つまらねえ話しして」
 素直に演奏を褒めることの出来無い愚かしい自分を戒める様に、俺はそう謝った。
 けれどアイは、てへっと舌を出して。
「そんな顔しないでくださいよ。わかります、わかりますとも。ちょっとからかいたくなっただけですって。こういうことでしょう、つまり、素晴らしいってのは、未知であるってことだって。感じることはできても、私たちの枠組みで捉えきれないものであれと」
 試すようにこちらを覗く、整った二つの眼。
「……!」
 けれど俺は、思わず沈黙してしまう。なぜなら。
「あっはは、図星ですか? うふ、アイちゃんてば今日も冴えまくりですね。でもでも、ということはやっぱり、私の見る目は間違っていなかったということです。既知を破壊するのはいつだって未知ですから。それを誰よりも愛するエドさんはきっと、この繰り返す世界を変えるでしょう。私と、ともに」
 最後の文言は別として、俺の考えていたことは彼女の言う通りであったから。
 けれど、やはりその彼女の救世思想は、おそらくは本当のことなのだろうが、受け入れるには時間のかかるもので。
 それになによりも、あの厄介なエルラティスの連中と、酷似している。神という絶対に対する定義に関して以外は。
「おいおい、本当に宗教染みてんぞ。言ってることがアクサエルの連中と大して変わらん」
「それなんですが……、恐らく、そのアクサエルとかいう宗教、どうも私の古い仲間の内の一人――マーリンたちのような存在です――が打ち立てたもののような気がしてならないのですよね……。そうすれば、あの褐色エロ娘が私を執拗に付け狙う理由も説明がつきますし……」
 と、彼女が悩ましげな顔で驚くべきことをのたまう、その最中。
 目の前にあった噴水から、無数の泡が吹き出した。更にその泡は、なにかを象るように横へと広がっていき。無数の花弁へとその姿を変えた。それは、水面に浮かぶ蓮の花。そしてその、ロージェス一人が丁度入れるほどに大きな花びらがぱかっと開くと、その中からは、例のあの褐色娘が、無表情のままに表出した。相変わらずドエロい。
「おいおい、噂をすればなんとやらとはまさにこのことだな……」
「げっ、またですか……。はあ……。二回目の公演は無理そうですね」
「残念だが、そうみてえだな」
 げんなりした顔となった俺達を見ても等しく無感動のまま、少女は、噴水上の蓮からぴょんと飛び上がってこちらに来ると、意外なことを口にした。
「おじさん、ヤヨイのともだち?」
 最初にあった時はいきなり随分なご挨拶だった割に、今回はえらく友好的だな。
 まあでもやっぱり、格好はエロい。しかも水に濡れている分、より性的だ。
「まあ、そんなところだが、嬢ちゃん、ヤヨイを知ってるのか?」
「そう。ヤヨイは、ともだち。わたしに、タトゥー、いれてくれた。だから、あなた、ともだちのともだち。きずつけるの、だめ」
 そういえばヤヨイはそんな仕事をしていたっけか。とはいえ、一応は聖職者らしきこの嬢ちゃんが、あんなキチガイに肌をいじらせてたとは……。
 妙に納得しつつも困惑している俺に対し、アイは直情的に吠えた。
「じゃあ、襲ってくんなってんですよ! なんなんですかあなた! これだから宗教キチは嫌いなんですよ!」
「あなたは、ヤヨイのともだち、じゃない。でしょ?」
「まあ、確かに、そうですけど……」
 もっともなことを言われて、ふてくされるアイ。
「なにガキに言い負かされてんだよ五百歳」
「しょぼん」
「で、俺が友達だったらどうなるんだ、お嬢ちゃん。俺としては、君みたいなかわいこちゃんとは友達の友達じゃなく友達になりたいんだが?」
「エドさん、あなたやっぱりロリコンなのでは……?」
「単純に女が好きなだけだ」
「いや、最低かよ」
 俺とアイとの漫才は聞こえなかったのか、褐色娘は相変わらず無表情のままに、言う。
「なら、そこのにせものを、わたしにわたして。たのむ」
「偽物? なんのことだ?」
「ん」
 少女はなぜかアイの方を指差す。
「すまない、わからないんだが」
「あなたの、となりに、いる、ひとのかわをかぶった、あくま。そのこと」
「もしかして、こいつのことか?」
 俺がアイのことを指し示すと、彼女は首肯した。
「ん」
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
「は、え? は? 私? は?」
 思わず爆笑する俺と、何をいわれたのか一瞬測り兼ねるアイ。
 そんな俺達に対しても、またまたマイペースに頷く褐色娘。
「ん」
 すると、となりからビキビキとおかしな音が聞こえた。
「……ああん? おいこらこのメスガキ、四半世紀半も生きてねえようなおぼこが言うてくれるじゃねえですか! あいあい! この、全世紀全世界において全盛の美少女であるところの私を、全天レヴェル天使であるところのこの私を、あろうことか悪魔と呼ばうとは、一体どういう了見だァ? おらァン?」
 どこからどうみても悪魔的な、すさまじい剣幕だった。自慢の金髪が荒ぶっている。
 それはそれとして。
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
「というか、エドさんは笑いすぎだと思うんですよね……」
 いつまでも腹を抱えている俺にアイはじとっとした目を向けた。
 そんなアホみたいな俺たちに向け、褐色娘は低い背丈でご高説。
「あなたは、めさいあ……エルさまのまねをしている。それ、わるいこと。だから、わたしは、あなたをころす。うそのしゅのおしえをひろめる、わるいあくまを、ころす。それが、わたしの、やくめだから。それがわたしの、げんざい、なの」
 彼女は終始無感動。けれど、その目の奥には信念、いや、信仰の強い一筋の光が迸っている。
 だが、嬢ちゃんみてえねに信神深くはなくてもな、こんな適当に生きているろくでもねえおっさんにだって、ポリシーの一つくらいはあるものなんだぜ。
「そうか。そいつはおっかねえな。でもな嬢ちゃん、こいつは、そんな悪魔じゃないぜ。むしろ、空から降ってきたぐらいだ、天使というのもあながち嘘じゃあねえかもしんねーぞ」
「おじさん、うそ、よくない。そのこは、あくま。しきょうさまが、いってたもの。だから、はやくわたして。いまならあなたは、ころさないであげる、から。うそをついた、ことも、ざんげすれば、ゆるしてあげる。ヤヨイの、ともだち、でしょ?」
 ……ヤヨイの知り合いというだけあって、この嬢ちゃんともやっぱり話が通じなそうだ。
 まあでも、俺だってそのヤヨイの知り合いという最悪人間の枠にはもれない訳であって、同じく、話なんて通じねえがな。
「ああ。だが、アイの身柄は渡せねえな。悪いが、俺はこいつとも、『ともだち』なんでね」
 俺はアイの肩を抱いてそう言った。
 そしてアイもそれに同調する。肩にまとわりつく俺の腕を、パシパシ叩きながら。
「そーだそーだー! カルト集団の下っ端如きが、私の身柄を欲しいだあ? とんだお笑いですよ! 私のこのぴちぴちお肌ががそんな簡単に手に入ると思ってやがるんですか? これだからカルトは……。やれやれ、全能の神様なんていないです、っての」
 そんなアイのセリフから明確な敵意を感じ取ったのか、褐色娘は、アイを強く睨みつけた。それも、ひどく冷たく。
 底冷えするようなその瞳の奥底が、見る者の心臓を抉りとる様に暗く光る。
おそろしくセクシャル。けれど、その外見に、あどけさは薄くとも未だ確かな幼年性を宿す。そして、そんな彼女からは想像もつかぬほどに悍ましく甚大な気配が、ここら一帯の空気をひしめかせ、こちらへと伝い来る。
響く無機質な幼声。
「――クンドゥ
 すると、彼女の細い肩の辺りから、再び、あの青く神秘的な触手が四つ、X状に生えずり出でる。かと思うと、その四つの内の一つ、左側の上腕が揺らめき、その巨大な掌から激流の聖水が放たれた。
「おおっと」
「うぎゃあああああああああああ!」
 それをなんとか転げまわって交わす俺達を冷たく見下し、彼女は言う。
「そう、ならおじさんも、ころすね。ヤヨイ、かなしんだら、おじさんのせい、だから」
「安心しろ。俺はそんな簡単に死んだりしない。タフなのが取り柄なんだ」
「ちなみに、私もです!」
「でも、わたし、ころすの、とくい。だよ?」
「なら俺は、くぐり抜けてきた修羅場の数なら負ける気はしないね」
「なにばかなこと張り合ってんですか。ちなみに私はかわいさでは誰にも負けませんよ」
「お前が一番アホじゃねえか」
 なんて馬鹿な言い合いをしていると、
「――アムリタ
 褐色娘のその言葉と共に、今度は左側の下腕が大地へと叩きつけられ、瞬く閃光。すると大地はうねり、裂け、隆起した。街路を覆っていたレンガは突き破られ、その内にあった断層が産声を上げる。地殻変動に伴って現れた無数の礫が、アイの元めがけ、降り注ぐ。
 それだけではない。俺達の足元には谷のような大穴が開いた。底の見えぬ闇が、明確な死を告げている。
「ちっ、ギャグもわかんねえんですかってのこの宗教尼ガキはぁ!」
 悪態をつきながら、横っ飛びにそれらを躱す、アイ。どうやら、基礎的な身体能力も、彼女は相当に高いらしい。
 ちなみに俺は、
「NS、アフェクト――生戒像蝕」
 不定形の肉塊の如き名状しがたき岩石、ビーオモルフを足元へと展開し、それを橋のような形で定着させることで、谷への落下を防いだ。
 更に、その橋をトランポリンのように再形成。この身を褐色娘の射程外へと、四十五度の角度で射出。
 そしてそのままの勢いで、俺達は一旦路地に逃げる。
ついでにその狭い入口はビーオモルフで覆わせ、奴さんへの足止めとさせてもらった。
この路地への入口は一つしかなく、左右は石造りの店舗が連なっている。つまり、俺達の元へ褐色娘がやって来るには、その壁を突き破るか或いは空でも飛ぶしかないってわけだ。
これで少しは時間が稼げるだろう。
そう判断した俺は、逃げる足は止めずに、アイへ声をかける。
「お前、時々口悪いよな」
 ちなみにこんなことを言ってる間にも、俺達の背後の壁を突き破るべく、そこへなにがしかの攻撃を加えているのであろう褐色娘の、ズシンズシンという重厚な打撃音が、地を揺らし続けている。
「ですます調なので丁寧なのであります! ってかそんなことはどうでも良くてですねえ、ぶっちゃけエドさん、この娘を倒すなんかいい能力……カルマでしたっけ? もってないんですか?」
「ねえな」
「はあ?! じゃあどうするつもりなんですか、アナタは!?」
「まあ口説くしかないだろ。あのエロガキも女である以上、俺の手にかかれば……」
「エドさんにに期待した私が馬鹿でしたね……」
「しょうがねえだろ。悪いが基本的に俺の力は時間稼ぎだの目くらましだのにしか使えねえもんばっかりなんだ。後は副作用とか条件がキツいヤクめいたもんしかねえ」
「それはなんともまあエドさんらしい……」
 彼女はやれやれといったようにその細い肩をすくめると、きりっと言い放った。
「じゃあいいです。私が打ち込むんで、エドさんはそのサポートでもしててください」
「打ち込む? どういうことだ? 一体何を?」
「そりゃあもうナニですy……って、何を言わせるんですかこの変態!!」
「あ?」
「や、なんでもないです、すいません。いーやほんと前回の私は何をしていたんだ……、なんでこんな痴言を残留させるほどに……、しかも自動反射レベルで……。あー、じゃなくて! まあじゃやるんで、頼みましたよ! エドさん!」
 そう言って彼女は、逃げる足を止めて振り向いた。
 瞬間。
 ズドン、と、腹の奥まで響くようなどっしりとした音がして、俺のカルマによって形成された壁が破壊され――。
「――ヴィルヴァ
 壁に開いた穴から出でた、小さな体とそれに不釣合いな碧く霊的な四本の腕。その右の上腕から、灼熱の赫炎が迸る。轟轟と燃えるその赫が、アイの小さな体に炸裂した。
 けれど。
「そんなものはこの私にはきかねえってんですよ! ――ルーラーⅠ、」
 燃え盛る炎の中より、そんなかわいくも頼もしい声が聞こえ、小さな影が揺れて。
 彼女は五体満足に、颯爽と炎から躍り出る。
「……!」
そして、その想定外の耐久性に虚をつかれ、一瞬反応の遅れた褐色娘へと、彼女は飛び込んでいき、宣誓。
「――これは、私の為の、戦いで、ある!」
「っ!」
 褐色娘は、慌てて左上部の碧き豪腕をアイへと振るう。
「Stage initialize.」
 対するアイは、小さな……いや、いつのまにやら鋼鉄質の装甲に覆われ、そのかわいらしい容姿とは似ても似つかなくなっていた重めかしい鉄拳を、人類にはおよそ不可能な速度で振り抜いた。
「―― Iron!」
 激突。
 大気の割れる、音がした。
ぶつかり合う鉄拳、御手。
 お互いの力は、一見均衡しているかのように見えた。
 だが。
シャンク
 言の葉と共にかざされる褐色娘の触手、その右部、下椀。その、隆々たる碧より旋風が巻き起こる。して、それを伴って放たれたストレートは、均衡を破るに易く。嵐纏いし一撃は、アイの小さな体を吹き飛ばした。
 アイの力は確かに甚大だった。けれど、相手にはそれと同じ、あるいはほんの少しだけ及ばない程度の力をもった腕が、四本生えていたのだ。勝敗は、明らかだった。
 だから。
 俺は破壊されてしまったためもうほとんどしばらくは使役することの出来なくなってしまったビーオモルフを使って、後ろで倒れ伏しているアイへとメーっセージを残すと、先程まで出張っていた彼女に代わり、褐色娘へと立ちふさがった。
「おじさん、ほんとうに、じゃまをするつもり?」
「いいや、ちょっと嬢ちゃんと話がしたいだけだ」
「いまはそんなことしてるじかん、ない」
「いいじゃねえか、別に」
「これいじょうじゃま、するなら、ほんとうにころす、よ?」
「おいおい、そんなかわいいツラしてそんなおっかいないこと言うもんじゃないぜ」
「……!」
 はっとしたような顔をして押し黙る褐色娘。その無垢な表情は、年相応に、いやそれ以上に、可憐だった。
 その顔のまま、数秒、彼女はためらって。
かわいさに溢れていたそれを、元の無表情に戻すと、いよいよその豪腕をこちらめがけ振るった。
「ん!」
「DI、アフェクト――」
 振り下ろされる彼女の碧き鉄槌。
「――虚実置換インサルテッド・ワールド
 しかし、その太い大樹のような一撃は、俺の体をすり抜けて、そのまま衝撃をあたえることなく貫通した。まるで、実体を持たぬ幽霊が、俺の体をすり抜けていくようにして。
「え……?」
 目の前で叩き潰されているはずの男が、未だへらへらと笑っているのを見て、呆然とする褐色娘。
「ははっ、やっぱり嬢ちゃんもそんな顔が出来るんだな。かわいいぜ? いかがだったかな、俺のマジックは? いや、この場合、奇跡とでも呼ぼうか?」
「そんなはず……」
 彼女は初めてほんの少しだけれども感情的になって、その豪腕を右に左に下に上にと振り回す。ぐうんぐうんと風を切って、四本の碧き剛直が乱れ舞う。
 しかしその尽くは、俺の体を貫通。両者は一度も触れ合うことなく、交わり続けた。
 それは、俺のカルマによる奇術。ある一つの事象を、別の観点から見つめ直し、全く異なった性質を与えてしまう能力。今回の場合は、彼女の実体を伴っていたはずのその青い触手を、霊的、即ち非物質的に見える、という理由で、物理世界に干渉できない、という形而上的性質を貸与えた。
 故、彼女のその碧き触手は、この能力を解除しない限り、俺へとダメージを与えることはできない。
 俺はふとヤヨイの言っていたことを思い出して、彼女に語りかける。
「ところで嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」
「……」
 彼女はその問を無視して、俺へと間断なき打撃を加え続ける。無論、その中のただの一発も、この身を穿つことはないんだが。
「もしかして、リーシャ……とかな」
「なんで……?!」
 図星を突かれたらしく、褐色娘、いや、リーシャは呆然と手を止めた。
「なるほどアタリか。リーシャ、かわいい名前じゃねえの。んじゃまあよろしくな、リーシャちゃん?」
「……」
 彼女は黙り、目を伏せる。
 そして、スタスタと俺の横を通り過ぎ、アイの方へと向かおうとする。どうやら俺には幻惑術こそあれ、大した攻撃力がない、ということを見抜かれてしまったらしい。
 だが、それをさせるほど俺も甘くはない。
「おいおい、無視しないでくれよ。愛想がなきゃそのかわいい顔も台無しだぜ。つってもまあ、それでも俺は構わないがね」
「……」
「なにせ、その寡黙さと幼年性のアンビバレンスが、そそるだろう? リーシャ、どうだ? 今夜、一緒にパライトにでも?」
 俺は彼女のすべすべの魅惑的な褐色の頬を指でなぞり、その美しい黒髪を梳かしながら、そう甘く囁いた。
「ひゃっ!」
嬌声。彼女は飛び退り、その頬を少しの間だけ、驚きと戸惑い、そして赤に染める。
「へ……、あ……?」
「ああ、なんて可憐な声なのだろう。君のように無垢で妖艶な女性にあったのは初めてだよ、リーシャ」
彼女はそんな俺の声が聞こえていないのか、虚ろな瞳で、俺に触られた頬や髪を、何かを確かめるように擦っていた。
「あ、え……、どうし、どう、すれば……? やだ、わたし、やくめ、」
「ん、どうした、大丈夫かい?」
 急に様子がおかしくなったリーシャ。
俺は彼女に歩み寄り、その前髪を掻き分け、額に手を当てる。
 途端。
「あ、ああ、あ……。あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 彼女の口から、先ほどまでの小声とは比べ物にならないほどの叫びが吐き出され。
 すっ、と、彼女の纏っていた空気が、暗く険しいものへと切り替わる。
「わたしのはだにふれた、つみ。……カンイン。カンイン、カンイン! たとえ、ヤヨイのともだちでも、ゆるさない……!」
 こちらへ向けられているのは、異端を滅する審問の白目。
「ヤヨイ、ごめん、ね。そして、主よ、おゆるしください。わたし、は、とものだいじなもの、を、ころし、ます!」
 彼女はそうどこかへ祈るように呟いて。
 瞬間、とてつもない禍々しき異様が、彼女のその四つ椀へと集約していくのが感じられた。
「こっのロリコン! バカ! アホ! あんた死にますよ!」
 背後で死んだふりをしてもらっていたアイが思わず、そう叫ぶくらいの尋常の無さ。
 俺も、死を覚悟する他なかった。
 これはきっと、少し前にみた死を象徴するかの様な、あのとてつもない破滅の光線が来ると見て、間違いないだろうから。
 一応、次にくる彼女の波動を躱す手段はあるにはある。だが、それをするには、今発動しているカルマ、虚実置換を、一旦解除しなけらばならない。なぜなら、俺は複数のカルマを持ってはいるが、それ等を同時に使用することは不可能だからだ。一々頭のチャンネルを切り替える必要があるのである。しかし、そんなことをしている間に彼女の触手が振り下ろされれば、俺は一瞬でお陀仏。さよならだ。
「ル、ルーラーァ、Ⅰ! これは!」
 さて、どうしたものか。
「――アラク
 四の碧く猛き霊的豪腕、そして彼女の小さな合掌、その五つより放たれる暗黒の光波。
 その死を司っているであろう虚無の照撃は、至近にいるこの身をいとも容易く地に還すのだろう。その圧倒的死の具現に対し、別の見方をすることは、不可能。DIは、機能しない。そこには、ただ圧倒的なまでの、絶対の死が、横たわっている。
「――愛の為の、離脱で、ある!」
 俺はそんなことを考えながら、自身の身が何かあたたかなものに包まれるのを感じていた。


 気づくと、この身は、さっきリーシャが不意に現れた噴水、その広場に降り立っていた。
 なるほど俺は、アイのあの不可思議な、カルマとはまた違った能力によって救われたらしい。状況的に見て、今回は瞬間移動でもしたのだろうか。
 なんて冷静に分析していると、なぜか俺の体を抱きしめているアイが、叫んだ。身長差ゆえ、こちらを見上げて。ひどく、痛切に。
「エドさん! あなた何考えてんですか!? 正気ですか! 死ぬ気ですか! 私が助けなかったらどうするつもりだったんですか!」
「いや、まあ死ぬ気だったが。また、お前の能力に助けられたな。とりあえずありがとう」
「はあ? なんでそんな淡々と……。あなた、死ぬのが怖くないんですか?」
 珍しくまともなことを言う彼女。
「怖いさ。だからこそいいんだろ。もし俺がさっき死んでいたら……、そう考えるだけでゾクゾクする……! だっでそうだろ、そしたら俺は、リーシャの一生消えない汚点として彼女の人生、経歴、精神、記憶、それ等諸々の事象に永遠に刻み込まれる。ああ、俺なんかに犯されていく彼女のその後を想像するだけでイっちまいそうだ……」
 ――?
 パシン、と音がした。
「なら! 私はどうなるんですか! 私は! どうすればいいんですか!」
 彼女は泣いていた。
 それにどういうわけか、頬がヒリヒリと熱く。俺は自分が叩かれたのだという認識をする。
「あなたとは、エドさんとは、まだであったばかりです。知り合ったばかりです! でも、けれども、私はあなたのことをもう一度深い眠りにつくまで、忘れることはないでしょう。それは、私が、あなたのことを好きになってしまったからです。そんなあなたが死んでしまったら、私は悲しいんです! 泣いてしまうんです! そういう人の気持ちも、考えてください!」
 彼女は、どこまでも気高く。それなのにこんな汚れた俺を評価してくれていて、その直情的で美しい言の葉の雨に、俺はただ、いたたまれなかった。
「俺なんかの為に、泣くなよ」
「あなた、だからです。なんかなんて、言わないでください。あなただから、エドさんだから、みんな……」
 アイは、もう一度強く俺の体を抱いた。
 そして、その綺麗な雫を、こんなおっさんのくたびれたボロの肥やしにして。
 強がる。
「というか、泣いてなんてないんですけど! 私泣いたりなんてしませーん。ロボットなんで!」
 だから、俺は、まだ完全に消えていなかった彼女の雫を掠め取って。
また軽口をたたいてしまう。
「塩っけが効いててうまいな」
「なっ……!」
 あんぐりと大口を開くアイ。彼女はそうして、元の表情に戻ってくれた。
「こんの変態ペド野郎が……! ってまたのせられるところでした、エドさん!」
「うん?」
「だから、もう二度と、こんなことはしないでください」
 優しく、鋭い両の瞳。彼女は俺の両手をとって、柔らかく包み込んだ。
「わかったよ」
「約束ですからね?」
 その甘い声と慈しみの笑顔には、きっと誰も逆らうことができないだろうと、俺は本当に、心の底からそう思った。
 これだから、彼女達は強くて、尊いんだ。
 ただ、俺は、女とのこの手の約束を守ったことは殆どない。だから返事はしなかった。けれど、今回くらいは守りたいものだと、そう思ってしまう自分は、確かにここにいた。
 しかして、蕩ける様なことをのたまった後で、彼女は最後に、いたずらでもするかのように微笑して、囁く。
「あなたは、この世界を覆す人なんですから」
「はあ?」
 あまりのことにとぼけてみると、デコピンをされた。
「私が見込んだ人なんです、それくらい出来てもらわないと困ります」
 その小悪魔な笑みを、俺は今後忘れることはないだろう。
「……」
 とんでもない女と出会ってしまったなと、俺はやれやれと肩を竦め……歓喜した。
 
「では、あのリーシャとかいう、エロガキの対策に移りますか」
 さっきまでの調子とは一転、再びあのあっけらかんとした声音へと戻ると、アイはそう切り出した。
「お、どうにかなりそうなのか?」
「はっきり言って微妙かと。一応こっちにも決め球はあるんですが、当てられるかが微妙ですし、相手のそれがもっとエグいんで……」
「じゃあ、一緒に死ぬしかないな! それならお前も悲しまないし」
「エドさん……?」
 俺としてはいい妥協案じゃないかと冗談半分で言ったつもりだったのだが、その顔の作りからはおよそ不可能であると思われる程に凶悪な目力を蓄えていたアイに黙殺された。
「わかったよ。わるかったって。だからそんな目で見るな」
「大体、悲しむのは私だけじゃないでしょうに……。まあいいですけど」
 ふてくされるように彼女はぼやき、これでその話は終わりですと、ぶった切った。
「で、です。私が世界を救うために制作された生命体であることはさっき言ったと思いますが、そのための機能として、この世界の構造についての情報が私には備わっています。それを先程限定解除したところ、相手方の能力は大体分かりました。あとついでにエドさんのも」
 俺が時間を稼いでいたあのわずかな時間にそれが出来てしまったという、驚異的な彼女の能力に、唖然とするのも束の間。エキゾチック少女リーシャ、その詳細が語られる。
「まあ、あなたのはいいとして、あのエロガキの能力ですが、なぜか五大元素を下敷きとした力であると思われます。なぜクロシア――この世界ではアクサエルでしったけ――が魔法を、それもインディア系列のものを使っているのかは謎ですが、というかそのせいで特定に難航しました、キレそう。まあそれは置いておいて、水土火風、そして空。これらの発露、円環によってその力を段々と増していく特性を持っているようです。具体的に言うと、多分次の一の水喰らったら私の自慢のボディに傷がつくくらいの威力になっていると思います。それと、あのX字状に伸びた腕は、一本一本がそれらの属性の象徴。まあはっきりいって、わかりやすいっちゃあわかりやすい能力ですね。それでですね、ここからが重要で……」
 と、彼女が肝心な所を言い終える前に、それは、咲いた。
 目前の噴水から、少し前と全く同じようにして、美しい蓮の花びらが現れ、咲き誇ったのである。
 そして、その中より姿を現したのは、もちろん。
「――アーディ、ダナ、ダーニャ、ガジャ……」
 あの褐色の肌に幼い肢体、過激な衣服とタトゥーに身を包んだ可憐なるエロティック、リーシャその人であり。
 しかし、そのあらかじめ用意していた答えは、まったく予期せぬ形態で、正解のままに裏切られた。
 彼女の姿を認めたアイが、急ぎその概要をまくし立てる。
「くそっ! もう来やがりましたか! では、心して聞いてください、気をつけるべきはその、神性です。なんともまあ涜神的で悪趣味だと思いますが、彼女はその身に、」
「サンターナ、ヴィーラ、ヴィジャヤ、ヴィディヤー」
 その間に行われる、恐らくは彼女の切り札とも言うべき奇跡を成す為の、祝詞。
「異教の神を宿しています!」
「――アシュタ。オン・マカシレイ……」
「さらにその神の名は……」
「――ラクシュミー。シュリーシュリー……」
「ラクシュミー! そして、そこから導き出される彼女の奥の手とは、」
「――アシュタ・ラクシュミー!!」
「分身です! 八体への! それも、完全な!」
 なぜなら、彼女がそう言い終えたのと同じくして、俺は、八つの響きに身を震わせたから。
「そう。あなたのいうとおり。わたしは、ラクシュミーをやどした、臨人。リーシャ・リヴェンテェルロ・ラクシュミア。アルゴノーツ第八の聖人にして、外神十三陵、十二の咎、魔神・ラクシュミア。あなたを、ころすもの!!!」
 両の耳に木霊する、多方向よりの声。全く同じ声質、トーン、抑揚、口調のリーシャの声が、聴覚を支配する。頭がおかしくなりそうなほどに均一な、彼女の無感動のボイス。
 それもそのはず、彼女は俺達を取り囲むように、その分身を七つ、展開させたのだから。本体である彼女を合わせれば八つの、その、姿見に写すよりもそっくりであろうそれらの個体が、同時にこちらへと語りかけていた。
 彼女はとうとう、己の起源を明かす。それは、絶大な現象を呼び覚ますという覚悟の証。
「我、魔神・ラクシュミア、魔によって魔を払うもの! 巡レ――」
 そして全く同時にその四つの、いや、三十二の豪腕と、十六の掌がこちらへと向けられた。
 きっとその四十八の魔手より放たれる神秘は、今までの比ではない。全方向を彼女達に囲まれてしまった俺とアイには逃げ場は皆無。まさに、八方塞がりだった。
「エドさん! どうにかして下さい! このレベルともなると仮死状態にならなきゃいけんくなります! そしてあなたの場合は明確な死です! なんとか、なんとかして!」
「だめだ。どのカルマにも、八体もの超人を相手にできるようなスペックはない。むしろお前がさっきみたいな瞬間移動で……」
 このレベルの相手となると一人、二人が限界だ。しかも、唯一少しは役に立ちそうなビーオモルフは、さっきのでイカれちまった。
「そんな連続で使えませんっての。こっちにも色々制約があるんですよ!」
「じゃあ、一緒に死のうぜ?」
「さっきの話聞いてましたよね?! あがけよ! 生にしがみつけよ、涜神者シュルレアリスト!」
「女を犠牲にして得る生存に何の価値がある?」
 アイはこの俺の言葉に対し、食い入るようにキッとこちらを睨んだ。
 さらに、スッ――と、その童顔を据わらせ。
「いいですよ、じゃあ私が盾になりますから。どうせ彼女の狙いは私です。エドさんまで巻き込まれるいわれはありません。そうです、つまりあなたはその程度だったってことですね。今回の私は、最低限度の結果すら得られない失敗の人格でした。さようなら」
 アイはそう言って、俺を組み伏せようとした。
 だが、そんなことを、この俺が、女にさせるとでも思ったかよ!
「ふざけるなよ? 惚れた女のトラブルに巻き込まれて何が悪い」
 俺は、アイを強く抱きしめた。
「なっ!」
 そして、
「「「「「「「「――覇千流葬アシュタ・パラム――」」」」」」」」
 陵辱的とも言える生命への冒涜が、八つの少女より放たれた。
 激流の水渦、巨大な岩塊、天焦がす熱線、荒れ狂う旋風、光喰らう絶理、凍てつく氷柱、轟く雷光、加えて、それら全てを合わせ解き放った、極限の有。或いは、究極の無。
 その常為らざる破壊の奔流が、こちらへと容赦無く炸裂しようとしていた。
 迫り来る、死。
 腕の中から伝う、アイのドクンドクンという鼓動。死に臨じてこそ感じる、生の波濤。
 そんな時――
「よく言ったぜ、クソ女たらし野郎!」
 こんな聞きなれた声が、聞こえたような気がして。
 世界が、凍てつき。
「当該患者の死絶は、この私が認可しない!」
 そんな嫌というほど聞いた文言までも、聞こえきて。
 救世の、狼煙が上がり。
「週末の約束! 反故にするうもりかァ、アンタはァ!」
 という、あの残念な声が響き。
 獲物はその身、縮こませ。
「ゴホウビ、ゴホウビ、うぇへへっへへー! あー、リーシャちゃん!」
 ジャラジャラと、狂気的幼年性は暴発し。
 不思議の国は、解き放たれた。
「助けに来たぜ? ヘルディン?」
 更には、惚れてしまいそうにクールな声と微笑みの、彼女までが、やってきて。
 音楽は始まり。
「あっれれー? ピンチじゃないっすかー、アイドルちゃーん?」
 飄々と薄っぺらくも重厚な軽口さえ、この耳へ届き。
 地獄の釜の咎人が、引きずり出され。
「I、あんたなにやってんの? ばか? あんなクソガキちゃんと殺しといてよ」
 そう言いつつも、心配そうな声音が聞こえ。
 くそったれなが、粉々に砕かれて。
「危急な卿らに、我が救いの調べを吟ぜよう」
 仰々しくも不思議とそれを感じさせぬ心地よき美声が、耳朶を満たし。
 昏き深淵が、幼子へのを奏で始める。
 そして、集った八人の美女達は、彼女等の起源を、示す。そのルールこそが、最強であると。
「凍血、アンナ・アンジェリカ・アインクラウ、全てを凍す」
 純白の悪魔はその冷気を。
「血煙、メアリー・フローレンス・ナイトコール、処置を開始する」
 白銀の天使はその赫炎を。
「音喰、ミューズ・キネルロス・ヘカテイア、私は追い縋る!」
 猛き魔女はその斥力を。
「三月ウサギ、ヤヨイ・クルス・ワンダーランド、――イコ?」
 壊れた痴女はその快感を。
「Heldin Kreuz , ギター、マーリン・R・ロックンロール、ロックに生きる」
「同じく、ドラム、ヘイヴィ・M・デスメタル、メタルに穿つ」
「同じくベース、ハーデス・P・ペイルパンク、パンクに壊す」
「同じく、ボーカル、ミック・G・ネオゴシック、ゴシックに去ぬ」
 音楽狂達はその音楽性を。
 他の何よりも、誰よりも、誇る。
 故にこそ、リーシャ・リヴェンテェルロ・ラクシュミアの奇跡は、彼女等のカルマ、或いはそれに準ずる超常によって、相殺される。
 つまり、
「死ネ――屍山氷河」
 熱線はカチコチと音を立てて凍り付き、
菌絶シャウト――裂き誇りし苦悩の煙華フォーミングディマイズ
 氷柱は燻り、爆ぜて、
「噛み切れ――疾速リ・ツェルアー
 岩塊は粉微塵と瓦解し、
「ねむろ? ワンダーマーダーワンダラー」
 雷光は呑み込まれ消ゆ。
 加えて、
「ボーダーⅠ、これは、ロックな引力である!
俺の魂に、酔え―― Stage radicalize.―― Re:ject!」
 激流はギターに両断され、
「シャーマーⅠ、これは、メタルな、冒涜で、ある! 
 犯せ―― Stage maidenhead.―― Martyr!」
 旋風はグロウルにかき消されて、
「ブレーカーⅠ、これはパンクな逆行である。
 枯れ尽くせ―― Stage preface.―― Puberty!」
 深き闇はバラバラに砕かれ、
「エルダーⅠ、これこそは、ゴシックな、晦冥である。
 嗚呼、呼ぶ声よ、凪いでくれ。暗天の誓い、流線の軌跡。永劫の帳を此処に闢こう。
嘶ケ―― Stege girlish.―― Gaspen!」
極なる光は、彼女のどこまでも昏き瞳に吸い込まれた。
即ち、今、ここに、リーシャの奇跡、その全てが、無力化されたのだ。
その偉業を成した筆頭、白髪の氷姫――アンナ・アンジェリカ・アインクラウ――は、自身の創り上げた氷塊を踏み砕くと、その長髪をかきあげ、振り返った。自身が咥えていた煙草の紫煙すら凍らせてしまったことに、苛立ちながら。
「おら、バカエド、分身はアタシたちが何とかしてやる」
「ああ、だから彼女の本体は、君が何とかするべきだぜ」
 そう言い残すと、彼女達は、リーシャの分身に向かってその超常をぶつけるべく、臨戦態勢へと入り、各々の敵影へと散っていった。
「エドさん……」
 アイは俺の腕の中でそう呆けた様に呟く。
「はっ、両手に花って次元を超えてるな」
「はい。でも……。でも! つまり、これは! あなたの、あなたの愛が! 私を、あなたを、救ったんです! あなたの、その、大きな愛が!」
 まるでかつて全世界を照らしていたという太陽のように、アイはそんな言葉を漏らす。興奮して俺の腕を強く握り締める彼女の表情は、眩しすぎて。直視出来無い。
 そんな風に、この浮気性を肯定されたのは初めてだったから。皮肉の一片さえなく、純真に。どこまでも、柔らかに。
 それでいて彼女は、何気なく放った自分の言葉が、今確かに一人の男を救ったことになんて気づくこともなく、さらに遠くへと手を伸ばすのだ。臆す事もなく。
「聞こえますか、リーシャ・リヴェンテェルロ・ラクシュミア! これが、愛です! これこそが世界を動かす法則だ! あなたの信じる神も、司教も、司祭も、信仰も、聖書も、偶像も、その全てが偽りだ! 私はそれを壊しに来のだから! あなたに私が、愛を教える!」
「わけ、わからない。どうして? わたし、は、きよく、ただしい。なのに?」
「わかりませんか、リーシャ・リヴェンテェルロ・ラクシュミア。あなたの信じる神は万能で慈悲深いはずです。なのになぜあなたはそんな過酷を背負わされている? 異教の神を宿したことやその肌色は迫害の対象になったのでしょうね。その大胆なタトゥーは、傷跡を隠すためのものです。違いますか?」
「あなたには、かんけいない! そんなわたしをすくってくれたのが、しきょうさまなんだ!」
 図星であったのか、少女は舌足らずにも、声を荒げた。
「違いますよ、リーシャ。それは事実であるが真実ではない。なぜなら、彼が、或いは神があなたを本当に救う気があったのなら、もっと早くにそうしていたはずです。それに神は、なぜわざわざあなたに苦痛を与えるような特性を与えたのでしょうか?」
「それが、わたしのげんざいだから!」
「原罪? 原罪とは果たしてなんなのでしょうか。それは何の為に与えられるのか。神はなぜそのような不完全を行う愚物を作り上げたとされているのか。或いは、それは偉大なる預言者の死によって贖われたのではなかったか」
「しゅのみこころが、わたしなんかに、わかるわけ、ない!」
「はっ、笑わせますね。それは果たして信仰なのですか? ありもしない上位存在に向け一方通行に思いを馳せるんですね。嗚呼、その究極の自慰行為は、一体どんな感触なのです? 一生届かぬ祈りを捧げて、その献身に醉う心は、さぞ美しいのでしょうね。悩むことなどないんですから。あなたの、シワ一つない綺麗なお顔がそれを証明していますよ?」
「ばかに、しない、で……!」
 リーシャは、キッとアイを睨みつける。その表情は、その年頃の子供が――いや違う、女に浮かべさせるには、少々酷に過ぎた。
「もういい、アイ。止めろ。要がこういうことだろ」
「やっと、その気になりましたか」
 にやっと笑うアイ。
全くたいした悪女だ。リーシャを焚きつけているようでいて、その実それをダシに俺まで焚き付けようってんだから。
まんまと乗せられてる俺を、精々笑ってくれ。やっぱり俺は、そんな馬鹿でいたいんだ。
そう独り言ち、俺は少女へと声をかける。
「リーシャ、お前、愛されたいんだろ?」
「え……?」
 何を言われているのかわからないと言ったようなリーシャだが、そんなのはポーズだ。
「愛が欲しいんだろ。見ればわかる。そんな人目を引くような格好しやがって」
「や、これは、ちが」
 必死で露出してるあちらこちらを手で隠すが、今更無駄だ。なにせ、もうこっちの脳裏には焼きついてる。
 だからさ、安心してさらけ出せ。素直になれよ、リーシャ。
「うるせえ。聞け、俺が愛してやる。俺が、お前を愛してやる、これでいいだろ」
「……」
 少女は、ただ口を開いたまま、固まっていた。
 そして、俺は、その凝り固まった全てをぶち壊すため、叫んだ。
「愛されたいなら、愛に飢えてるんなら! 俺のとこに来い! お互い様だ。そんなら俺が、いくらでも愛してやる! いくらでも、その穴を埋めてやるよ!」
 少女はただ、愕然と。でも、たしかに、この言葉は、彼女へと。
「ひゅーエドさんイッケメーン」
 アイのそんなうざったい茶々さえ、今の気分には心地が良かった。
「そうかよ。んじゃ、アイ、あとは任せた」
「了解です。実実交換、頼みますよ」
「ああ」
 そして。
「そういうわけです、リーシャ・リヴェンテェルロ・ラクシュミア。私が、エドさんが、あなたを愛します。だからもう、そんな宗教に縋らないでください。これは、私の馬鹿な知り合いがしでかした不始末。だから、責任はとってやりますよ」
「わ、わたしは……、あなたみたいなあくまになんて……、あいされたく、ない!」
「ああそうですか。でもね、私は、そんなの、知らねーってんですよ! 私があなたを愛したいんだ! だから、リーシャ、あなたは黙って、私を、私たちを、愛せ!!」
 そう言うとアイは、強く両手を左右に突き出し、啖呵を切って。
「そしてぇ! 超絶アイドル! イリーナ・I・ラブラドール! 愛に謳う!」
 俺の唇に軽く、キスをした。
「……っぷ。チャージ完了!」
 は?
 けれど、彼女は何事もなかったかのように、いや、だからこそなのか、力強く。
「ルーラーⅲ、これは私の、アイドルの、愛の為の、制裁で、ある!!!!!」
 対するリーシャは、躊躇いを捨て、毅然と。
「――アラク!」
 そんな両者の声。ぼうっとしかけた頭に飛び込んできた二つの本気を聞いて、俺は自身の役目を思い出した。
 リーシャの触手と五大元素、その各々の役割を誤認させ隙を作るという、その作戦を。
 成功するかは四割。
 ただ、このカルマは、架け橋だ。リーシャへの、アイの為の。
「SP、アフェクト――実実交換プッペンシュピール・マリオネッタ
 紡がれる言の葉。
けれど、リーシャより出てし極なる混沌は、俄然こちらへと迫る。前に出たアイのその小さな体を消し潰さんと、呑み込みかかる。
彼女のその金色のツインテール。そのなびく片割れが奪われる、その距離まで。
衝突――刹那。
すん、と。
その零の波動は、打ち消えた。我がカルマ、その謀術により。
つまり――繋がった!
 そして、その一筋の線を、彼女は今、踏み抜く!
「Stege imaginary.
         ――人類ヨ、愛ト咲ケ――
             Insane Irrelevant  Idealism!」
 瞬間、音より早く地が割れて。
 弾丸が放たれたかのように大地から射出された彼女の足元の穿たれたその音が、遅々としてやってくる。
 視界から消えた彼女は光の如く、リーシャへ肉薄。その背中からは、推進の為か、オレンジの炎が轟々と迸っていた。
「いっけえええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
 その渾身の雄叫びと共に向けられる必殺の拳。
なんと、殴打の予備動作として後ろ手に引き曲げられた彼女の腕が突然帯電。と思ったも束の間、目にも止まらぬ速さでその一撃は、稲妻と共に放出された。
「アイムゥ・インパクトおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
 激突。
 およそ一人の少女から放たれたとは思えぬその圧倒的一撃は、辺り一面を壊滅させる爆発さえ伴って、リーシャへと炸裂した。
 地は揺れ、爆風が踊る。
 それらに吹き飛ばされた俺は、地を転がり、何が起こったのかさえ、もはや理解できない。

 だが。
 視界の奥に漂う、爆煙と土煙。
 その奥から。
 颯爽と立ち現れた少女の姿を確認して、もう一度、俺は大地へ寝転がった。

「エドさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」

 その笑顔はきっと、何者よりも愛に満ちている。
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